3話 カルラの扉は閉じたりしない
朝、セルナはメイドたちに衣服を引っぺがされてお風呂に浸けられる。そしていつもより念入りに身体のあちこちを洗われた。
カルラがどさくさに紛れてセルナの乳首を摘み、セルナは「ひゃぁ!」という生娘みたいな可愛い悲鳴を上げてしまう。それを見てカルラは満足そうにニマニマしていて、セルナは頭が真っ白になっていた。
セルナは不意打ちにはやや弱いのだ。
カルラは先輩メイドたちに怒られたが、どこ吹く風だった。
実はカルラ以外のメイドたちもセルナを可愛いと思っていて、特にさっきの悲鳴にはドキドキしていたのだ。そしてそのことをカルラは見抜いている。
「今日はお姉様を世界一の美少女にしますからね!」カルラが風呂に薔薇をまきながら言う。「もちろん普段から世界一の美少女ですけどね!」
その後、メイドたちは洗い終わったセルナをお風呂から出して、高価で柔らかい織物で身体を丁寧に拭く。
そしてオイルケアが始まる。肌の保湿と艶出しである。
うっすらいい匂いがして、セルナはちょっと眠くなってしまう。
マッサージが始まった時に、完全に夢の世界へと旅立つセルナ。この世界で偉大な指導者となったセルナを、みんなが称えている夢だった。
戦争も飢餓もなく、身分差もなければ貧富の差もない。セルナを頂点として完璧に機能している社会を実現した夢だ。そこにカオスはなく、監視と管理が行き届いた純粋な秩序だけが存在している。
そんな幸福な夢はメイドたちに起こされて消えてしまう。
ドレッサーの前でのヘアケアが始まり、セルナは(これいつ終わるの?)という疑問が湧き上がった。
そもそもどうしてこんな目に遭っているのか。
朝、起きた瞬間にメイドたちが雪崩れ込んできて今に至っているのだが。
(……皇子とのお茶会のせいか……)
今日がその日なのだ。
「……お腹空いたんだけど……」とセルナ。
「ダメですお嬢様。お腹が出てしまいます。我慢してください」
メイドにピシャっと言われて、セルナは食事を諦める。
お茶会の会場に行ったらお菓子ぐらいはあるだろう、と思ってのこと。
そしてあらゆる準備が整ったのがお昼過ぎ。
セルナがホッと息を吐いていると、幼い公爵令息と公爵令嬢がやってきた。セルナがせっせと洗脳を施しているエラストとリデアだ。
「お姉ちゃんキレー! 天使みたい!」とリデアが天使みたいな笑顔で言った。
「ありがとう」とセルナがリデアの頭を撫でる。
それから、セルナはエラストに視線を送った。
エラストは照れたように頬を染めてから、「姉上、美しい…です」と言った。
セルナはうんうんと頷いてからエラストの頭も撫でた。
セルナはしばらく2人と喋ってから、お茶会の会場に向かうため玄関へと移動。2人は午後の授業へと向かう。
玄関にテランスとベンジャミンが待っていた。
「ああ、セルナ、女神様みたいだ」
テランスがデレデレしながら言った。
「どうも」とセルナ。
実はセルナは今の自分のヒラヒラした服装があまり好きではない。理由は単純で、こんなに動き難い服では、いざという時に逃げられないのでは、と思っているから。
「第一皇子はもっとも皇太子に近い者だ」ベンジャミンが言う。「仲良くしておいて損はないだろう。お前の野望のためにも、な」
「野望って?」とテランス。
「はっはっは!」ベンジャミンが笑う。「この子は皇后になりたいそうだ」
「皇后に!?」テランスが驚いて言う。「でもセルナなら当然かもしれないね!」
セルナはニコニコと笑っていたが、心の中は穏やかではなかった。
(バカ言うな、私は第一皇子を抹殺すかどうかを決めるために行くんだ)
白き翼に貰った第一皇子クヌートの資料を見て、セルナはクヌートが自分と相容れないことを悟った。
彼は心の底から軍国主義者で、理想主義者のセルナとは絶対に共存できない。
彼は戦争を中心に置いていて、武力で大陸の制覇を目論んでいる。自身も軍に所属し、軍を中心に帝国を再編しようとしているのだ。
セルナだって軍は必要だと思っているが、それを中心に据えるつもりはない。
(まぁ9割方、抹殺することは決まっているけども)
