28話 盲目の愛と3つの願い
ボニージャ伯爵邸に駆け付けた治安維持隊の連中が全ての部屋を捜索し、フレットの身体を発見。更に応援が呼ばれ、召使い全員の事情聴取も行われた。
セルナは食堂の椅子に座って、医者の治療を受けていた。と言っても、回復魔法なので割とすぐに痛みも腫れも引いた。
カルラはずっとセルナに寄り添っていて、ジャックもセルナの側に控えている。
治安維持隊による事情聴取も、セルナたちはすでに終えている。
治安維持隊はすぐにアレシアを指名手配。罪状は『貴族令息の殺害』と『貴族令嬢への暴行』の二つ。
「孤児院を守って」
セルナが治安維持隊の隊長らしき人物に言った。
「なぜ孤児院を?」と隊長らしき人物。
「私とフレットが支援していたから、もしかしたらアレシアが狙うかも」
分からない、分からないけれど、念のためだ。
可能性は高くないとセルナは思う。アレシアの狙いはセルナ本人だ。初めて会った時から執着されている。
「この子たちも孤児院の子、ですよね?」
隊長らしき人物は、カルラとジャックを視線で確認。
「そうだよ。私とフレットはこの子たちも呼んでいたんだ。今日の晩餐にね。さっき事情聴取で言ったか……」
さすがにカルラとジャックを忍ばせていたとは言えない。だから、呼んでいたことにしたのだ。
「分かりました。孤児院に護衛を付けましょう」
「ありがとう。もう家に帰っても?」
「ええ。大丈夫ですよ」と隊長が頷く。
「お待ちください」セルナの護衛騎士が言う。「迎えが来る予定になっています。もう少しお待ちください。帰り道でイカレ令嬢が襲撃してくるかもしれません。お待ちを」
「そうか……。それは怖いね……。だけど早く着替えたいな……」
セルナは下半身がびっちょりと濡れている。
「アレシアの服を拝借してはどうです?」とカルラ。
「窃盗では?」と言いながらセルナが隊長を見る。
「アレシア令嬢の部屋はすでに捜査済みです」隊長が言う。「我々が近寄ることはないでしょう。それに、被害届は出ない」
「分かった、ありがとう」
セルナが立ち上がって、アレシアの部屋に向かう。
カルラ、ジャック、護衛騎士の3人が付いてきた。
途中、見知ったメイドを見かけたので「リネンを持ってきて。身体を拭くやつ」と伝えた。
リネンは一般的な布のことで、吸水性がいい。肌着や手拭い、衣服、ハンカチなど色々な用途で使われている。
「男性2人は外で待ってください」
アレシアの部屋を開けたカルラが、一緒に入ろうとしたジャックを押し出した。
護衛騎士は最初から廊下で待つつもりだったようで、入ろうとはしなかった。
「ジャックも一緒にいて」とセルナ。
アレシアを思うとまだ身体が震える。そしてここはアレシアの匂いが強すぎる。
カルラは小さな溜息を吐いてから、ジャックを手招き。
ジャックはサッと部屋の中に入って、ドアを閉めた。
アレシアの部屋は散らかっているが、それは治安維持隊が手掛かりを探したから。
「お姉様、あの怪物が襲ってきても、また自分が撃退できます」
カルラは自信満々で言った。
「それ、マジでどういうことだ?」ジャックが言う。「カルラの実力じゃ、アレに勝てるとは思えねぇ。いくらカルラが昔『狂犬カル公』って呼ばれてたとしてもな」
「同志ジャック、そのあだ名は忘れなきゃ殴りますよ?」
カルラがキッとジャックを睨み、ジャックは慌てて両手を振った。
カルラは小さく息を吐いてから言う。
「ギフトが覚醒したんですよ」
「ギフトが?」とセルナ。
「はいお姉様。自分のギフトは『盲目の愛』です!」カルラが嬉しそうに言う。「お姉様を愛しいと感じれば感じるほど、自身が強化されるギフトです!」
「な、なんて限定的なギフト!」ジャックが目を丸くして言う。「いや、確かにカルラらしいけども!」
「おめでとうカルラ」セルナが言う。「今日からギフト持ちだね。単純で強力だけど、私を嫌いになったら効果を発揮しないね……」
ジャックの言う通り、本当に限定的なギフトだ。たとえばだが、私が死んだらどうなるのだろう? とセルナは思った。
