第百十六話【武力の使いかた】
ヨロクに来て、盗賊団の手伝いをしたその翌日。今度は朝から街を抜け出して、ダランの砦を訪ねていた。
目的は当然、昨日の続き……あいつらの代わりに魔獣を倒してやること。別に、恩を売ろうとかじゃなくて。もともと俺の役目だからな、それは。
「おい、ゲロ男。いるんだろ。来たぞ、さっさと指示よこせ」
そうだ。この国を、この国に住む人を守るのは、俺がフィリアから頼まれたことなんだ。そのための特別な力も貰ってる。
だったら、あんなチンピラ軍団にばっかり任せておけない。俺のほうがずっとずっと強いんだから、俺が戦わないと。
そのためにも、まずは戦況を知ってるゲロ男からちゃんとした指示を貰いたい。
前にヨロクでやったときも思い知ったけど、やたらめったら戦うより、ちゃんとした人から指示を受けて動いたほうが戦いやすいんだよな。
ゲロ男はパールほど信頼出来ないけど、頭の良さだけは認めてやらないこともないくらいはあるし。
「おうおーう、今朝はずいぶんとはえーな。おはようさん」
「なんだよ、お前はずいぶんのんきだな。そんな余裕あるのかよ。マリアノはまだ来ないんだろ」
そして、砦に入ってすぐにゲロ男に出迎えられて……ってより、たまたまそこにいたとこに出くわして、なんか緊急事態って感じのしない挨拶を交わす。
もしかして、思ってるよりはずっとマシな状態なのか……? いやでも、昨日の魔獣の数、本当にとんでもなかったしな……
「ふわーあ……お前、ちっとは賢いけど根本的にはまだガキだよな。休めるときに休まないのは悪手なんだぜ。敵も動けねえときにはなるたけリラックスしとくもんだ」
「それにしても気を抜き過ぎだろ。フィリアだってもうちょっとマシな顔してる……ときもあるぞ」
いっつもだらしないけど、たまにはしゃんとしてることもある。うん……たまには、あると思う。あったと思った。
けど、ゲロ男のそれとフィリアののんきはきっと別ものなんだろうな。今言われた通り、休まなくちゃならないなら緊張してても無理矢理リラックスする……みたいな。
「ま、お前が来てくれたからな。ガチで助かったんだぜ、昨日。正直、全部は無理だろうってつもりで頼んだってのに、それ以上の結果を出してくれやがって」
「あんな雑魚、倒せるに決まってるだろ。舐めんな、クズのくせに」
いやいや、マジで舐めてた。目ん玉飛び出るくらい驚かされたよ。って、ゲロ男はそう言うと、また深く頭を下げる。
昨日も見たけど……なんか、イメージと違うんだよな。へらへらしてて、そういう律義さなんて縁遠いやつだと思ってたから。
だけど、守るべきものを守って貰った恩に対してはきちんと礼を尽くす……みたいな、そういう態度は……フィリアと通じるものがあるから。嫌いじゃないかな。
「それで、今日は何すればいい。あれで全部なんとかなる程度なら、俺達に貸し作ってまで対処しないだろ」
「……っとに、ガキのくせに妙に賢しいやつだ。そこまで行くとかわいげもねえな」
うざ。さっさと説明しろ、余計なこと言ってないで。そもそも、こんな汚いやつに気に入られたいなんて思ってない。
そう思って睨みつけてたのが効いたのか、ゲロ男はまた白地図を……昨日と同じ地図を広げて、また新しくいろいろと書き込み始めた。
俺が報告した情報もわざわざ書いてる……のは、俺が忘れてると困るからか? 舐めんな、クズ。いやでも、さすがにそんなわけないか。
「昨日、お前がやってくれたのがこの辺り。でもって、この中のここら辺だけが片付いてるって筋書きだった。俺の予定ではな」
「……なんだよ。もしかして、倒し過ぎたらダメだったのか? そんなことひと言も言われてないけど」
それとも、倒す順番とかあったのか? なら、どこまでやっていいか聞かなかったのは俺の落ち度…………いや。ちゃんと説明しないこのクズが悪い。
「まあ落ち着けって、そう睨むな。何も悪いことなんてねえよ。敵が人間じゃない以上、倒し過ぎて困るなんてことはない。そう……人間じゃなければ、な」
「……? 俺が倒したのは魔獣だろ、何言ってんだ。まさか、魔獣に化ける人間がいる……なんて、そんなふざけたこと言わないよな」
そんなのいたらそりゃもう人間じゃねえだろ。って、ゲロ男はへらへら笑ってそう言った……けど……まあ、そうか。そうだな。それはもう人間に化ける魔獣だ。
だけど、どうにも困った顔で首を掻いたりあごを触ったりしてるから……本当に、俺が魔獣を倒し過ぎたせいで問題が起こってるのか……?