クヌートが皇帝になったら悲惨だ。剣でしか未来を語れないような奴なのだ。間違いなく自国民にもその剣を向ける。
だから皇太子にしてはいけない。セルナの理想のためには、消えてもらうのが最善。
一番の問題はいつ殺すか。すぐにでも消す必要があるのか、まだ余裕があるのか。あるいは少しは利用可能なのか、そういう色々な要素を見極めるために行くのであって、仲良くなるためではない。
もちろん、探るために表面上は仲良くする可能性はあるけれど。
「セルナ、相手は帝室の一人だ」ベンジャミンが言う。「敵には回すな」
「分かりましたおじい様」
セルナは微笑みを浮かべたままで言った。
セルナだって表立って帝室と敵対するつもりはない。殺すにしたって当然、暗殺する。アンシェル一家ならやってくれるだろう、とセルナは思っている。
◇
馬車の中にはセルナ、カルラ、護衛騎士二人の合計4人が乗っていた。向かっているのはお茶会の会場である帝城。
カルラとセルナが隣り合わせで座っていて、対面に護衛騎士二人。護衛騎士は男性と女性が一人ずつ。
カルラはスゥーと鼻で息を吸ってから言う。
「お姉様、本当にいい匂いです! ふんわり甘くて夢みたいです!」
「そうかい?」
「はい! 皇子も皇帝も平伏しますよ!」
カルラは目をキラキラさせて言った。
「そんなに!? 自分ではちょっと分からないんだよね」
セルナが驚いた風に言った。
「はい! 髪の香り、肌の香り、それから匂い袋の香り……は、えっとドレスの匂いですね」
セルナが着ているドレスは匂い袋と一緒に保管されていて、ほんのり香るようになっている。
「そんな色々な匂いがするのに、いい匂いなの!?」セルナが再び驚く。「匂いが喧嘩そそうだけど!?」
「いえいえお姉様、ちゃんと計算されているんですよ」
ちっちっち、とカルラが人差し指を振る。その動作がやけに可愛くて、護衛騎士二人が悶絶しかけた。
「へぇ。貴族令嬢の身だしなみってのは凄いねぇ……」
セルナはぶっちゃけお風呂に入らなくても全然平気である。そもそも孤児院では頻繁にお風呂に入るなんて不可能だったし、お風呂は贅沢品だ。
セルナ達孤児も平民も、普通は生活魔法の【クリーン】で身綺麗にしておく程度。【クリーン】はあくまで服や体の汚れや垢を取るだけなので、今日みたいないい香りにはならない。もちろん不快な臭いも消えるから、セルナにはそれで十分だった。
「今はそれを楽しんでください」
カルラはセルナが清貧を好むことを知っている。セルナが指導者となって国を作り替えたら、贅沢という文化は消えてなくなる。それがカルラには惜しいと思えた。
今日のセルナは本当に綺麗で、願えるならずっと美しくあって欲しいとカルラは思うのだ。それがたとえセルナの嫌う贅沢であっても。
(まぁでも)カルラは思う。(お姉様が一番輝くのは、徹底的にイキったあとで無様に泣き叫びながらお漏らししている姿ですけどね! ふえへへ……またお姉様の絶望顔が見たいなぁ……)
カルラの開いた新たな扉は、閉じる気配がないどころかどんどん拡張しているようだ。
カルラがニマニマしている間に、馬車は帝城に到着した。
帝城は帝都中央区の中央にあって、アルカサルの屋敷からも割と近いのだ。
馬車が停まり、最初に護衛騎士の男性が降りる。次に男性騎士のエスコートでセルナが降りる。それからカルラ、女性騎士と続いた。
「よく来たアルカサル令嬢」
帝国軍近衛隊を引き連れたクヌートが笑顔でセルナを出迎えた。
近衛隊は帝国軍の中でも最精鋭で、帝城を守るための部隊だ。
「初めまして、皇子殿下。セルナ・アルカサルと申します」
セルナは習ったカーテシーで挨拶する。
当然だが、クヌートもセルナも相手の顔を事前に肖像画で確認済み。なのでお互いに迷うことはない。
「会場まで俺の馬車に乗れ。護衛たちも一緒でいい」
帝城は広いので、馬車で移動することもある。
クヌートの馬車は非常に大きく、一体何人が乗れるのだろう、とアルカサル組は思った。
クヌートが手を出したので、セルナはその手を取った。セルナよりずっと大きくてゴツゴツした手だった。




