第8話「決着」
ザイアたちの間には、焦りが生む息苦しい空気が漂っていた。
強力な攻撃。
強固な防御。
そして——敵の増援。
それらすべてが、重圧となってのしかかる。
「ふぅ……」
ザイアが深く息を吐く。
胸の奥に溜まった熱を吐き出してから、鋭く息を吸い込んだ。
「折れるな!」
張り上げた声が、空気を切り裂く。
「勝機は、必ずある!」
凛として、力強い声。
その響きは、聞いた者の背中を震わせる。
「連携が噛み合えば、絶対に突破できる!」
一瞬の静寂。
ザイアの言葉を受けた全員は——口角を、わずかに上げた。
握り直される武器。
踏みしめられる足。
折れかけていた流れが、再び繋がる。
その瞬間——
空間に、異変が生じた。
いくつかの青い歯車が、唐突に浮かび上がる。
それらはかちりと噛み合って——一筋の青い光が、一直線に走った。
片方の土煙が巻き上がり——そして、消える。
その中心に、レイが立っていた。
ガルドスから渡された指輪が消え、代わりに黒いブーツへ銀色の線が螺旋状に走っている。
——直後。
「おおおおぉぉぉ!!」
もう一方の土煙から、煙を引き裂くような雄叫びが轟く。
飛び出したガルドスが、勢いのまま騎乗骸骨へと大剣を振り下ろす。
ガキンッ!と、激しい金属音が響き渡った。
一瞬の鍔迫り合い。
次の刹那、騎乗骸骨が剣を弾き、ガルドスが後方へと跳んだ。
「ザイア!」
ガルドスが叫ぶ。
「こいつらは、俺とレイに任せろ」
そのまま、視線を横へ向ける。
「いけるな? レイ」
問われたレイは、こくりと頷いた。
「はい」
気負いはない。
むしろ、その表情にはわずかな高揚すら滲んでいた。
「……頼む!」
ザイアの声に、二人は同時に正面を向いた。
それぞれの、倒すべき相手へと。
◆ ◆ ◆
「さてさて……」
レイは、自らの足元へと視線を落とした。
『風纏い圧縮する長革靴』
——防御力:C
——状態異常耐性:D
表示されたステータスに、目を細めて笑みを浮かべる。
そして——トン、と軽く地面を蹴る。
そのまま、レイは騎乗骸骨の周囲を円を描くように駆けた。
対する騎乗骸骨は——動かない。
レイを見据えながら、静かにその場に佇んでいる。
「やはりそうですか」
レイが小さく呟く。
次の瞬間。
レイは強く地面を蹴り、騎乗骸骨の方へ高く跳んだ。
騎乗骸骨が、剣を構える。
そして、その姿が消える——よりも、わずかに早く。
レイが、空気を踏みしめた。
足裏に伝わる、確かな反発。
続いて——トン、と。
空気を蹴った。
レイの体が、真横に動く。
その直後、騎乗骸骨の姿が視界から消えた。
レイのすぐ横を、何かが一瞬で通り過ぎる。
水色の髪が風に揺れる。
「いい感触です」
レイは、口元に笑みを浮かべた。
そして、騎乗骸骨に視線を向ける。
「モンスターでも馬は馬ですね。速さは圧倒的ですが、機動力に欠けます」
冷静に、分析を口にする。
視線を受けた騎乗骸骨は——剣を、逆手に持った。
そして、躊躇なく。
自らが騎乗する馬型モンスターへと、その剣を突き刺した。
「え……?」
レイが目を見開く。
次の瞬間——モンスターの身体が、黒いもやに包まれる。
そして、剣へと吸い込まれるように消えていった。
刃にまとわりつく、不気味な闇。
ゆらゆらと揺れ、蠢いている。
それを見たレイは——ぱっと、表情を輝かせた。
「なんですか、それ?!」
純粋な興味を宿したその瞳は、きらきらと光っていた。
◆ ◆ ◆
「こいよ、骨野郎」
