4話 第一皇子とセルナ
お茶会の会場は帝城の敷地の片隅にあった。
そこは庭園になっていて、色とりどりの花が咲き乱れている。花たちは柔らかな風で揺れて、まるで挨拶しているみたいだった。
日当たりのいい芝生の上に白い丸テーブルと椅子が用意されている。テーブルの方はつるっとした白系大理石で、脚の部分によく分からない装飾が施されている。
テーブルの上にはすでにお菓子が並んでいて、近くに給仕のメイドたちが立っていた。
「どうぞ、アルカサル令嬢」
第一皇子のクヌートがセルナのために椅子を引く。
「ありがとうございます」
セルナは笑顔を浮かべながら椅子に座る。カルラはセルナの背後に立っていて、セルナの護衛騎士二人がカルラを挟むように立った。
クヌートはセルナの対面の椅子に移動し、自分で椅子を引いて座った。
近衛隊が周囲を固める。
クヌートが手を叩くと、メイドが寄ってきて紅茶を注いでくれた。
クヌートが最初にお菓子に手を伸ばし、一口齧った。これは作法で、お茶会を開催した側が先に食すことで『毒は入っていない』と示している。
毒の入っていないお菓子に印でも付ければ何の意味もないのだが、そういう作法なのだ。セルナは無意味な作法が嫌いなので、自分が権力を持ったら全部廃止しようと思っている。
「今日は来てくれてありがとう」クヌートが微笑みを浮かべる。「セルナ嬢と呼んでも?」
「ええ。はい。殿下」
「俺のことはクヌートと」
以前のセルナならここで「分かったよクヌート」なんて言って場を凍り付かせるのだが、今のセルナは公爵家で礼節を学んでいる。
「分かりましたクヌート殿下。本日はお誘いありがとうございます」
柔らかく微笑むセルナの顔を見られる位置にいた近衛兵が頬を染めた。
(私が指導者になったら丁寧な言葉遣いは全部廃止!)
セルナは心の中でそう誓った。なんせ面倒くさい。それに発する言葉が多くなって無駄だ。『ありがとう』と『ありがとうございます』では、『ございます』の分が無駄。
セルナはとりあえず紅茶を飲んでみたが、ハチミツが入っていて美味しかった。
クッキーに手を伸ばして、サクッと齧る。あまりにも美味しかったので、いつもの癖でカルラに与えようと振り返る。
それを見たカルラと護衛の二人がギョッとする。
(まずい、失敗した)
セルナはすぐにクヌートに向き直った。第一皇子を前にして、特に理由もなく顔を背けるのは無礼だ。
理由はあるのだが、それがメイドに菓子を与えるためなら更に無礼だ。第一皇子より自分のメイドを優先したことになるから。
そもそも正式なお茶会の場でメイドに菓子を与えてはいけない。
「申し訳ありません、落ち着かなくて家の者たちを確認してしまいました」
セルナはそう言い訳をした。
「構わん。だがそう緊張するな」
クヌートが小さく肩を竦めた。
(お姉様のたまに出る間抜けな感じだーーい好き♪)
カルラは胸がキュンとしていた。
「はい、ありがとうございます」
言いながら、セルナは【記録詠み】を使用。クヌートにではなくここで待っていたメイドたちに。
クヌートには移動中にすでに使っている。そして驚いたことに、クヌートに不正はなかった。
だがそれはクヌートが清廉潔白な人物という意味ではない。今までの人生で、不正を行う必要がなかっただけ。少なくとも、セルナはそう判断している。
(メイドたちも問題ないか。さすが帝城のメイド)
セルナは感心した。メイドたちは所作が美しいだけでなく、不正すらもない。
「髪は伸ばさないのか?」
クヌートが言って、同時に柔らかい風が吹き抜けた。その風がクヌートの金髪の襟足を少し揺らす。
(見た目はいいんだよ、この皇子)
セルナ以外の乙女なら、とっくに皇子を好きになっている。
皇太子にもっとも近いとされる第一皇子が、自分のためだけに帝城でお茶会を開いてくれたのだから。
「短い方が……動きやすくて……」
「そうか。ご令嬢は伸ばすものだと思っていた」
セルナは「ああ、私もだよ」と馴れ馴れしく言いそうになったが堪えた。
ちなみにセルナは髪を伸ばすつもりでいる。その方が貴族受けがいいから。
クヌートは紅茶を飲んで、クッキーを食べた。それだけの動作が洗練されていて、セルナは少し驚いた。
(というか、早く本題に入れよ)セルナは思う。(若干、居心地が悪い)
帝城で贅沢をするよりも、孤児院で畑を耕している方がセルナは好きだ。セルナは今も孤児院に行くと畑仕事に交ざることがある。
「あの、クヌート殿下」
「ん?」
「今日、私を誘ってくださったのは……どうしてですか?」
我慢できなくなって、セルナは自分から話題を振った。
クヌートはジッとセルナを見たあと、小さく息を吐いた。
「何も聞いていないのか?」
「はい。特には」
「そうか……。俺は回りくどいのが苦手だ」
(そいつは私もだ)とセルナは心の中で言った。
「俺との恋愛は期待するな」
(するわけないだろう? ロリコンか貴様?)
