24話 明確な叛意
セルナがアルカサル公爵家で暮らすようになってから、新しいルールが生まれた。
朝食は家族全員で、というルール。
「今日も良い一日を」
当主のベンジャミンがそう言うと、みんなが朝食を摂り始める。
ここはアルカサル公爵家の家族用食堂。
晩餐会を開く大きな食堂と家族だけでゆったり食事を楽しむ食堂が分かれているのだ。実に贅沢なものだ、とセルナは思った。
家族で朝食を摂る際の席順は決まっていて、当たり前だが公爵であるベンジャミンが当主席に座っている。
そしてベンジャミンから見て右手側の長い辺に公爵夫人。
左手側の長い辺に後継者である7歳の男の子エラスト・アルカサル。
エラストの左隣に5歳の幼女リューディア・アルカサル。
そしてその左隣にセルナだ。
セルナの対面にはセルナの父であるテランスが座っている。
一般的に、当主から離れるほど立場が低くなる。
心を壊して後継者から外されたテランスと、その娘であるセルナが当主から一番離れているのは当然のこと。
「……お父様、あまり見られると食べにくいのですが……」
セルナが苦笑いしながら言った。
対面に座っているテランスはニコニコと笑うばかりで、セルナから視線を外さなかった。
テランスはアルカサルらしい金の瞳でずっとセルナを見ている。
「それはそうとセルナ」ベンジャミンが言う。「あまり夜中に家を出るものではないぞ」
「あ、はい……」
公爵家において、セルナの正しい名前はセレイナなのだが、愛称としてセルナと呼ばれている。
「しかも途中で護衛を離れさせたと聞いたが?」
ベンジャミンが言うと、テランスが急に険しい表情をした。
「ええ、まぁ、ちょっと……」
「セレイナ!」テランスが大きな声で言う。「君が今まで平民として過ごしていたのは公爵に聞いて知っているが、もう君はアルカサルの令嬢なのだ! 攫われたらどうするんだ!?」
「私はアカデミーの魔法科に通っている……います。そんじょそこらの……」
「それでも! 君はまだ13歳じゃないか! 成人するまでは夜に家を出るのは禁止だ!」
溺愛を通り過ぎてテランスはセルナに依存している、とセルナは感じた。
今日この瞬間だけの話ではなく、今まで公爵家で過ごしてそう思ったのだ。
「うむ。妥当だな」とベンジャミン。
(ということは、今後はコッソリ抜け出すから馬車は使えなくなるか……)
残念だなぁ、とセルナは小さく溜息を吐いた。
「それと、休日に出かける際も行先をテランスに報告するように」
「分かりました……」
ちなみに今日と明日が休日だ。
今日は貴族教育を受けるので家にいなければいけないが、明日は孤児院を訪ねる予定にしている。
◇
午前中の貴族教育は相変わらずとっても怠かった。
まず頭に本を乗せて歩くという訓練。もちろん意味は分かるけど、本が重いし歩き方なんてどうでもいいだろう、とセルナは思ってしまう。
前世、指導者として頂点に立っていた頃ですら礼儀作法なんて気にしたことがない。
歩く訓練が終わったら次は語学とマナー教育。
セルナはすでに読み書きが完璧なので、語学については貴族令嬢らしい喋り方や手紙の書き方などを教わった。
そして各種マナーを教わって午前の教育が終わる。
セルナは自室に戻ってベッドにダイブ。
「はぁ……今もまだ自分の部屋に慣れないな……」
広く贅沢品に溢れた部屋は、孤児院の生活が肌に合っていたセルナには少しキツイ。だが、生活が一変するのは覚悟していたこと。
「寒い夜はカルラを抱き枕にして眠ったっけ……」
前世の記憶が戻るよりも前の話。
ここには温かい布団が用意されているので、誰かと身を寄せ合って眠る必要がない。そのことを、セルナは酷く寂しいと感じた。
「お姉ちゃーーーーん」
勢いよくドアを開けると同時に、元気いっぱいの声で走って来たのは5歳のリューディアだ。
リューディアはセルナがベッドから起きるより早く、ベッドにダイブ。
「やあリデア」
セルナがリューディアの頭を撫でる。
ちなみに、リデアというのがリューディアの愛称。
「おいリデア、はしたないだろ……」
