30話 私は壊れてない
「いやぁ、まさかこの俺が公爵邸に呼ばれる日が来るとはな」
情報ギルド白き翼のマスター、ルシアノが応接室のソファに座ったままで言った。
ルシアノは20代後半の男性で、黒髪黒目。スラッとしていて雰囲気イケメンだ。残念ながらジッと顔を見詰めるとそこまでイケメンではないのだが。
「私とアレシアの間に何があったか全部話すから、アレシアを見つけてくれ」
ルシアノの対面に座ったセルナが淡々と言った。
ちなみにセルナは2日連続でアカデミーを休んだ。心の傷を癒すためではなく安全のためだ。
通学中の馬車を襲撃されたり、アレシアがアカデミーに潜んでいる可能性だってあるのだ。
現在の公爵邸は戦時中並みの警備が敷かれている。敷地内は私兵が、敷地外は治安維持隊が固めている。
仲の良い貴族家も腕の立つ騎士を派遣してくれて、ここが帝都でもっとも安全な場所となった。
「あの新人メイドちゃんめっちゃ可愛いよな」ルシアノがニヤニヤと言う。「桃色の髪の毛にサイドテール! 自分が可愛いこと分かってるよなアレ! メイド服を着てなかったのが残念でならねぇな!」
「カルラは可愛いよ。私のお気に入り」
「だろうね。だってセルナ嬢、彼女をシェナイズの街からわざわざ連れてきただろう?」
ルシアノがニヤニヤと笑いながら言った。
シェナイズの街というのは、タッカーが領主をしているあの街のこと。セルナの出身地であり、SIU発祥の地。
「そこまで調べたのか。さすが白き翼。拍手を贈ろうか?」
白き翼の調査員らしき人物がシェナイズの街をウロウロしているという情報を、セルナはすでに持っていた。
タッカーとシスタークラーラも共鳴の指輪で連絡が取れるのだから。
「ぜひ頼む。公爵令嬢の拍手が欲しいぜ俺は」
ルシアノが言うと、セルナはパチパチと手を鳴らした。特に何の感情もなく、ただ鳴らしただけ。
「気持ちが入ってねぇな」
「何も感じてないからね」
「……まぁいいか。セルナ嬢は地元でも有名な子だったんだな」ルシアノが言う。「とっても頭が良くて、法律に興味があった。孤児院で過ごしていたが、ある日領主のタッカー・プレイスの弟子になった」
セルナは白き翼の調査員を泳がせていた。
ある程度、与える情報も制限した。あの街に関しては、ほぼ完全にSIUの支配下にある。そもそも領主のタッカーがセルナの支配下なのだから当然だ。
正直、知られて本当に困るのは『SIUがまだ小さな組織である』ことだけ。他は知られても特に問題はない。
「それで?」セルナが言う。「私がその街に隠されていたことを知って、何かいいことでも?」
「いや」ルシアノが肩を竦めた。「経費分の金をほとんどドブに捨てただけだね。まぁ、君の情報の値段が少しだけ上がったかな、という程度か」
「そうだろうね。私自身、長いこと自分をアルカサルだと知らずに過ごしていたからね」
今も本物のアルカサルではないけれど、とセルナは心の中で追加した。
「知ったのはタッカーに弟子入りした時か?」
「あれは保護だったんだよ」セルナはテキトーに話を合わせて言う。「公爵家が私を保護した。いや、元々影から見守ってはいたらしいけどね」
セルナの扱いは現在、3種類存在する。
その1。対外的には10年ほど前の事件だか事故のあとに、安全のために隠したが最近脅威が去ったのでセルナを連れ戻したという話になっている。
その2。失ったと思っていたセルナを最近発見して公爵家に戻したと言う話。こちらはテランス向けの説明。
その3。全然関係ないけど見た目がアルカサルなので、10年前に失った子の代わりとして養子になったという事実ベースの話。これを知っているのは当主、執事長、当主の補佐官3人と公爵夫人だけ。
「まぁ保護だよなぁ」
ルシアノが両手を頭の後ろで組み、ソファに背中を預けた。
「本題に入っても?」とセルナ。