愛しいと感じていればいいので、生存は関係ないのかもしれない。もちろん試す気はないけれど。
「自分がお姉様を嫌いになることはないので、実質永遠に使えるギフトです」
ふんす、とカルラがない胸を張って言った。
その様子が可愛らしく、セルナはクスっと笑った。
「さぁ、着替えを探そう」
そう言って、アレシアのクローゼットを開ける。
動きやすい簡素な服が多かった。
「こっちに下着あるぞ。お、大人のやつもあるぞ!」
ジャックがチェストを開けて嬉しそうに言った。
「何を喜んでいるんですか」カルラが汚物を見るような目でジャックを見る。「それは怪物のですよ? 少しも興奮しません。お姉様の濡れたカボチャパンツの方がマシです」
カルラが言って、セルナは頬を染めた。
アレシアが怖くて漏らしたことを再確認して、酷く憂鬱な気分になった。
フレットを救えなかっただけでなく、敵討ちさえできなかった。
「ああ、お姉様、そんな顔をしないで」
ギュッとカルラがセルナを抱き締める。カルラの体温はセルナより高く、とっても温かい。
と、誰かがドアをノックした。
ジャックがドアに近寄って「誰だ?」と質問。
「リネンをお持ちしました」とメイドが応えたので、ジャックがドアを開ける。
「着替えを手伝いましょうか?」とメイド。
「いやいい。俺たちだけで。今、セルナ……お嬢様は怯えてる。俺たちだけの方がいい」
「そうですか、分かりました」
メイドは数枚のリネン布をジャックに渡してから部屋のドアを閉めた。
◇
着替え終わったセルナたちが応接室に移動すると、そこにはテランスとベンジャミンが待っていた。
「セルナ!! 無事でよかった!!」
テランスがセルナに駆け寄り、そのまま抱き上げた。
「イカレ令嬢に殴られ、殺されかけたそうだな?」
ベンジャミンが酷く怒ったような表情で言った。
「はいおじい様……」
テランスに抱き上げられたまま、セルナは力なく言った。
「自分の弟の首を刎ねてお皿に載せて」ジャックが言う。「それをセルナお嬢様に見せて、狼狽するお嬢様を笑ったんだあいつは」
その言葉に、テランスが酷くショックを受けたような表情を浮かべた。
「そこまでイカレているとは……」
ベンジャミンは頭痛がした時みたいに顔をしかめる。
「ところで君たちは……」
テランスがカルラとジャックを見て言った。
セルナは治安維持隊にしたのと同じ説明をした。
「そうか、セルナとフレット君が支援している孤児院の子か……君たちも酷い目に遭ったね」
テランスはセルナを床に降ろしながら言った。
「ボニージャめ……許せん」ベンジャミンが言う。「領地戦を仕掛けるぞテランス」
「もちろんです父上」テランスが頷く。「陛下に話してイカレ令嬢の捜索もしてもらいましょう」
「うむ。帝国情報局と竜絶なら、逃げたイカレ令嬢も見つけるだろう」
「お父様、おじい様」
セルナが真面目な声で言ったので、テランスとベンジャミンがセルナに視線を向ける。
「3つお願いがあります」
「言ってみろ」とベンジャミン。
セルナが人差し指を立てる。
「アレシア・ボニージャを見つけたら、半殺しの状態で私の前に連れてきてください」
「理由は?」
「私の手で殺します」
「セルナ!?」
テランスが驚いて大きな声を上げた。
「私はあいつに怯え、漏らしたんです! このままでは私は一生、アレシアがトラウマになります! 許せるものか! それにフレットだって殺された! 私が! 私がやらなきゃ!」
セルナはだんだんと感情的になって、敬語さえ消えてしまう。
ふむ、とベンジャミンが頷く。
「いいだろう」
「父上!?」
「公爵家の者が! 酷い目に遭わされたのだ! セルナには自らイカレ令嬢を処刑する権利がある!」
「……しかし」
「これは決定だ」ベンジャミンがテランスを睨み、それからセルナに視線を移す。「だがセルナ、人を殺すのは言うほど簡単ではないぞ」
「覚悟しています」
そもそもセルナは必要な殺人は許容する派だし、裏切り者を自ら殺したこともある。
もちろん、そんなことは言わないけれど。
「いいだろう、それで残りの願いは?」




