2話 人の数だけ理想がある
帝都。
白き翼の拠点である酒場の隅のテーブルに、セルナは座っていた。
セルナの対面には白き翼のギルドマスターであるルシアノが座っていて、セルナの背後にはカルラが立っている。
「なぁセルナ嬢」
ルシアノがチラッと別のテーブルに目をやる。そこにはセルナの護衛騎士が3人座っていた。
「いや、私も中には来ないでと頼んだのだけど、無理だったよ」
セルナが肩を竦めた。
「……めっちゃ睨まれてて怖いんだが?」
「慣れてくれ。君が私を襲わなければ大丈夫だよ。それに、里帰りには5人も付いて来た。帝都では3人しか付かないからマシな方さ」
「そりゃ確かにマシだな」
やれやれ、とルシアノが首を振った。
酒場の店主がセルナの前にオレンジジュースとクッキーを置いた。店主は相変わらずマッチョだった。
セルナが店主を見ると、店主がニッと笑った。セルナも笑い返した。
そうすると、店主は「ゆっくりしていきな」と言ってカウンターの向こう側に戻った。
「それで用件は?」
「第一皇子の情報を売ってくれ」
「帝室の情報ならエスアイユーの方がいいんじゃねぇの?」
「それが、彼らからの接触がないんだよ。なんでだと思う?」
セルナが問うと、ルシアノは少しだけ考えて言う。
「たぶん、セルナ嬢が有名になりすぎたせいだな」
「というと?」
「エスアイユーの連中は俺らみたいに看板掲げて大々的にやってる感じじゃねぇんだよ。こう、秘密結社っぽいって言えばいいか、とにかくあまり表に出たくなさそうな組織なんだ」
「それじゃあ儲からないだろうに」
「ああ。金儲けが目的じゃねぇんだろ」
「ふぅん。つまり彼らは、目立ちたくないから時の人になってる私に接触しないと?」
「ああ。そう考えるのが妥当だ」
「分かった。ではしばらく彼らからの接触はなさそうだね。それで第一皇子の情報は売ってくれるかい?」
「ちょっとしたプロフィールなら20万リブラ。我々の知ってること全部なら50万」
「いきなり安くてビックリなんだが?」
セルナが目を丸くした。
今までの白き翼の情報は常に割高だった。少なくとも、セルナはそう感じていた。
「俺らも第一皇子に関してそこまで詳しく知らねぇんだよ。皇族の抜け毛の数を知ってるエスアイユーが異常なんだ」
抜け毛の件についてはセルナも反省している。本当に言いすぎだった。そんなの専属メイドでも買収しなければ分からないし、分かったところで何の役にも立たない。
「じゃあその50万の情報でいいよ」
「分かったが、交換条件もあるぜ?」
「第一皇子のお茶会の内容かい?」
セルナが言うと、ルシアノが頷いた。
「もちろん。お茶会って言っても、2人だけなんだろ?」
「そう聞いている」
「だとしたら、セルナ嬢へのプロポーズか? それなら最高だけど、まぁ何でもいいさ。金にはなる。どうだ?」
「いいだろう。お茶会に参加したら、その内容を君に話そう」
「よし、決まりだ。待っててくれ」
ルシアノが手を叩いてから立ち上げり、二階へと移動した。
セルナはオレンジジュースを飲んだ。実に美味いな、と思った。
それからクッキーを食べて、それも美味しかったのでカルラに与える。カルラが口を開けて、セルナがその中にクッキーを放り込むという方式。
モグモグとクッキーを頬張るカルラを、酒場の客たちが可愛いなぁと思って見ていた。
ルシアノが封筒を持って戻ってきて、またセルナの前に座る。それからスッと封筒を差し出した。
セルナは封筒を受け取って、そのまま流れるように振り返り、カルラに渡した。
「セルナ嬢、そういや例の賠償金、セルナ嬢もいくらか貰ったのか?」
ボニージャ伯爵がアルカサル公爵家に払った賠償金のことだ。
フレットの葬式のあと、ボニージャ伯爵は領地戦を避けるために莫大な額の賠償金を公爵家に支払った。
アルカサル公爵家とはそれで手打ちとなったが、アレシアの暴走には帝室もブチ切れていて、ボニージャ伯爵夫妻に責任を取るよう圧力をかけた。
その結果、ボニージャ伯爵は爵位と領地を帝室に返上し、今はどこかの田舎で平民としてひっそり暮らしている。
「貰ったよ」
そのお金でアンシェル一家への支払いも無事に済んだ。
