33話 物語の区切り
両手両足をへし折られ、地面に転がっているアレシアを見て、セルナはとってもいい気分だった。
あまりにも嬉しくて、思わずその場でクルっと回ってしまいそうになった。もちろん耐えたけれど。
「みんなありがとう。もう解散してくれていいよ」
セルナが周囲の私兵たちに向けて言った。
私兵たちは少し戸惑いながらも、それぞれ武器を仕舞う。ただ、本当に解散する者はいなかった。なんせ、彼らを雇っているのはセルナではなく公爵だからだ。
「セルナっち、褒めて褒めて♪」
レーテが寄ってきて、頭を差し出す。
セルナはニコニコと笑いながらレーテの頭を撫でた。
「どういう関係だよお前ら」とセルナに付いてきたルシアノ。
「ルシっちじゃーん。何してんの?」
レーテが顔を上げてルシアノを見た。
「別に。もう俺の用は済んじまった」
ルシアノは肩を竦めてからアレシアを見た。
パン、とセルナが手を鳴らした。
「さてアレシア、久しぶり、元気そうで嬉しいよ」
セルナは満面の笑みでアレシアを見下ろす。
「……わたくしも、会えて嬉しい」
ヘラヘラとアレシアも笑った。
「お前は笑うな」
セルナはジャンプして、アレシアの顔面に着地。
唐突な攻撃に、周囲の者たちが目を丸くした。
「よくもフレットを殺したなこのクソッタレの殺人鬼め!」
セルナはアレシアの顔を蹴り飛ばした。
「クソが! クソが! クソが!」
何度も何度も蹴って、アレシアの美しい顔の原型がなくなるまで蹴り続けた。
その異様な光景に、私兵たちとルシアノが息を呑む。
レーテは口笛を吹いて「やっぱセルナっち嫁に欲しぃ」と呟いた。
スタースは「こわ……」と苦笑い。
「ご、ご令嬢!?」
私兵の中でもベテランの男がセルナに声をかけた。
「大丈夫」セルナは右掌をベテラン私兵に見せる。「公爵の許可はある。こいつは私が殺す。知ってると思うけど、こいつは私のど……親友を殺したんだ」
危うく同志と言いそうになった。
「しかもただ殺しただけじゃない! 料理みたいにその首を皿に載せて私に見せたんだ!」
セルナはアレシアの腹を全力で蹴った。
「意外と感情的なんだな」とルシアノが小声で言った。
「あんた、普通の令嬢が生首見せられたら感情的にもなるだろ?」
スタースが呆れた風に言った。
「いや普通はビビッちまうだろ?」
「私がビビらなかったとでも!? さっきは話さなかったけどね! 私は無様に漏らして『助けてぇ!』なんて叫んだんだよ!!」
「そ、そうか……そりゃ悪かった」
ルシアノがなぜか謝った。
「セルナっち自分の醜態を大声で叫んでるのウケるぅ♪」
ケラケラとレーテが笑って、セルナが頬を染める。
セルナはレーテの言葉で、自分の情けない姿を自分で暴露したことに気付いた。
ヘラヘラしているアレシアを見て、理性が働かないぐらい頭がグチャグチャになっていたのだと理解。
「セルナ……」アレシアが息も絶え絶えで言う。「もっと蹴ってくれ……気持ちよく、死ねそうだ……」
その言葉で、またセルナの感情が沸騰しそうになったけれど、セルナは何度か小さく深呼吸して気持ちを落ち着ける。
それからしゃがみ込んで、囁くように言う。
「アレシア、そもそも君を殺そうとアサシンを雇ったのは私なんだ」
「……そうか……嬉しいぞ……そんなにわたくしを……想ってくれて……」
ああ、ダメだこいつ、とセルナは思った。
何を言っても何をしても喜んでしまう。
だったらもう淡々と殺そうとセルナは決めた。
セルナは冷めた目で立ち上がり、それから何も言わずに【マナアロー】を使用。
真っ赤な魔力の矢がアレシアの胸を貫いた。
その瞬間のアレシアはとっても嬉しそうだった。まるで死ぬのが楽しいみたいに、殺されるのが幸せみたいに。
それが酷く腹立たしかった。
◇
フレットの葬儀は貴族用の広くて綺麗な墓地で行われた。
セルナは真っ赤なマントをアカデミーの制服の上から羽織っていたが、他の者たちは違っていた。
アカデミーのクラスメイトたちは制服だけだったし、その他の関係者は夜みたいな黒い服を着ていた。
アカデミーの生徒として出席するか公爵家として出席するか選べたので、セルナはアルカサル公爵家として出席した。
「そうか……葬儀の服装が違うのか……」
セルナはボソッと呟いた。
