11話 みんな突っ込む
「マスター、ブラザーザックスの失踪の件ですが」
眼鏡の女が言った。
ここは情報ギルド『白き翼』の拠点、二階のマスター執務室。
セルナとフレットが下の酒場を訪れてから数週間後のこと。
「外部協力者だったよな? 見つかったのか?」
執務机の上で書類を見ているルシアノが言った。
ルシアノは黒髪黒目の男性で、白き翼の7代目ギルドマスターだ。
「いいえ、完全に痕跡が消えています」
「なんだと?」
「完全に姿を消した、ということです」
「素人だよな?」
ルシアノが問うと、眼鏡の女が頷く。
「はい。自分の力で消えたわけではないかと。どこかの組織が手引きをしたか、そうでなければ殺害されたと考えてよさそうです」
「殺されるような要素あったか?」
ブラザーザックスは孤児院に務めていて、稀に諜報を頼む程度の相手。
それも難しい仕事ではなく、浮気調査の張り込みの交代要員であったり、孤児院に慈善活動として訪れた貴族を観察してもらったりと、簡単なものだけである。
要するに、小遣い稼ぎとしてちょいと手伝ってもらった、という感じ。
白き翼はこういう金で買える外部協力者を多く抱えている。
「本人には特に問題なかったと思います。突発的な事件に巻き込まれたのかもしれません」
「シスターや院長の話は聞いたか?」
「ある日突然、姿を消したと言っていました」
「ふむ……」ルシアノは書類を見るのを止めて、眼鏡の女に視線を移す。「最後に接触した時は、なんか言ってたっけ?」
「秘密結社エスアイユーの接触を受けた、と」
「そんな組織本当にあるのか?」
「分かりません。ザックスには内部に入って情報を集めてくれと頼みましたが……」
実際に頼んだのはこの眼鏡の女ではなく、白き翼の連絡員だ。
「だいたいエスアイユーって何だよ? そもそも意味が通じねぇ」
「ザックスが組織名を聞き間違った可能性もありますね」
「マジかよ」ルシアノが肩を竦める。「他にエスアイユーの情報ねぇの?」
「ジャックという名の孤児を使ってザックスに接触した、という話でした」
「それだけか?」
「はい。詳しいことは何も」
「ジャックに話は聞いたか?」
「こちらが報告書で、証言も載ってます」
眼鏡の女が紙を一枚、ルシアノに渡す。
「背の高いおじさんに頼まれた?」
「そのようです」
「ふぅぅむ……」
ルシアノは報告書を隅々まで読んだが、何も分からないことが分かっただけだった。
「どうします? たぶん我々とは関係のない要因で消えたか、消されたのだと思いますが、調査を続けますか?」
「いや、金になんねーだろ。マジで秘密結社が絡んでるってんなら別だが」
「ですよね。それではエスアイユーについて調査させます?」
「つっても手掛かり何もねーだろ? そのうち何か情報が入ってからで……ああ、一応、言葉の意味だけ調べておいてくれ。古代語なのか、どっか遠い国の言葉なのか、あるいは方言なのか」
「分かりました」
そう言って、眼鏡の女が執務室を出る。下にいる店主に仕事を伝えるためだ。店主は連絡員や諜報員との窓口でもあるのだ。
◇
セルナはアカデミー入学初日から注目の的だった。
なんせ、アルカサル公爵家の特徴を持った絶世の美少女がボニージャ伯爵家の馬車で登校したのだから。
その上、伯爵令息であるフレットはセルナに付き従っているように見えたし、あのイカレ令嬢アレシアもセルナとは対等に話していた。
更に、セルナは魔法士タッカーの弟子なのにCクラスというのも、みんなの興味を大いに引いた。
お前のスペックは絶対にAクラスだろうが、と。
実力を隠しているのか? だが何のために? と多くの憶測が飛び交った。もちろん、Cクラスなのは単にそれがセルナの実力だったからなのだが。
その日、Cクラスでセルナとフレットに話しかける貴族はいなかった。
なんとなく近寄りがたい雰囲気だったのと、みんなアレシアと関わりたくないのだ。
そう、セルナやフレットに話しかけたら、漏れなくイカレ令嬢が付いてくるかもしれないとみんな怯えている。
