15.そして、終着駅へ
私がようやく落ち着いた頃、いつの間にか私の元から抜け出していたナツが、エイジさんとナーベを連れて戻ってきた。
「ああ、良かった! 目が覚めたんですね!」
「……エイジさん……その……」
「話は後。あなたは二日間ずっと眠ったままだったんだから、まずは水分と栄養補給です」
エイジさんがそう言って差し出したお盆の上には、ほんのりと和風の出汁の香りを漂わせるおかゆと、白桃と林檎だろうか、小さめにカットされたフルーツ。そして、コップに注がれた、ただの白湯。
まず白湯に口を付けたが、次の瞬間には中身が消えていた――なんてことは実際はないのだろうけれど、主観的にはそのくらい、あっという間に飲み干してしまった。沁み入る、という表現がぴったりな感覚に驚いたけど、二日も寝たままだった上にあれだけ涙を流せば、こうもなるか。
おかゆも、熱すぎるようなこともなく、噛みしめれば確かな旨味や塩味が感じられて、匙が止まらない。おなかの中からぽかぽかと温まって、活力が湧いてくるようだった。
最後のフルーツ片を口へ放り込んで、そこでようやく私は、エイジさん達が居ることを思い出して、温まる必要のない顔まで火照らせた。
「済みません、夢中になってしまって……」
「いいえ。お口に合ったようで良かったです」
そう言うエイジさんの口調や表情に、私を責める様子は微塵も無い。
だけど、私は覚えている。
「……エイジさん、ごめんなさい……」
「えっ? どうして、謝るんです?」
「だって……私は、無意識にとはいえ、魔法で、町を――」
「救ってくれました」
「……えっ?」
「旅人さん、あなたは、凄い魔法で、この町を救ってくれたんですよ」
救った? だって――。
「だって私は、モンスターだけじゃない。建物も、もしかしたら、人だって、全部流してしまったんですよ?!」
「それなら大丈夫。あなたの魔法でこの町の人間に被害は出ていません。もちろん、モンスターのせいで犠牲者は出ました。だけど、モンスターも、建物も、全てが押し流された後に、彼らの亡骸だけは、しっかりと残されていました」
そんな、まさか。
「信じられませんか? だけど、魔法なんて元々、常識じゃ考えられないような事を起こすんです。そんなことがあっても、不思議ではないでしょう?」
――ああ、そうだ。この世界は、そうだった。
「あの時点で既に、北市街の放棄は決定していて、戦える者は南市街や南門前で待ち構え、それ以外の人達は駅舎への避難を終えていました。だから、あなたのせいで失われた命はありません。それに、あのままだったら、北を破壊し焼き尽くしたモンスター達は、標的を南へ移し、被害はもっと拡大していたでしょう。その上、あなたが北を襲ったモンスター達を倒してくれたおかげでしょう、南に集まっていたモンスターも散り散りになったので、犠牲者を増やさずに済んだんです」
これまでよりも少し畏まった物言いのエイジさんだけど、そのせいか、その言葉には、淡々と事実を語っているような説得力もあった。
「だから、改めて、この町に住む人間の代表として御礼を言わせて下さい。この町を救ってくれて、ありがとうございます」
「……あれは、助けようと思ってした事じゃないですけど……。……それでも、結果的に助けになったのであれば……」
「それはもう! 何より、瓦礫を片付ける手間がぜーんぶ省けたんだから、大助かりだよ!」
最後に、いつもの口調に戻って、少し戯けるようにしてみせるエイジさんに、私は思わず、微笑みで応えた。
「ありがとう! お元気で!」
「元気で過ごしなさいよ? ナツくんのためにも」
そんな、エイジさんと、直前までナツに身体をこすりつけていたナーベの言葉に見送られて、列車に乗り込んだ。
ナーベのアロラビングに、ナツはぎこちなく応えていたように見えたけれど、照れていたのか、緊張していたのか。何にせよ、嫌がってた感じでもないので、新鮮なナツの反応を素直に微笑ましく思う。
座席に着くと、列車はすぐに発車した。窓の外で手を振っていたエイジさん達の姿も、あっという間に置き去りにして。
程なく、あの小さな集落も通過する。ナツを見れば、既に鍋の具と化している。そのかわいい姿は、いつまででも見ていられそうではあったけれど、いつしか私は、自分の思考に潜り込んでいった。
死んだ家族も、死んだ恋人も、残された者が死ぬことなんて、望んでいない。
言葉にしたら、ありふれた、でももしかしたら、真実に近いからこそ、ありふれている、言葉。
でもそれは、死にたいとは思わないけど、無理に生きるつもりもない、そんな心境だった私には、死にたくない人が必死で縋る、幻想のように思えていた。
今の私は……。きっと、そうなんだろうな、という程度にはその言葉を受け入れている気がする。消極的賛成、と言ったら語弊があるか。
思えば、この列車の旅での出会いは、私に、失った大切な人達のことを突きつけてくるものだったような気もする。
その中で、スイッチが切り替わるように明確なものではないけれど、でも、小さな、僅かな、緩やかな変化がいくつもあって、私の心を変えたのだろう。
その変化を、いちいち言葉にして理屈で納得したいとは思っていない。
その必要がないと感じているのかも知れないし、まだ、正面から向き合うのが恐いだけなのかも知れない。
いや、まだ結論を出すような段階じゃないと感じているのか。
思い出した記憶。
カレが、私に望んだこと。
それは、私が、幸せになること。
だけどまだ、そこへ踏み出そうという決意は無い。
私は、私だけが幸せになることが、後ろめたいのだろうか?
……分からない。
まだ、旅は終わっていない。私はまだ、どう変われるのだろう? どう、変われないのだろう?
――私は、強くなれているのだろうか?
いつかにも、ふと思い浮かべたような言葉。
私は、強くなりたいのだろうか?
私が求める強さとは、どんなものだろうか?
私は、その答えを、この旅の果てで、ナツと一緒に、見つけるのだろうか――?
結論の得られない自己問答の果てに微睡みだけを得ていた私は、またチャイムに起こされることになった。
『次は~、レヴォウ。レヴォウ。終点です』
続いてアナウンス。ぼんやりした頭に、最後の言葉が遅れて理解される。
――そうか、もう、終わるのか。
突然だったけど、意外と驚きは無い。
今、感じているのは……、寂寥? 不安? 恐怖?
もうすぐ帰れるかも知れないというのに、嬉しいと感じていないのは、まだ実感がないからだろうか。
それとも、まだ、答えを見つけてないから? ……やっぱり、分からない。
ソファに身体を預けて寝ていた分、机に突っ伏していた時よりはましに思えるけれど、やっぱりまだ身体がだるい。こういったフィジカルコンディションがメンタルに影響しているだけなら良いのだけれど。
「ナツ、起きてる? ……もう終点だって」
「カノ……、うん、おはよう……」
ぼんやりと応えたナツだったけど、伸びをひとつして、すぐに俊敏な動きで床へ飛び降り、ドアへと向かう。
私もすぐに立ち上がり、ナツの後を追う。
その姿を、決して、見失わないように。




