32話 死にかけ天使(邪悪)と陰険天使(邪悪)
「おい、帝都に潜んでるどころか、襲撃してきたぞ」
「そうみたいだね……あいつの頭の中って本当、どうなってるんだろうね?」
ルシアノとセルナが窓から外を見ながら呆れた風に言った。
セルナがルシアノに事件の詳細を話し終え、メイドの持ってきた紅茶を飲んだらルシアノは帰る予定だった。
しかし外が騒がしかったので、2人は窓から外を確認したのだ。別に仲良しだから一緒に外を見たわけではない。2人とも気になったからそれぞれ自分で確認したというだけ。
そうしたら、髪を切ったアレシアとアンシェル姉弟が公爵邸の庭で戦っていて、その周囲を私兵たちが囲んでいるという状況が目に飛び込んだ。
ついでに言うと、多くの私兵の死体が転がっている。
「一人で治安隊も私兵もぶち殺してセルナ嬢を襲うつもりで来た、ってことだよな?」
「そうだね。なんて自信過剰なんだろう……」
セルナの声がちょっとだけ震えた。まだアレシアが怖いのだ。
「てかあれアンシェルの姉弟だよな?」
「そうだね」
「アンシェルにも頼んでたのか?」
「君の紹介状が役に立ったよ」
「さすがに過剰じゃねぇか?」
「そう思うかい?」
よく見ろ、とセルナが窓の外を顎でクイッと示す。
一流の殺し屋との2対1の戦いで、アレシアはほぼ互角に渡り合っていた。
「マジかよ。どんな化け物だよイカレ令嬢」ルシアノが引きつった表情で言う。「てか戦闘のレベルが高すぎて私兵たちが戸惑ってるぞ」
私兵たちも剣を抜いてはいるし、魔法使いは【マナアロー】を用意している。ただ、それらを使う隙が見つからないだけ。
「レーテは体術が得意みたいだね」
「弟の方は暗器と魔法か。バランスがいいな」
そして二人の連携はかなり高度だが、それでもアレシアとは互角だった。
「アレシアの気迫がここからでも分かる」とセルナ。
「そうなのか?」
「うん。あいつ、今日ここで終わるつもりだね」
セルナの言葉は正しい。アレシアは今日、全力を出し尽くすつもりでいる。一切の悔いを残さず、あとのことも考えず、持てる全ての力で戦っているのだ。
今日、この瞬間がアレシアの人生においてもっとも強い瞬間なのだ。もちろん、人生が続くなら別だが。
「で、セルナ嬢はどうするんだ?」
「うん。アレシアが負けそうになったら颯爽と登場して、トドメだけ私が刺す」
「ずいぶんと姑息だな」
「私みたいなか弱い令嬢にアレと戦えと? 2秒でバラバラにされるよ?」
セルナの本領は姑息な手段にこそある。正々堂々と戦うなんて前世でも今世でも有り得ない。
特に今世では相手の不正が分かるので、基本的にはそれをネタに脅迫し、コントロールするのが本領。
脅迫が通用しないアレシアみたいなタイプはどうしようもない。だからこそ、他人にやらせるのだ。アレシアより強力な国家権力やアサシンに。
「確かにそうか……ありゃ俺でも10秒保たねぇな」
「本当は?」
「……5秒だな」
ルシアノが肩を竦めた。
「今日のアレシアは竜絶の団員ぐらい強いかな?」
「んー? そうだなぁ……そのぐらいの強さはありそうだ」
「帝国最大戦力の団員と同等とか、正真正銘の化け物だね」
竜絶の団員は全員がアカデミーの騎士科を卒業していて、その上で超難関の入団試験に合格しているのだ。
14歳の時点でそれらと同等の戦力を持つとか、本当に10年後は帝国最強だったはずだ。
「とはいえ団長や副団長には遠く及ばないだろうぜ」
「まぁ、そうだろうね」
竜絶を支配できたら色々と便利だろうな、とセルナは思った。
(そういえば、騎士科の2年生に竜絶団員の息子がいたか)
しかし顔は思い浮かばなかった。
「おっと、決着が付きそうだね」
庭ではアレシアの剣が砕けたところだった。
「人間技かよあれ」とルシアノが苦笑い。
レーテが剣の腹を殴って砕いたのだ。
アレシアが驚き、少しだけ隙ができた。それを見逃すほどアンシェル一家は優しくない。
◇
アレシアは空を見ていた。
