21.争乱 中編の後編
文字数(空白・改行除く):3,580文字
ボクは双剣を構えた。
右の剣は前を向け、下に。左の剣は威圧するように横向きに。
「ザルソン、行けっ」
「プレーヌちゃんっ」
ルイはボクを辛そうな表情で見ている。
そして、すぐ真剣な顔に戻った。
「――頑張って」
いろんな意味が込められた言葉って感じだね。
「もちろん」
ボクは、軽く笑った。
「――まさか、こっちに来るとはね……」
「その術、切ってもらうから」
「出来るもんならね」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」
ボクは親指を立てた。
「まず、その術は竜の上にいるボクには使えない。竜を傷つけることになるからね。あと、左手。術をかけてから人差し指と中指を立てたまま、形が変わってない。それってもしかして、手の形を変えたら術が切れるんじゃないの?」
明らかに、コイツの顔が強張った。
「――ご名答。だけど、この術を切れば、他の術が使える」
それはまあ、そうなんだけど。
「ということで、君を倒してから、お仲間たちを倒しに行くよ」
そう言うと、男は2枚のお札を左目にかざした。
「『鞭』」
燃えて、火は1本の紐状になり、男の右手に乗った。
「これは、硬いよ?」
硬いのか。
ってことは、叩きつけたときの威力は尋常じゃないってことでしょ?
ビュンッ。
うわっ。
あっぶな。
とっさにしゃがまなかったら、今頃、火だるまじゃん。
ビュンッ。
下か。
ジャンプッ。
間合いを詰めないとね。ここだとやられっぱなしだし。
ボクは走り出した。
ビュンッ。
下だから、大縄跳びの要領で、ジャンプしながら前へ。
ビュンッ。
上だから、しゃがみながら前へ。
ビュンッ。
真ん中⁉︎
体を伸ばして伏せる。
立ち上が――。
ビュンッ。
うわっ。
危なっ。
立ってたら、当たってたじゃん。
今度こそ、立ち上がって走る。
間合いに入った。
男の目が、大きく開かれる。
鞭が消え、3枚のお札を左目にかざした。
男は、男の前で左手を横に滑らせるように動かして、お札をばら撒いた。
「『壁』」
火は、たちまち大きくなり、男の姿を覆った。
「怯め」
「ふんっ。これくらいの火で誰が怯むっていうのさ」
「は?」
ボクは、火の壁を突き抜けた。
熱気がぶわっと押し寄せ、毛先を少しチリチリと焦がす。
ドンッ!
そして、男に体当たりをしたボクは、
落下した。
ボクも男も頭から。
目に入るのは、どんどん遠ざかっていく、ただひたすらに青い空。ゆっくりと流れていく白い雲。
乱れた、男の黒髪とローブ。
赤い竜が、男を助けようと必死でこっちに向かってきている。
ボクはまた、男の顔を見た。
すると、男の口が動いた。
『おめでとう』
声は聞こえないけれど、そう言ったような気がした。
「ありがとう」と言って、ボクは下を見る。
この高さと、この落下スピード。
どうやって着地しても、怪我は免れない。
それどころか、死ぬ可能性が高い。
死、か――。
「あともうちょっとで抜けるぞ」
「本当だ」
僕たちは、お札を結んで出来る五角形から出ようとしていた。
プレーヌちゃんのことは心配だけど、今は、第2ステージの挑戦権となるカードを探す。
「出たぞ」
ビュンビュン!
速いっ! さすが、ザルソン。
「ルイ、カードを探すぞ。お前は左側を見てくれ。カードは、黄色だ」
「分かった」
ビュンビュン。
「見つからないな」
「……うん」
ビュンビュン。
――あ!
「止まって、ザルソン!」
ピタッ。
「どうした?」
「あれ」
僕は、指差した。あの50m先にある黄色い何かを。
「ザルソン。左50m先、あの黄色へ向かってくれ」
「ガオッ」
ビュッ。
もう着いた。
場所が分かると、ザルソンは一瞬で飛ぶ。
速いなぁ。速いとかいう、レベルじゃない気もするけど。
「たしかに黄色。やっぱりこれみたいだな」
リクが、浮いているカードに手をかけた。
――コツン。
矢?
絶対に破れないカードに当たった矢は、跳ね返って落ちていった。
この矢、どこから飛んできたんだ?
「――そのカードから、手を離しなさい。さもなくば、この矢があなたたちの胸に突き刺さるわ」
リクはゆっくりと、カードから手を離した。
「お前は誰だ」
「私はウルヒア。次期女王になる者よ」
ウルヒアと名のる茶髪ロングの女の人は、ザルソンの横に並ぶ緑の竜の上に立っていた。とても端正な顔立ちで、見た感じ17、18歳ぐらい。弓矢を構えている。
「残念ながら、人殺しをしようとしている女には、女王なんざ任せられねぇな」
「あなたの意見なんか、どうでもいいわ」
「人殺しについては否定しないんだな」
「…………。そこ、どいて」
「……ザルソン、後ろへ下がれ」
スィーッ。
「ねぇ、リク。本当にカードを渡しちゃうの?」
僕は小声で訊いた。
「うるせぇ。ちょっと黙ってろ」
ウルヒアさんは、カードを手に取り、服の胸ポケットにしまった。
「じゃあ、あなたたちには死んでもらいます」
「やっぱり人殺しだったか」
ウルヒアさんは、弓矢を構えた。
「死ぬ覚悟が出来たら、教えてください。言葉か、態度で」
そんな……。死ぬ覚悟なんて、出来るわけないじゃん……。
「ルイ」
ん……?
