越えない夜
越えない夜
廃塔最上階の部屋は、月明かりだけが頼りだった。
石壁に寄りかかるように立つアストロは、落ち着かない呼吸を必死に整えている。
華奢な体躯。
中性的な顔立ち。
高めでかすれた声。
魔物の糸で織られた戦闘服は、身体に沿いながらも柔らかく、彼の線の細さを隠さない。
勇者は数歩離れた位置から、それを見ていた。
視線は静かだが、獲物を追うように逃がさない。
「緊張しているな」
低い声。
アストロは即座に首を振る。
「していません。勇者様の前ですから」
その言い方。
“女性”ではなく、“勇者”。
勇者の口元がわずかに歪む。
「私を勇者として見ているのか」
歩み寄る。
距離が縮まる。
アストロの背が壁に触れる。
逃げ場はない。
勇者の指先が、彼の胸元に触れる。
布越しに鼓動を確かめるように。
速い。
「これは尊敬の鼓動か?」
指が横へ滑る。
布の上から、小さな起伏を押す。
ぴくり、と反応が走る。
アストロの呼吸が乱れた。
「……女性としても、意識はしています」
正直だ。
だが、その言葉は必死に理性を保とうとしている。
勇者はその曖昧さが好きだった。
はっきり欲しいと言わない。
だが、身体は隠さない。
指が今度ははっきりと胸元を揉む。
ゆっくりと。
逃げ場を与えない圧で。
「っ……」
高い、押し殺した声。
勇者は片手で彼の顎を上げる。
「目を逸らすな」
契約が淡く光る。
アストロの身体が強制的に従う。
視線が絡む。
そのまま、勇者の手が下へ滑る。
腹部。
細い腰。
そして、布越しに伝わる熱へ。
そっと触れる。
一瞬で分かる反応。
「……これは尊敬か?」
指先で、ゆっくりとなぞる。
押しつぶさない。
だが、確かにそこにある熱を煽る。
アストロの呼吸が浅くなる。
勇者は少しだけ力を込める。
じわり、と。
身体が跳ねる。
喉が震える。
「勇者として敬う相手に、こんな反応をするのか」
意地悪く囁く。
アストロは必死に言葉を絞り出す。
「女性として、意識しています……ですが、敬意が――」
最後まで言わせない。
勇者の手が動く。
一定のリズムで。
布越しに。
強すぎず、弱すぎず。
確実に高める。
アストロの背が壁を擦る。
脚に力が入らなくなる。
勇者はもう片方の手で腰を押さえ、逃げ道を塞ぐ。
「まだだ」
低い声。
彼女は分かっている。
どこが限界か。
どの瞬間に、全てが崩れそうになるのか。
指先が速くなる。
呼吸が乱れる。
アストロの視界が揺れる。
「……勇者、様……」
その声に、勇者の理性が削れる。
可愛い。
だが。
限界の一歩手前で――
ぴたり、と止める。
完全に。
空気が凍る。
アストロの身体が、行き場を失った熱で震える。
勇者は離れない。
ただ見下ろす。
「何を期待した」
優しく問う。
アストロは答えられない。
喉が震えるだけ。
勇者は再び触れる。
今度はさらに強く。
速く。
壁に押しつけたまま。
高める。
削る。
追い詰める。
アストロの脚が震え、指先が虚空を掴む。
だが契約が動きを縛る。
触れられない。
縋れない。
ただ、受けるだけ。
勇者の息も少し荒くなる。
顔が近づく。
唇が触れそうな距離。
「私を、女性として見るな」
そう言いながら、指は止まらない。
「勇者として敬え」
だが、その目は揺れている。
アストロの限界を感じ取る。
その直前。
また、止める。
完全に。
二度目の寸止め。
アストロの身体が大きく震え、力が抜けかける。
勇者は支える。
優しく。
「可愛いな」
甘い声。
そのまま、額が触れ合う。
呼吸が混ざる。
「欲しいなら強くなれ」
三度目。
今度はゆっくりと。
じわじわと。
逃げ場のない熱を積み上げる。
アストロの瞳が潤む。
声にならない音が漏れる。
勇者の理性が、本気で揺らぐ。
今なら越えられる。
規則も契約も、どうでもよくなる。
だが――
ぎりぎりで、止めた。
三度目。
完全な停止。
勇者は大きく息を吐く。
「今日はここまでだ」
アストロはその場で崩れ落ちかける。
だが勇者が支える。
抱き寄せる。
胸に顔を押しつける。
「勘違いするな」
静かな声。
「私はお前を育てているだけだ」
だが、その指先はまだ彼の腰に触れている。
離さない。
夜は深い。
越えない。
だが、何度でも限界まで連れていく。
アストロは、尊敬と“女性”への意識の間で揺れ続ける。
勇者はそれを、楽しんでいる。