「へぇ? いくらあるんだ?」
ルシアノがニヤニヤと笑いながら言った。
セルナは小さく溜息を吐いた。資本主義の豚めが、踏みつけるぞ、と思いながら。
「マスター大変だ」
店主が小走りで寄ってきて、深刻な表情と声で言った。
「何だ?」とルシアノ。
「治安隊の手入れがあるらしい。ヤバいもんを隠すぞ」
「そりゃやべぇ」言って、ルシアノがセルナを見る。「悪いなセルナ嬢、今日はもう帰ってくれ。店仕舞いだ」
「違法に情報を売買していると大変だね」
そう言い残して、セルナは護衛たちとカルラを引き連れて酒場を後にした。
◇
お茶会当日の朝。
第一皇子のクヌート・タリアン・ベナビデスは、竜絶の団員と剣技を競っていた。
剣と剣がぶつかる悲鳴みたいな金属音が何度も連続している。
ここは帝城の訓練場。主に利用するのは帝城に配備されている帝国軍近衛隊か竜絶のどちらかだ。
「さすが現役の連隊長、この私と同等とは」
ふう、と息を吐いて竜絶の団員が剣を降ろす。
第一皇子のクヌートも小さく息を吐いて剣を降ろした。
「だがお前たち竜絶はこう思っているだろう?」クヌートが言う。「竜絶に入れなかった凡人の行く先が帝国軍だ、と」
クヌートは25歳の男性で、金色のミディアムヘアをオールバックに整えている。
顔立ちはそれなりにいい方で、第一皇子という立場もあって割と女性人気がある。
クヌートはアカデミーの騎士科を卒業後、すぐに帝国軍に所属した。
本来、騎士科の卒業生は小隊長から始まるのだが、皇子だったクヌートはそれより1つ上の階級である中隊長からキャリアが始まった。
20歳の時には大隊長に昇格し、最近連隊長へと昇進した。出世が速いのは主にクヌートの実力だが、多少の忖度もある。
「そうは思っていません」竜絶の団員が言う。「帝国軍は敵国から我が国の領土を守る大変な仕事です」
この団員は竜絶では中堅どころの36歳男性。能力的に副団長や団長になることなくキャリアを終えるタイプ。
「殿下、どうぞ」
別の若い竜絶団員がクヌートに手拭いを渡した。
クヌートは手拭いを受け取り、顔を拭く。それから手拭いを返そうとしたのだが、その時に若い団員と手が触れ、クヌートはサッと手を引っ込めた。
クヌートが酷く汚い物に触った時のような表情をしていたので、若い団員は少しだけショックを受けた。
「俺は他者と触れ合うのが苦手だ」クヌートが言う。「俺の問題でお前は悪くない」
「そういえば、そういう噂を聞いたことがあります」若い団員が言う。「配慮が足りませんでした」
「構わん。このせいで俺は未だに婚約者も決まっていない」
それは皇位継承戦においてはマイナス要因でしかない。単純に婚約者がいれば、その家が後ろ盾になってくれる場合がほとんど。
クヌートが軍にいる理由の一つが、軍を自分の後ろ盾にしたいから。
「ですが今日は」中堅の団員が言う。「噂の令嬢と会うとか?」
「ああ」とクヌートが頷いた。
アルカサル公爵家は後ろ盾としては完璧だ。問題は令嬢がまだ13歳であるという点。
クヌートはロリコンではないし、触れ合うことが苦手だ。故に恋人にするのではなく、協力者にできれば、と考えていた。
もちろん婚約するのが一番いいのだが、触れられないクヌートに結婚は考えられない。
だが皇帝にはなりたい。クヌートには理想の国家を作るという夢があるのだ。
「仮に令嬢と上手くいかなくても」中堅の団員が言う。「竜絶はあなたの味方ですよ。あなたは帝国を、真の意味で強い国にしたいと考えているのでしょう?」
クヌートは普段、あまり多くを語らない。けれど理想の国家について問われたら、彼は急に饒舌になる。
「その通り。俺が求めるのは侵略されない防衛力を持つ国――」
クヌートはそこで少しだけ言葉を切った。不要なモノを切り捨てる時みたいな冷酷さがそこにはあった。
「――などではない。すべての国を容赦なく踏みにじり、その骨の髄までを恐怖で支配する、完璧な強さを持つ大帝国だ。我が帝国の前に立ち塞がる有象無象を、一人の例外もなく地獄の業火で焼き尽くし、やがては大陸全土を支配するのだ。それが俺の求める理想の国だ」




