13.炎上
大鬼達に出くわした後は何事もなく、私達は無事に開拓村に辿り着いた。
いや、そこはまだ、村と呼ぶのも烏滸がましい、ほんの小さな集落、とでも呼ぶのが相応しいような規模で、今まで見てきたものと比べると随分とこぢんまりとした駅舎、その近くに建てられた長屋のような建物、そして今なお開墾途上の田畑、それらが簡素な柵で囲まれたばかりの場所だった。
長屋は、一棟当たり十戸で二棟しかないが、人員を入れ替えながら三十人前後が常駐して開拓作業を進めているそうだ。
その建物は、人が住むには簡素に過ぎる印象だったけど、いずれ農具などをしまう倉庫として使われる事になるのだという。
駅舎は今までと比較すれば小さいとは言っても、その長屋よりはずっと立派な建物で、中には食堂やトイレ、浴場までもある、とのこと。
そんな話を聞いた私はと言えば。
――駅舎が猫神様の力なのか、地上の猫たちの努力の結晶なのかは知らないけど、とにかく猫すげー。猫最高!
と、別に自棄になったり投げやりになっているつもりも無いけれど、何故? とか、どうやって? なんて思考はとっくに放棄していたりする。
ともあれ。まだ夕方と言うには少し早い時間だったけど、来る途中でモンスターと遭遇した事もあり、エイジさんと話し合った結果、慎重を期してこの日はここで一晩を過ごす事になった。
――だけど、姿を見せなくなったはずのモンスター、しかもその集団と遭遇した事を、私達はもっと深刻に受け止めるべきだったのかも知れない。
翌朝。駅舎で簡単な朝食を済ませた私達は、そのままのんびりするようなこともなく、すぐに帰途についた。
急いで帰る理由が有ったわけではないのだけれど、私もエイジさんも、そして何より、ナツとナーベ、それにフルートまでもが落ち着かない様子で、じっとしていられなかったのだ。
途上は、昨日よりもどこか、辺りがひっそりとしたような印象だった。漠然とした不安がそう感じさせただけかも知れないけれど、それは私だけが感じている気持ちではないようで、私達は会話も無く、ただひたすらに帰路を急いだ。
昨日、戦闘があった場所に差し掛かると、そこには、昨日のままで変化の無い光景があった。すると、それを見たエイジさんが声を漏らした。
「やっぱりおかしい……」
「……何が、おかしいんですか?」
「モンスターの死骸は他のモンスターの餌になるから、こんな風に残ってる事なんて、有り得ないんだよ」
「モンスターが減っているからでは?」
「ううん。減ったとはいっても、全くいないわけじゃない。最近だって、町の近くで討伐された例もある。それでも、その時のモンスターは翌日には残ってなんかいなかった……」
エイジさんは私に答えながら、最後は自分の思考に集中していく様子だったけど、すぐに顔を上げると、言った。
「……もし、モンスターが皆、町へ向かっていたら? ……旅人さん、荷台へ。急ごう。杞憂であって欲しいけど……!」
エイジさんはフルートの上のナツとナーベを空の荷台に乗った私に預けると、自分がフルートの背に飛び乗り「走れ! フルート!」と叫んだ。
フルートは、私達だけを乗せた荷台など、物ともせずに疾走する。
荷台の上は快適とは言えないが、思っていたよりは揺れも無く、あっという間に流れていく景色を見ているだけの余裕はあった。
間もなく、エイジさんが声を上げた。
「煙だ!」
その声に前方を見れば、確かに黒い煙が上空へ立ち上っているように見える。
更に近付くと、その煙は線路を挟んだ向こう、北市街から発生しているのが分かった。
その北市街の上空に、黒い影がいくつも舞っている。
「空を飛ぶモンスターは北に集まってる! 南門は……無事だ! よし! このまま駅舎まで突っ切る!」
見れば、モンスターは南の森の方に集まっているが、様子を見ているのか、動きは無い。
南門の外には町の人達が武器を持って集まっている。その人達は私達に気付くと、慌てて道を空けてくれた。
エイジさんはその人達に軽く手を上げるだけで、大きくスピードを落とすことなくフルートを門へ向けて走らせる。
私は、横向きの加速度に荷台の端へ押しつけられながら、必死にナツとナーベを抱えるように身体を強張らせていたが、気が付けばもう、徐々にスピードが落ちていくところだった。
「旅人さん、駅舎なら安全だ! 急いで!」
私はその声に、慌てて身を起こして荷台から飛び降り、ナツとナーベを抱えたまま、駅舎へ駆け込んだ。
最初に降り立った時には寂しささえ感じた駅舎の広い通路は、今は夥しい避難者達で溢れかえっていた。
エイジさんは状況を確認するためだろう、ナーベを引き連れてどこかへ行ってしまった。
私はナツと、人いきれの中で、だけど、突然世界が遠のいて、孤立したような錯覚に襲われた。
――その時、私は何を感じ、何を考えていただろう?
それまで感じていた漠然とした不安とも違う、つかみ所の無い、何か。
私の中でぐるぐると渦巻いていたのは、思考? 感情?
そんな不明瞭な内面に苛立ちを感じながら、私はナツを腕の中に抱えたまま、無意識に人のいない方へと向かって歩いていたようで、俯いて歩いていた私は、不意に明るさと熱を感じて、顔を上げた。
前方に見えたのは、北口だった。
その外に見えたのは、紅く、熱い、炎。
瞬間、目の奥に、鋭い痛み。
力を失った私の腕から、ナツが、いない。
私はだけど、その紅に、目を離せなくて。
そして炎は、その内に、エガヴァールの街並みを、そして――
わたしの、いとしい、ひとを。
――飲み込んだ。
現れたそれは、壁のよう。
それは、出口の向こうの光景を一瞬で埋め尽くす。
だけど、その向こうに揺らめく炎がぼんやり見えるから、それは水で。
そして、水の壁は、向こうへ、倒れていくように、遠ざかる。
ゆっくりと。
見える全てが、ゆっくりと。
奔流は、空のモンスターも、街中のモンスターも、炎も、建物も、丸ごと飲み込んで、遠ざかる。
ようやくその最上部が出口の枠組みの内側に収まる頃には、いよいよ防壁さえも飲み込もうとして。
そして――全部が、真っ暗。
すぐ近く? とても遠く? ナツの声が、聞こえたような気がしたけれど。
ああ、私の意識はきっと、あの奔流が、持って行ってしまったんだろう――。