そういえば、家を出る時にみんなが変な感じでセルナを見ていたな、と思い出す。
「お姉様」メイド服に身を包んだカルラがセルナに話しかける。「マントを脱ぐなら自分が持ちますよ?」
使用人たちは使用人の制服を着用して葬儀に参列していた。
「赤は正義と革命と理想の色なんだよ」セルナが言う。「だから同志の葬儀は赤いマントを装備するのが普通なんだよ……私にとってはね」
この世界が前の世界と全く別の文化であることを、再度確認することになった。
「そうでしたか。赤いマントを持っていない自分が恥ずかしいです」
「いいんだカルラ。私も教えていなかったし、ここでは私が異端のようだ」
それでもセルナはマントを脱ごうとは思わなかった。
なぜならフレットは同志だから。
そんなことを考えていると、教会から派遣された司教がなんだかよく分からない聖句を述べ始めた。
みんなが目を瞑って祈り始めたので、セルナもそれに合わせた。
それが終わると、開けたままのフレットの棺にみんなが好きな花を入れ始める。この時の花は本当に何でもいいようだ。
というか、教会側が複数の花を用意してくれているので、それを一輪もらって棺に入れるだけだ。
セルナは赤い花を選んで棺に入れた。
フレットの首にはスカーフが巻かれていて、まるで胴体と繋がっているように見えた。
あるいは、本当に繋いでいて、縫い目が見えないようにしているのかもしれない。どっちでもいいことだけれど。
花を入れる時にみんなお別れの言葉を一言だけ言うのだけど、セルナは「私は進むよ。君も目指した理想へ」と言った。
カルラは「あなたにも見せたかったです」とセルナの言葉に追加するように言った。
誰かのすすり泣く声が聞こえた。
セルナも泣きそうになったけど泣かなかった。
最後、フレットの棺が閉じられ、地中へと埋められる。
そして土がかけられた瞬間、セルナは崩れ落ちて大きな声で泣いた。
セルナの泣き声に触発されて、多くの者が泣き出した。
「お姉様、お姉様!」
カルラが膝を突いて、崩れたセルナを抱き締める。
泣いていない者たちはセルナを見て憐れんだ。なぜか帝都中にセルナとフレットが恋仲だったという噂が広がっていたから。
愛する人の生首を見せられた悲劇の令嬢――それが今のセルナの立ち位置だった。
「どうだカルラ? みんなの様子は?」
セルナは泣きながら小さな声で言った。
「はいお姉様、完璧です。きっとしばらくの間、お姉様が皇帝みたいに振舞っても誰も文句を言いませんよ」
言っておくが、セルナの涙は偽物ではない。本当に悲しくて泣いているのだ。
でも、ただ泣くよりは盛大に泣いて悲劇のヒロインを演じた方が得だと思った。それだけのこと。
そうしてフレットの葬儀が終わって、みんなが少しずつ帰路につく。
セルナも帰ろうと馬車へと向かう。
その時に同志ニーナが駆け寄ってきて、セルナを抱き締めた。
セルナもニーナを抱き返す。言葉は交わさなかったが気持ちは伝わった。
ニーナが離れて、クラスメイトたちの列へと戻る。
「そういえばお姉様」カルラが言う。「アレシアの葬儀はしないのですか?」
「あれは殺人鬼で、処刑されたことになってる。そしてこの帝国では処刑された者の葬儀は禁止されている」
「なるほど」とカルラが頷く。
アレシアの肉体はさっさと燃やされて、その灰はどこかその辺に捨てられているはず。
セルナはその場所を知らなかったし、知る必要もない。
ちなみに、帝国の遺体処理方法は全部で三種類。普通の火葬、フレットのような土葬、そして神の火による神聖な火葬だ。
主に平民は火葬で、貴族が土葬。皇族が神聖な火葬である。
高位貴族も教会に金を払ったら神聖な火葬をすることも可能だ。
「お姉様、今後はどう動きます?」
「同志カルラ、何も変わらない。私たちは何も変わらない。何もだ」セルナが言う。「我々はカオスを根絶し、徹底した監視と管理によって秩序を維持する。私を頂点とし、平等で公平な理想の社会を目指す。一緒に来るだろう?」
「もちろんですお姉様」
「違うだろう、同志カルラ」
「アクセプト、同志セルナ」
「よろしい。では征こう」
セルナが歩き始め、カルラがあとに続いた。
これで1章終わりです!
2章は19日土曜日の18時から開始しようと思います。




