第百二十六話【伝言はないが】
カンビレッジの役場に現れたマリアノは、俺達を街の外の砦跡へと案内した。
案内……ってか、ついて来いって言うだけ言って、あとは勝手に歩いてった感じだったけど。
でも、そうして連れて来られた砦の中には入らずに、誰もいない……誰も来なさそうな、砦の裏側まで足を止めなかった。
まさかとは思うけど、待ち伏せの罠がある……わけないな。そんな気配ないし、そもそもマリアノから殺気みたいなものを感じないし。
「……おい。なんでこんなとこなんだ。別に、もう何回も入ってるし、いまさら隠すようなもんでもないだろ。そもそも、俺とフィリアだけでどうにか出来るわけもないし」
だとしたら……まあ、敵だから、かな。一度は協力関係を結びかけたとはいえ、今の時点ではまだ敵。なら、それを自分達の活動拠点には招き入れたくないだろう。
だけど、それこそいまさらだ。だって、敵対したあとにも俺達はここへ入ってる。ナリッド解放のために、こことチエスコの砦を使ってるんだから。
それでも、心情的なもので拒んでるんだとしたら、まあ変でもないけどさ。
変でもない……けど、そういうやつじゃないと思ってたから、意外だなって。いつも不機嫌な割に、気分でものごと決めないタイプに見えるし。
「……はあ。どうにも、テメエの中で妙な情が湧いちまってるらしいな。デカ女よりはマシだが、ガキはガキってことか」
「なんだよ、うざいな。そっちがついて来いって言ったんだから、もったいぶってないでさっさと話せよ。なんの用事なんだ」
そもそも、どう見てもお前のほうがガキだろ。ムカつく。
でも、俺が突っかかってもマリアノは表情ひとつ変えなくて、なのにまだ本題に入ろうとするそぶりを見せない。
何かを待ってる……こっちから切り出さなくちゃならないような暗号とかあるのかな? でも、そんなの俺達が知るわけないし、そのことはマリアノもわかってるだろ。
じゃあ……言葉を選んでる……? コイツが? それはない。としたら……まだ伝えたいことがまとまってない……とか。
「……チッ。どうにも性に合わねえ。厄介なモン掴まされちまったな」
「……? ひとりで勝手に解決するなよ、ムカつく。ちゃんとこっちにもわかるように説明しろ」
どうやら、抱えてる事情はどれでもない……っぽいな。なんか、話しにくい内容なのかも。
でも、もう腹をくくったみたいで、何回もため息をついてから、やっとこっちに……俺とフィリアの両方に意識を向けたのがわかった。さっきまで上の空だったのかよ、ムカつく。
「テメエら、これに見覚えがあるんじゃねえか。なかったとしても無関係とは言わせねえ。説明ってことなら、テメエらから聞かせて貰わねえとな」
やっとこっちを見たマリアノがポケットから取り出したのは、くしゃくしゃに丸められた紙……手紙? だった。
でも、見覚えも何も、こっちから手紙なんて出してない……よな。フィリアにも覚えなんてなさそうだ。
としたら、もしかしてゲロ男の置き手紙か? ナリッド解放を指示した手紙か、それともまた別のものか。
それを……それで……なんでマリアノがちょっとキレてる感じなんだよ。ゲロ男が外のやつを頼ったのがムカつくなら、文句はそっちに言ってくれよ。
「なんでこっちが説明しなくちゃいけないんだよ。連れて来たのはお前のほう……っ! お前……これ、どこで……」
だから、そんなの知るか……って、突っぱねるつもりだったんだけど。手紙を受け取ってすぐに、俺もフィリアも事情を……いや。異常を理解した。
その手紙には、知ってるものがついてたんだ。よく見知った、カスタードがいつも手紙を閉じてる封蝋が。
「やっぱりテメエらの関係か。チッ、どうにもイライラさせやがる。まさか、団の誰にも報せてねえオレの行き先に、ンなもん届けやがるとはな」
「マリアノのとこに……直接届けられたのか……? な、なんで……」
それはこっちが聞いてんだよ。って、マリアノはちょっとイラついてる様子だったけど、ちょっと……こっちも気を遣ってる余裕がない。
なんでこんなものがマリアノに届けられたんだ。いや、違う。どうして、わざわざこれを届けたんだ、カスタードは。
もしかして、自分の存在が盗賊団にバレることは気にしてないのか……? いや、そんなわけない。絶対にあり得ない。それだけは断言出来る。
だってカスタードは、いつどこで誰が操られてるかもわからないって、そう言って俺達に警戒させたんだ。それを自分だけは平気な顔で……なんて、やるわけない。
にもかかわらず、こうして自分の存在を知られかねない手がかりを、よりにもよって盗賊団に……マリアノに届けた。
下手をすれば敵の組織に繋がりかねないような場所へ、いつも通りコウモリを使って届けさせたんだろう。
なんでそんなリスクを……? カスタードからしたら、そういう動き回る役割を任せるために俺達がいるんじゃないのか……?
