14話 いつか皇帝を傀儡にしよう
ボニージャ伯爵邸の食堂。
「つまり、セルナはアルカサルの直系だと?」
アレシアが食事の手を止めてセルナを見つめる。
セルナが次の休日から公爵家に戻ることを説明したあとの反応。
「そう。10年ほど前にゴタゴタがあってね」セルナが言う。「私は安全のために隠されていたんだけど、脅威が排除され、晴れて戻れることになったってわけ」
セルナはフォークをフリフリしながら言った。
その動作は貴族的にはアウトなのだが、アレシアは何も言わなかった。当然、一緒に食事をしているフレットもセルナの無作法は気にしていない。
「なるほど。関係者だとは思っていたが直系とはな」アレシアが楽しそうに言う。「それはそれとして、ゴタゴタとはつまり何があった?」
「うん。私も詳しくは知らない」セルナが言う。「小さかったからね。詳しく知りたいなら公爵に聞いてくれ。教えてくれるかは分からないけども」
セルナとベンジャミンが打ち合せしたのは『脅威が排除されたから戻る』という点のみ。
そして、他者への説明はそれで十分なのだ。
「セルナは何があったか知りたいと思わないのか?」とアレシア。
「覚えてないし、今更知りたくもないね」
「ふむ。自分がアルカサルだといつ知らされた?」
「それも覚えてない。タッカーの弟子になるよりは前だったかな」
「そうか。わたくしとしては、セルナが公爵家に戻るのは残念でならない」
アレシアは本気でセルナを気に入っている。そのことはセルナにも理解できた。
「……僕も」とフレットが小声で言った。
「たまに遊びに来るし、フレットはアカデミーで会える」
言ってから、セルナは食事を続ける。
「わたくしと会う機会も必要だ。セルナはまだわたくしの部下だ」アレシアが言う。「アカデミーでの昼食は一緒に食堂で。いいな?」
「嫌って言ったら?」
セルナは興味本位で質問した。
「その場合は」アレシアがニヤッと笑う。「セルナの首を刎ねて、今日からその首を抱いて寝るさ」
間違いなく公爵家と戦争になるが、アレシアはそんなことは気にしない。正真正銘のイカレ女だ、とセルナは思った。
同時に、これほど苦手な相手もいないと再認識。
まず、アレシアの評判は現時点で底辺なので、評判を落とす工作が無意味である。
アレシアは殺人犯だが、その件で脅迫しても屈しない。仮に治安維持隊にその件を密告しても、確かな証拠がないので強制捜査はできない。
家族を人質に取ろうとも、「なんならわたくしが殺そうか?」と平然と言うような性格をしている。
じゃあ殺すか、と考えてもアレシアの戦闘能力が高すぎてまず殺せない。
公爵令嬢になったら暗殺者を試しに雇ってみよう、とセルナは思った。
「どうしたセルナ? 何を考えている?」アレシアが言う。「怯えているわけではあるまい?」
「ん? あー、アカデミーでの昼食は了解した。食堂で待ち合わせよう」
セルナが言うと、アレシアは満足そうに頷く。
「ところでアレシア、君は私の何がそんなに気に入ったんだ?」
「言わなかったか? 顔だ」
「……ああ、顔ね……」
「その美しさはわたくしの隣に立つに相応しい。出会いがアカデミーであっても、わたくしはセルナを招待しただろう」
「……そうか」
スラム街で出会わなくても、いつかはこういう状況になったということ。
「あとは、物怖じしない性格も気に入っている」
「どうも」とセルナ。
「ああ、その冷静な感じもたまらん」アレシアが興奮したように言う。「いつか、いつの日か、セルナが泣き叫んだり怒り狂ったりする様子を見たいものだ」
その言葉に、セルナは酷く不吉な感じがした。大事なものを壊されるような、そんな嫌な予感。
いつか必ず、アレシアは大きな障害となる。なるべく早く排除しなくては、とセルナは思った。
セルナの目指す未来に、アレシアの席はない。
◇
「さすがお姉様! 公爵家に入り込むなんて!」
カルラが目をキラキラさせて言った。
ここはアカデミーの片隅。外界とアカデミーを隔てる高い壁と校舎の間。壁の近くには木が植えられていて、セルナたちはその木の下に集まっている。
