第百十七話【疑心と信頼】
ゲロ男に言われるまま、その日はダラン砦近辺の守備に就いた。
とは言っても、頻繁に魔獣が襲ってくるわけでも、敵の組織が攻め込んでくるわけでもない。
ただ、ごくたまに魔獣が現れたら、そのときは出来るだけ派手に倒してくれ……って、そうとだけ頼まれたから、それは意識してたかな。
それで、両手の指で足りるくらいの数の魔獣を退けたころには、もうすっかり日が傾いていた。
ただの一度も群れが襲うことはなく、はぐれた魔獣が迷い込んだのを何回か倒しただけ……なんだけど。本当にこれでよかったのか……?
「お疲れさん、今日はもう帰れ。これ以上は言い訳考えるのめんどくせえだろ」
「……まあ、いいならいいけど。でもこれ、なんか意味あったか? 魔獣だってちょっとしか倒してないし、ずっとうろうろしてただけなんだけど」
このダラン砦から遠くないところには、魔獣の群れがいくつも潜んでいた。結構減らしたつもりだけど、それでもまだまだヤバい量には変わりない。
なのに、本当にこんなとこでだらだらしててよかったのか……って、俺は本気で心配してるんだけどな。
ゲロ男はどうもムカつく顔をするばっかりで、焦る様子も、心配する様子も見せない。
「ガキが変な心配してんなって。別に、お前やフィリアちゃんに遠慮して楽な仕事回してるなんてことはねえよ。これが最善、最高なんだよ。お前の使いかたとしてはな」
「とてもそうは思えないから言ってんだろ、このクズ。もうちょっとちゃんと説明しろ」
いわく、敵に対する威嚇……武力を見せびらかすことで攻め手を遅らせるのが目的……らしいけど。でも、それって本当に意味あるのか?
そりゃ、マリアノが戻ってくるまでの時間稼ぎだけだったらそれでもいいけどさ。でも、俺なら林にいた魔獣の群れ全部倒してくることだって出来るのに。
「はあ。お前、ビビりのくせにやたら喧嘩っ早いよな。いいんだって、それで。魔獣を減らすのは重要だけど、それは何も最優先されることじゃない」
「誰がビビりだ、それはお前だろ。このクズ。それに、最優先じゃなくてもやって損ないならやっとけよ。俺だっていつまでもヨロクにはいられないんだぞ」
そうだ。俺なら魔獣を一気に倒してしまえる。でも、フィリアと一緒に来てる以上は、いつまでもここには残れない。
そもそも、いつ街を抜け出せなくなるかもわかんないし、何かあれば魔獣退治の依頼を受けることも考えられる。
なら、最優先事項ってのが何かは知らないけど、やれることは先にやっておくべきだろ。
少なくとも、こうしてだらだらしてたあいだにも、魔獣の数は減らせたんだし。
「はっ。まだまだガキだな、お前も。だから言ってるだろ、お前をここに残しておくのが最優先事項だって。今日のところは、これが一番いい選択だったんだ」
「わけわかんないことばっか言って……まあいい。ここじゃお前がボスだし、言うことは聞いてやる。でも、もしそれでヨロクが危ない目に遭ったらボコボコに殴るからな」
わかってるっての。って、ゲロ男はへらへら笑って聞き流すけど……ほんとにわかってんだろうな。
まあ、カスタードもそうだけど、俺じゃ思いつかないようなリスクを考えて色々決めてるだろうから、これ以上は言わないけどさ。
だけど、もうちょっと説明してくれればいいのに。そこはあのおっさんのほうが親切だ。やっぱりクズはクズだな。
「それじゃ、フィリアちゃんによろしく。ま、何も言えないんだろうけどよ」
「うざ。お前がクズだって、協力する価値もないカスだって、ちゃんと報告してやるからな」
報告も何も、ここへ来てるのは俺の独断で、そんなのフィリアに言うわけにはいかないんだけど。だからこそのよろしくなんだろうな。ムカつく。
とりあえずその日はそれで砦を出て、また日が暮れる前に街へと戻った。不本意だけど、暗くなったら心配かけるからな。
フィリアはすっかり役場の仕事を仕切る立場になってて……それ、もしかしたらみんなの胃が痛いやつじゃないのか……? なんて思いつつ、そのまま宿へ帰る。
結局、フィリアとはほとんど話をしなかったな。まあ、変に雑談とかしてうっかり口を滑らすとめんどうだし、いいけどさ。
でも……なんだかんだ、ずっと一緒にいたからかな。話さない時間が長いと変な気分だ。
「すっかり家族みたいになっちゃったな。まあ……住ませて貰ってるし、似たようなものかもしれないけど」
でも、本当に家族だったら、むしろこんなふうには関われないんだろうな。王様とその血縁者って、いろいろとしっかりしなくちゃいけないだろうし。
少なくとも、フィリアなんて呼び捨てには出来ないんだろう。姉弟だったら姉様とか、親子だったら母様とか、そういうちゃんとした呼びかたが……
「……なんでアイツのほうが上っぽくなるんだ。ムカつく」
歳上だけどさ、実際に。でも、なんか……敬おうって感じにならないんだよな。
そんなこと考えてるうちに眠くなって、まだご飯も食べてないのにベッドに入った。
