第7話「骸の死神《スケルトンリーパー》」
生徒たちが集まる、学園の昇降口にて。
ザイアが、リアンに向けて口を開いた。
「留守は任せたぞ」
その言葉に、リアンは背筋を伸ばした。
「はい!」
短く、しかし力強く返す。
その声を受け、ザイアは一瞬だけイリスへと視線を向けた。
イリスもまた、わずかに頷く。
それで十分だった。
「行くぞ」
静かな一言。
そのまま、ザイアが身を翻す。
続く足音。
執行部。暁の紅玉。そして——レイ。
総勢十三名。
彼らはただ、前を向く。
——第一階層のボス。
その討伐に向けて、彼らはダンジョンへと歩き出した。
◇ ◇ ◇
黒ずんだ金属に刻まれた、禍々しい紋様。
隙間から漏れ出る、澱んだ空気。
第一階層の最奥にある、その巨大な両開きの扉の前で、ザイアたちは一度立ち止まった。
ザイアが、一歩前に出る。
「学園の記録によると、第一階層のボスは骸の死神だ」
低く、よく通る声。
「二本の大鎌を扱う屍系モンスター……だが」
わずかに間を置いて、続ける。
「このダンジョンは、変質している。ゆえに、何か想定外が起きると思っていた方がいい」
全員の視線が、ザイアへと集まる。
「戦闘指揮は私が執る。だが——」
ザイアは、一人一人を見渡した。
「各自、状況判断を怠るな」
全員が、無言で頷いた。
そこに恐怖はない。
ただあるのは、戦意だけ。
「では——攻略を開始する!」
全員の返事が重なる。
ザイアが振り返り、扉に手をかける。
その瞬間、浮かび上がっていた入場制限の表示がふっと消えた。
そして、ギィ……と重く鈍い音を響かせて、扉が開く。
ザイアの横を通り抜けるように、クルーガが中へと踏み込んだ。
その背に続くのは、暁の紅玉の三名の前衛。
計四名が、迷いなくボス部屋へと突入する。
その後ろへ、残りの面々も続いた。
隊列は崩れない。
その中で、ノイーダがレイに声をかけた。
「今回は例の短剣じゃないんですね」
視線は、レイの腰の後ろを向いている。
「ああ、はい」
レイが軽く頷く。
「屍系相手だと、動きのクセを拾えませんから」
「なるほど……」
ノイーダが感心するように頷く。
代わりにレイの腰にあるのは、二本のナイフ。
刃が前方へと湾曲した、独特な形状をしている。
「ちなみにそれは……ククリナイフですか?」
「その通りです」
ノイーダによく見えるように、レイが体を軽く捻る。
二本がわずかにぶつかり合い、かちゃりと音が鳴った。
「応用が利きますから。想定外にも対応しやすいかなと」
レイが、ぽんと手で柄を軽く叩く。
その指には、ガルドスにもらった指輪が嵌められていた。
「ふむふむ……合理的ですね」
そんなやりとりの最中。
最後の一人が室内へ入った瞬間——
バタンと、背後で扉が閉じた。
光が断たれ、一瞬の間暗闇が覆う。
そして——ポウ、と。
入口側から順に、壁にかけられたランプに火が灯る。
一つ、また一つと。
ゆっくりと、空間が照らされていく。
やがて浮かび上がったのは——広い空間。
天井は高く、視界の先は闇に溶けている。
柱も、遮蔽物もない。
「……何もいねぇな」
クルーガが、ぽつりと呟いた。
全員が、武器を構えたまま周囲を警戒する。
……それぞれの呼吸音が聞こえるほどの静寂。
——静かすぎる。
その違和感が、じわりと全員の神経を締め付ける。
——その時。
ぞくり、と。
ザイアの背筋に悪寒が走る。
「上だ!」
叫ぶと同時、ザイアが刀を抜いた。
刹那——ギンッという金属音が鳴り響く。
天井から、二本の大鎌が振り下ろされていた。
ザイアの刀が、そのうちの一本を弾く。
軌道を逸らし、花火を散らす。
だが——
もう一本が、暁の紅玉の一人へと落ちた。
「がああぁぁ!!」
鮮血が、宙に舞う。
片方の肩口から先が、消えていた。
「っ……?! 大回復魔法!」
ノイーダが魔法を詠唱する。
緑の光が、負傷者を包んだ。
傷口は閉じる。
出血も止まる。
しかし——失われた腕は、戻らない。
「ぐっ……ぁ……!」
魔術師然としたその少年は、切断面を押さえながら荒く息を吐いた。
「意識を保ってください。大丈夫。血は止まっています」
努めて冷静に、だが微かに焦りが滲むノイーダの呼びかけに、少年は小さく頷くことしかできなかった。
——そして。
部屋の中央に、一体のモンスターが悠然と姿を現した。
闇のように黒いローブ。
フードの奥に覗く、白い骸骨。
虚な眼窩には、赤い光。
その巨体は、ガルドスの三倍にも達する。
ゆらり、と。
骨の両手が上がる。
大鎌が意思を保つかのように飛び——その手に収まった。
カラカラと、乾いた音が鳴る。
それは——笑い声だった。
「……総員、戦闘開始!」
ザイアの声に、全員が瞬時に動いた。
前衛四人が扇状に横へ展開し、その背後にザイアが立つ。
そのさらに後方に、六人が並ぶ。
ヒーラーと、遠距離攻撃役。
そして——レイとガルドスが、前衛の外側を回るように左右へ展開した。
「大鎌に気をつけろ! 独立して動く可能性がある!」
