19話 普通に武力で消す
「同志ニーナ、私は君の力になりたいんだ」
セルナは真っ直ぐな瞳でニーナを見詰めた。
ここは授業準備室と呼ばれる小さな物置部屋。授業で使う魔道具やなんかが置いてある。
セルナとニーナは授業をサボってそこにいた。
「同志セルナ……」
ニーナは泣きそうな顔でセルナを見ていた。
「さぁ話して。SIUを通して、ある程度の事情は知ってるから」
「出て行けって……嫌がらせを……されるんです……」
「ああ。たとえばどんな?」
セルナは左手でニーナを抱き寄せる。
「首を斬った……鶏を投げ込まれたり……うぅ……店の前で大声で騒がれたり……」
ニーナは堪え切れなくなったのか、セルナに抱きついて泣き出した。
セルナは右手でニーナの頭を撫でて、左手でニーナの背中を撫でた。
「近所の人たちと……団結して抵抗したけど……」ニーナが言う。「一人殺されたんです……」
「そうか」
「治安維持隊は……なぜか訴えても無視されて……」ニーナの腕に力が入る。「もう怖くて……お父さんもお母さんも、引っ越しをしようって……」
「近所の人たちは?」
「……徹底抗戦派と、出て行く派に分かれています……」
「そうか。よく分かった。私に、SIUに任せて。私の同志を泣かせるような連中の席はない」
他人を信頼できる今世だからこそ、心からそう思う。
前世だったら『何かの罠では?』と疑って助けようとはしなかったはずだ。
でも今世は、素晴らしいギフトのおかげで他者を疑う必要がない。裏切り者とそうでない者とがハッキリ分かるのだから。
「犯罪組織なんて連中は私の理想の社会には不要だよ。叩き潰そう」
「私も協力します……」
ニーナがセルナから離れて、何かを決意したような表情で言った。
「ふむ。ひとまずもう少し探ってみるから、連中が嫌がらせに来たら『準備ができたらすぐに引っ越す』と言って安全を確保したまえ」
立ち退きが目的だと分かっているので、立ち退くことを明言すればこれ以上の嫌がらせはないはずだ、とセルナは思った。
◇
数日後。
カルラの孤児院の食堂に、セルナ、カルラ、ジャック、フレット、ニーナ、そして選別された優秀な孤児たちとシスターが集まっていた。
みんなそれぞれ長テーブルに座っている。
「諸君、犯罪組織がなぜ地上げを行っているか分かったかね?」
セルナが言うと、ジャックが右手を上げてから言う。
「カジノを作るらしいぜ」
「なるほど。では間違いなく区長が絡んでいるな。フレット、帝都12区について説明を」
「あ、うん。えっと、帝都は12の行政区に分かれていて……」
中心となるのは帝城と各種官僚機構、貴族の邸宅が密集している中央区で、ここは帝室の直轄。現在は第一皇女が区長として治めている。
ちなみにアルカサル公爵邸やボニージャ伯爵邸も中央区にある。
そして残りの11区を、それぞれ男爵や伯爵が統治していた。
といっても、帝都そのものは帝室の直轄統治なので、11区の長たちはあくまで雇われ市長的な立ち位置であって領主ではない。
ニーナの実家のある地区は中央区の北東に位置していて、帝都12区の中でもっとも人口が多い。
色々な店が集中していることから、商業区なんて呼ばれることもあるが、正しくは『カノー地区』。
カノーというのはそこを統治する男爵の家名でもある。
最近では『カノー商業区』を正式な名称にしようという動きがあるらしい。
フレットの説明が終わると、カルラが手を上げてから発言する。
「カジノ計画はカノー男爵の発案で、帝室も許可を出しています」
「つまりそれ自体を覆すのは難しい、ということだね?」
セルナが問うと、カルラが頷く。
「問題になってんのは」ジャックが言う。「本来の手順を男爵がすっ飛ばしてること」
「普通は」フレットが言う。「住民と話し合って金銭を支払い、穏便に立ち退いてもらう」