ちょっとだけ仮眠……って思ってたんだけど、思ったより疲れてたのか、一気に身体が重たくなって……
翌朝、いつもより早い時間に目が覚めた。まだ朝日も昇ってなくて、暇潰しに本を読むことさえ難しいくらい。
「……めちゃめちゃ疲れてたわけじゃなくて、暇過ぎて寝落ちしたのか。ま、昨日は本当に何もしてないみたいなもんだったしな」
しかしこれ、どうしようかな。さすがにフィリアを起こしに行くわけにはいかないし、かと言って報告なしで街から出るわけにもいかない。
じゃあ……街の中でも散歩するか? って思っても、こんな暗い中をふらふら歩いてたら、それを見た街の人を怖がらせかねないし。
でも、今から日が昇るまで二度寝……は無理だな。全然疲れてなかったから、これっぽっちも眠たくない。
なら……部屋の中で、暗くても出来ること……
「……ないな、そんなの。ま、日が昇るまでに帰ればいいだろ」
地図も見えない本も読めない、そんな状況じゃ出来ることなんて何もない。
しょうがない。こうなったら、フィリアを起こす時間になるまで外で暇潰しでもしてよう。
幸い、天気は良さそうだ。月明かりで道は見えるし、林の中に入ったりしなければ迷うこともないだろ。
そうと決めたらさっさと荷物をまとめて、みんなを起こさないように静かに部屋を出た。
魔獣と戦うつもりはないけど、暇過ぎてやれることなかったら、街の外に出て見張りでもしてやるか。
「おーい、何やってんだ、こんな時間に。ガキはまだ寝てる時間だぜ」
「げっ。なんだよ、お前こそ何やってんだ。忙しいハズだろ、ボスって。役に立たないからってふらふらしてんなよ」
部屋を出て、宿の建物を出て、さあどこへ行こうかな……って大通りへ目を向けたそのときに、いきなり声をかけられた。
こんな時間にほっつき歩いてた声の主はゲロ男で、眠そうなしぐさのひとつも見せずに裏路地から現れたけど……
「……もしかしてお前、俺達のこと調べ回ってたのか……? 昨日、俺をあんなとこで見張りさせてたのも……」
「ちげーよ、アホガキ。ってか、それならなおのこと遠くへやったほうが確実だろ。残念ながら、そんなに暇じゃねえよ、うちも」
うざ。でも、盗賊団が暇じゃなかったとしても、こんな時間に持ち場を離れてるお前は暇だろ。このクズ。言い訳すんな。
しかし、本当になんでこんなとこにいるんだろ。まさかとは思うけど、フィリアに用事……じゃないだろうな。こんな時間に。
もしかして、寝てるとこを暗殺しに来た……とか。そんな度胸があるとは思えないし、それするメリットも思いつかないけど……
「ま、いいや。引っ張り出す手間が省けた。用事があんのはお前だよ、ユーゴ。ちょっとツラ貸せ」
「……? 俺に用……って、待ってればこっちから行くのに。わざわざなんだよ」
いいから。って、ゲロ男はちょっとだけ急かすように手招いて、そのまま裏路地へと消えて行った。
用事があるって言われたら、俺としても話を聞かないわけにはいかない。今日も手伝いに行く予定なんだから、指示があるなら今のうちからでも聞いておきたいし。
ちょっと怪しいしキモいしうざいけど、俺もゲロ男のあとを追って裏路地を進んだ。
狭くてぼろくて、余計に暗い道をしばらく進めば、袋小路に突き当たって……
「……単刀直入に言うわ。お前、どこまで知ってる。いや……違うな。お前、どこまで疑ってる。とりあえず俺は、お前だけは疑わないことに決めたんだけど」
「どこまで……疑ってる……って言われても。少なくとも、お前のことなんてこれっぽっちも信用は…………っ! ゲロ男、お前まさか……」
しっ。と、指を口に当てて、ゲロ男は周囲に気を払うしぐさを見せる。それは、実際にそうしているのと、それ以上に、俺にそうさせる意図があったんだろう。
砦の中でも周りの目を、耳を、人を気にし続けていた。そしてそれは、あたりまえのことだと思った――俺の目線からだから、そう思うことが出来た。
ゲロ男の敵は、盗賊団が戦う相手は、人の心を操る魔術師。そいつがいるから、俺達との協力関係も結べずにいて……
「もう知ってんだろ、いろいろと。少なくとも、俺は俺が操られてる実感はねえ。だから教えろ。お前は、どこまでの人間が操られてる可能性があると疑ってる」
「っ。俺は……今の今まで、お前も含めた盗賊団の全員は疑ってた。もしかしたらって話なら、宮にいるみんなも……それこそ、フィリア以外の全員を」
どうやらゲロ男は、とりあえず俺だけは操られていないって可能性に賭けた……いや。信じてくれたらしい。
どこで誰が敵になってるかわかんない中で、仲間であるハズの盗賊団よりも先に、俺のことを。
ひとつ、事態が前に進んだ気がした。これで、ゲロ男と情報を共有出来る。敵の正体をもっと知ることが出来れば、あるいは俺の力で見つけられるかもしれない。
そうなったら、きっとこの戦いも終わる。戦いが終われば、今度こそ協力関係を結ぶチャンスが……