「『ヒューワ・ランテ』って唱えろ。そうしたら、俺の影の中に隠れられる」
影の中に隠れられる?
へー、そんな魔法があるんだ。
「ていうか、リクが隠れなよ。お前、子供だろう?」
「お前もだろ? とにかく、俺が残る。もう、仲間を失いたくねぇ」
仲間を失いたくねぇ、か。
僕のこと、仲間だって認めてくれてるんだな。地味に嬉しい。
「第一、アイツとの戦いの勝算があるのは俺だ」
たしかに。
「分かった。くれぐれも気をつけろよ? 『ヒューワ・ランテ』」
……あれ⁉︎ 真っ暗⁉︎ ここどこ⁉︎
リクが『影の中に隠れられる』って言ってたな。
ここ、影の中か。
それにしても真っ暗だな。自分の体は見えるのに。
「あら、あの男はどこに行ったの?」
声だけ聞こえるみたいだな。
「実は、俺は魔術師なんだ。で、俺は死にたくねぇ。だからアイツを代わりに消した。これで、俺は死ななくてもいいか?」
「アホじゃないの? 私、『あなたたちには死んでもらいます』って言ったはずよね? 2人とも、死んでって」
「そ、そんな……」
何なんだ、コイツの演技力。声だけでも、狼狽えている気持ちが伝わってくる。すごいな。
「ということで、死んでもらうわよ」
「――あー、お前、俺の芝居でも騙されない系? 結構、自信あったんだけど。まあ、いいや。そっちこそ、俺に殺られればいい」
シュン。
「うおっと」
うわ、鋭い音だな。
リクが、矢を避けたのかな?
「よし、この魔法を使ってやる。『エ…………』」
ん? 何て言ったんだ? 全然、聞こえなかった。
ヒュン。ヒュン。
「な、何これ⁉︎ は、速いっ。クーエに当たってるっ。耐えて、クーエ!」
……何があったんだ? リクは、どんな魔法を使ったんだ?
ていうか、クーエって誰のことだろう。あ、竜のことかな?
ヒュン。ヒュン。ヒュン。ヒュン。ヒュン。
「か、数が多いっ。よ、避けられないっ。嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
本当に、何があったんだ⁉︎
「――ルイ、出てきていいぞ」
うん、分かった。
「解除」
うわ、まぶし。
やっぱり、暗いところから明るいところに出てきたらまぶしいな。
それはそうと、ウルヒアさんとあの竜がいない。
どこに行ったんだ……?
「落ちたぜ、下に。逃げ回って、そのまま」
落ちたのか……。
ここは、地上の約80mほど上空。
落ちたんだとしたら、命はないと見ていいと思う。
「……リク、どんな魔法を使ったんだ?」
「秘密だ」
なんで⁉︎
「そういえばさ、カードって結局、どうなったの?」
「ああ、これのことか?」
リクは黄色いカードを、僕に見えるように持ち上げた。
「いつの間に取ったんだ?」
「前に、入試の結果を俺が見たときのことを覚えてるか?」
「え? うん」
たしか、隠して押さえてたはずなのに、いつの間にか取られていて驚いたっけ。
そう、押さえるよりも、早く抜き取られて。
そういうことか。
スッたんだな。
「――じゃあ、城門前に行くぞ」
「え? プレーヌちゃんのところには行かないの?」
「行ったところでどうするんだ? 足手まといになるだけだろ」
たしかにな。
「早く座れ。風圧で吹き飛ばされるぞ」
「あ、うん」
「じゃあ、行くぞ」
ザルソンは、大きく羽ばたいた。
ヒュウウウウウ――。
ボクはまだ、落ちていた。
案外、長いもんだね。
見えるのは、やっぱり空と雲だけ。
ヒュウウウウウ――。
――ボヨンッ。
……えっ?
今、ボクの体は空中にある。
落下している、ということじゃない。
1回、何かに着地して、それからまた跳ねた。
ボヨンッ。ボヨン。ボヨン、ボヨン。
あ、止まった。
ボクは体を起こす。
……ん、ここ、空?
上には、青空。白い雲。
下には、小さな人々。数個の雲。
――これ、バリアじゃん。
ボクが座ってるこれ――この板。どう考えてもバリアでしょ。
リクがツェルドに「張ってくれ」って頼んだやつ。
ははっ。
リクとツェルドに助けてもらったってことだね。
ありがたいね。
……それはそうと、集合場所に行かなきゃね。
もう皆、集まってたらどうしようかな。




