16.それはとても単純な
レヴォウのプラットフォームに降り立った私は、狐につままれたような気持ちになった。
何故ならそこは、“普通”の駅だったから。
最初の、虚実も、過去も未来も、あれこれ混ぜ合わせたような駅舎に比べたら、その後に降りた駅は全て“普通”の範疇かも知れないけれど、これはそういうことじゃない。
目の前の光景は、まるで都内私鉄郊外の、急行は通り過ぎてしまうくらいの駅のようで。
この前の、名もない集落の駅よりは立派だけど、逆に言えば、その程度。
終点ということで、最初の駅のような“特別”を無意識に想像していたからこその戸惑いではあるのかも知れないけれど。
だけど、見方を変えれば、この、いやに“現実的”な光景は、示唆的なものにも感じられて、終点に相応しい光景にも思えてくる。
――何だろう? この気持ちは。
こうして終着駅に立っても、やっぱり嬉しさや期待感は無い。それでも、心がふわふわしたような、落ち着かない感じ。焦燥、とも違うような気がするけど、それも含めてごちゃ混ぜなせいで分からないだけなのかも知れない。
そんな、内外の状況に戸惑う私の前に、ケトさんがやって来た。
「お疲れ様でした。ここが、あなたの終着駅、レヴォウです」
「……線路の終点、じゃなくて、私の、終着駅?」
「ええ、そういうものですから」
「……ふふっ。うん、なるほど」
ケトさんの答えは答えになっていないような気もしたけど、この世界でいくつもの不条理を飲み込んできた私にとって、それで納得することは簡単なことで、そのことが、何となく可笑しく思えた。
「それでは。この先も、良い旅を」
そのケトさんの言葉には、言葉以上の意味が込められているような気がする。だけどそれは、きっと悪い意味じゃ無いと思うから。
「はい、ありがとうございました」
私は、飄々と歩き去って行くケトさんの背中に頭を下げ、感謝の言葉を伝えた。
プラットフォームに直接通じている改札を抜けた先は広いロビーになっているようだったが、出入り口は真っ直ぐ前方に見えていた。そして、そのままそちらへ向かおうとした時――。
「にゃーう」
横合いから聞こえたように思えるその声は、だけど、ナツの声に似ていた気がして、私は思わず足元のナツを見た。
だけどナツは横を向いていて、私もそちらへ目を遣ると。
そこに居たのは、ベンチの上で、隣のベンチに座る女性に声を掛けるようにしている、どことなくナツに似た、だけど毛の色がナツとは違う、かわいい猫。
そして、その隣の女性へ目線を移すと、その人と目が合って、ドキリとした。
「こんにちは。あなたが、旅人ですね」
ベンチから立ち上がって、そう声を掛けてきた、その人は。見た目は全然違うのに、どうしてなのだろう? 私に――カレを思い出させた。
「……カノ?」
思わずボケっとしてしまった私は、そのナツの声に我に返る。
「あっ! あの、済みません。いえ、あっ、はい」
咄嗟に謝って、慌てて質問に答えて、変な返事になってしまう。
だけど、その人は。
「大丈夫。落ち着いて下さい。取って食べたりはしませんから」
優しく声を掛けてくれた、その微笑みも、やっぱり何故か、カレに似ているように感じて。
無性に泣きたいような、でも良く分からない気持ちに戸惑った私は、落ち着くまでに少し時間が掛かってしまったけど。
その人は、やっぱりまたカレのように、静かに私を待ってくれたのだった。
その女性は、カーナ。そして、その相棒の猫は、トウと名乗った。
遅れて、トウが『冬』かも知れない、と思い付いて、私の前を並んで歩く猫たちを見る。二匹は会話をしている様子は無いけれど、寄り添うようなその姿は、思い込みかも知れないけれど、何となく、仲の良い兄弟のようにも見えた。
「……少し、寄り道をさせて下さい」
そう言ったカーナさんについていった先は、線路近くの、だけど村の外れにある、丘の上。
丘はそんなに高いわけではないけれど、それほど広くない村の殆どは、ここから見渡すことが出来る。そして、その丘の上には、石の板がいくつも並んでいた。
