第百二十七話【聞いても考えても】
ヨロクで見たもの、ゲロ男から聞いた話を打ち明けると、マリアノはしばらく黙り込んでしまった。
何かを考えてる……のはわかるけど、何を考えてるのかはさっぱりわからない。
それでも、そのしばらくの時間を静かに待っていれば、向こうからゆっくりと口を開いた。
何を言うべきか、言わないべきか。悩みながらって感じで、慎重に言葉を選んでるみたいだった。
「……ツラも知らねえヤツの思い通りになってやるのは癪だが、まあいい。形にこだわってる余裕がねえのは事実だ」
悩んで、考えて、そして……いつにも増して不機嫌そうな顔でそう言った。
ゲロ男のへらへらした態度もムカつくけど、コイツの周りを見下してる感じも腹立つな。素直に協力しろよ。
「そいつが何企んでんのかは知らねえ。だから、何を答えるのが正しいのかなんざわかりゃしねえ。だが、オレの目的については答えてやる」
「目的……ですか。それは……盗賊団のではなく、マリアノさんが戦線を離れてまで南部にいた理由……という意味でしょうか」
マリアノの言葉にフィリアが質問をすると……またキレられるかなって思ったけど、案外素直に首を縦に振った。
いつも見当違いなこと言ってるから怒られてるっぽいな、じゃあ。なんの意味もなく、ムカつくからイライラしてたわけじゃないのか。
「オレの目的は、とある連中との交渉だ。北が手詰まりに陥りかねない現状、そこ以外に活路を開く必要がある。だから、盗賊団として協力出来る相手を探してんだ」
「盗賊団として協力出来る相手……なあ、それって俺達でも……」
話になんねえよ、クソガキ。って、俺の提案を全部聞くより前に突っ返されて、ちょっと……かなり、イラっとした。
でも、実際のとこはその通りだよなって気にもなる。こいつらがなんとかしたいのは国の外に弾き出された街で、そこに対して国はなんの力も持ってないわけだから。
しかし……それで気になるのは、その交渉中のとある組織ってやつだ。
盗賊団、そこと戦ってる敵。と、これまでにもふたつ組織があった時点でまだほかにもあるだろうとは思ってたけど、こうもポンポン出てくるとは。
それも、こいつらが協力したいと思えるくらいちゃんとした組織……となると、小さい街ひとつとかそんな規模じゃないんだろう。
「それがどこの誰かについては……まあ、オレのとこに手紙寄越すようなヤツがいるんだ、そっちでもすぐに調べがつくだろうよ。あるいは、知ってて黙ってんのかもな」
「すでに調べがついていて、しかし私達には伏せている……ですか。ふむ……」
ああ、なんとなく想像も出来るな、それ。今ある問題に集中して欲しいから、不確定な部分の多い情報については伏せておく。とか、カスタードならやるだろうし。
そんな俺達の反応を見てか、マリアノはちょっと感心そうに口角を上げた。お前……笑顔怖いな……
「……と、まあ利口な言葉を並べたが、このことは誰にも言ってねえ。連中はもちろん、ジャンセンにもだ」
「っ! ゲロ男にも……ってことは、お前がこうして南にいるの、独断だってことか? でもアイツは、呼び戻せないくらい大事な用でこっちに行かせてるって……」
事情も知らないのにそんなの許すやつ……か? いや……じゃあ、俺達に対するハッタリだったってことか?
それとも……マリアノだったら団にとって重要な役割を果たそうとしてるだろう……って、そういう信頼があって任せてる……のか。
もちろん、北の戦線からマリアノを遠ざけるのがアイツの目的のひとつでもあっただろうから、都合がよくて話に乗っかった部分もあるだろう。
でも、交渉って言うからには、前々から考えてて、準備もしてて、下手したらもう何回か会いに行ってる可能性もあるわけだから……
「ハッ、ガキがンな顔すんなよ。オレ達はただ慣れ合って生きてるわけじゃねえ。それぞれに役割があって、それさえ果たしてりゃ深入りしねえ暗黙の了解ってもんがあんだよ」
「暗黙の了解……ですか。組織としての機能を果たしさえすれば、個人の信条や目的については問わない……と」
そうだ。って、マリアノがまた怖い笑顔で頷けば、フィリアはすごく苦い顔でうつむいてしまった。
なんて言うか……マリアノからは敵意を、フィリアからは後悔みたいな悲しい気持ちを感じた気がする。でも、それが何かは……俺にはわからない。
「……よくわかんないけど、お前は個人的に……ゲロ男の指示とか関係なく、盗賊団のためにその交渉をしてる……ってことだよな」
しかし、聞いた話をまとめるなら、マリアノは盗賊団を……今いる組織をすごく大切に思ってる……ってことになる。
それ自体はいいことだし、なんとなく想像してた通りだ。なんでか薄情な言いかたしてたけど、結局のとこは個人でも団のために頑張ってるって話だもんな。
「だとしたら……俺達がここに来たのは、その手伝いをするため……なのか? 北では大した手伝いも出来なかったから、ならこっちを手伝ってやれ……みたいな」
「ァア? テメエらなんぞにンなことして貰わなくちゃなんねえほど落ちぶれてねえぞ」
でも、カスタードがなんの理由もなくここへ行かせたりはしないだろう。それは間違いない。
ましてや、マリアノと会うように誘導までしたんだ。なら、その交渉を手伝うことが目的……ってことじゃないのか?