レイが戦闘を開始したのと、同じ時。
ガルドスは大剣を肩に担ぎ、挑発するようにそう言った。
騎乗骸骨は、それに応えるようにゆっくりと剣を構える。
そして——姿が消えた。
——ガキィンッ!!と。
激しい金属音が耳を打った。
踏ん張ったガルドスの足元が、地面を抉る。
「重えな……だが」
歯を食いしばることもなく。
ガルドスは、一歩すら後退せずにその一撃を受け止めていた。
「馬ってのは、急には曲がれねえし止まれねえ……正面からしかねえとわかってれば、なんてことはない」
にやりと口角を上げ、大剣を振り抜く。
弾かれた騎乗骸骨は、後方へと退いた。
間髪入れず、ガルドスが一歩強く踏み込む。
「ふん!」
振り下ろされる、鋭い一撃。
対する騎乗骸骨は、剣を横に構えた。
「取った!」
確信を抱き、口にする。
しかし——ガキンッ、と。
重い衝撃音とともに、その大剣は止められた。
「なに?!」
騎乗骸骨が、そのまま力任せに押し返す。
弾かれたように腕を上げたガルドスの、わずかな隙。
そこへ、横薙ぎの斬撃が走る。
だが、その瞬間。
ガルドスの指に嵌められた指輪が、赤く光った。
——パァン、と。
放たれた空気弾が、高い音を奏でて剣を弾いた。
ガルドスが、腕の筋肉を隆起させる。
「オラァァ!!」
叩きつけられるように、大剣が振り下ろされた。
それを見て、騎乗骸骨は——迷いなく馬型モンスターから飛び降りた。
ガルドスの目が、わずかに見開かれる。
「ほう!」
振り抜かれた大剣が、馬型モンスターを断ち切る。
断面は光の粒子へと崩れ、消えていった。
だが、騎乗骸骨はそれに一切の興味を示さない。
静かに地へ降り立ち、すっと剣を構える。
「……第二ラウンド、ってやつか?」
ガルドスは、なおも口角を上げていた。
◆ ◆ ◆
「一時と九時の方向!」
ザイアの鋭い指示が飛ぶ。
即座に反応し、前衛が盾を構えた。
——ガキィッ!と、飛来した大鎌が激しく叩きつけられる。
受け止めた腕に、みしりと嫌な音が走った。
「「中回復魔法!」」
間髪入れず、ヒーラー二人が詠唱する。
淡い光が前衛を包み、損傷を瞬時に修復していく。
「魔法攻撃!」
「雷よ!」
「黒き弾丸!」
「風刃!」
三位一体の魔法が飛ぶ。
雷が唸り、闇が走り、風が切り裂く。
だが——
骸の死神は、泳ぐようにその身を滑らせた。
すべての攻撃を、紙一重で回避する。
その光景に、ザイアが歯噛みする。
(このままでは、前衛が擦り切れるだけだ……)
自然と、手が刀に触れていた。
(私なら……だが)
思考の途中で、視線をシュナへと向ける。
その時——シュナと、目が合った。
「……会長。このままでは、ジリ貧ですよね」
ザイアは、わずかに目を見開いた。
「会長なら——あの大鎌、相手取れますか」
真っ直ぐな視線。
試すでも、縋るでもない。
ただ、必要な戦力として問うている。
「……ああ」
ザイアは短く答えると、少しだけ口元を緩めた。
そして——腰を落とし、刀を構える。
その動きを見た瞬間。
骸の死神が、大鎌を自らの元へと引き戻した。
直後——ギンッ、と鋭い金属音が響く。
ザイアの斬撃が大鎌と交差し、火花が散った。
「頼んだぞ、シュナ」
「はい!」
シュナの力強い返事に頷くと、ザイアはゆっくりと歩き出した。
シュナたちから距離を取る。
その動きを、骸の死神は視線で追っていた。
少しの後、ザイアが立ち止まる。
そして再び、腰を落とした。
骸の死神がわずかに眼窩の光を揺らし、腕を振るう。
