16話 背の高い男などいない
セルナは選択を迫られていた。
SIUのことを今ここで話すか否か、という選択。
セルナは【記録詠み】をルビィたちに使ったのだが、一人だけ諜報員っぽい不正を行っている者がいたのだ。
ちなみにルビィは一切の不正を行っていない。
セルナはチラッと諜報員っぽい少女に視線を向けた。
少女もその視線に気付いて、一瞬だけ目が合ってお互いに笑みを向けた。
この少女はルビィの取り巻きで、赤毛のショートカット。
ルビィと一緒にいるのだから貴族なのだろうけど、セルナと同じく養子である可能性が高いとセルナは推察した。
本当の貴族なら自ら諜報活動などしない。
ディープアイズか白き翼が、付き合いのある貴族家(あるいは脅迫しているのか)に送り込んだという方がしっくりくる。
あくまで推察なので、赤毛の少女の趣味が諜報活動、という可能性もなくはない。
「セルナ?」
ルビィが首を傾げた。
「ああ、ごめん。なんで彼の下着泥棒を知っているか、だっけ?」
「ええ。とても気になるわ」
「その前に、殿下のことをルビィと呼んでも?」
「ええ、構わないわ」
「ではルビィ、情報ギルドというものを知っているかい?」
この時、セルナ以外の全員が『いやお前、様は付けろよ』と思った。しかしセルナは気付かない。
「聞いたことはあるけれど、使ったことはないわね」
「そうだろうね。帝室には、というか帝国には独自の諜報機関があるしね」
話しながら、セルナは赤毛の少女を観察したが、特に焦ったりはしていなかった。
「情報局のことなら、それも使ったことないわ」
「そうか。今、帝都には4つの情報ギルドがある」
この時初めて、赤毛の少女が怪訝な表情を浮かべた。
「1つはさっき言った帝国の諜報機関、帝国中央情報局。2つ目は大陸全土に根を張っている巨大な組織であるディープアイズ。3つ目は帝国内で活動している白き翼」
ふむふむ、とルビィが真剣に話を聞いている。
赤毛の少女もかなり真剣に聞いていた。
「そして最後に、盗品の相場からルビィの抜け毛の数まで把握している最強の情報ギルドSIU」
セルナは盛った。いつも盛っているが、今日は特に盛った。
それがセルナの選択。めちゃすごい組織だと思わせること。
「あたくしの抜け毛の数ですって?」ルビィが眉を寄せる。「ちなみに何本なの?」
「日付は忘れたけど、夜寝てから朝起きるまでの抜け毛でよければ10本だよ。ちょうど10本」
セルナが両手をパーに開いて見せた。
「そ、そうなのね……」
ルビィがやや引いた様子で言った。
「つまりあなたは」赤毛の少女が言う。「情報ギルドから色々と情報を買ったと?」
「そうだよ。その通り。もちろんアカデミーの生徒全員分を買ったわけじゃない。数人ピックアップしていたのを買っただけ。普通に考えて、ルビィとその取り巻きになりえる者たちはピックアップされているだろう?」
「どこから買ったの?」と赤毛の少女。
「白き翼とSIU」
「ぼくの情報もあった?」
こいつ一人称ぼくなんだ、とセルナは思った。
やっぱり貴族っぽくない。
「これ以上は有料だ」
セルナはそこでぴしゃっと遮断。
理由は単純、赤毛の少女のことなんて何も知らないから。なんなら名前すら知らないのだ。質問されたら嘘がバレる。
「じゃあお金払うから、エスアイユーって組織のことを教えてよ」赤毛の少女が言う。「聞いたこともない組織なんだけど?」
「私も詳しくは知らない。だから金はいい。ただ、背の高い男から接触されて、いい情報を売ると言われただけ。興味があったから買った。そうすると白き翼より素晴らしかった。以上」
「その情報にわたくしの抜け毛の数が……?」
ルビィは今もやや引いた様子だった。
「まぁそうだね」とセルナ。
抜け毛の数は言い過ぎた、とセルナは反省した。
「どうすればSIUの情報を買えるの?」赤毛の少女が言う。「背の高い男とはどうすれば会えるの?」
「必要があれば向こうからくるだろう」セルナが言う。「私とはまた会うだろうから、何か伝えておこうか?」
「情報の買い方を教えて欲しい、と」
「分かった。伝えておくよ。いつ会えるのか私も分からないけどね」