「……っ。中見るぞ、渡したんだからいいよな。フィリア、もっとこっち来い」
「は、はい」
周りには誰もいない。それはわかってる。それでも周囲の目を警戒するために、俺とフィリアの身体で壁を作るつもりで…………近い! デブ!
とにかく、くしゃくしゃになった紙を急いで広げて……それで……
「えっと……ランデルより使者あり……? これ……だけか?」
「ァア? ンだそのツラは、テメエらが出したモンだろ」
そうして開いた手紙の内側には……たった一文だけが記されていて、その……なんて言うか、何も意味を理解出来そうにないことだけがわかってしまった。
でも……これ、偶然……じゃないよな。俺達に届けられた手紙と……カンビレッジへ行けとしか書いてない手紙とおんなじだ。
「……アイツ、何考えてるんだ……? こんなことして、いったいどうしたいんだ」
目的はわかった。俺達にもマリアノにも、ここへ来るように……ここで会えるようにと誘導するための手紙だったんだ。
でも、俺達をここで会わせた意図はわからない。それについては、こっちもマリアノも何も聞いてないし、考えても思い当たる節がないから。
「もしかして……マリアノは大丈夫だと思った……のか? なんとなく……じゃない、根拠がちゃんとあって……?」
カスタードの意図がわからない。何より、ここで俺達がマリアノにあっても大丈夫と思った根拠が思い浮かばない。
用心深いやつだ、カスタードは。なら、きっと大丈夫とか、見た感じ平気そうとか、そんないい加減な理由で良しとしないハズ。
何かあるんだ、マリアノに。マリアノだったら大丈夫……あるいは、マリアノが操られてても、そのうえで自分の存在を疑われても、大丈夫だと思える根拠が。
「……フィリア。こうなったらもう全部隠すのは無理だから、大丈夫そうなとこだけマリアノに話そう。でないと何も進まない」
「そうですね、あのかたもそのつもりで私達をここへ送り出したのでしょうから」
ァア? って、マリアノがまた不機嫌そうに首をかしげるから、フィリアはちょっとだけ後ろに下がって俺の陰に隠れた。
あらゆるリアクションが自分を叱るためのものだと思い始めてるな……まあ、今回はたぶんそのとおりなんだけど。それにしても、俺に隠れるなよ……王様なんだから……
「俺達にも心強い味方がいるんだ、調べ物専門だけどな。そいつからこれと同じような手紙が届けられて、カンビレッジまで来てたんだ」
「王宮お抱えの諜報員……か。ボンクラの集まりだとばかり思ってたが、案外まともなやつもいるようだな。しかし……」
しかし。のあとに、マリアノはフィリアをじっと睨む。で、睨まれたフィリアはまた俺の後ろに隠れようとする……けど。デカ過ぎて無理だって。
まあ、マリアノの言わんとすることはわかる。フィリアの口ぶりが……あのかたとか、送り出すとか、そういう言葉の一個一個が奇妙に聞こえるんだ。
フィリアは当然のようにそういう言いかたしてるけど……お前、王様だからな。まるで自分よりも立場の強いやつに言われて来たみたいな言いかたなんだよ、それ。
「でも、ここへ行けとだけ言われてて、なんでお前と会う必要があるのかまでは聞かされてない。これっぽっちも思い当たるものないけど、そっちはなんかないのか」
「テメエらのとこから出た指示にテメエで思い当たる節がねえんじゃ、こっちにもあるわけねえだろ。チッ、いったいなんだってんだ」
ううん……マリアノが何か見つけたから、あるいは何かしようとしてるから、それを手伝え……ってことでもない……のか?
でも、コイツの場合、もしもなんか抱えてたとしても俺達には話さないだろうから……だとしたら、余計にここに来た意味がなくなるな……
「……もしかして、もっと踏み込んだ話をしなくちゃダメ……ってことか?」
「ァア? ンだよ、なんかあんならさっさと言いやがれ。もったいつけてんじゃねえよ」
でも、カスタードが意味ないことさせるわけない。じゃあ、やっぱりなんかある。
もしそうだとしたら……北で起こったこと、フィリアの前で言える範囲では全部伝えるくらいでいい……のか? それこそ……マリアノが戻らないって聞いたこと、とか。
「……先に言っとくけど、これで合ってる保証なんてないからな。それでも……なんかあるとしたらって話を、お前だけに伝える」
ゲロ男の手伝いをした……ことは伏せるけど、手伝おうとしたこと、事情をちょっとだけ聞かされたことについては話そう。
それで……マリアノから何か打ち明けられたら、きっとそれが目的だったってことだ。
まだちょっとビビってるフィリアと話す内容を相談してから、もう一度マリアノと向かい合う。
そして、自分でも間違えないように……水面下での協力について漏らさないように、気をつけながらちょっとずつ伝えた。
北の戦線がヤバかったこと。マリアノにはこっちでやらなくちゃいけないことがあったこと。なのに、手伝えなかったこと。
伝えたら…………マリアノはちょっとだけ静かになって、どこか神妙な面持ちで考え込み始めた。