二本の大鎌が、一直線にザイアへと飛来する。
ザイアは低く息を吐く。
鞘から抜き放たれた刀身が、鋭く煌めいた。
——ギンッ、と。
一本の大鎌が弾き飛ばされる。
振り抜かれた刀から、かちゃりと鍔鳴りが響いた。
その余韻が消えるよりも——早く。
返す刀が、振り抜かれる。
二度目の金属音を鳴らし、もう一本の大鎌も弾き飛ばされた。
だが。
宙へと弾かれたそれらは、不規則に軌道を変え——
再び、ザイアへと刃を向けた。
「それでいい……」
不敵な笑みを浮かべたザイアが、そう呟いた。
◆ ◆ ◆
——キン、と。
ククリナイフと漆黒の剣がぶつかり合う、乾いた金属音が響く。
地に足をつけ、レイと騎乗骸骨が剣を交える。
「……ん?」
その最中、レイがわずかに違和感を覚えた。
レイの視線が、漆黒の剣へと向く。
その剣は、剣戟のたびに黒いもやを散らしていた。
「魔力が……吸われているような……」
呟きの直後、騎乗骸骨が斬りかかる。
レイは、片方のククリナイフでそれを受け止めた。
弾けた黒いもやが、逆流するように剣へと吸い込まれる。
「その剣、魔力吸収系の効果があるみたいですね」
どこか嬉しそうに呟くと、レイはもう一本のナイフを振るい、騎乗骸骨を押し返す。
距離が開いた一瞬——レイの視線が、周囲を走った。
同時に、騎乗骸骨が踏み込む。
続けて振り下ろされた一撃を、レイは飛び込むように地面を転がり回避する。
そして、そのまま跳ね上がった。
地面を蹴り、更に空中で空気を踏みしめる。
大きく跳躍したその先には——穴が空き、所々が切り裂かれた一枚の黒い布が落ちていた。
『風を生む黒布』
——防御力:B-
——状態異常耐性:C
「やっぱり。普通のローブじゃないと思ってたんですよね〜」
骸の死神が身につけていたローブを見て、レイが口角を上げた。
その場所へ、騎乗骸骨が迫る。
レイはローブを拾い上げ、そのまま空中へと跳ねた。
跳躍の最中、指先で五芒星を描く。
青い歯車が出現し、かちりと噛み合う。
次の瞬間——魔法陣が、ローブとククリナイフへ転写された。
それらが、同時に分解される。
ナイフは粒子へ。
布は繊維へ。
その二つは空中で交差し、絡まり合い——刃が、再構築される。
曲線はより鋭く。
重心は、わずかに前へ。
その軌道に沿って、黒い筋が走っている。
柄の先では余った布がゆらりと垂れ、まるで外套の裾のように静かに揺れていた。
刃と外套を一体化させたような、異形の武器。
それが、レイの両手に収まった。
『風を生むククリ刀』
——攻撃力:B+
——耐久性:C
レイが深く笑みを刻む。
「さて……」
地面に降り立ち、騎乗骸骨を見据える。
そして、にやりと片側の口角を上げた。
「それ!」
掛け声とともに、レイは一本のククリナイフを斜め上へと放り投げた。
回転しながら、綺麗な放物線を描く。
騎乗骸骨は一瞬だけ視線を上げたが、無視してレイへと踏み込んだ。
だが——ヒュウ、と。
鋭い風の音とともに、空中にあったククリナイフが騎乗骸骨へと一直線に迫った。
騎乗骸骨は足を止め、剣で弾く。
ククリナイフは、くるくると回転しながら宙へ舞う。
——だが。
再び鋭い風が吹き——ククリナイフは、レイへと刃を向けた。
「あれ、逆でした」
ククリナイフがくるりと回り、騎乗骸骨へ向き直る。
「調整が難しいですね……それに、魔力消費も激しいです。でも……」
レイは、空中へ浮かぶナイフを楽しそうに見上げた。
「あの大鎌……独立して動く武器って、昔からかっこいいと思ってたんですよね〜」