「今後、短期的な目標として、私は公爵家に馴染みつつ父親に当たる人物の心を癒し、できるなら私を溺愛させる。まぁ父親の方はできなくても問題はない。努力目標といったところか」
「セルナが公爵家に行ったら」フレットが言う。「寂しくなるなぁ……」
「いいじゃねぇかよ」ジャックが言う。「お前は今、毎日セルナと一緒じゃねぇか」
「ですね」とカルラもジャックに同意。
「君たちは君たちで」フレットが言う。「なんでリスクがあるのに直接会いにくるの? 共鳴の指輪は?」
カルラとジャックがポケットから指輪を出して見せた。
「しかもはめないんだ?」
「孤児がこれ指にはめてちゃ」ジャックが言う。「狙われるだろ普通に」
「なるほど」とフレットが頷く。
「定期的に会うのはいいことだよ」セルナが言う。「それで君たちの方は特に問題はないかね?」
「ないです」
「こっちもないぜ」
「では今後の目標として、君たちはギフト持ち、あるいはその疑いのある人物を探して欲しい」
「分かりました。仲間にするためですよね?」
カルラの質問に、セルナが頷く。
「あとはまぁ、情報と人員をしっかり管理すること。特にカルラは自分の後継者を育ててくれ」
「後継者? 自分は異動するんですか?」
「私も公爵家に完全な味方が欲しい。だからいずれ私のメイドとして……」
「もちろんです!!」
カルラがとっても嬉しそうにガッツポーズ。
セルナはカルラの頭を撫でた。
カルラが気持ちよさそうに目を細める。
「あ、あと面白そうな情報を拾ったら報告すること」
セルナが言って、カルラとジャックが頷く。
「私とフレットはアカデミーでの人脈作りに精を出そう」
「……姉さんのせいで大変だけどね」
フレットが苦笑い。
セルナは小さく肩を竦める。
「さて長期的な目標だが」セルナが真面目な雰囲気で言う。「理想の社会を確立する方法として、私が皇后になって皇帝を傀儡にするのが安定していて早いと思う」
「なるほど!」カルラが小さく手を叩く。「公爵令嬢になったお姉様にはそれができる!」
「セルナが他の奴の嫁になるのは複雑だぜ……」とジャック。
「同じく……」とフレット。
「……それは自分だって嫌ですけど、目的のためなら仕方ないと思います」
「その通り。結婚はロマンスではなく、あくまで目標達成の手段に過ぎない」セルナが言う。「それに、皇后になれなくても皇帝を傀儡にする方法はあるだろうし、そもそも私たちの目的に共感している同志を皇帝にするという手もある」
「なるほど」フレットが頷く。「皇子、皇女の中から同志を作るのはいい考えだね」
「差し当たって、第三皇女に近寄ってみよう」セルナが言う。「クラスは違うが、同級生だ。公爵令嬢となった私なら、自然に話しかけることが可能だろう」
「貴族の立場って便利だな」ジャックが言う。「俺もアカデミーに入って準貴族にでもなっておくか?」
「ありだね」セルナが言う。「ジャックなら騎士にもなれそうだが……」
「だな。来年受験してみるさ」
「よし、では解散。次の授業が始まってしまう」
セルナが言うと、ジャックとカルラが姿を消す。
「さて、昼食の時にはニーナも誘おう。親睦を深めないとね」
◇
(一体どうしてこんなことに……)
アカデミー魔法科Cクラスに在籍するニーナは、正真正銘の平民である。両親は帝都の片隅でパン屋を営む善良な一般市民である。
「ほう。セルナとフレットの友人か」
アレシアがニーナをジッと見つめる。
ここはアカデミーの食堂、貴族用のテーブル。
「ははは、はい、そうです。アレシア様」
一体どうして、平民の自分が貴族に囲まれているのか。
テーブルの対面にアレシアとフレットが座っていて、隣にはセルナが座っている。
セルナは自分を平民だと言ったが、昨日は普通に公爵家の馬車で帰ったことをみんな知っている。
「ふん。特に面白そうなこともなさそうだ」
アレシアはそう呟いて、ニーナへの興味を失ったのだが、ニーナはそのことに気付かずビクビクしていた。