「ああ、でも」セルナが言う。「犯罪組織を使って追い出せば安上がりだからね」
犯罪組織にいくらかの金を渡すか、あるいはカジノを仕切らせることを条件に協力させたのか。どちらにしても出費は大きく抑えられる。
「そんなことのために……」
ニーナが酷く悔しそうに言った。
「カジノ計画自体はどうにもならないが」セルナが言う。「男爵には正規の手順を踏んでもらおう。あと、犯罪組織には消えてもらう。カルラ」
「はいお姉様。この犯罪組織はカノー地区だけの、いわゆる地元の組織です。消してしまったら他の地区の組織が入ってくる可能性が高いですが、問題があればその都度我々が対応すればいいかと」
カルラが言って、セルナが頷く。
「この組織の主な収入源は違法な賭博と違法な売春です」カルラが言う。「もちろん違法なので脱税もしています。まぁ典型的な犯罪組織でしょう。人身売買と薬物には手を出していませんが、単に組織が小さくて手が回らないからです」
「すでにアジトと売春宿の場所は特定してるぜ」ジャックが言う。「ちなみにアジトの地下で賭場が開かれてる」
「売春宿の方は放置でいいだろう。どうせそっちに幹部はいないだろう?」とセルナ。
「そうですね。組織のボスや側近はいつもアジトにいますから」とカルラ。
「で、具体的にどう叩くんだ?」とジャック。
「うん。普通に武力で消す。私に任せたまえ」
◇
「というわけでアレシア、掃除していい人たちを見つけたから一緒に掃除をしに行こう」
セルナはニコニコと笑顔で言った。
ここはボニージャ伯爵邸の客間。
セルナはソファに座っていて、テーブルを挟んだ対面にアレシアが座っている。
「……貴様は人殺しに反対なのでは?」
アレシアは面食らったような表情で言った。
「いやいや、君は私を分かっていない」セルナが人差し指を立てて、左右に振る。「私は掃除すべき人間を掃除することには何の文句もない。しっかり選別しさえすれば、殺したって構わないよ」
「なんだそれ、神にでもなったつもりかセルナ?」
「神? なんで神?」
「同じ人が人を選別するのか?」
「するとも。むしろ人だからこそ人を選別できる」
深い意味はない。
正直、セルナはテキトーに言っている。セルナにはカリスマ性も演説の才能もない。
ただ、人を選別するのだけは得意なのだ。
「貴様のその傲慢さ、わたくしは好きだぞ」
「それはどうも」セルナが肩を竦める。「アレシアは前に言っただろう? 一緒に掃除しよう、って。だから用意したんだよ。一緒に掃除しても心の痛まない相手をね。私の好意だよ!」
セルナが言うと、アレシアが顔を押さえて大笑いした。
「好意、好意ねぇ! いいだろう! 貴様の好意、受け取ろうじゃないか! それで!? 殺していいのは誰だ!? もちろん捕まらないように手を打っているんだろうな!?」
「そこは安心していい。誰が殺したかなんて皆殺しにすればバレないさ」
「ああ! 確かにそうだな! くはははは! それで!? わたくしたちはどこに掃除に向かうんだ!?」
「カノー地区の犯罪組織のアジトだよ」
「なんだ、思ったより普通だな!」
「アジトは大きな酒場を改装したもので、夜中は地下で賭場が開かれてるんだけど、今の時間なら賭場の方はスルーできる」
「わたくしは夜中に客もろとも皆殺しにしても構わんぞ!?」
「私も別に構わないけど、数が多いと逃げられる可能性があるからね。それに今すぐ行こうと思ってるし」
「今すぐか! もちろんわたくしは構わないぞ! 初デートだセルナ! 楽しもう!」
アレシアはとってもテンションが高い。
単純にアレシアは喜んでいるのだ。アレシアは人殺しとセルナが大好きだから。
「そうだね。楽しもう」
セルナはアレシアに合わせて笑ったけれど、楽しむ気は少しもない。
殺人はあくまで必要だから行うのだ。
セルナは殺人鬼ではないのだから。