アレシアはアカデミーにおいてもっとも嫌われ、そしてもっとも恐れられている。
「なぁフレット、私たち避けられてないか?」
授業の合間の休み時間に、セルナはフレットに寄って行った。
セルナは同志100人作るつもりだったので、遠巻きにされているこの状況が不服だった。
「……ごめん……。絶対姉さんのせい……」
席に座ったままのフレットがとっても辛そうに言った。
貴族の子たちが2人を避けるので、平民の子たちも雰囲気に呑まれて2人を避けている状況だ。
「あのクソアマ……」
セルナはボソッと言った。
明日1人で事故って死んでくれないかな、とセルナは思った。
なんなら、今すぐ生きるのが嫌になったと言って自殺して欲しい。
「こっちから話しかけてみるか……」
セルナはすでにクラスの全員に【記録詠み】を使っている。
その中で、不正のなかったクリーンな人物に目を付けているのだが。
チラッとその子を見ると、その子もセルナを見ていて目が合った。
おや? とセルナが思った時には、その子がサッと目を逸らす。
「こっちを気にしてはいるようだ……」
まぁそれはクラス全員がそうなのだが。今も少し離れたところからセルナとフレットを見ている者は多い。
「セルナはあの子が気になるの?」
セルナが視線を送った少女を見ながらフレットが言った。
「ああ。いい子だよ。同志に欲しい」
「なるほど、視たんだね?」
フレットが言うと、セルナが頷く。
「まぁちょっと行ってくるよ」
セルナはクリーンな少女の方へと歩みを進め、机に手を突く。
「ひっ……」と少女が怯えたような瞳でセルナを見上げる。
少女の髪型はミディアムストレートで、毛先が少し内向きにカールしている。
なんというか、女子の定番の髪型だ、とセルナは思った。
髪色は明るい茶色で、こちらもなんというか普通という雰囲気。瞳の色も茶色で、よくある感じ。身体全体で、あるいは存在全体で「私は普通の子です」と主張しているようだった。
制服も規定通りの物を規定通りに着用していて、面白みは欠片もない。
顔立ちはいい方に見えるが、それでもやはり中の上といったところ。
「私に怯えるのは非効率的だよ」セルナが言う。「なぜなら、私は君を殺そうと思って近寄ったわけではないのだから」
「そ、そうですよね、はい……」
殺そうと思って近寄ってくる生徒がいてたまるか、とクラスメイトたちが思っていることをセルナは知らない。
「朝の自己紹介の時間でも言ったが、私はセルナ。魔法士タッカーの弟子で、今はボニージャ伯爵家に世話になっている。君は?」
「えっと、私はニーナといいます……。ふ、普通の平民です……」
「私も普通の平民だよ」
「ええ!?」
ニーナが本気で驚いて、クラスメイト達も驚いた。
みんな心の中で(そんなわけあるかっ!)と盛大に突っ込んでいるのだが、セルナは気付かない。
「趣味は孤児院にお菓子を持って行って、子供たちと触れ合うことだよ」
ほとんど事実だから恐ろしい。
セルナは実際、フレットのお金でお菓子を買って行くのだ。そして子供たちと触れ合って洗脳しているのだ。
「セルナ様はお優しいんですね……」
「セルナ様? よせ、私は貴族じゃない。呼び捨てにしてくれていい。私も君をニーナと呼んでも?」
「え、ええ、はい、好きに呼んでいただければ……」
「敬語も使わなくていい」
「ええ!? えっと、これは癖と言いますか、誰にでもこうなので!」
「そうか。その方が喋りやすいなら、まぁ構わんよ」
セルナが片手を広げた。
クラスメイトたちは(お前のその上から目線が平民であってたまるかっ!)と盛大な突っ込みを心に抱いていた。
ニーナもそう思っていて、それが表情にも出ていたのだがセルナはスルーした。
「これからよろしく、ニーナ」
「は、はいセルナさ……いえ、セルナ」
ニーナがおっかなビックリ呼び捨てにして、セルナは爽やかに微笑んだ。
美少女の微笑に、クラスメイトたちがほぉ、と息を吐いた。
(この時間はこのぐらいにしておくか)セルナは思う。(一気に詰める必要はない。アカデミーは4年も通うのだから)




