第百二十話【静かに発つ】
ゲロ男から指示があるまで……水面下での協力じゃなくて、敵からも見えるかもしれない形での協力要請があるまで、復興の手伝いと、魔獣退治をして数日を過ごした。
そして、ヨロクへ来てから十二日が経過して……困ったことに、ランデルへ戻る期限を過ぎてしまっていた。
細かく日程を決めていたわけじゃない。でも、ずっとヨロクに滞在すれば、役場の人からも、ギルマン達からも、不審に思われてしまう。
フィリアにはまだやるべきことがたくさんある。ヨロクの街が大きな被害を受けているとはいえ、そこだけにつきっきりになっていいわけがない。
とすれば、ここには何かがある。それがいいことか悪いことかはわからなくても、王様が執着する何かがきっとあるんだって、そう思われてしまう。
そうなったとき……真っ先に疑われるのは、いつかこの街を救ったマリアノの存在だ。
街の人からは魔獣を追い払ってくれた英雄……かもしれない。でも、ギルマン達からは王様に襲いかかった不届きものとして認識されている。
そういう特別な存在が現れた例があるからこそ、そことの繋がりを変に勘繰られてしまう可能性は否めない。
そして、そういう因縁はよく思われない……王様だからこそ、隠れて悪いことをしているんじゃないかと疑われてしまうことも考えられる。
実際、盗賊団と共謀してるわけだしな。カンビレッジでの単独行動の件もあるし、疑われ始めたらどんどん信用を失ってしまうかも。
そういうわけだから、明確な予定としてではなくても、もうこの街を離れなくちゃならない期限が迫っている。いや……もう疑われ始めているかもしれないところまできた。
それでもゲロ男からはなんの指示も連絡もなく、かと言ってそういう状況に陥ってしまったからには、こっちから街の外へ出ることも出来なくて……
「……ふう。いたしかたありません。こうなれば、一度ランデルへ戻るしかないでしょう。あるいは、伯爵の手を借りて連絡を取ることも考えねば」
「そうだな。あんまり疑わせたくないし、何より……調べられてアイツらとの関係が知られれば、いくらフィリアでもなんかの罪に問われそうだし」
罪って言葉を聞けば、フィリアは眉間に深い深いしわを刻んで頭を抱えてしまった。やっぱり、なんかしらは法に引っかかってるっぽいな。そりゃそうだけどさ。
「ゲロ男のことだから、フィリアがずっとここにいられるわけじゃないことはわかってたと思う。それでも連絡しなかった……出来なかったってことは……」
「自分達の手で解決出来る状況に収まったから……だといいのですが。そうではないのでしょうね、きっと」
私達の介入によって事態が悪化する可能性を危惧しているのでしょう。って、フィリアはそう言うと、眉間にしわを残したまま、悲しそうに眉をひそめた。
役に立てなかった、助けることが出来なかった。かえって迷惑をかけてしまった。とか、そんなこと考えてるのかな。
裏では……フィリアの知らないところでは、俺とゲロ男とのあいだにやりとりがあったんだ。大したものにはならなかったけど。でも、何も出来なかったわけじゃない。
あるいは、俺が魔獣をかなり倒したから、残りの問題は盗賊団だけでなんとか出来るようになったって可能性もある。
ただ……それでも、やっぱり俺達の……俺の力が必要になると思ったからこそ、あのとき事情を打ち明けてくれたと思うから。
としたら、やっぱり……俺達が砦に近づくと問題が起こるって思ったのかな。誰が操られてるかわかんない以上、どうあっても関係を知られることになるし。
「ただ、結構粘ったからな。ここでずっと備えてたことには意味があると思う。少なくとも、これだけ時間があれば、マリアノも南の仕事を終わらせられただろうし」
「そうですね。マリアノさん不在のあいだを警戒し続けた……という点では、少しは役に立てたかもしれません。それを私達が主張するのもおこがましいのですが」
まあ、そうだな。目に見える成果もなしには、役に立ったかどうか自分でもわかんないし。
それに、いつ戻るかは聞いてないから。これでまだ一ヶ月以上は戻って来ない……なんてことなら、たった十日ちょっとの手伝いに意味なんてなかっただろう。
それでも、やれることはやった……と思う。なら、あんまりくよくよしててもしょうがない。
でもそれは、少ないなりにも収穫があった俺からの視点の話で、フィリアからは本当に何も出来なかったように見えるだろうから……しょうがないのかな。
「こっちから出せるものは全部出した。あとはアイツらを信じるしかない。カスタードには、何がなんでもって言われたけど……」
「そうですね。無茶をして場を引っかき回せば、それこそ彼らの足を引っ張りかねません。ここばかりは潔く引き下がるべきでしょう」
そう言うとフィリアは大きなため息をついて、それでやっとおでこに力を入れるのをやめた。
不満も後悔もあるけど、とりあえず受け入れることにした……のかな。よかった、あんまり引きずってなさそうだ。
それと……ずっと睨まれてる感じがして怖かったから、それが終わったのもよかった。顔怖いんだって……
なんにしても、これ以上ヨロクで俺達に出来ることはない。あったとしても、それをやれる状況は作れない。
こうなることはゲロ男もわかってるハズで、そのうえで連絡がないならもうそういうことだろう。俺達は一度ランデルへ戻って、少し立て直す時間が必要なんだ。
それが決まれば、フィリアは役場に、俺はギルマン達のところに行って、街を出ることを報告した。
役場のほうがどうだったかはわかんないけど、こっちはみんなに安心した顔をされたよ。
王様がいつまでも宮を離れてて、詳しい事情も説明してくれなければ、これといった命令も下してない……なんて、とんでもない心配ごとだっただろうな……
それでも、念のため……じゃないけどさ。出発は二日後に決めた。何があるかわかんないからな、ちょっとでも長く街の安全を見守っていたいし。
二日あればかなりの数の魔獣を倒せる。帰り道にも倒すことを考えれば、南側の魔獣はかなり減らせるだろう。
これで、もし盗賊団がなんかやらかしたとしても、北と南から挟み撃ちになる……なんてことは避けられるハズだ。
「……絶対なんとかしろよ、このクズ」
あと二日。たった二日だ。でも、実際には二週間近い時間をこのヨロクで過ごしたことになる。
それだけあって何も指示を出さないなら、俺達を砦に近づけるべきじゃないって判断を下したと見て間違いないだろう。
たとえそれが、勝てるかどうかもわからない勝負に身を投げ出すことになるとしても。ゲロ男はきっと、最終的にヤバくなる道を全力で避けたに違いない。
だったら、絶対になんとかしろ。マリアノが戻るまで耐え抜け。マリアノが戻ったあとにも気を抜かず、もう一回俺が来るまで生き延びてくれ。
これでもし、ゲロ男を失ったら。盗賊団も崩壊して、協力関係を結ぶどころじゃなくなってしまう。
そして、例の魔術師への対策を相談する相手もいなくなって、本格的に詰んでしまいかねない。
それだけはあっちゃいけない。もしそうなったら……そのときは、本当にこの国がどうにかなっちゃうかもしれないんだから。
そして、それから二日間のうちに、ヨロク南方の魔獣の群れを片っ端から倒しまくった。
かなり派手で、目立つことをやったと思う。それでもゲロ男からの指示や接触はなく、俺達は北方の戦線の行方を見ることなくランデルへと帰った。