笑みを浮かべ、上機嫌にそう呟く。
騎乗骸骨は一度、レイとククリナイフを交互に見た。
そして、正面で剣を構えた。
刀身の纏う闇が、一層濃くなる。
「か、かっこいい……!」
その様子を、レイは目を輝かせて見ていた。
直後、騎乗骸骨が踏み込んだ。
素早くレイとの距離を詰め、剣を振るう。
レイは地面を蹴って、軽やかに避ける。
同時、騎乗骸骨の右側面からククリナイフが飛来する。
漆黒の剣がそれを弾いた——その刹那。
レイが空気を蹴り、一気に迫った。
ククリナイフによる横薙ぎの一撃を、騎乗骸骨は横に跳んで回避する。
——再び、同時。
弾かれたククリナイフが、一直線に襲いかかる。
騎乗骸骨が再度剣を振り、それを防ぐ。
しかし——間髪入れず、レイが空気を蹴った。
「そこ!」
素早く重ねられた攻撃に、騎乗骸骨は腕で受け止めることしかできなかった。
——バキッ、と。
騎乗骸骨の骨が砕ける。
その瞬間。
漆黒の剣から、影が蠢く。
それは、レイの顔をめがけて鋭く伸びた。
「おっと?!」
反射的に空気を蹴る。
だが——影は即座に軌道を変え、レイの左肩を抉った。
「っ……!」
血が溢れ、腕を伝ってぼたぼたと地面に落ちる。
レイが痛みに一瞬顔を顰めた。
だが——
「そんなこともできるんですか?! ぜひ欲しいところです……」
すぐに目を輝かせ、騎乗骸骨の剣を見ながらそう言った。
「……しかし、魔力の消費が激しいですね」
ブーツを見下ろし、独りごちる。
「ナイフも直感的にしか動かせませんし……要練習です」
血が伝う左腕をだらりと垂らす。
そして、顔を上げた。
「でも、今はそろそろ終わらせましょう」
騎乗骸骨もまた、片腕で剣を構える。
互いの視線が交差する。
……一拍の静寂。
刹那——互いが、同時に踏み込んだ。
騎乗骸骨の剣が、外側から横薙ぎに走る。
レイは地面を軽く蹴り、騎乗骸骨の頭上前方へ跳ぶ。
それを追うように振り上げられる剣。
しかし、高速で飛来したククリナイフが真下に弾いた。
騎乗骸骨は瞬時に手を離し——空中で柄を握り直した。
剣を振り上げ、宙に浮くレイを狙う。
だが、レイは空気を蹴り横へ回避する。
刃が真横を通ってから、さらに一歩。
空中で踏み込んで斬りかかる。
騎乗骸骨が、地面を蹴って後退した。
——その瞬間。
レイが握るククリナイフから、風が吹いた。
レイが手を離すと、それは一直線に飛んでいく。
顔面に迫る刃を、騎乗骸骨は身を捻り紙一重で回避する。
だが。
体勢が崩れたその真上から——ヒュウと、風の音が聞こえた。
騎乗骸骨が上を向く。
その先にあるのは、もう一本のククリナイフ。
騎乗骸骨の剣で、闇が蠢く。
そして、鋭い影が伸びた。
刹那——
パァンと、高い音が響いた。 レイのブーツから放たれた空気弾が、影を弾いた音だった。
直後。
垂直に落ちるククリナイフが、騎乗骸骨の体を貫いた。
ドス、と音を立てて地面に突き刺さる。
騎乗骸骨は動きを止めると——光の粒子となって、消え去った。
その場には、漆黒の剣のみが落ちている。
「ふぅ……」
レイが額の汗を拭う。
そしてすぐに、剣の元へと駆け寄った。
拾い上げたレイは、目を輝かせる。
「刀身が漆黒です……! かっこいい……」
しかし、表示されたウィンドウを見て微かに眉を寄せた。
『冥誘の剣』
——防御力:C
——状態異常耐性:A-
そのステータスの内容は、武器のそれではなかった。
「……これ、防具なんですか?」