よく澄んだ青空で、まるで今のアレシアの心を映すようだと思った。
悔いはない。両手両足をへし折られ、無様に横たわって空を見上げているけれど、それでも悔いはなかった。
生まれて初めて全力で戦った。アレシアの本気を受け止められる者が近くにいなかったから。
子供の頃は、もっと小さい頃は、父が剣を教えてくれて、それで……。
それで、すぐにわたくしの方が強くなってしまったのか、とアレシアは思い出す。あの日、幼いアレシアが父から一本取った日のこと。
父は驚愕の表情でアレシアを見ていた。
なぜ今になって父を思い出したのかアレシアには分からない。特に好きでもなかったし、アカデミーに通い始めてからは言葉さえ交わしていない。
ああ、それどころか顔も見ていないのだ。アレシアは帝都に住んでいたが、両親は領地の屋敷に引きこもっているのだから。
「ああ……そうか、父はフレットに似て……見栄えが良かったから……」
悔いがあったのだ、とアレシアは理解した。
空を見て悔いはないと感じて、だけど本当は違った。アレシアには悔いがあった。
それが父。見栄えのいい父を、フレットのように殺したらきっと気持ちよかっただろう。
なんならぶち犯してから殺してもいい。
ああ、フレットも犯してから殺せばよかった。失敗したなぁ、とアレシアは思った。
「なんだ……割とあるじゃないか……後悔……」
「あっれー? 頭やっちゃった?」レーテがアレシアの顔を覗き込む。「まぁ、あーしらも手加減できなかったしぃ? セルナっちも許してくれるっしょ」
「セルナ……」
レーテの声を聞いて、アレシアは目的だった少女を思い出す。
この世の者とは思えないぐらいに美しい少女。一目見た時に運命を感じた。死ぬなら彼女に殺されたいな、とアレシアは思った。
殺されるという行為は人生で一度しか経験できない。ならば全力で楽しむのは当然として、その相手も最高の相手がいい。
「いや、姉貴、オレたち囲まれてるよ? 油断すんなよ?」
公爵家の私兵たちはまだ武器を構えている。
「セルナっちがきたら大丈夫っしょ。あーしらセルナっちに雇われたわけだしぃ?」
「セルナが……お前たちを?」とアレシア。
「姉貴、なんで依頼主のことを平気で話しちまうんだよ、あんたは」
スタースが苦虫を嚙み潰したような表情で言った。
「いいじゃん、どうせ死ぬんだからさぁ」レーテは両手を頭の後ろで組み、気楽に言う。「それにきっとセルナっちもバラすと思うしぃ?」
「マジ? なんでそう思う?」
「だってセルナっちって根に持つタイプじゃん? あれ相当、陰険じゃん? 見た目は天使みたいだけど、腹の中は真っ黒どころか邪悪な存在っしょあれ。あと自己顕示欲も強いし、自分がやったって言いたいタイプっしょ」
「マジで? そんな風には見えなかったぞ?」
スタースは訝しげな表情で言った。
「あんたは本当、見る目なさすぎてウケるぅ」
きゃは、っとレーテが笑った。
「そうか……セルナがわたくしを……」
アレシアにとっては衝撃だった。
あのセルナが、殺し屋を雇ってわたくしを狙った?
最初の襲撃の時から、セルナに雇われていたのだろうか、とアレシアは思考した。
きっとそうなのだろう、と結論を出した。
であるならば、セルナに殺されるのと同じことなので、まぁ悪くはないか、とアレシアは少し笑った。
「トドメを刺せ……。それとも嬲り殺しか?」アレシアが言う。「それも楽しいか……」
昔、『自分がされて嫌なことは他人にしてはいけない』と教えてくれたのは母だったか、とアレシアは思った。
それって逆に言うと、『自分がされても問題ないことは他人にしてもいい』ということだ。
だから、殺されてもいいアレシアは殺してもいいのだ。
「みんなもう武器を降ろしていいよ。あとは私が始末をつけるから」
やや弾んだ声で、セルナが言った。
その声を聞いて、アレシアは心が躍った。
なるほど、アレシアを殺すのは本当の意味でセルナなのだ、とアレシアは理解した。




