31話 天使の見た目の邪悪な存在
時間が少し巻き戻って、アレシアが伯爵邸から逃げたその日。
アレシアは泣き叫ぶ赤子を剣で突き刺した。
それを見て、赤子の両親が何かを叫ぶが、両親は口を布で塞がれているので何を言っているのかアレシアには分からない。
ちなみに両親は両手足を縛った状態で床に転がしている。
ここは帝都中央区のすぐ西の地区。
準貴族の官僚が多く住む住宅地のとある民家。
アレシアは伯爵邸を出たあと、目についたこの家に侵入して住人を拘束した。遊んでいるわけではなく、身を潜めることが目的。
「ふむ。わたくしは人殺しが大好きだが、これは何も感じないな」
アレシアは剣の先に赤子を突き刺したまま剣を持ち上げる。
息絶えた赤子を見て、母親の方が失神した。
「わたくしの中でこれは人ではなく、肉の塊ということだな」
ブン、と剣を振ると、突き刺さっていた赤子の死体が飛んでいき、壁に当たって床に落ちた。
父親の方が涙を流しながら力いっぱいに何かを叫んでいる。
「……わたくしはお前たちを生かしてやろうと思っていたのだが、気が変わった」
アレシアは事実、ここの家族を殺す気はなかった。その証拠に、夫婦を拘束しただけで生かしておいたのだから。
赤子にしたって、泣かなければ放置していた。
アレシアが父であり夫である善良な男の首を刎ねた。
「やはりわたくしは人殺しが一番好きだ」
殺した男の首を見ながら、ウットリした様子でそう呟いた。
「ああ、セルナを殺したらきっと絶頂するだろうな、わたくし」
今でさえ下半身は濡れている。
正直、弟のフレットを殺した時はイキかけた。なんせフレットはアレシアに似て見栄えがよかったから。
アレシアは見栄えのいい人物が好きなのだ。
「ああ、セルナ、どうやって殺そう?」
公爵邸はきっと厳戒態勢だし、セルナはアレシアが捕まるまでアカデミーを休むだろうと推測している。
「殺し方は決まっているのだ。ちょっとずつ時間をかけて刻む。これが一番気持ちいい。間違いない」
アレシアが妻であり母である善良な女の胸に剣を突き立てた。
人を刺した時の感触が好きだ。剣から伝わるあのなんとも言えない感触が大好きだ。
血が広がる様子を見ると心が躍ったし、「あぁ」と甘いと息が自然と漏れた。
帝国は素晴らしい国だが、唯一の欠点は殺人が合法でないことだ、とアレシアは思った。
殺人が合法ならきっともっと毎日が楽しかったはずなのに、と。
もちろん自分が殺されることも視野に入れている。殺されるという行為は一生のうちに一回しか体験できないので、その時は心から楽しむ所存だ。
それはそれとして。
「問題はどうやってセルナと会うか、だな」
善良な女の死体から剣を抜き、何度か振って血を払う。
「セルナとフレットが支援していた孤児院の子を人質にするか?」
セルナには人質が通用する。それは確実だ。なんせ、フレットの生首を見てあれだけ狼狽したのだ、間違いなく人質は通用する。
「とはいえ、公爵家が許さないか……」
仮に人質を取ってセルナを呼び出しても、公爵家がセルナを外に出さないだろう。たとえセルナが子供たちを助けたいと願っても。
「正面突破しかないか」
アレシアは長い銀髪を肩の辺りで斬った。この髪は目立つので、短くした方がいい。そう思っただけ。
更に家の中を物色してフード付きのローブを発見。
「ひとまずこれを着て、公爵邸の近くまではいけるか……」
まぁ今すぐ行く必要はない。右の耳が千切れているのも治療したい。
落ち着いたらなんだか酷く痛み始めた。
アレシアは生活魔法である【プチヒール】しか使えないので、とりあえずそれを自分の耳に使用。
少しだけ痛みが和らぐ。
ちなみに、耳を再生させるには3星魔法の【ヒール】が必要。
「あのガキ、恐ろしく強かったな。間違いなく何かしらのギフトを持っている」
