23.紅、朱、紫。〜月の下で〜
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いつの間にか、紫の月は元の青白い満月に戻り、深い深い紺碧の空が広がっていた。
クルフォ公園のベンチに座り、空を眺める。
綺麗だ。
僕は、お茶を一口飲んだ。
紅々とした火は消え、この日だけは追悼の意を込めて街の灯りも消され、一つの月と無数の星だけが、世界を照らしている。
どうして、こういう時に赤白い月の方は新月なのかなぁ。
暗く感じるんだよね。
ふっ。
目を閉じると、自然に涙が溢れ出す。
あれ、僕って、ドライアイだったっけ?
――数分経つと、目からの刺激を遮断されて、入ってくる情報量が減ったので、考え事がしやすくなった。
ヌヴェルさんの言葉。『ここにいる全ての者の命が、僕の手にかかっているということ』。
あの言葉には、彼自身のことも含んでいたから、僕は引っかかったんだと思う。
ぐるぐると、いろいろな出来事、想いが頭を巡る。
人間だな、不意にそんなことを思った。
「――どうしたんだ? そんなにボーッとして」
背後から、いくつもの本を持ったリクが声をかけてきた。
「ちょっと、考え事してて」
「――そうか」
リクは僕の隣に、静かに腰を下ろした。
「どうだった、書庫は?」
「興味深かった」
「興味深い、とか、英語の授業でしか、聞いたことないや」
「たしかに。俺も言ったの、初めてだ」
消火活動が終わって、僕たちはそれぞれ別行動を執った。
僕とリクは、ヌヴェルさんが言っていた、クルフォ公園にある書庫へ。プレーヌちゃんとツェルドくんは、一緒に城跡に残った。レネアさんは、アパートに戻って、事情を説明しに行った。
「それ、何の本?」
「戴冠式についての本と、教会の設計についての本、国の歴史の本。あと、童謡と、それについての本」
「え、童謡?」
「ああ。ヌヴェルさんが歌っていた4番以降が気になってな」
ああ、なるほど。
「どうやら、この国で昔、使われていた言語は、人間界にある2つの言語が混ざったような言語らしいんだ」
2つの言語?
「ギリシャ語とフランス語。で、翻訳アプリを使って気づいた」
リクが携帯を取り出してアプリを開いた。
「まず、ギリシャ神話で月の女神のことを『セレネ』というんだ」
セレネ? あれ、なんか聞いたことあるな。
「そして、フランス語で、満月のことを、la pleine lune。新月を、la nouvelle lune。――分かったか?」
「――うん。ヌヴェルさん、プレーヌちゃん兄妹の名前が月から来てるってことを言いたいんだろう?」
「そうそう。かっこいい名前だよな」
「たしかに」
リクは、空を見上げた。
その顔が何故か儚くて、消えてしまうのではないかと不安になった。
「――全ての人間を助けることは出来ない。助けることを許されるのは、縁を結ばれた人だけ」
「なぁ、リク」
「……なんだ?」
「僕、お前と縁あるかな?」
「は?」
「――え?」
「は?」ってなんだよ。
「お前、」
リクが小指を立てた。
「コレなのか?」
「違うよ!」
何でそうなるんだよ……。
僕がリクのことを好きなわけないだろう。
てか、5歳児って普通、小指を立てることの意味、知ってるか?
「いやー、ビックリしたぜ」
「こっちがだ!」
ははっ、とリクは笑った。
「――縁があるかどうかは、死ぬ、その瞬間まで俺たち人間には分からねぇ。俺たちに出来ることは、『糸』を紡ぐことぐらいだぜ」
「たしかに、そうだね」
…………。
リクは、多分、根が無口なんだと思う。2人でいると、静かな時間がよくある。
別に気まずい沈黙じゃないから、いいんだけど。
「……でも、出来過ぎだよな」
「え、何が?」
「童謡の話だ。歌詞には、赤月、青月、新月、満月、少年、少女が出てきただろ? 見てみろよ」
リクが、また空を見上げた。僕も見上げる。
「今日の月。赤い月は、ヌヴェルさんの名前の由来でもある新月。青い月は、プレーヌの名前でもある満月。そして、2人の目の色は、それぞれ、赤と青系統の色」
「たしかに、出来過ぎかもね」
「だろ?」
リクは、右手で前髪をかき上げた。
「……そうしたら、やっぱり、三日月は、アイツだろうな」
リクが空を見ながら言った。
「アイツって誰?」
すると、リクがこっちを見てニヤッと笑った。
「――教えるわけないじゃん。ちゃんと頭に脳みそが詰まってるってこと、証明してみなよ」
なるほどね。
「――さっ、皆の所へ戻るぞ」
「うん」
僕たちは歩き出した。




