13話 容姿で養子
「私はベンジャミン・アルカサル」50代の男が言う。「アルカサル家の現当主だ。よろしく頼むよセルナ君」
ベンジャミンの髪色は白髪混じりの黒で、瞳の色は金。
執務机に座ったまま、ベンジャミンはセルナを見つめる。
「私は孤児でね」セルナが言う。「礼儀作法には疎い。よって、何か無作法、無礼があっても許して欲しい」
「孤児?」ベンジャミンが目を細める。「なぜ孤児がボニージャ伯爵家に?」
「まぁ色々あってね」
セルナは肩を竦めてから、街でアレシアに見つかって強引に連れて行かれたと話した。アレシアの殺人については、ひとまず黙っておく。
「イカレ令嬢に気に入られたか」ベンジャミンが言う。「まぁ、その容姿なら誰でも興味を持つだろうが」
「アルカサルの特徴のことかい?」
「いや、非常に美しい、という意味だ」
「それはどうも」
外見の美しさを褒められても、セルナの心は一ミリたりとも揺れない。
しかしながら、美しさは便利であると理解している。使い道がたくさんあるツールのようなものだ。同時に、アレシアやその他イカレた連中を引き寄せることもあるけれど。
「セルナ君は魔法士タッカーの弟子だとか?」とベンジャミン。
セルナが頷く。
「ではタッカーが今の君の直接的な保護者、ということでいいかな?」
「ええ、はい、たぶん」
私の保護者は私だが、とセルナは思った。
でも言わない。対外的には師匠のタッカーが保護者でいい。
「ふむ。ではセルナ君、単刀直入に言うが、アルカサルの養子にならないか?」
「理由は?」
「……存外、冷静なのだね」
「そちらの老執事に聞いていたからね。理由によっては受けてもいい」
セルナが言うと、ベンジャミンが息を吐いた。
それからしばらくセルナを見つめ、そしてゆっくり語り始める。
「私の長男はすでに34歳になるのだが、心が壊れてしまっていてね」
「それで?」
「10年ほど前、息子は妻と娘を同時に失ってね」
ベンジャミンが小さく首を振った。
ベンジャミンの表情には悲しみが溢れていた。
「妻の遺体はあったのだが、まだ幼い娘は行方不明で……」
「ああ、分かった。私にその娘の振りをしろってことね」
さほど難しいことではない。それだけで公爵令嬢になれるなら悪くない。
「そういうことだ」ベンジャミンが頷く。「息子の心を癒すには、あの時消えた娘が戻る以外に方法がない」
「息子の心を癒すのは、爵位を継承したいから?」
セルナが言うと、ベンジャミンが酷く驚いたような表情を浮かべた。
「まさか。そちらはすでに対応済みだ。私はただ、息子を治してやりたいだけだ」
「対応とは?」
「二番目の妻と新たな子を設けた。次男7歳と長女5歳の二人だ」
「なるほど。最初の妻と二番目の妻は仲がいい? 彼女らは私の存在を許す?」
セルナは公爵令嬢になるリスクを確認しようと思って質問した。
「長男の母、つまり私の最初の妻はすでに亡くなっていてね。政略結婚だったが、私は妻を愛していた。よって、本来、妻以外の女と子を作る気はなかったのだ」
「だったら、最初の妻とたくさん作ればよかったのに」
まぁそれができない理由があったのだろうけど、とセルナは思った。
単に家の事情を詳しく知りたいから言っただけだ。
「私もそうしたかったが、長男が生まれてから1年後には、妻は体調を崩してしまってね。とてもじゃないが、二人目の出産に耐えられるとは思えなかった。よって、私と妻は長男だけを大切に育てていたのだよ」
「だけど長男の心が壊れてしまった?」
セルナが言うと、ベンジャミンが頷く。
「それで急遽、新たに作ったのだ」
「二番目の妻を娶って?」
「そうする以外になかったのだ。愛してはいないが、公爵夫人として大切にしている」
「それで公爵夫人は私のことを知ってる?」
「もちろん知っている。問題はない」
「そう……ならいいけど」
本当かなぁ、とセルナは思った。
公爵夫人としては、自分の息子を公爵にしたいから、長男が復活するのは嫌なのでは?