見た目的に平民だが、見覚えはなかった。セルナが泣きながら助けを求めたカルラという人物だろう、ということしか分からない。
「ジャックという男の名も呼んでいたか……」
まぁ、どうでもいいか、とアレシアは思った。どうせ多くの者を斬り伏せないとセルナに辿り着けない。であるならば、気にせず全部殺せばいい。
途中で力尽きるならそれはそれ。
アレシアは二晩ここで休み、ほぼ万全の状態になってから行動を開始した。
◇
アルカサル公爵邸の外を見回っている治安維持隊の若者は、酷くうんざりしていた。
「アルカサル令嬢がビビってるからって、なんで俺らが……」
「気持ちは分かる」若者とペアを組んでいるベテランの隊員が言う。「普通、犯人はとっくに帝都から出てるだろうからな」
「アルカサル令嬢と首切られた令息が支援してた孤児院も守ってんでしょ? 無駄でしょ、絶対」
「まぁそう言うな。グルグル回ってるだけだ、楽なもんだろ?」
「いや、俺はもっと意味のある仕事がしたいね。てか、10人だぜ? ここ守ってるの。人員の無駄だろ」
このペア以外にも、4つのペアがアルカサル公爵邸の周辺を巡回している。
「おっと正門前だ若造。黙って歩けよ」
「へいへい」
アルカサル公爵邸の正門前には、公爵家の私兵が2人立っている。彼らに愚痴を聞かれるのはまずい。
治安隊の2人は正門の私兵に視線をやって、ペコリと頭を下げる。
そうすると、私兵の二人も小さく頷くように頭を下げた。
治安隊の2人が視線を前に戻したところに、ローブを着た人物が立っていた。
「あ?」と若い方が目を丸くした。
一体、このローブの人物はいつからそこにいた? まるで急に現れたように見えたのだが。
「おい、フードを取れ」
ベテランの方が立ち止まって言ったので、若い方も合わせて足を止める。
ローブの人物がフードを取る。
口笛を吹きたくなるほどの美少女だった。銀髪に赤い瞳の美少女で、柔らかく微笑んでいる。
あれ? 銀髪に赤い瞳?
「貴様! アレシ……」
ベテランが叫ぶように声を上げ、だけど最後まで言えなかった。
剣を抜いたアレシアがベテランの首を刎ねたから。
「へ?」
若い方は何が起きたか理解できずに、ただただ突っ立っていた。
そして次の瞬間には、世界がグルグルと回った。
◇
アレシアは巡回していた治安隊の二人を斬り殺したのち、正門の私兵も電光石火の如く斬り伏せた。
そしてスキップするような軽い足取りで公爵邸の敷地へと足を踏み入れた。
庭を巡回していた私兵たちがアレシアに気付いて剣を抜く。
だがアレシアの方が速い。
アレシアは高速移動しながら、1人につき一度だけ剣を振って皆殺しにした。
アレシアが剣を振って血を払った時、背後から短剣が飛んできた。
アレシアは回転しながらその短剣を打ち払う。
「えー。本当に化け物じゃーん。可愛い顔して人殺しが手慣れてるぅ。あーしビビっちゃう」
「マジで来やがった。姉貴、よく分かったな、アレシアがセルナを狙ってくるって」
酷く軽いノリで、アンシェル姉弟がそこに立っていた。
「いやぁ、だってあーしなら、殺しそこねた獲物とか絶対殺しに行くっしょ」
「さすが姉貴! イカレ女にはイカレ女の行動が分かるってことだね!」
「そんな褒めんなし」
アンシェル一家の長女、マルガレーテがテレテレと頭を掻いた。
「貴様はいつぞやのアサシンか」アレシアがニヤッと笑う。「わたくしを殺せなくて助っ人を連れてきたか」
「はーい、あーしが助っ人のマルガレーテ・アンシェルだよぉ! よろぴー! レーテって呼んでね! 地獄で誰に殺されたか質問された時にでも、ね!」
マルガレーテことレーテがアレシアとの間合いを詰める。
その速度はアレシアほどではないが、それでも一流のアサシンだとすぐ分かるほどの速度だった。
これはセルナまで辿り着けないかもしれないな、とアレシアは思った。
まぁそれはそれだ。
この2人でも十分気持ちいいに違いない。




