18.魔法のバナナのアルバム 中編
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「お兄ちゃん、朝からよく食べるねぇ」
俺は、おばさんからサンドイッチが5つ入った紙袋を受け取った。
「たしかに人より食べる方ですね」
「5つ食べてもまだ余裕かい?」
「ええまあ」
「そうかい、そうかい」
おばさんは、にこにこしながら2回うなずいた。
「なら、もう1つ持っていきな!」
「え、いいんですか?」
「いいよ、いいよ。こんな若いイケメンに食べてもらえるなんて、サンドイッチも本望だろうよ」
と言って、おばさんは俺の持っている紙袋にもう1つサンドイッチを詰めた。
「じゃあね、イケメンくん」
「あ、はい。ありがとうございました」
この店と隣接する公園の周りには、いろいろな路地があって入り組んでいる。
探検しようか。
1本目の路地を覗く。
行き止まりみたいだな。
2本目の路地はどうだ?
奥は行き止まり。―右に行けそうだな。
行ってみるか。
サンドイッチの紙袋を抱え直し、歩き出す。
少し薄暗いこの路地のいたるところに、闇がこびりついている。
闇は、少しの不安を生み出すと共に、安堵感をもたらす。
道を曲がる。
ん?
俺は立ち止まった。
8歳くらいの1人の男の子がうずくまり、10歳くらいの3人の男の子が男の子を蹴ったり、踏んだりしている。
過去の光景と重なる。
「金を出せ」
男の子はそれに対して何かを返しているが、少し遠くて聞こえない。
「君たち、何やってるんだ?」
「は?誰だよ、お前。やんのか?」
「君たちこそ、俺とケンカするつもりなのか?」
「ああ、そうだ!」
血の気が多いガキたちだな。
殴りかかってくる位置が低いので、体を横にずらして振り上げている右腕を掴み引っ張って、進行方向を変える。
「うわぁっっ!どけ、そこをどけぇっ!」
その先には、俺の背後に回り込んでいたガキのうちの1人が。
ドオンッ!
2人は倒れ込む。
「てやぁぁっ!」
走ってきたもう1人が俺に蹴りを入れようとする。
左足でそれを受け止め、押し戻した瞬間に、右足でガキの胴に蹴りを叩き込む。
「ぐはっ」
ガキが座り込んだ。
そして、俺もしゃがむ。
「次からはこんなことをするな。ちゃんと、社会で生きた方が良―」
ひた。
首筋に、硬く冷たい感触。
「何でこんなことしたの?」
さっきまでいじめられていた男の子が、鋭く濁った目で俺を見ていた。
俺は首を動かさずしゃがんだまま、背後にいる男の子に話しかけた。
「君の白い服が汚れるから。それより、俺の首にナイフを沿わせる、この慣れた感じ。前にもやったことがあるんじゃないか?」
「うん。あとお兄さん、喋らない方が良いよ。揺れて刺さるかも」
過去の光景が鮮明に蘇る。
「別に刺さってもいい。元々、数年前に死んでいたはずの命だ」
「あっそ」
声のトーンがずっと変わらない。
感情が消え失せたかのように、とても淡々としている。
「お兄さん。死にかけたこと、あるの?」
「ああ。ビルの屋上から落ちてな」
「ふーん。でもさ、助けた奴に殺されそうになるとは思ってなかったでしょ」
「いや、そうでもない」
「そ。ねぇ、お兄さん。俺は助けてもらいたくなかったんだけど。すっごく、ありがた迷惑」
「そうか」
ああ、あの時も―。
「俺は金を払って、そのあとアイツらを支配するつもりだった。『殺されたくなかったら俺に従え』ってね」
見えなくても、ガキたちが目を見開いたのが分かった。
「―まあ、あのガキたちは真っ当に生きてないんだ。自業自得だな。だが『金を払う』って、それは君の金じゃないだろう?」
「いや、俺の金だよ。俺が働いて得た金」
「君が働いた?この国では、13歳以上しか働けないはずだろう?」
「うん。真っ当な仕事はね」
「ってことは、真っ当な仕事じゃないってことか」
