第百二十二話【標なくとも】
ヨロク北方の戦線を回避しながら北上し、カスタードでも調べられない地点の様子を見てくる。それが、当面の目的になった。
けど、だからって今日いきなり馬車を出して……なんてことは出来ない。出来っこない理由が山ほどある。
まずもって、ヨロクから北へ運んでくれる馬車なんて存在しないこと。
今まで通りに国軍の馬車で向かおうにも、危険地帯とわかってる場所へ行く許可なんて下りるハズがない。
たとえフィリアが……王様が命令したとしても、だ。国軍の指揮権は王様ひとりにあるわけじゃないらしいから。
それに、今の時点でもやらなくちゃならないこと、解決しなくちゃならない問題が多過ぎることもある。
それこそ、盗賊団との協力を結ぶとか、北の敵組織について調べるとか、まだ全然進んでないんだ。
もちろん、北の問題だけじゃない。南のカンビレッジ近辺で現れたあのバカデカい魔獣の死骸が消えちゃった件についても、まだなんの手がかりも得られてないし。
カスタードに頼まれたからって、遠い場所の調査を優先するために放り出していい問題じゃないんだよな、どれもこれも。
そして、そういうのを全部クリア出来たとしても、まだ問題が残ってる。
たとえ馬車を出せたとして、北の戦線を放置しても大丈夫だって確信を得られたとしても、そもそも俺達は、ヨロクよりも北がどうなってるのかを知らない。
つまるところ、調べるにしても足がかりがなくて、進む道もわからなければ、どこまでなら踏み込んでも平気かの判断さえ下せないわけだ。
しかも、これがかなり厄介な問題だってことは、いつかのナリッド解放のときにしっかりと思い知ってる。
あのとき俺達は、どうすればナリッドへ行けるのか……以前の問題として、ナリッドへ行けたとしても、そのあとどうなるかの予測がこれっぽっちも立てられなかった。
グリフィーに言われて、もっと南の砦を借りなかったら、廃墟群になってるかもしれないナリッドで野宿をする前提で踏み込むしかなかったんだ。
これが北方となるとさらに深刻で、無事な街があるかどうかわからない中へ飛び込んで、敵に見つからないよう調査と野営をしなくちゃならないハメになる。
ただでさえゆっくりしか進めないのに、ちゃんと休めるアテもない。休めたとしても敵に見つからない保証もない。
人も馬も物資も何もかもボロボロになるのが目に見えてる。そのうえ、そのボロボロの状態でまた隠れながら戻らなくちゃいけないなんて、とてもじゃないけど……
だから……カスタードからの頼みだし、ほかに明確な標もないから、ひとまずは目標として定めたけど。でも、しばらくは達成不可能な理想論でしかない。
少なくとも、盗賊団との和解が成立して、北方の戦線を押し返して、堂々とヨロク北部の調査を始められるようになるまで。それまでは、胸の奥にしまっておこう。
フィリアとふたりで悩み続けて、最終的にはそういう結論を出した。それしかなかった。
それで……だ。じゃあ、その理想論でしかない目標を現実にするために、今の俺達には何が出来るか……なんだけど。
これもまた困った話で、ずっとそうだったように、何から手をつけるべきかの手がかりひとつ存在していないわけだ。
北のことはゲロ男達に任せるしかない。戦況の報告についてもカスタードに一任してる。
じゃあ、そっち以外で何か出来ることがあれば……って、ふたりでずーっと悩んだ結果……一応、ひとつだけやれることを思いついた。それは……
「到着いたしました。まもなく停車いたしますので、揺れにご注意くださいませ、陛下」
俺達には今、見えていないところに打ち立てた成果がある。それは、ナリッドの港を使えるようにしたことだ。
もちろん、街までの道を切り拓いただけで、その後のことはわかってない。港についても盗賊団が管理してるだろうから、まだ何も手を出せない状態だ。
それでもハッキリとわかっているのは、ナリッドの街が無事で、港もまたすぐに使えるようになりそうだってこと。つまり、海路を取り戻す目処が立ってるんだ。
じゃあ、それを活かせるように準備を進めておく価値はあるだろう。って、フィリアが提案したのは、船を作ることだった。
もちろん、今すぐにって話じゃなくて。船を一隻作るのにも時間とお金がたくさん必要だから、今のうちから試算しておこうってことらしい。
国にも国軍の船があるけど、場合によっては軍に頼らない形で海路を使う必要が出るだろうから。
なら、必要になってからすぐ準備出来るよう、今から考えておくべきだ……って、そう言って張り切ってた。
「では、私達はしばらく街を見て回ります。皆は役場で待機していてください」
そうして連れて来られたのは、ランデルから北西へ……細かく言うと西北西かな?
とにかく、今までほとんど行ったことのない方角にある、クロープって名前の街だった。
どうやらここでは造船が盛んらしくて、いつか行ったカンスタンとはまた違った匂いの海が広がっていた。
「……あっちが東の海岸、こっちが西の海岸……この国、結構狭いよな。まっすぐ走ったら馬車で三日かかんないくらいか?」
「そうですね。南北に細長く伸びた島ですから、東西の移動は案外あっと言う間かもしれません」
まあ、小さい島だってことはパールに見せて貰った地図で知ってたけどさ。でも、実感すると……なんか変な気分だ。
だって、俺なら一日で横断出来そうだもんな。フィリア達を置いてけぼりにする心配とかしないなら、その日の内に渡れると思う。
まあ……そういうことする機会はほとんどないだろうから、考えたって意味はないけどさ。
「けれど、この東西の移動も、安全性を加味するのならばそう容易いものではないのです。もっとも、貴方がいてくれるのなら話は変わるのですが」
「……俺がいないところでは、三日で横断出来そうな距離でも時間をかけて進まなくちゃならない……か。まあ、魔獣が多いとこは迂回しなくちゃいけないしな」
だからこそ海路が必要なのか。いや、まあ、ここの港から東の港まで行こうと思ったら、島の南側をぐるっと回らなくちゃいけないから、時間は余計にかかるけど。
でも、海には魔獣がいない……らしいから。安全面も、それに馬の体力に気を遣わなくていいところも、ずっと楽になるみたいだ。
それに、東西よりも大変な南北の移動がずっと楽になるのは大きい。
それこそ、カスタードが気にしてるヨロクの戦線よりもずっと北にだって、港さえあれば船でぴゅーっと行けちゃうわけだから。
まあ……港さえあれば……だから。結局のところ、一回ちゃんと調べて、ナリッドみたいに使えそうな港を探さなくちゃなんだけど。
「それで、どんな船を作るんだ? って言うか、どんなのが必要になるのかなんてわかるのかよ」
「ですから、こうして実際に足を運び、職人から意見を募ろうかと。どのような船が、どのような用途に向いていて、どの程度の予算と工期で出来上がるのか」
宮にそのような知識を持ち合わせた人間はひとりもいませんから。って、フィリアはなんか自信満々にそう言うと、楽しそうに歩き出した。
もしかして……ちょっと仕事サボりたくて、その口実作りのためにこんなとこ来たのか……?
まあ、それだけじゃないかもしれないけど……それがないわけでもなさそうだな……
それから俺達は……フィリアは、あっちこっちの造船所へ飛び込んで、職人からいろんな話を教わっていた。
俺が一緒にいるってこと忘れてそうなくらい熱心に、ずいぶんはしゃいだ様子で。子供か、アホ。




