17話 アレシアの凶悪な純粋
セルナがアルカサル公爵家の玄関から中に入ると、ロビーに多くの召使いが集まっていた。
「おお、セレイナ……やっぱり生きていたんだな……」
アルカサル公爵であるベンジャミンの息子、テランスが泣きそうな顔で一歩前に出た。
(ふむ。こいつが父親役か)
セルナは儚げに微笑んだのち、「お父様?」と少し怯えた様子で言った。
「あああ! セレイナァァ!!」
テランスがセルナに駆け寄り、セルナをギュッと抱きしめる。
ちなみにセレイナというのが、10年ほど前に消えた本物のアルカサル令嬢の名前。
当然、セルナは事前に聞いていたのだが、実際に呼ばれてみるとなんだか変な気分だ。
名前が似ているのでまだマシか、と思いながらセルナはテランスを抱き返した。
もしも本物の令嬢の名前がマルスリーヌとかだったら、自分が呼ばれた実感は全くなかっただろう。
「信じていた! お前にまた会えると!!」
テランスは涙を流してギューギュー締め付けてくる。
召使いたちも涙ぐんでいる様子だが、セルナ的にはただただ苦しいと思っただけ。
ちなみに召使いたちには『危険から遠ざけるため、当主しか生存を知らなかった令嬢が戻った』的なことをベンジャミン主導で吹き込んでいる。
テランスには『本当は最近見つけた』と説明しているが、対外的には召使いたちにした説明を使うよう言いつけてあった。
10年も見つけられなかったなんて公爵家の恥、ならば最初から隠していたことにした方がいい、とか何とか言ってベンジャミンはテランスを丸め込んだ。
(このオッサン割とチョロイな)とセルナは思った。
溺愛されるという目標は何もしなくても達成できそうだ。
「……お父様……苦しい……」
さすがに本当に潰れそうだったので、セルナはそう言った。
「ああ! すまない! つい……」
テランスが慌ててセルナから離れた。
テランスの後ろにはベンジャミンとその夫人、そして二人の子供たちがいた。
テランスとっては義弟と義妹に当たる子たちで、セルナにとっては年下の叔父と叔母。
テランスも子供たちも黒髪に金色の瞳だったので、アルカサルの容姿はかなり顕著に現れるのだな、とセルナは思った。
公爵夫人は濃い青色の髪と瞳なのだけど、子供に少しも反映されていない。
(そういうギフトだった可能性があるな)セルナは思考する。(自分の特徴を子孫に残せるギフト。あっても不思議じゃない)
ギフトは確認されているモノだけでも多種多様だ。知られていないモノまで含めると、きっと何だってあり得る。
「さぁセルナ、紹介しよう」
ベンジャミンが前に出て、それから右手で公爵夫人を示した。
セルナは夫人と軽い挨拶を交わし、次に子供たちと挨拶を交わした。子供たちは少しだけセルナを警戒している様子だった。
この時、セルナはこれから家族になる面々に【記録詠み】を使用。子供たちは真っ白でとっても綺麗だった。
公爵夫人はささいな不正がいくつかあったが、気に留めるほどのものではない。たとえばカンニングとか、そういうレベルのもの。
暴力的なものは一つもなかったので、セルナが気に入らなくても攻撃はしないだろう、とセルナは思った。
そして、テランスにも不正はあった。ベンジャミンよりマシだが、それなりにやっている。
「部屋で少し休んでも?」とセルナ。
「ああ。もちろんだ」とテランス。
「夕食をともにするぞ」とベンジャミン。
セルナはコクンと頷いた。
そうすると、メイド長らしき中年のメイドが寄ってくる。
「セルナお嬢様、お部屋にご案内いたします」
「ああ、よろしく」
中年のメイドが歩き始め、セルナはそれに続く。
◇
アレシアは帝都から北に50キロほどの位置にある森の入口にいた。
馬を降りて、近くの木に繋いでおく。それから剣と水だけを持って森の中に入った。
この森には魔物が出る。だからアレシアはここにきたのだ。誰かを、あるいは何かを斬りたい気分だったから。
今日はセルナが公爵家に戻ってしまったから。
アレシアは森の中をずんずん進んでいく。この森はもちろん帝国領の一部だが、まだ未開発だ。魔物の数も多く、人間は基本的に近寄らない。
「頼むぞ、少しはわたくしを楽しませてくれよ?」
