20.兄を探して 前編
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悪気は無いと言っても、許してもらえない。
悪気があったかなんていう気持ちの問題じゃないから。
「……イ」
……う、ううん?
「ル〜イ」
ん?誰か呼んでる?
「早く起きてよ、ルイ」
んー?お母さん?
まだお腹空いてない……ムニャムニャ。
「ルイの母さんとか、絶対にイヤだからね。面倒くさいし」
そんなこと言わないでよ、母さん……。
「だから、違うって言ってんじゃん。ねぇ、早く起きてよ。そろそろ、ソファから落とすよ?」
落とす……?
「ダメッ! やめて母さん!」
「だから、母さんじゃないって言ってんじゃん。はあ。やっと起きたよ」
窓からの清々しい朝の光を浴びながら、僕の目の前で、腰に右手を当ててツェルドくんは立っていた。
そして僕のことを、「I like dog.」と言おうとして、「I’m dog.」と言い間違えてしまった人を見るような目で見ている。
「あれ、ツェルドくん?」
「何?まだ寝ぼけてんの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「皆は下。早く着替えてくれない?下で待ってるから」
ツェルドくんは部屋を出ていった。
そういえば、今、何時なんだろう?
えーと、時計、時計。
あった。
7時半。
うぉー。マジか!
日本とフィヌレースじゃ、もう8時半だ!
早く着替えよう。
青のストライプの長袖と、黒の長ズボンをリュックから取り出して着替える。
今頃ティルは、何してるのかな?
フィヌレースの今日は金曜日。
授業を受けているのかな?
うん、そうだ!絶対にそう!
僕の勘がそういってる。
着替え終わったし、下に降りよう。
ガチャ。
キィーッ。
鍵を閉めて、と。
「お前、誰?」
うわっ。
いつの間にか、横に20代くらいの銀髪の男の人が立っていた。
「早く答えろよ。お前、誰?」
「ル、ルイです」
「ふーん。新入りか」
あまり興味なさげに彼は言った。
「えーと、1週間だけ借りてて、明後日に出ます」
「ふーん。期限付きで借りる奴が来るのは久しぶりだな」
また興味なさげに言うのかと思ったら、今度は何か思い出したみたい。
「そんなに久しぶりなんですか?」
「ん? ああ。たしか5年前だ。俺が18のときだな。俺と同い年ぐらいの女子が中学生くらいの男子におんぶされて」
「へー」
「女子の方は、なんか不思議な格好で、白い服に赤の袴を履いてて」
白い服に赤の袴って、巫女さん?
たしかに不思議な格好。
「まあ、そういうことだ。じゃあな」
男の人は、鍵を開けて隣の203号室に入っていった。
僕も早く下に行かないと。
トトトトトトトト――。
階段を駆け下りて、地下へ。
「遅れてごめ〜ん」
「遅いよ、ルイ」
「遅いぞ、ルイ」
「本当トロイな、お前」
「ていうかさ、着替えるだけでしょ? 何でそんなに遅いのさ」
「いやさ、部屋を出た瞬間に銀髪の男の人に話しかけられてさ」
「ふーん。で、どんな話したのさ? ただ話しかけられただけじゃ、こんなに遅くならないでしょ?」
ツェルドくんはクロワッサンをつまみながら喋った。
「うん。期限付きで借りる人が来るのが5年ぶりだって話」
「5年ぶり?」
レネアさんが、パンにバターを塗りながら訊いてきた。
「はい。巫女さんみたいな服の女子と中学生くらいの男子が」
「巫女?」
「って何なのさ?」
レネアさんとツェルドくんは巫女さんを知らないみたい。
でも、アイツだけは違った。
「巫女っ⁉︎ その銀髪って誰だっ⁉︎ 教えろっ‼︎」
胸ぐらをつかむ勢いで、リクがつかつかと歩いてきた。
「え、っと……。203号室の人だと思う」
「分かった。――王子! 俺、今日の予定、パスするな!」
ツェルドくんは思わず立ち上がった。
「え、ちょっと!」
しかし、お構いなしにリクは階段を駆け上がっていった。
「もう、何なのさ……」
ツェルドくんが座り直す。
「まあリクのことは放っておこう? ――何かするの?」
「うん。プレーヌのお兄さんを探そうと思ってさ。協力してよ、ぼくに」
「もちろんだよ、ツェルドくん!」
「分かった。協力しよう」
「やった! じゃあ、外に出ようよ」
「――あっ、ちょっと待ってくれ」
「何? レネアさん」
なんだろう?
「ルイ。治療魔法をかけてくれないか?」
治療魔法?
「ああ。『キュー・ヴァオーネ』と唱えてくれ」
ヴァオーネ?
なんか聞いたことある。
「後ろにくる呪文が同じ魔法は、系統が似ている」って2年魔術知識・筆記科のフェイン・ミュネル先生が言ってた。
系統の似ている魔法を聞いたことがあるのかな、僕は。
「分かりました。キュー・ヴァオーネ」
どこが変わったんだろう?
「治ったか?」
レネアさんが首を指差す。
見ると、そこにあったはずの傷が消えていた。
「治ってますっ! 治ってますよっ!」
「そうか、良かった」
「やっぱりこの魔法を使うのは、ルイが1番いいよね」
どういうこと?
「治療魔法キーセは魔力を70も消費するんだよね。だから、115もあるルイは最適ってわけ」
なるほど。
「これでレネアさんの用事は終わったんでしょ?なら早く外に出よ?」
「うん」
ツェルドくんは、プレーヌちゃんのお兄さん――ヌヴェルさんの特徴を書いた紙を持って、大通りを歩く人に話しかけようとしていた。
「すみません。質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「すみません。急いでるので」
ツェルドくんが話しかけた男の人は、さささっと小走りでどこかへ行った。
ツェルドくんは少し肩を落とす。
「次はきっと大丈夫だよ」
僕はトントン、と肩を叩いた。
これで5人目。
その度にツェルドくんは悲しげな顔をして、僕も少し悲しくなる。
「すみません。お時間、よろしいですか?」
ツェルドくんは女の人に声をかけた。
「はい、何でしょうか?」
良かった。断られなかった。
「ヌヴェル・ラ・セレネという人を知りませんか?」
「ヌヴェル・ラ・セレネ?それってどんな人なんですか?」
「22歳の男性です。ウェーブのかかった金髪に、赤い目の人です」
「赤い目、ねぇ。そんな目の人がいたら、覚えてると思うんだけど。ごめんね。多分、知らないわ」
「そうですか……」
ツェルドくんが少し目を伏せる。
「分かりました。念のため、お名前を教えていただけますか?」
「ああ、いいですよ。私は、カルナ・レト・マイノ」
ツェルドくんがメモをとる。
「お時間をいただき、ありがとうございました」
ツェルドくんが軽く頭を下げた。
女の人が立ち去る。
「次、訊かなきゃね――すみません」
「何だ?」
ジャージ姿の男の人が反応した。
「ヌヴェル・ラ・セレネというひとを知りませんか?」
「誰だ、そいつ。どんな奴だ?」
「22歳の男性です。ウェーブのかかった金髪に、赤い目の人です」
「うーん。知らねーわ」
「そうですか……。念のため、お名前を教えていただけますか?」
「いいぜ。俺はセーゼ・トゥイ・ナンユだ」
「分かりました。お時間をいただき、ありがとうございました」
困ったな。まだ手がかり0だ。




