花嫁道具
第1章2話「縁談」において間違った原稿を掲載してしまいました。
前話から続けて読んでいただいている方には申し訳ありませんがそちらに戻ってからこの話を読んでいただくようお願いします。
その日は満月だった。
結婚の日も迫りだした頃からレイはぼんやりと空を眺めることが多くなった。レイは散々思い悩んだのち、とうとう決断した。
――マリアを呼びなさい。そうメイドに指示を出した。
マリアの結婚は明日に迫っていた。
連れて来させると彼女はやはりあのまっすぐな目でレイを見る。どうしたのだろうかという表情をしている。
「マリア」
レイは優しい口調で語りかけた。今夜はなぜか、彼女の目を直視できる。
「はい」
マリアはレイがいつもと違うことに気づいたようだ。
「今夜は君に渡したいものがある」
そう言ってレイはマリアの手に小さな木箱を握らせた。
「これを持って行きなさい」
マリアは木箱を開けると中から透明な液体が入った瓶を取り出した。
「これは?」
マリアはじっと瓶を見つめそう言った。
「暗殺に使用する毒だ」
毒という言葉に反応してマリアは驚いたような顔をしてレイを見た。
「毒?なぜそんなものを?」
おびえた彼女の横顔を月が照らしていた。
「ああ。それで毒殺しても医師にもわからないようになっている」
レイはマリアにまず毒のことを聞かせようとした。
「どうしてこんなものを渡すのです?」
嫁入り前にこんなものを渡すべきか迷ったレイの懸念どうり、やはりマリアはおびえたような顔で問いかけてきた。
「君の身を守るためのものだよ」
「身を守るため?誰からです?」
「国王からだ」
マリアの目の恐怖の色が濃くなる。彼女を不安にさせたくなくてレイは優しく説明を続けたかったが、その内容はどう言っても残酷だった。
「国王は私達一族を潰す気だ」
マリアの目は真っすぐこちらを見据えている。
「ああ。私達一族は代々この毒の管理をしてきた。国王はこれが気に入らないと思われていたらしい」
「それで…この家を潰そうとされてるのですか?それだけの理由で?」
マリアは理解できない様子でレイを見る。
「ああ。宮中では側近も皆あちらが用意した者になる。誰も君も護れなくなるんだ。だからこれを君に渡しておきたいんだよ」
これがせめてものレイにできる彼女への助けだった。
「これを…どう使えとおっしゃるのです」
マリアは無表情に尋ねてくる。
「国王に盛ればいい。君の命が危険に曝された時に」
「でも、どうして私を王妃に迎える必要があるのです」
マリアはこの事実がいまだに信じられないだろうか。
「妹である君を人質に迎えたつもりだろうさ」
本当の理由は言えなかった。
君を私が愛していることを見抜かれたからだなんてどういえるのか?レイは自身がひどく情けなく思えてきた。
君に危害が及ばないように嫁としてでなく妹として迎え、他の安全な家に嫁に出すつもりだったなんて言い訳を今更どう言えというのだろう?嫁入り前の彼女にどの面を下げて愛しているなんて言えただろうか?
レイの思いは無情にも通じなかったようでマリアは強い眼差しで彼を見た。そして怒りのこもったような口調でこう言ったのである。
「それで…私に夫を殺せと?」
マリアが言うとレイの目が見開いた。ひどく驚いた様子だった。
「何?」
「…私は明日王妃になる女です。お義兄様」
マリアは突き放すような物言いをした。おとなしかった彼女がこんな言い方をしたことにレイは驚いたらしい。
「あなたもそれを承諾したじゃありませんか」
今まで抑えていた不満がふつふつとこみあげる。
さらにマリアは続ける。マリアは目を伏せ続けた。
「私は出身はどうあれ今は伯爵家の娘でもあります。それにこれからは王妃。この家も、王家も守るのが私の役目です」
私が実の妹なら、こんなことをさせはしないでしょう。田舎領主の娘としか思っていないのでしょう。だからでしょう?レイ。
「…だったらなおさら、これを持って行きなさい」
レイの声が優しい。
「なおさらとは?」
「あの方は暴君だ。伯爵家にとっても、王室にとってもあの方はいづれいてはならない存在になる」
マリアは何かを言おうとしたがレイは彼女の手を握り言った。
「もっていけばいい。必要ないなら使わなければいいだけなんだから。使っても…必ず。あなたのことはお守りします。マリアさん」
マリアは思わず顔を上げた。すると、今までこらえていた涙が頬を伝った。
レイは彼女の顔に触れ、そっと涙を拭いてくれた。
本来なら、あなたを愛したのでしょうか。マリアはそう思うとまた涙があふれた。
あの男を夫だと思っても無駄なことなのだから。
レイはマリアが泣いている間。黙って彼女を腕に引き寄せた。本来なら夫婦でいるはずの2人にとって、皮肉だが最大にして最後の接触だった。
マリアはあの男からすれば愛してはならない妻にすぎないのだと、そこまでレイは彼女に言えなかった。しかし言えば彼女も覚悟を決められたかもしれないのである。
結婚式ではマリアは純潔を示す白い花嫁衣装に身を包んだ。バージンロードで彼女の手を引いたのはロイズという国王陛下の弟君にあたる綺麗な顔をしたマリアと同じ年の少年だった。
「――姉様、どうぞ」
ロイズは優しい笑顔で笑いかけてくれた。
マリアもにっこりと笑い返したつもりだったがはたして笑顔になっていたかどうか、緊張のあまり表情がこわばり自分がどんな顔をしているのか分からない。
「ええ。ありがとう」
マリアがそう言うとロイズは頷き、国王のもとへマリアは誘われる。一歩一歩がこんなに重いと感じたことはなかった。そんなマリアを国王が見た。
2人の目が合う。
国王は綺麗な顔をしていたがそれ以上に印象に残ったのはその綺麗な目であった。
深い琥珀色の瞳は光をうけ輝いて見えた。マリアは一瞬その目に吸い込まれそうな感覚をおぼえたほどである。
国王は優しく微笑んだ。
これがあの国王?
マリアは驚きながらも、笑顔を作った。
マリアとリオの目が合うのを遠くからみている女がいた。
「あの方が王妃様なのね」
ディアナは漆黒のドレスに身を包み目立たない位置にいた。そして横にいる男に囁いた。
横にいるのはリオの側近ゼムであった。
「ええ」
ゼムは冷ややかな声である。
ディアナはそんなゼムにまなざしを向けるとにっこりと笑った。
ディアナの正体は次回に明らかになります。