「……お墓、ですか?」
「ええ。そうです」
石の板は膝上程度までの高さで、ほぼ正方形。厚みはあまりない。そしてその表面には、記号のようなものが、多くても六つ程度まで、左上の方に刻んであるばかりだった。
同じような石が並ぶ中で、でもカーナさんは迷う素振りも無く真っ直ぐに一つ所へ歩いて、そして、足を止めた。
その足元にある、比較的新しいように見えるその石の、刻まれた記号の意味は、私には解らなかったけれど。
「…………」
静かに、真剣に、黙祷を捧げるカーナさんにとって、とても大切な人がそこに眠っているのだということは、痛いほどに解った。
「……なんでかな? 見た目は全然違うのに、どこか貴女は、彼女に似ている気がする」
私に向き直ったカーナさんは、私が彼女に抱いた印象をなぞるような言葉を、私に向かって口にした。
「彼女は……、モニカは、恋人だった。そして、私にとって、ただ一人の、理解者だったの」
そう言いながら浮かべた儚げな微笑みに、どうして? 胸が締め付けられるような思いがする。
「……村の人は、私の指向を知っても、偏見を持つことなく普通に接してくれたけど、人口の少ないこの村で、子を成せないことに……私は、後ろめたいような気持ちを抱いてた。だけど……、エクスタに保護されてこの町にやって来たモニカを一目見た時、私の世界は、それまでと、まるで変わった。私はただ、あの子の力になりたくて。あの子が笑ってくれると嬉しくて。心が通じ合ったと思えた瞬間はこれ以上無いと思えるほどに幸せで……!」
そこでカーナさんは、知らず声に力がこもっていたことに気付いたのか、照れたような苦笑いを浮かべた。
「……ごめんなさい。変な話をしたわ」
「……いいえ。私は、多分……、解るから」
他人のことを、解る、なんて、口にするものではないと、思う。だけど今は、カーナさんの気持ちは、理解できていると、思うから。
「……そっか、だから、似ているように思ったのかもね……」
そして、カーナさんなら、私が本当に解っているのだと、きっと解ってくれると思ったから。
「……私は、目の前でモンスターにモニカを殺されて、その引き換えに、力を得たわ。……モンスターを倒す、力を」
だから、カーナさんは、私に、何も尋ねたりはしないで、言葉を続ける。解って、しまうから。
「そのおかげで、この村の役に立ててるし、その分後ろめたさも感じずに済む。まあ、村のためと言いながら、私がしてることは、ただの意趣返しじゃないかって思うこともあるし、こんな生活の先に、ちゃんと幸せを見つけられるのかって、不安になることも、あるけど」
「幸せを?」
それは、カレが、私に望んだことでもあって。だから思わず、尋ねてしまった。
「そう、それが、モニカが私に望んだことだから」
そして、返ってきた答えはやっぱり――。
「どうして……前に進めるんですか? 後ろめたくはないですか? 不安や……、悲しみに、押しつぶされたりは、しないんですか?」
だから私は、そう聞かずにはいられなかった。
カーナさんは、私のそんな浅ましい行為に、決して眉を顰めるようなことも無く。少しだけ考えてから、こう言った。
「後ろめたさも、不安も、悲しみも、他の辛い気持ちだって、無いわけじゃない。でも、私が前に進めるのはきっと、もし逆の立場なら、私はモニカに何が何でも幸せになって欲しいって、そう思うから。そして、モニカもきっと、同じ想いだって、信じてるから」
――カチリと、最後のピースが嵌まったような感覚。
それは、笑えるくらいにシンプルな答え。
どうしてそんな簡単なことに気付けなかったのかと、不思議に思うくらいで。
だけど、同じことを他の誰に言われたって、こんな風に納得することは無かったのかも知れない。
どこかカレに似た、カーナさんの言葉だからこそ、納得できたのかも知れない。
「……うん、すごく良く、解りました」
「それなら、良かった」
そう言って私達は、控えめに笑い合った。