「倒したのは魔獣だ、人間じゃねえ。だが、その魔獣を裏で手引きしてた人間がいたのは忘れてねえだろうな」
「それは聞いてるし覚えてる。魔獣の動きに合わせて攻撃してくるんだろ、敵は。だから、魔獣の数を今のうちから減らしておけって……」
そこまで言って、自分でも何が問題になったのかがわかった。で、わかったことをゲロ男も見抜いたみたいで、苦笑いで小さくため息をつく。
どうやら敵は、魔獣が倒され過ぎたせいで行動を変えたらしい。つまり、ゲロ男が読んでいたのとは違う戦略を選んだんだ。
もちろん、その変えた戦略がわかるならゲロ男がなんとかする。ってより、俺になんとかさせるだろう。
でも……問題は、あの数の魔獣がいっぺんに倒されるなんて今までにはなかったってこと。
つまり、敵がどんな戦略に切り替えたのかがまったく想像出来ないんだ。
「悪い状況じゃねえ、絶対に好転はしてる。してるからこそ、優位までは至ってない事実が重い。主導権は向こうにあるまま、わかんねえものに対処しなくちゃならねえ」
「……ごめん。どこまでやっていいか、ちゃんと聞いてからやるべきだった」
謝んな。数を減らしたことは絶対に間違いじゃねえんだ。って、ゲロ男はそう言うけど……相手がなんなのかを勘違いしたのは俺のミスだ。それは間違いない。
そっか。今までは魔獣だけを倒せばそれでよかったけど、今回は敵の中に人間がいるんだな。
こいつらとも敵対関係になったことはあるけど、実際に戦ったりなんてしなかったし、そもそも国を潰すような攻撃はされてない。だからイメージを持ててなかった。
もっとちゃんと考えないといけなかったんだな。敵がなんなのかを。そして、その敵がどういう被害をもたらして、こっちの行動にどう反応するのかまで。
くそ。ありがたがらせてやろうと思ってやったことが裏目に出るなんて。ムカつく。
「おいおい、そんな顔すんなよ。お前は何も間違ってねえよ。ただ、その力を活かしてやれねえだけだ。お前が切り拓いてくれた道を敵に使われちまう俺が悪いんだよ」
「……そういうとこまでちゃんと計算してなかった俺も悪いだろ。お前がそこそこ賢くても、結局はクズのビビりだってわかってたんだから」
ムカつく……けど、取り返せないほどじゃないんだろう。ゲロ男の口ぶり的に、どうしたらいいかわかんなくなっただけだ。
なら、どうするべきかを判断する材料を俺が持ち帰ればいい。それこそ、魔獣を倒すついでに敵の数を調べてくるとか、どこに待機してるか探してくるとか。
やったことはないけど、やって出来ないことじゃないハズだ。俺のほうがずっと遠くまで見えるし、気配も感知出来るんだから。
「ここ。昨日戦った一番遠いところ。ここからもうちょっと向こうまで調べてくる。敵の様子がわかれば、お前なら作戦くらい立てられるだろ」
「またまた頼もしいこと言ってくれるね。けど……残念、それは任せらんねえ。ってよりも、それを任せてる余裕がねえ。お前には別でやって欲しいことがあんだ」
別で……また魔獣退治か? 俺がそう聞けば、ゲロ男は黙って首を横に振った。
でも……調査でも魔獣退治でもないとなったら、俺に何させるつもりだろ。そもそも、戦う以外のことはこいつに見せてないし、出来ると思われてない気がするんだけど。
「簡単な話だ。お前には、何が来るかわかんねえ状況に備えて貰う。雑にまとめるなら、林へは行かずにここを守っててくれ」
「林に行かずに……それ、本当に役に立ってるのか? なんか……また勝手されたら困るからじっとしてろって言われてる気がするんだけど」
もしそうなら……まあ、黙って従うけど。でも、そうならそうってちゃんと言って欲しい。でないと直しようがない。
でも、ゲロ男はへらへら笑って首を横に振る。そんなんじゃない。そんなつまんないことでこんな力を遊ばせてる余裕はないって。
「つまりは威嚇だよ。お前が昨日やってくれたこと、魔獣を蹴散らした事実を、やっこさんがたへの見せしめに使う。そのために、お前がここに健在だってアピールすんだ」
「威嚇……それってつまり、攻められたらヤバいって自白してるようなもんだろ? 本当に大丈夫か?」
そう見えるのは内側にいるからだっての。って、ゲロ男はそう言うと、白地図の上にバツを……砦から北に、俺が昨日魔獣を倒しまくった方角に向かっていくつもつけた。
「普通はこのペースで魔獣を駆逐出来ないんだよ。でも、現実としてそれが成ってる。それでも攻めてくるようなまぬけなら返り討ちにすればいいし、反対に……」
「……冷静に引き下がってくれるなら、マリアノが帰ってくるまでの時間を稼げる……ってことか」
まあ……筋は通ってる……のか? なんか言いくるめられた気分だ。ムカつく。
だけど、ここは盗賊団の拠点で、そのボスはゲロ男だ。そこに協力するために来たんだから、その指示には従おう。
でも……ってことは、暇なんだな、今日は。魔獣退治にも行かないし、十中八九攻め込まれもしないだろうから。暇……なんだろうな。はあ。