セルナは心の中だけで悪態をついた。正直、声に出して言いたくてたまらない。自分の方が上の立場なら言えるのに、と思った。
「だから俺と契約して欲しい」
「えっと……?」
「俺はアルカサル公爵家の後ろ盾が欲しい」
「……と、言いますと?」
セルナはよく分からない、という風に首を傾げた。
「俺は皇帝になりたい」
「なぜです?」
セルナが質問すると、クヌートが目を丸くした。完全に想定外の質問だったのだ。
「……俺には理想ある……」
そう言って、クヌートは少し沈黙した。なぜなら、理想を語りそうになったから。そしてセルナが13歳の令嬢だと思い出して語りたい気持ちを抑えたのだ。
「そのためには、皇帝にならねばならん」
「それで……私と何の契約を?」
「アルカサルが全面的に俺を支援してくれるなら、俺はお前を婚約者とし、俺が皇帝になったら皇后にすることを約束する」
セルナ以外の令嬢なら死ぬほど嬉しい申し出。愛などなくても、皇后になれるならほぼ全ての令嬢が二つ返事で承諾するような契約。
「……そういうのは、おじい様……いえ、アルカサル公爵とするものでは?」
「もちろん話したさ。このお茶会は公爵の望みでもある。セルナ嬢が承諾するなら支援しよう、というのが公爵の意向だ。本当に何も聞いていないようだな」
「そういうこと……だったのですね」
これ断っても大丈夫なやつだろうか? とセルナは思考した。
(いや、大丈夫だ。断れないなら公爵がすでに私を婚約させているはず)
セルナはそう結論付けた。
と、なぜか近衛兵の一人が近寄ってきていたので、セルナはキョトンとした。何か緊急事態でも起こったのだろうか、と。
「クヌート殿下」
近寄って来た近衛兵がクヌートを呼ぶ。
クヌートが振り返る。
「なんだ?」
「死ねぇぇぇぇぇ!!」
近衛兵が雄叫びを上げながら剣を抜き、そのままクヌートに斬りかかった。
「は?」
セルナは何が起こったのかすぐに理解できなくて目を丸くした。
クヌートは地面を転がりながら近衛兵の剣を躱し、サッと立ち上がり腰に手を伸ばしたが、そこに剣はない。当たり前だ、お茶会に剣を持ってくる者はいない。
(いやいやいや! 暗殺するなら声なんてかけなければいいのにっ!)
セルナはそこが非常に気になった。
用事がある風に近寄って、そのまま斬ればよかったのだ。
セルナの護衛騎士の女の方がセルナを抱きかかえ、男の方は剣を抜いて構えた。
クヌートを斬ろうとした近衛兵は、クヌートを連続で斬りつけるが、クヌートが上手く躱している。
他の近衛兵たちがすごい速度で駆け寄ってきているので、すぐに事態は収束するだろうとセルナは思った。
思ったのだけど、今度は空から矢が降って来た。その屋をクヌートは躱しきれず、左腕を掠めた。
(皇子暗殺に巻き込まれたぁぁぁぁぁ!!)
セルナは心の中で悲鳴を上げた。




