25話 詐欺師の間違い
詐欺師のボリスは弟子と一緒に孤児院を訪ねた。
「はん。世間知らずの貴族令嬢なんざ、チョロイもんよ」
ボリスが笑いながら言った。
この孤児院を支援している公爵令嬢と伯爵令息がいることは調べがついている。まだ若く、いい恰好がしたいのだろう、とボリスは思っている。
故に、そこを刺激してやればいい。
「そっすね」とボリスの弟子。
ここは孤児院の応接室。
安物のソファに安物のテーブル。壁は薄く床も歩けばミシミシと音がする。窓は建て付けが悪く、風が吹けばガタガタと耳障りな音を立てて揺れた。
テーブルの上には花瓶があって、なんだかよく分からない花が挿してあった。ボリスたちは知らないが、子供たちが庭で詰んだ雑草に近い花だ。
「いいか、俺たちは新進気鋭の商人だが、ちょいと在庫を余らせちまった」
「分かってますって」
ボリスは40代の男性で、この道20年以上のベテランだ。
弟子は20代の男性で、まだ詐欺師としては駆け出しである。
と、応接室のドアが開き、貴族令嬢を筆頭にゾロゾロと数名が中に入った。
ボリスと弟子が立ち上がり、「初めまして、アルカサル公爵令嬢」と挨拶した。
「俺、いえ、自分は商人のボリスと申します、こちらは弟子です」
アルカサル令嬢はニッコリと微笑み、「どうか座ってください」と言った。
「では失礼して」とボリスが先に座る。
それを見てから、弟子もボリスの隣に腰を下ろした。
「私のことはセルナとお呼びください」
アルカサル公爵令嬢セルナが笑顔のままで言った。
あまりにも美しい容姿に、ボリスたちは目を見開いた。
セルナの黒髪は上質なシルクのように滑らかで、どれだけ高価な洗髪剤を使えばそうなるのだろう、とボリスは思った。
宝石よりも輝く黄金の瞳は、まるで全てを見透かしているかのようで。
セルナがボリスの対面の安いソファに座る時に、ボブカットの髪が少し揺れる。たったそれだけのことが、なぜか酷く神秘的に思えた。
(こりゃ、前代未聞の美しさだな)ボリスは思う。(あー、ガキに興味ねぇけど、こいつなら一発やってみてぇ)
「僕はフレット・ボニージャです」
言いながら、フレットがセルナの隣に腰を下ろした。
フレットは銀髪に赤い瞳で、髪型はアシンメトリー。男子にしては美しく、絶世の美少女であるセルナと並んでも見劣りしない。
「ボニージャ令息、セルナ様、今日はお時間をありがとうございます」
ボリスがその場で頭を下げた。
ちなみに、セルナたちの背後にはカルラ、カルラが後継者として育てている女子、ニーナ、院長の4人が立っている。
「僕のこともフレットと」
穏やかな笑みを浮かべながらフレットが言った。
「ありがとうございますフレット様」ボリスが営業スマイルを浮かべる。「本日ご紹介したい商品は布団となります」
ボリスの言葉が終わると同時に、弟子がカバンからカタログを取り出し、テーブルの上に広げる。
「夏用の布団ですか」とセルナ。
「はいセルナ様。夏用の涼しくて軽い布団でございます。平民用の最上級品で、1枚10万リブラの品ですが、お恥ずかしい話、在庫が余ってしまいまして……」
「なるほど。それを値引きするから子供たちのために買ってくれないか、と?」
「ええ! 全部で20枚ありますので、全部購入していただけるなら1枚5万リブラ! 半額でご提供できます!」
ちなみにこの布団、適切な価格は1枚5000リブラ程度。
「全部で100万リブラですか。私のお小遣いでは足りませんね」セルナがニコニコと言う。「私の月のお小遣いは60万リブラですので」
「僕が30万なので、二人合わせても90万ですね」とフレット。
「では! こちらも在庫を捌きたいですので! 20枚セット90万リブラでいかがでしょう!?」
「夏の布団などなくても死にはしません」
セルナの背後に立っていたカルラが淡々と言った。
ですよねー、とボリスは思った。布団を売るなら冬の方がいい。普通はそうだ。そんなことは分かっている。