祈るようにアレシアは言った。
今日はできれば死闘を演じたい。
だからスラム街ではなくここに来た。
森の奥に入るにつれ、薄暗く、そして涼しくなった。
最初にアレシアの前に姿を現したのは『森ネズミ』と呼ばれる大きな緑色のネズミ型モンスターだった。
アレシアは剣を抜いて、森ネズミを細切れにした。
「ふん。これではつまらんな」
そうして更に奥へ奥へと進んでいく。
今日はもう帰らなくてもいいか、とアレシアは思った。
森の入口に繋いだ馬のことが一瞬だけ頭を過ったが、すぐに泡みたいに消えた。
馬がどうなろうと知ったことではない。死んだら死んだで、歩いて戻ればいい。それだけのことだ。
アレシアは跳ねるように駆けて、高速で森の奥へと進んだ。
途中、ゴブリンが複数で群れていたので、もちろん皆殺しにした。
「ふふ、人間に形の似ている魔物はやはりいい」
人間の子供を斬り飛ばしているような錯覚があって、酷く心地よかった。
もちろん、人間の子供はもっと可愛いけれど。
更に奥へ。
もっと奥へ。
人狼がいたから首を刎ね、トロールがいたから細切れにして、それでも進む。
そうすると、ついに強敵を発見した。
漆黒の体毛を持った『凶悪熊』と呼ばれるモンスター。その名の通り、見た目は熊に似ているが、体長は3メートルを超えている。
凶悪熊がアレシアを見つけ、吠える。空気が激しく振動し、そのうるささにアレシアも顔を歪める。
凶悪熊はアレシアめがけて突進。
アレシアは余裕を持って回避。
凶悪熊はそのまま木を二本へし折って止まり、アレシアを振り返る。
「さすがのわたくしも、当たったら死ぬな」
ゾクゾクした。
生きている感じがした。
「このままでは、な!」
アレシアは自身に身体強化を施し、それから剣に魔力を走らせる。
マナソードと呼ばれるスキルで、ある一定の境地に達した者にしかできない高等技術。
凶悪熊が間合いを詰め、今度は右手を大きく振りかぶった。
その一撃は岩をも砕く強打。まともに打たれれば、人間など原型が残らない。
しかしアレシアは怯まない。
凶悪熊の右腕をマナソードで斬り飛ばす。
凶悪熊が断末魔のような悲鳴を上げた。
本来、凶悪熊の毛皮に刃など通らない。
故に、強敵なのだが。
魔力によって強化された刃なら、案外簡単に斬ることができる。
ちなみにアカデミー騎士科の生徒で、凶悪熊とタイマンで勝てるのはアレシアを含めて3人しかいない。
アレシアの所属する2年生だけではなく全学年で、だ。
アレシアは笑いながら凶悪熊の首を飛ばした。
凶悪熊の身体が地面に倒れ、首が転がる。
アレシアは身体強化とマナソードを解除して大きく息を吐いた。
それから凶悪熊の大きな頭を抱き上げて、木にもたれて座る。
「聞いてくれないか? わたくしは今日、セルナがいなくなって酷く嫌な気分だった」
アレシアは凶悪熊の頭をナデナデしながら言う。
「初めて会ったその日から、手に入れたいと思ったのだ。見た目も、性格も、わたくしの好みだったから」
アレシアは目を瞑り、セルナの姿を思い浮かべる。
「ああ、あの淡々とした口調、あの飄々とした態度、100万人を殺したなんてバカみたいなハッタリも、私はどれも大好きなんだ」
凶悪熊の頭は黙って聞いている。
なぜなら死んでいるから。
「なぁ、貴様、どうしたらセルナは泣きじゃくると思う? どうすれば怒り狂うと思う? わたくしはそれを引き出したいのだ」
凶悪熊の頭は何も言わない。
仮に生きていても、人間の言葉を理解できないから。
「ああ! セルナが泣き叫びながら悲しみ! わたくしに怒りをぶつけるなら! その時のわたくしは、きっとこの世で感じたことのない素晴らしい気持ちを感じられる気がするんだ! ははははははは! 怒り! 泣き叫ぶセルナを! わたくしを憎み! 殺そうとするセルナを! 押し倒して犯してやるんだ! なんて素敵な夢だろうか!」
アレシアは頭が壊れた人みたく笑い続けた。
けれど。
アレシアにとってはこれが普通なのだ。
どこも壊れちゃいないし、おかしくもない。
いつだって素敵な夢を見ながら生きてきたのだから。
「大きくなったらケーキ屋さんになりたい」と、笑顔で語る少女と同じぐらい純粋なのだ。