(まぁ、どうであれ私が本気で公爵家を乗っ取ろうと思えば乗っ取れるけれど)
なんせ、セルナは権力闘争が得意なのだ。
前世のセルナは美しい容姿も持たず、カリスマ性も持たず、情緒に訴える扇動家でもなく、それでも指導者の地位に就いたのだから。
人事と情報。
味方だけを配置し、敵は遠ざける。クリーンな敵がいたら不正を捏造して糾弾する。裏切り者は容赦なく粛清。
強力な敵は別の敵と手を組んで排除する。排除が終わったら今度は手を組んだ相手を葬る。それを繰り返すうちに、周囲には自分に反対する者は一人もいなくなるのだ。
「どうだ? 我が家の養子になるか?」とベンジャミン。
「問題が一つある」
「それは何か?」
「私が長男の心を癒せなかったら?」
役に立たない者を置いておくとは思えない。
「それは仕方あるまい」ベンジャミンが言う。「努力はしてもらうが、その結果、ダメだったなら仕方ない」
「……お咎めなし?」
「当然だ。私は残酷な人間ではない」
「そう……」
何こいつ、思ったよりチョロそう、とセルナは思った。
「心配せずともセルナ君の人生には責任は持つ」ベンジャミンがキリっとした表情で言う。「25歳までに結婚相手も見つけることを約束する。もちろん、公爵令嬢に相応しい相手を選ぶ」
「皇太子がいいと言ったら?」
セルナが言うと、室内がシンっと静まり返った。
そして。
ベンジャミンが声を出して笑った。
「ふははは! 思ったより野心があるな!! しかし皇太子はまだ決まっていない!」
「ふむ。たしか帝国では能力で決まるんだっけ?」
建前的にはそうだったはず、とセルナ。
選ぶのは皇帝なので、実際には皇帝の好みも反映されるだろうが。
「うむ。性別、年齢にかかわらず選ばれる。5歳の女の子であっても、次の皇帝として認められたならば皇太子だ」
「なるほど。それは極端だけど、よく分かった。男女どちらでも構わないから、皇太子が決まったら一度は私を推して欲しい」
「……よいが……帝国の歴史上、皇太子が同性と結婚した例はないぞ?」
「だけど禁止もされていない」
帝国法に同性愛を禁じる法律はない。故に、やろうと思えば相手が女でも結婚できるはず、とセルナは思った。
とはいえ、手間がかかるので願えるなら皇太子は男がいいけれど。
ちなみにセルナにとって結婚はロマンスではないので、使える相手なら誰でもいい。ベッドをともにするつもりは最初からない。
「……まぁ、趣味趣向に口は出さん」
ベンジャミンが苦笑いしつつ言った。セルナのことを両刀使いだと認識したようだ。
「それで? 養子縁組の手続きは?」とセルナ。
「問題ない。死亡扱いになっていた孫娘を復活させるだけだ」
「ああ、つまり養子ではなく、対外的にも本当に元からアルカサルってことにするんだね?」
「その通り」ベンジャミンが強く頷く。「君が赤の他人であることは、ここにいる者たちと妻しか知らない」
ここにいるのはベンジャミン、執事長、そして補佐官3名とセルナ。
「……だが、セルナ君は赤の他人とは思えない……」とベンジャミン。
いや赤の他人だよ、とセルナは思った。
「いくらなんでも、ここまでアルカサルの特徴が出るだろうか?」
「私には分からない」セルナが肩を竦めた。「でも平民の方が多いから、そういうこともあるのでは?」
「ふぅむ……」とベンジャミンが顎に手を当てた。
「何でもいいけど、今日は伯爵邸に戻っても?」
「ん? うむ。そうだな。伯爵邸で荷物をまとめておけ。次のアカデミーの休日に伯爵邸に迎えに行く」
アカデミーは5日通って2日休みという7日制が採用されている。
というか、帝国ではだいたいの場合、この周期が使われている。
「分かった。それでは他になければ今日はもう帰るよ」