だが今回は、金の使い方を分かっていない貴族のガキが相手なのだ。孤児が何を言おうと関係ない。買うのはセルナとフレットなのだから。
この2人は自分をよく見せたい欲求が強いはずだ、とボリスは読んでいる。そうでなければ、何度も何度も孤児院を訪れたりしない。
「しかし新しい布団があれば」院長が言う。「みんな気持ちよく快適に眠れるのでは?」
「ええ! ええそうです院長!」ボリスが我が意を得たりと畳みかける。「新しく柔らかな布団に包まれ! 子供たちは幸せな夢を見る! これは素晴らしいことです! セルナ様、フレット様! 子供たちの幸福な夜を想像してください! この布団に包まれた子供たちを! きっとお2人に深く感謝することでしょう!」
ボリスの熱のこもったセリフが終わると、セルナとフレットが顔を見合わせて笑った。
(なんだこの二人、もしかしてデキてんのか? 美形同志で乳繰り合いやがってうぜぇ)
ボリスの容姿は普通だ。普通のおじさん。特に良くもなく悪くもない。ただ、詐欺師として身だしなみには気を付けているけれど。
「私には嫌いな人種が三種類ある」セルナが急に冷えた声で言う。「1つは、資本主義の豚。2つ目は血に飢えた帝国主義者」
「……えっと?」ボリスが首を傾げる。「セルナ様?」
「黙って聞け」セルナが右手の人差し指を自分の唇に当てる。「お待ちかねの3つ目はね、君のような詐欺師だよ」
ボリスの心臓が大きく跳ねたが、平静を装う。こんなことはよくある。一流の詐欺師は、ここからでも挽回できるのだ。
「自分は詐欺師ではありません。一体、どうして急に……」
「しぃー」セルナが再び人差し指を唇に当てた。「私は知っている。私たちは知っている。君の詐欺の記録を。いつ、どこで、誰を、どのように騙したか、全部知っているのだよ」
「酷い侮辱ですセルナ様!」ボリスは怒った振りをして言う。「いくら公爵令嬢でも、こんな酷い侮辱は許されない!」
「そうかい? では仕方ない。188年、裏口入学詐欺。アカデミーとコネがあると言って100万リブラを騙し取った。187年、魔道具詐欺。ガラクタを古代遺跡で見つかった古い魔道具だと偽って販売。こちらも100万リブラ。186年、投資詐欺。まだ続けるかね?」
セルナがツラツラと並べ立てた詐欺の記録に、ボリスは息が止まりそうになった。
なぜなら、それらは全て身に覚えがあったから。そう、実際にボリスが行った詐欺の一部だったから。
反論しなくてはいけない、とボリスの理性が囁くが、何をどう反論すればいいのか分からなかった。
たぶん、いや、確実に、セルナは知っている。本当に全部知っているのだとボリスは確信してしまった。
「どうして……」
咄嗟に出たのはそんな言葉。詐欺を認めるような、最悪の言葉。
弟子はボリスを見て、セルナを見て、オロオロしている。このあと自分がどうなるか考えてしまったのだ。
「どうして? それは君、私たちがSIUだからだよ。情報ギルドの本拠地に詐欺を仕掛けようなんて君はアホか?」
「情報……ギルド?」
ここが? この孤児院が?
だとしたら、孤児たちは訓練された諜報員?
貴族の2人は、子供たちを利用して情報を集めさせている?
「君、私に会うために事前にアポを取っただろう?」
「……貴族様に会うんだから、当然だ……」
いきなり押しかけたら護衛騎士に斬られかねない。故に、事前に今日会えるか確認している。
そういえば護衛騎士がいないな、とボリスは思った。酷く今更だ。
「その時に調べた、と普段なら言うのだけど、よく考えたら君たちはどうせ死ぬし、本当のことを教えよう。私はギフト持ちでね」セルナが自慢するように言う。「他人の不正の記録が分かるのさ。残念だったね」
「ギフト持ちだと……」
ギフトは多種多様。そういうギフトがあってもおかしくはない。
「私たちの目指す未来に、君のような詐欺師の席はないんだよ、ええっと、名前忘れちゃったけど問題ないよね? どうせ君たちは存在していないのだから」