「ああ。イカレ令嬢の行方だろ? さっきセルナ嬢からも聞いたし、来る前にメイドちゃんからも聞いたさ。あの子にメイド服を早く」
「メイド服はもちろん渡すさこのクソロリコン野郎め」
「いやいや、俺はロリコンじゃねぇって」ルシアノが慌てた様子で言う。「普通にあのぐらいの子は可愛いだろうが! 性的な意味じゃねぇぞ!?」
「カルラに手を出したら公爵家の威信にかけてぶっ殺すから」
「出さねぇよ!? ロリコンじゃねぇって言ってるよな!?」
「信じないが、話を進めよう」
「信じろよそこは!」
「うるさい。それより依頼は受けるのか?」
セルナが言うと、ルシアノは少しだけ考えるような素振りを見せる。
「何があったか詳しく話すのが報酬だっけ?」
「ああ。不満かね?」
「いや、当事者から詳しい話を聞きたい。一応、ある程度の内容は掴んでるんだが、確認の意味も込めて、話を聞かせてくれ」
「依頼を受けるってことだね?」
「ああ。任せろ。必ず見つけてやるが、見つけたあとは?」
「君ら荒事は?」
「苦手に決まってんだろうが」
「そうだよね。じゃあ普通に治安維持隊に通報して」
情報ギルドにも戦闘員はいるだろうし、工作員はそれなりに戦闘もできるはず。だが、情報ギルドはあくまで情報の収集や分析が主な仕事なのだ。
「それでいいのか?」
「問題ないよ」
治安維持隊にはすでにアレシアを殺さず確保するよう公爵家が要請している。ちなみに、『生きてさえいればどんな状態でも可』というものだ。
「帝国情報局と竜絶もたぶん動くから、バッタリ会って揉めないように気を付けて」
「ああ? マジで?」
「たぶんね。私がボコられたから、公爵家がブチ切れてて皇帝に直訴してる」
肉体的には2発殴られただけだが、精神的には切り刻まれたと表現してもいい。
「情報局とか竜絶から見たら、俺ら普通に違法組織なんだが?」
「じゃあ会わないように気を付けて」
セルナは笑顔で言った。
「……しゃーねーな。それで? 念のため聞いとくけど、イカレ令嬢はどこにいると思う?」
「帝都にいるさ」
「なんだって? 普通は遠くに逃げるもんだぞ?」
「アレシアは私を殺しに来る。だから帝都を出ない。あいつは自分が生き残ろうなんて思ってない。いや、もちろん死ぬ気はないんだよ、あいつにも。ヤバくなったら逃げるだろうけど、こう……なんて説明したらいいのか……」
アレシアが近くにいることは分かるのだけど、詳しく思考回路を説明できない。壊れた人間を理解できるのは同じように壊れた人間だけ。
そして、セルナは別に壊れてない。
完全に正気のままで理想の世界を目指しているのだ。まぁ、他人から見たらそれは十分に壊れた人なのかもしれないけれど。
ただ、セルナの自認は『壊れてないまともな人』なのだ。
仮にセルナの自認が壊れた人だったとしても、アレシアとは方向性が違いすぎてどっちみち理解は及ばないけれど。
「死は覚悟の上だが自殺する気はない、みたいな?」
ルシアノが曖昧な感じで言った。
「そんな感じかな? こう、死ぬのは仕方ないけど、死ななくていいなら死なないみたいな? もし、いつ死んでもいいと思ってるなら、伯爵邸から逃げてない」
「そりゃそうだな。で、普通の犯罪者ならそのまま遠くに逃げるわけだが……」
「あいつは普通じゃないし、私に執着している。間違いなく私を殺すために近くにいるよ。感じるんだよ」
「てか、なんでそこまで執着されてんだ? 何したんだセルナ嬢」
「何もしてないから困ってる」
沈黙。
ルシアノが苦笑いして、セルナが肩を竦めた。
「本当に何もしてないんだよ私。顔が好みとか言われて付きまとわれただけ」
「ああ……ストーカーの被害者みたいなもんか……」
「ストーカーが【剣才】持ちの激やばイカレ令嬢だった、ってだけでね」
セルナは自虐的に両手を広げた。
「ご愁傷様……とりあえず、事件のこと話してくれるか?」
「もちろん」
セルナは治安維持隊や公爵家にしたのと同じ説明をした。