驚きを滲ませて呟いた瞬間、すぐ近くの壁で轟音が鳴った。
顔を向けると、一本の大鎌が突き刺さっていた。
飛んできた方向を見ると、大鎌と斬り結ぶザイアがいた。
「ザイアさん!」
レイがその場へ駆け出す。
だが——
「私は大丈夫だ! シュナの元へ!」
一瞬だけレイを見たザイアが、そう叫んだ。
そしてすぐに、大鎌へと視線を戻す。
刃を最小限の動きで避けるザイアを見て、レイは短く返事をした。
「……はい!」
即座に向かう方向を変える。
走りながら、反対側へ声を張る。
「ガルドスさん!」
「なんだ!」
戦闘中のまま、声が返る。
「相手の剣、防具です! それと、魔力を吸収します!」
その言葉に、ガルドスの目がわずかに開かれる。
「どおりで……」
そして、口元に獰猛な笑みを浮かべた。
「ならば……どちらが最後まで立っていられるか、存分に打ち合おうぜ」
低く、楽しげに告げる。
戦いは、さらに熱を帯びていく。
◆ ◆ ◆
「みんな耐えて! 今は、耐える時だから!」
シュナが鋭く、張り詰めた声を上げる。
「「了解!」」
即座に返る声には、一切の迷いはない。
(やつを引き摺り下ろして、核を叩く。そのためには——)
思考を巡らせた、その瞬間。
骸の死神の眼窩の光が、揺れた。
「ぐうっ……?!」
前衛の四人が、同時に喉を抑える。
呼吸が乱れ、膝が崩れる。
「「広域状態異常回復魔法!」」
ノイーダと暁の紅玉のヒーラーが、寸分の遅れもなく詠唱した。
光が広がり、異常を打ち消す。
だが——その刹那。
骸の死神が急降下した。
「アーリア!」
「黒き刃!」
放たれた闇の斬撃。
しかし骸の死神は、それを片腕で弾き飛ばす。
そのまま、もう一方の腕を振りかぶった。
狙いは——ヒーラー二人。
「危ない!」
ノイーダが、体当たりで押しのける。
そして、振り下ろされた拳を剣で受け止め——壁へと吹き飛ばされた。
「くっ……!」
シュナが杖を掲げる。
だが、その時にはすでに骸の死神は上空へと退いていた。
「ノイーダ!」
「だ、大丈夫です……!」
答えながら、ノイーダが立ち上がる。
しかし、片腕は力なく垂れ、額から血が流れている。
「大回復魔法!」
暁の紅玉のヒーラーが、ノイーダに魔法をかける。
「ありがとうございます」
その間。
地面に片膝をついていた、片腕を失った少年がゆっくりと立ち上がった。
そして、頭上に手をかざす。
「……状態異常耐性付与」
青紫の光が、全員の体を包み込む。
それを見た少年は、がくりと膝を折った。
「大丈夫ですか」
その少年は多くの血を失っており、明らかに顔色が悪い。
「……ああ。悪いな」
その時、骸の死神の光が再び揺れた。
前衛たちが、視界を遮るように盾を掲げる。
「がっ……?!」
しかし、骸の死神の攻撃には効果がなかった。
「「広域状態異常回復魔法!」」
ヒーラー二人が魔法を唱える。
「うぐ……」
魔力が欠乏し、暁の紅玉のヒーラーがよろめく。
「おっと……」
その身体を、ノイーダが支えた。
その一瞬の隙に、骸の死神が再び動く。
だが——
「拘束の……咆哮……!」
「ギャアアァァァ!」
クルーガの盾が、絶叫した。
骸の死神は動きを止める。
シュナは、眉間に皺を寄せる。
(今は、耐える時……でも)
「……あと一手……あと一手が足りない……!」
悔しげに、唇を噛む。
——その時。
「シュナさん」
「ひゃん!」
耳元で名前を呼ばれ、シュナがびくりと肩を震わせた。
勢いよく振り返る。
「あ、ごめんなさい……驚かせるつもりは」