けど……当然、そんな提案をしてもマリアノは受けつけない。めちゃめちゃ睨まれたし、キレられた。
わかってたけど……じゃあ、ほかに何しろって言うんだ。
「……もしや……ユーゴ、少しいいですか」
「……? なんだよ、今大事な話してるんだからあとにしろよ」
どうして部外者扱いするのですか。って、ちょっと怒られちゃった。でも……また変なこと言いそうで、つい。
けど、フィリアもフィリアで思い当たる節があるみたいで、マリアノに聞かれないようにと少しだけ顔を近づけ……近い! デブ!
「マリアノさんの交渉相手こそ、バスカーク伯爵なのではないでしょうか。あのかた個人……ではなく、あのかたも属する組織と協力しようとしているとか」
「……カスタードがどっかの組織に入るってところからもう怪しいけど……うーん……」
なくはない……のか? もしそうだったら……その組織との繋がりを知られない状態を保ったまま、交渉を上手いこと取りまとめさせようとしてる……とか。
いや、でも……もしカスタードがその交渉相手の仲間だったら、自分でそれを成立させちゃえばいいんじゃないか? そこまでの発言権がないとかなら別だけど……
「……もしかして、交渉を破談させたい……自分達じゃなくて、俺達と協力出来るように話をまとめようとしてる……のか? で、そのために一番早いのが……」
俺達が先に盗賊団と協力関係を結ぶこと……だとしたら、まあ……話も……繋がる……繋がらないこともない……ううん?
ダメだ。もしもマリアノが交渉してる相手とカスタードに関係があったとしても、それをどうしたいのかがわからない。
わからない、知ることが出来ない……なら、今回の目的とは違うんじゃないのかな。下手したら目的と真逆のことになりかねないんだし、ならそんなことさせないだろ。
「……チッ。ンだよ、こっちが目的を教えてやっても思い当たる節はねえってか。ボンクラだな、本当に」
「ぐっ……まあ、今は何もわかんないけど、でも……なんかはあるんだ。なんかは」
そのなんかを何も教えずにこんなとこ来させられたのが問題なんだよな。じゃあ……そのなんかはどうでもいい……のか?
ただ、俺達がマリアノに会うことだけが目的だった……マリアノが、ゲロ男の意図とは違うとこで動いてるのを知るのが目的だった……?
それで……マリアノが何をしようとしてるのか、どういうやつなのかを聞く機会を作る……のが目的……? ううん……?
「腕の立つ諜報員がいると思って期待してみたが、どうにもアテが外れたな。まるっきり無駄な時間だった」
「あっ、おい。待てよ、まだ話は……」
もうしてやる話はねえよ。って、マリアノはそう言うと、振り返りもせずに砦へと入ってしまった。
期待外れだった……か。まあ……言われてもしょうがないよな。全然ピンと来なかったし、こっちからはこれと言った話も出来なかったし。
「……帰ってカスタードに直接聞いたほうがいいな。何がしたかったのかわかんなかったって」
「不本意ですが、そうするしかありませんね。期待に応えられなかったと知れば、落胆されてしまうでしょうが」
こんなわけわかんない指示だけでなんとか出来るわけないだろ。それは期待じゃなくて無茶振りだ。
でも……なんの意味もなく無茶振りするわけないよな。手紙の内容も変だったし、やっぱりカスタードになんかあったのかも。
なんにしても、これ以上ここで出来ることはない……あっても気づけないから、さっさとランデルへ帰ろう。
無駄足だったとは言わないけど、もうちょっとなんかハッキリわかるものがあると思ってただけにがっかりだ。
これでカスタードからもロクな話が聞けなかったら……本格的に手詰まりになりそうだな……