「「了解!」」
「シュナ」
「はい!」
シュナが杖を掲げる。
赤い宝石が、強く輝いた。
「焔よ!」
放たれる、巨大な火球。
それは放物線を描き、骸の死神へと迫る。
「魔法を追加!」
「黒き刃……!」
「風切の刃!」
闇と風の刃が重なり、火球と同時に襲いかかる。
対する骸の死神は、すっと腕をクロスさせた。
そして——二本の大鎌が、横に振られる。
次の瞬間——
ドンッ!と、圧縮された風が爆ぜた。
魔法が、全て霧散する。
「レイ! ガルドス!」
「はい!」
「おう!」
それを読んでいたかのように、二人が踏み込む。
左右から同時に、ククリナイフと大剣が骸の死神の腰へと突き刺さる。
だが——
「……あれ」
手応えが、なかった。
布を切った感触だけが、手に伝わる。
「まさか……!」
ガルドスが、大剣を横薙ぎに振る。
切り裂かれたローブの内側は——空洞だった。
「こいつ——」
直後、レイとガルドスの腹部に衝撃が走った。
「うっ……!」
「ぐっ?!」
大鎌を手放した骸の死神の手が、めり込んでいた。
二人は吹き飛ばされ、壁へ激突する。
「「中回復魔法!」」
ノイーダと暁の紅玉のヒーラーが、同時に回復をかける。
「痛い、ですね……」
「やられたぜ……」
レイとガルドスが同時に立ち上がる。
カラカラと、再び不快な笑い声が響く。
骸の死神の周囲に、二本の大鎌が浮かんでいる。
「……記録と違いすぎるな」
ザイアが低く呟く。
そして、一瞬の間だけ思考し——すぐに指示を出す。
「前衛は後衛を囲い、鎌に対し流動的に対応! 魔法は波状攻撃!」
「「了解!」」
四人の前衛が円形に展開し、後衛を守る。
骸の死神が手をかざす。
——大鎌が、風を切り裂くように飛来する。
「二時と八時の方向!」
ザイアの声に従い、前衛が即座に動く。
直後——ガキンッと、二つの音が響いた。
「ぐうぅ……!」
前衛が歯を食いしばる。
重い衝撃が走り、びりびりと腕が痺れた。
「雫よ!」
間髪入れず、シュナが詠唱する。
鋭い雨が、骸の死神の上空より襲いかかった。
骸の死神が、滑るように移動する。
だが——
「ここです!」
その先で、レイが待ち構えていた。
背後から、青い光が迸るククリナイフを頭蓋骨へ振り下ろす。
しかし——
骨の両手が、それを挟み止めた。
「白羽取り……!」
レイが目を見開く。
「ふっ!」
同時——地面が砕けるほど踏み込んだガルドスが、大剣を突き出した。
剣先が、一直線に頭蓋骨へと迫る。
それを目の前に——だが、骸の死神は避けなかった。
そして——ガンッ、と。
ガルドスの大剣が弾かれる。
「なに?!」
ガルドスの目が大きく見開かれる。
その瞬間。
骸の死神の眼窩にある赤い光が、ゆらりと揺れた。
「ぐ……?!」
ガルドスが、苦しげに喉を押さえる。
「状態異常回復魔法!」
大鎌と前衛の隙間から、ノイーダが即座に魔法をかける。
「っ——かはぁ!」
ガルドスの呼吸が戻る。
直後、骸の死神が体を回転させ風を生み出す。
その風圧に、レイとガルドスが弾かれるように後退した。
「黒き弾丸……!」
「切裂烈風!」
後衛の魔法が、再び襲う。
闇と風の連撃が高速で迫る。
骸の死神は、黒いローブをばさりと翻した。
穴が穿たれ、切り裂かれる。
しかし、そこに骸の死神の姿はなかった。
それより少し上——
まるで見下ろすかのように、天井高く浮遊していた。
頭蓋骨から伸びた、一本の頸椎。
左右に鎖骨が伸び、その先には両腕の骨が垂れ下がる。
そして——胸元に、赤い球体が浮かんでいた。
その下には、何もない。
飛来した大鎌が、するりと手に収まる。
「……攻撃力。防御力。移動速度……どれを取っても、第一階層のボスの域を超えている」
ザイアが鋭く睨み、呟いた。
「ですが……あの球体」
「ああ。おそらく、核だろうな」
一際禍々しい空気を纏うそれを見ながら、シュナとザイアが短く言葉を交わす。
「あれを砕ければ——」
——その時。
部屋の中央に、二つの鮮やかな光が灯った。
その見た目に、シュナが目を見開く。
「まさか……?!」
一瞬の後、光が収まる。
そこに現れたのは——首のない、馬型のモンスター。
その背に跨る、装備に身を包んだ骸骨。
それが、二体。
「騎乗骸骨……!」
ザイアが息を呑む。
それらは、ゆっくりと腰へと手を伸ばした。
そこにある剣に手をかけ、そして——
ふっと、音もなく姿をかき消した。
直後——
二つの衝撃音が、部屋に響く。
それは、二人の人物が壁に叩きつけられた音だった。
「レイ! ガルドス!」
音の元に、土煙が舞っている。
騎乗骸骨は勢いを殺すように緩やかに数歩進みながら、静かにそれを見据えていた。
頭上から、カラカラと不快な笑い声が聞こえる。
「……どうする」
明らかに異質なボス。
目で追えないほど高速の攻撃手。
それらを見やり、ザイアが歯噛みする。
——その間。
土煙の中で、レイは——
(……ちょうど、あれが試せそうな相手ですね)
口元に、深く笑みを浮かべていた。




