女
「お義兄様はこの話を、受けるおつもりなのですか」
マリアは真っすぐな目でレイを見る。
どこか責めるような、その眼差しにレイは思わず一瞬目をそらしてしまう。
「国王からの縁談を断るわけにもいかない」
マリアは黙ってレイを見つめる。
長い沈黙。何かを言うのが億劫で、何も言わないのは耐えられなかった。
マリアは優しさであろうか。沈黙を破りレイに
「お義兄様がそうおっしゃるなら、国王様のもとへ嫁がせていただきます」
と言った。いや、言ってくれた。
「そうか」
レイが頷くと、マリアはそのまま続けて言った。
「その前にひとつ、お義兄さまに聞いていただきたいことがあるのです」
「なんだ?」
なんだって聞いてやりたかった。自分にできることなら。
「嫁ぐ前に一度…お姉さまに会いしたいのです。同じ都にいながらここにきてまだ一度もお会いしていないのです。嫁いだら会う機会も減ると思います」
「ああ…かまわないよ」
なんだそんなことか。レイはうなずいた。マリアはほほ笑んで礼を言う。
「ありがとうございます。お義兄様」
礼などやめてくれ。レイは彼女の無意識の仕返しに耐えられなくなり。
レイはまた「ああ」と返事をすると情けなくもマリアからまた目をそらした。無愛想なその様子は、まるで拗ねた子供のようだった。
「マリア」
姉のジェーンがマリアのもとを訪れたのは次の日だった。
「お姉さま」
マリアはジェーンに抱きついた。どれだけ気丈にふるまおうが、彼女はまだ16の娘だったのである。
「久しぶりね。都に来て垢ぬけたかしら?綺麗になったわ」
マリアの状況を知らないジェーンは優しくほほ笑みかけた。朝日にきらきらとして姉の横顔が輝いて見える。
「そうかしら」
マリアは黙っていることも考えたがやはり姉に言おうと思った。
「姉様」
声が緊張していないか彼女は気をつけていった。
「どうしたの?」
「私、結婚が決まりそうなの」
「まあ!本当に」
マリアの言葉にジェーンは嬉しそうに手をたたいて喜んでくれる。
「よかったわ。あなたももう16だもの。本当は心配だったのよ?」
「そう…よかった。これで心配されなくて済むわね」
ああ、どう言えばいいのだろうか…とマリアは内心穏やかでない。国王を悪く言っていた姉がどう反応するのかと思うと姉の喜びが彼女を苦しめた。
「お相手はどんな方なの?」
「…国王陛下よ」
ジェーンはどんな表情をしたのだろうか。マリアは姉の顔を見られなかった。
「国王陛下…?」
「ええ…でも私ね」
「でもも何もないわ」
姉はやはり、激怒している。
「あの方がどんな方か伯爵もご存じでこの縁談を決めたのでしょう」
ジェーンは熱のこもった声で早口にまくしたてる。
「この前突然婚約を破棄されたシーモア家なんて借金の支払いのために賄賂をとったとかで領地を一部没収されたのよ?」
「ええ、知っているわ。でもね――」
「あの方は何を考えているか分らない男よ。優しく談笑していたかと思えば次の日には平気で手のひらを返したように罰をあたえたりする方なのよ?絶対に反対だわ。伯爵に話をさせてちょうだい。どうしてもだめって言うなら修道女にでもなって…」
「姉様!」
マリアが大きな声を出しジェーンは驚いた顔をした。
「私、この縁談を断る気はないの」
――どうして?ジェーンは絶望したような顔をした。
「陛下は非情だといわれていることは知っているわ。彼にはシャリナ様という大切にしている寵姫がいるのも。あの人は都で常になにかしら噂されているもの。でも、私は宮中に入ろうと思うわ。私は王妃なのよ。誰も表立って私に嫌なことはできないわ。上手くやってみせるつもり」
「…マリア?」
信じられないといった様子で自分を見る姉にマリアはさらに続けた。
「だから今日は姉様に心配かけたくなくて会いに来てもらったの。私は上手くやるから、姉様は遠くからでも見ていて」
ジェーンはマリアが覚悟したのだと悟ったらしかった。国王に逆らっては一族の者にも何かしら影響があるとは予想できる。マリアはそれを思ってこの話を受けることを決めたのである。ジェーンは黙ってマリアを抱きしめてくれた。
結婚の話はすぐにまとまり、マリアのもとにたくさんの人が挨拶に訪れた。半年ほど経つと式の日取りや衣装も決められ、国王がどうやら本気らしいと周囲も悟ったようだった。当然宮中でも半信半疑の者もいたが本気らしいと思い安心したものも、がっかりした者もいた。
当然シャリナも国王の婚約を耳にすることになった。そして陛下が彼女のもとに訪れることもなく、耐えきれなくなって結婚式がまじかに迫った頃、彼女は陛下のもとを訪れてしまった。
「陛下」
やはりここにいた。陛下は執務の時以外は書斎でお過ごしになられるとシャリナは知っていた。
「――どうした?シャリナ。君から来るのは珍しいな」
月明かりにあなたの顔が映る。甘い。この人の声はいつもそうだった。
「特に何もありませんわ」
――最近来てくれないあなたに会いたかったから。さびしかったから。
そんなことは言えない。シャリナは本当の理由は口にしなかった。
「…来週には結婚式ですわね」
「ああ」
陛下が視線をこちらに向ける。幼いころの彼はこんなに綺麗な目をしていただろうか?同じ人のはずが、二十歳になった彼は幼いころのそれとまるで別人である。
「…そうか」
陛下は何か心得たような顔をなさる。そしてシャリナを優しく腕の中に引き寄せた。優しく、けれども彼の様子がいつもと違うとシャリナは感じた。
「不安なのか?私が結婚するから?」
「違います」
即答してしまう。これではそのとうりだと言っているのと同じではないか。シャリナは顔が赤くなるのを感じた。抱きしめられていて顔が見えなくてよかった。
陛下もシャリナの反応に分かりやすい女だと思ったらしい。シャリナは抱擁が強くなったのが分かった。
この人が憎らしい。いつも涼しげな顔をして。
「――私が結婚しても君の立場は変わらないよ。シャリナ」
あなたはまだこの虚しいご慈悲を私にかけなさるのですか?
今回のお相手にご関心がないのならばこのあなたの不自然は一体何なのですか?
シャリナは彼に手を重ねた。
その指は、あえて不気味に言うならば、死人のそれのように冷たかった。
次回こそはマリアとリオが夫婦になります




