26話 アレシアの素敵なサプライズ
ニーナは初めて人を殺した。
それは戦闘中でもなく、正当防衛でもなく、ただの処刑だった。
キラキラと輝く光属性の【マナアロー】で詐欺師の胸を貫いた。
「よくやった」
震えるニーナの身体を、セルナが抱き寄せる。
「大丈夫、大丈夫だよニーナ。君がやったのは殺人ではない。犯罪者の粛清に過ぎない。私たちの理想は、綺麗事では達成されない。こういう地道な処理がどうしても必要なんだよ」
セルナは優しい声で言いながら、ニーナの背中を撫でた。
「僕は二回目だけど、もう慣れたよ」フレットが言う。「僕たちの未来にこいつらの席はなかった。それだけのことさ」
詐欺師の弟子はフレットが【マナアロー】で殺害した。
もちろんセルナの命令だ。ニーナとフレットに詐欺師2人の殺害を命じたのだ。フレットは嬉々として、ニーナは怯えながら、それぞれ命令を遂行した。
「院長、モニカ」カルラが淡々と言う。「死体の処理をお願いします。バラバラにして畑の肥やしにでもしましょう。いい野菜が取れるでしょうきっと」
「了解しました」
冷静に返事をしたのはモニカの方。
モニカはカルラが後継者として育てている少女で、年齢は14歳。
院長とモニカが詐欺師の死体を運び出す。
「いつまでもメソメソしない!」
カルラはニーナのお尻を引っ叩いた。
「ひゃ!」とニーナが可愛い悲鳴を上げる。
その時に、セルナはニーナを離した。そう、今までずっと抱きしめて慰めていたのだ。
「いいですか同志ニーナ、殺人と粛清は違います」カルラが指を一本立てて、左右にフリフリしながら語る。「今日、この詐欺師を同志が粛清しなければ、無辜の人民が被害に遭うんです。故にこれは間違いなく正義の執行であり、誇るべき行為です」
「うん……大丈夫ですよ同志カルラ」ニーナが微笑みを浮かべる。「私たちの目指す社会に、他者を騙してお金を儲けるような豚は不要です。粛清が初めてだったので、少し怖かっただけです」
「よろしい」とカルラが頷く。
セルナはカルラとニーナの頭を同時に撫でた。
2人が照れた風に頬を染める。この2人は似ているな、とセルナは思った。
と、院長とモニカが戻ってきて詐欺師の弟子の死体も運び出した。
「セルナ、僕も」
フレットが身体を傾けて、頭をセルナの方に突き出した。
「はいはい。君もよくやってくれた」セルナがフレットの頭を撫でる。「ともに理想の社会を構築しよう」
フレットが嬉しそうに笑って、セルナも微笑みを浮かべた。
「さて、カルラはさっきの詐欺師たちの住処を漁って財産を回収しておいてくれ」
現状、金はいくらあってもいい。だが将来、目指すべき到達点はお金の不要な社会。『必要な分を必要な時に必要なだけ持って行っていい』社会。
そこに辿り着くまでは、現在の貨幣制度を踏襲するしかない。
「はいお姉様。すぐに行きます」
カルラはあの詐欺師たちがアポを取りに来た時点で、彼らに尾行を付けて住処を暴いている。
カルラが部屋を出て、「私たちも帰ろう」とセルナが言った。
セルナはすでに孤児院の誰も裏切っていないことを確認している。だからもう特に用事はない。会議を開くほどの議題も今は特にない。
◇
「セルナ、今日は我が家で一緒に夕食を摂ろう」
アレシアが笑顔で言った。
ここはアカデミーの食堂、いつものテーブル。当然、いつもの4人が集まっている。
「断ったら?」とセルナ。
「ここで貴様の首を刎ねて、その首を抱いて帰って一緒に夕食だ」
「行くよ」
セルナは溜息混じりに了承した。
本当、こいつ早く死んでくれないかな、とセルナは心から思った。アンシェル一家の姉弟がアレシアを殺す日が待ち遠しい。
「姉上、セルナは公爵令嬢です」フレットが言う。「いい加減、姉上の部下扱いするのはやめてください」