大人ぶった言い方をしながら歩み寄って来たのは7歳の後継者、エラスト。
二人とも黒髪に金色の瞳。
リデアの髪型はツインテールで、エラストはよく見る男の子の髪型だが、前髪が少し長い。
「よく来たねエラスト」
セルナが微笑むと、エラストが頬を染めながら椅子に座る。
セルナの美貌は7歳の男の子にも通用する。
と、リデアがギューッとセルナに抱き着いたので、セルナもリデアを抱き返す。
「今日もまた理想の国について、その、教えて欲しいと思ってさ」
エラストは照れたように頬を掻きながら言った。
うーん、可愛いねぇ、とセルナは思った。
子供はいい。
子供たちは純白だ。
もちろん、幼い頃からアレシアみたいなタイプもいるが、稀だ。ほとんどの子供たちはまだ何色にも染まっていない。
そんな子供たちを洗脳するのは簡単で、目を瞑っていてもできる。
「もちろんだよ同志諸君」セルナが言う。「だけどこれは私たちだけの秘密だよ?」
明確な反逆。
セルナが教えるのはそういう内容。
エラストとリデアがコクンと頷く。
セルナはリデアの頭を撫でる。
「さぁ、10人の友達と遊んでいると考えて」セルナが穏やかな口調で言う。「だけどたった1人が玩具を独占してしまった。今後、彼のことを資本主義の豚……いや、豚でいいか、うん。彼のことを豚と呼称する。この豚をどう思う?」
「ひどい!」とリデア。
「ああ、最低の豚だ」とエラスト。
「みんなは当然、抗議するけど、強い子二2人が豚の味方についてしまった」
「玩具を分けて貰えるから、だよな?」とエラスト。
セルナが頷く。
「この2人を豚のおこぼれに与る子豚としよう」セルナが言う。「豚と子豚の3人が玩具を独占してしまって、残りの7人は何も手にできないんだ」
「ふこーへー!」とリデアが怒って言った。
「これが世界の現状だよ。豚は帝室、子豚は貴族、そして残りの7人が人民」
帝室を豚と呼ぶセルナは、間違いなく帝室侮辱罪が適用される。
公爵家の後継者であるエラストは複雑な表情をしていた。
「私が目指すのはね、みんなに玩具が行き渡る世界。みんなが平和で、楽しく、穏やかに生きられる世界。そこには豚も子豚もいない」
明確な叛意。
「平等で公平な世界……」とエラスト。
「そう。私が指導者として世界を管理するけど、私もみんなのための歯車なんだ。徹底した管理と監視で、不正を行う奴が出ないようにする。二度と豚を生まない社会」
「わるい人のいない世界!」
リデアが嬉しそうに言った。
「そう。悪い人は1人もいないんだ。だからみんな幸せに生きることができる。素敵だろう?」
まさに理想郷。
「うん! すてき!」
リデアがニコニコと言った。
「でも実現するには……帝室と貴族が……」とエラスト。
「その通り。だけど安心して。私も血を流すのは好きじゃない。だから、次の皇帝には私と同じ考えを持った人になって欲しい。そうでなくても、私が皇后になれば実現できる」
ダメならその時は革命だ。
どういうルートであれ、セルナが実権を握る。
セルナは自分より上に立つ者を許さない。自分だけが指導者として頂点に立つ資格があると、心からそう思っているから。
そして、それは単に権力に溺れるためじゃなく、どこまでも理想を追求するため。
「お姉ちゃんが皇帝になればいいんだよ!」
リデアが無邪気にそう言った。
そのルートもありだ。どのルートで進んでも、行きつく先は同じ。
だから全部のルートを進める。
皇太子の婚約者を狙いつつ、第三皇女のルビィ(可能なら別の皇族も)を懐柔し、SIUを拡大し革命に備え、皇位簒奪できるチャンスが巡れば迷わずそうする。
「それもいいね。さぁ、午後の授業の準備の前に、いつものをやろう」
セルナが言うと、リデアとエラストが頷く。
「資本主義者は?」とセルナ。
「「薄汚い豚!」」
「帝国主義者は?」
「「見つけたら吊るせ!」」
「軍国主義者は?」
「「磔だ!」」
セルナは満足そうに頷いた。
「それじゃあ午後の授業の準備をしようか」
今日はこのままこの子たちと親睦を深めて、明日は孤児院だ。
いつか、この子たちにSIUを紹介しなければなぁ、とセルナは思った。