目だけ動かしてこのガキを見ると、ニヤッと笑っていた。
「そういうこと。俺の仕事はいろんな組織の手伝い。子連れのフリするときの、ね」
「クソみたいな仕事だな」
「は?」
「子供を困らせるクソみたいな仕事だ、って言ってるんだ」
「俺、別に困ってないし」
「違う。これから困るんだ」
「どういうことだよ」
「君はそのうち、監獄に入ることになるぞ」
「そんなヘマしない」
「可能性の話だ。それに、俺も昔は尖っていたし、俺の友達も尖っているが、君ほどに、腐ってないぞ」
「黙れ」
ナイフを握る手に力がこもり、俺の首筋に血が垂れたのが分かった。
「未来で君は、この世界に要らない人間になっているのだろうな」
「黙れ」
「いわゆる、クソ人間だ。老けたらクソジジイだな」
「黙れ!誰がクソジジイだ!」
さらに手に力がこもり、ナイフが首に食い込む。
「黙らない。将来、クソジジイになるガキを生み出す君の仕事は、だからクソみたいなんだ」
「黙れ、黙れ黙れっ!」
「そしてクソみたいな仕事をしていて―」
「黙れっ」
「『俺に従え』というような発想の君は―」
「黙れ……っ」
彼は顔を歪ませた。
「腐っているんだ」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!」
より一層、手に力がこもる。
マズいっ!
とっさに、首を傾けながら足を後ろに振り、ガキを蹴り飛ばす。
シュッ!
痛いっ!
蹴り飛ばした瞬間に、ナイフの刃が首をかすった。
血は出ているが、この傷はそこまで深くないようだ。
他の傷が少し深い。
3人のガキは腰を抜かしていた。
もう1人。
そのガキは、仰向けに倒れたまま、起き上がろうとはしなかった。
そして表情を変えず、ただ静かに、とても静かに、涙を流していた。
「腐ってるって、本当は気付いてた。でも、生きていくための道はこれしかなかった。いや、あったんだと思う、他にも。だけど、俺は探そうとしなかった。自分は他の人よりも努力しているんだ、って。自分は偉いんだ、って。無駄に自分を慰めて。探しもしてないくせに。俺ってさぁ、きっとバカなんだな」
彼は口早にまくしたてた。
「俺って、何なんだろう……」
彼の目から涙が溢れ出した。
涙が彼の目を洗ったのか、彼の目は、驚くほど澄んでいた。
俺は、「俺って、何なんだろう……」の答えを出さず、3人のガキを見た。
「そこのガキたち!」
「「「は、はいっ!」」」
少し声が裏返っている。
面白い。
「こっちへおいで。君も、起き上がれるか?」
「「「「うん」」」」
俺は紙袋を開けて、中身を取り出した。
「サンドイッチだ。6つしかないから、皆で分けて食べてくれ」
「お兄さんは?」
「俺は1つ貰う」
わざわざ、1つ、おまけに貰っておいて1つも食べないのは、失礼だと思うからな。
「お兄さん、ありがとう」
心の底から出たような声が返ってくる。
「あ、ありがと」
「ありがとう」
「ありがとー、ございます……」
つられて3人もお礼を言ってくれる。
「どういたしまして」
君は―で、
―は君だ。
1歩間違っていたら、
少しでも運命が狂っていたなら、
―は、君と同じ運命を辿っていた。
そして、―も君も、破滅への一路から、
運命の女神の気まぐれに助け出されたってわけだ。
「美味しい!このサンドイッチ、すっごく美味しい!」
「そうか。なら、良かっ、た」
おかしい。目の前が回っている。
「お兄さん、血が!」
手で額を押さえる。
ダメだ。これは、ヤバイ。
傷が開いたのか、首から鮮やかな朱色の血がだらだらと流れているのが分かる。
さらに目の前が回り出した。
―あれ?
目の前が真っ暗だ。
「お兄さん!」
「し、死ぬなよ!」
「ひ、人を呼べ!人が倒れた、って!」
「行ってくる!公園には誰かいるはずだ!」