「ほう。貴様、いつからわたくしに意見できるほど偉くなった? 殺すぞ?」
アレシアがフレットを睨みつけ、フレットは真っ直ぐにアレシアを見た。
「落ち着いて」セルナが二人を宥める。「私は気にしてないからフレット。いいんだ」
どうせアレシアは死ぬ。10年後のアレシアならアンシェル一家を跳ね除けるだろうが、今のアレシアなら殺せる。
故に、今、殺さなくてはいけない。アレシアは成長したら手が付けられなくなる。
「分かった……セルナがそう言うなら」
フレットが引いて、アレシアは「次はないぞ」と呟いた。
◇
「そんなわけで、今日の食事会は少し不穏なんだよ」セルナが自室のソファに座った状態で、共鳴の指輪に向かって言う。「念のため、カルラとジャックはボニージャ邸の敷地内にいてくれ。最悪の場合、私とフレットの脱出を手助けしてほしい」
今日のフレットとアレシアは一触即発だった。夕食会の時も揉める可能性は十分に有り得る。
もちろん、そういう事態が起こらないよう、セルナは場をコントロールするつもりだ。しかし万が一ということもある。
「了解だぜ」とジャック。
「そもそも自分は、あの怪物に会ってほしくないです」とカルラ。
セルナは共鳴の指輪を2つ同時に起動させている。
「私だって会いたくはないんだけどね。首を刎ねられちゃたまらない」
アレシアはアカデミーの食堂で下級生を殺すかって? 当然、殺すだろう、とセルナは思っている。
アレシアは伊達に『イカレ令嬢』なんて呼ばれていない。
「あーあ、公爵家の護衛騎士が頼もしいと思ったのは初めてだよ」
出かける時にはいつも騎士が付く。だいたいは馬車で待たせるのだが、今日に限っては中まで入ってもらうつもりだ。
「しっかし、あのフレットがアレシアに逆らうとはな」
「お姉様のためでしょう」
「そうだけど」セルナが言う。「どうせアレシアはもうすぐ死ぬんだから、好きに言わせておけばいいのに」
「はぁー」とカルラが溜息を吐く。「お姉様は恋心というものを少しも理解していないです」
「恋心だと?」
セルナは首を傾げた。
「はい。いいですか? 好きな相手が威圧されていたら、助けたいと思うものです」
「だな。俺がフレットでも同じように言ったかもしれねぇ」
「なるほど。そういうものか」セルナが頷く。「とりあえず、着替えるからもう切るよ。またあとで」
◇
「護衛はこっちで待て」
アレシアはセルナの護衛騎士を応接室に通した。
「さぁセルナ、わたくしたちはこっちだ」
アレシアはとっても機嫌がよかった。跳ねるように足取りが軽い。
それを見て、セルナはホッと息を吐く。どうやら、問題は起こらなさそうだ、とセルナは思った。
ここはボニージャ伯爵邸の廊下。
セルナの少し先を歩くアレシアが、踊るように振り返る。
銀髪がふんわり揺れて、まるで絵画のような美しさだった。それはセルナですら息を呑むほどのもの。
(人格さえまともなら、私の側近にしたのに)
美しいからというよりは、その素晴らしいギフトが理由。10年後のアレシアは間違いなく帝国最強。
「今日はサプライズを用意してるんだ。喜んでくれるといいんだが」
アレシアが歌うように言った。どうやら本当にゴキゲンらしい、とセルナは思った。
食堂にはアレシアが先に入って、続いてセルナが入った。フレットはまだいない。
給仕のメイドたちもいないが、料理はすでにテーブルに乗っていた。
当主席のすぐ前に、大きな皿があって、その上には銀のクロッシュが被せられていた。これが今日のメインディッシュだとセルナもすぐに理解。
「それじゃあセルナ、サプラーイズ!」
アレシアが楽しそうに、本当に楽しそうにクロッシュを持ち上げた。
そこには首だけになったフレットが載っていた。