セルナは肩を竦めた。
◇
「そのあとは普通にみんなで魔法の練習をして、また明日って感じぃ?」
赤毛の少女、シニッカが執務机に直接座って言った。
今日、放課後にあった出来事を話していたのだ。
シニッカは14歳の少女で、白き翼の諜報員だ。セルナの推測通り、シニッカは貴族の養子となってアカデミーに潜入している。
調査対象は主に第三皇女ルビィ。
ちなみに貴族の養子といっても形だけのこと。没落しかけていた貴族に、白き翼がお金を渡して養子になったというわけ。
皇女に近寄るには最低でも貴族でなければ、と考えてのこと。
「なるほど、面白い話だぜ」
ギルドマスターのルシアノが興味深そうに言った。
ここは情報ギルド白き翼の本部、ギルドマスターの執務室。
「確かにそうですね」と眼鏡の女性が同意。
もう一人の補佐官もうんうんと頷いている。
「さてさて」ルシアノが執務机に脚を上げて、両手を腹の上で組む。「ついにエスアイユーの具体的な話が出たわけだが?」
「相変わらず、言葉の意味は不明のままですよ」眼鏡の女性が言う。「古代語、方言、遠い国の言葉、それらのアナグラム、どれも当てはまらない。何の意味もなく名付けたか、未知の言語かのどちらかでしょう」
「内部の奴に聞くしかねぇな」ルシアノが言う。「しっかし、うちの情報よりいい情報だったってセルナちゃん言ってた? マジ?」
シニッカがコクンと頷く。
「少なくとも」眼鏡の女性が眼鏡をくいッと直す。「うちと同レベルの分析ができるのは間違いないでしょう」
「そーそー」シニッカが同意する。「ルビィ殿下目当てで入学して、取り巻きにまでなれる人物を事前に分析してたってことだし」
当然、白き翼もその分析は行っていた。
「その上で、情報の深度はうちより上ってか?」
「うちは下着泥棒の件を把握していませんでしたからね」
「どんだけあいつにリソース割いたの? って感じ」シニッカが言う。「あの下着泥棒令息の家に入り込んでるわけでしょ? 少なくとも」
「だな。外から見て分かるわけねぇし、メイドをちょいと買収した程度でも知り得ねぇ」
「あーあ、きっとセルナちゃん、ぼくのことも分かってるよね? 白き翼所属だって」
「そう考えて行動した方がいいでしょう」
「あ、そうだ。セルナちゃんを追加調査してくれ。公爵家だと確認できたし、タッカーの弟子になる前はどこで何をしていたのかとか、色々と気になる」
ルシアノが言って、眼鏡の女性が「分かりました」と頷いた。
「それよりエスアイユーどうする?」シニッカが言う。「いつの間にかうちらと同レベルの情報ギルドができてるとか、気味が悪いんだけど?」
「ああ。だがまずは背の高い男への接触からだろ。エスアイユーの連絡員だろうけど、まずはこいつを見つけて徹底的に見張る」
「ではセルナ・アルカサルを監視した方がいいでしょうね」と眼鏡の女性。
現状、セルナが唯一の窓口だから。
「手配してくれ。そこからエスアイユーの正体に迫ろう」
「案外ディープアイズの別動隊とかだったりして」とシニッカ。
「有り得る。うちの国専属チームとかな」ルシアノが頷く。「てかアルカサル自前の諜報組織って可能性も少しあるな」
「現時点では正体を推理するほどの材料はありません。とにかく背の高い男の発見からです」
眼鏡の女性が真面目な表情で言った。
◇
セルナが公爵家に行く前夜。
「背の高い男なんてどこにもいないのに、あいつらきっと今も必死に探してるよ」
セルナが共鳴の指輪に向けて楽しそうに言った。
「愚かな者たちですね。それはそれとしてお姉様、やはりシニッカ令嬢は養子でした。更に、白き翼の酒場への出入りも確認できました」
シニッカの調査を終えたカルラの声が、指輪から聞こえる。
「ご苦労。私は明日、公爵家に戻るが、しばらく私との接触は控えてくれ。私に見張りが付いている。たぶん白き翼だろう」
「分かりました。見張りを見張りましょうか?」
「必要ない。通常業務に戻ってくれ。また何かあれば伝える」
「はいお姉様、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ、同志カルラ」