レイが、すぐ後ろに立っていた。
腰には、二対のククリナイフと漆黒の剣。
「ザイアさんから、こちらに行くようにと言われまして」
そう言うレイの左腕からは、血が滴り落ちている。
「あんた、その腕!」
シュナの声と同時に、ノイーダが手をかざす。
「大回復魔法」
淡い光がレイの肩を包み、傷が癒えていく。
「ありがとうございます、ノイーダさん」
「いえいえ。ご気分は大丈夫ですか」
「はい」
ノイーダの問いに、レイが平然と頷く。
その二人を見たシュナの目が、わずかに見開かれた。
「……あんた、ノイーダの剣を強化してたわよね」
突然の問いに、レイはほんの一瞬だけ首を傾げてから答えた。
「はい」
「あれ、防具にも使えるの?」
「ええ。使えますよ」
レイがこくりと頷く。
「上昇するステータスは防御力だけ?」
「いえ。状態異常耐性もです」
素早い返答に、シュナの思考が一気に回り始める。
「でも数が増えると力が分散してしまうので、ご期待には沿えないかもしれません」
その言葉に——だが、シュナはにやりと笑った。
「十分よ。それなら——勝てる」
レイが驚いたように目を見開く。
「レイ——」
そのまま、シュナは一気に言葉を紡いだ。
短く、的確に。
全てを繋ぐ、最後の一手の説明を。
◆ ◆ ◆
「オラオラァ!!」
地を揺らす踏み込みとともに、ガルドスの大剣が唸る。
圧倒的な膂力により、左右、上下、間断なく叩き込まれる連撃。
だが——
騎乗骸骨は剣を合わせ、角度をずらし、受け流す。
叩きつけられる大剣を、一撃も崩さず正確に受け続けていた。
「どうしたどうした!」
金属音が鳴るたびに、漆黒の剣の周囲に黒いもやが滲む。
そして、吸う。
ガルドスの魔力を。
防御そのものが、攻撃。
それを理解している騎乗骸骨は、あえて受けに徹していた。
ガルドスは、片眉を吊り上げる。
「つまんねえなあ、そんなんじゃよお!」
声と同時、大剣を大きく振り上げる。
その一瞬の隙。
騎乗骸骨の剣が、一直線に突き出された。
狙いは、胸。
確実に捉えた——はずだった。
「眩惑の身体!」
紫の光が、全身鎧を淡く包む。
刹那——漆黒の剣は、すり抜けた。
肉も、骨も、鎧すらも捉えずに——ガルドスの腕の下を、虚しく通過する。
ガルドスが、地面を砕く勢いで踏み込んだ。
「オラアアアァァァ!!」
空間ごと叩き割るかのような勢いで、大剣が迫る。
騎乗骸骨が即座に剣を引き、横に構える。
だが——
構わず振り下ろされた大剣は、止まることなく騎乗骸骨の半身を叩き斬った。
骨が砕ける音が響き、白い破片が弾け飛ぶ。
それから、一拍遅れて。
振り抜かれた際に発生した衝撃波が、一直線に地面を割った。
爆ぜるような轟音が空間を震わせる。
騎乗骸骨は大きく跳び退いた。
半身を失いながらも、片足で立つ。
そのまま、静かに剣を構えた。
ガルドスは大剣を肩に担ぎ、感心するように息を吐いた。
「ほう……その姿勢には、騎士道を感じるぞ」
そして、ゆっくりと大剣を構えた。
「こい。相応しい終わりをくれてやる」
その言葉に応えるように。
騎乗骸骨は、高く跳んだ。
空中で剣を振りかぶる。
そして、落下とともに一撃を叩き込む。
ガルドスは——退かなかった。
再び、強く踏み込む。
「ふん!」
横薙ぎに走る一閃が、騎乗骸骨の剣を捉えた。
ガキンッと、金属音が響く。
そして——騎乗骸骨の剣が、みしりと音を鳴らした。
「悪くない剣だった」
——バキィンッ、と。
漆黒の剣が、二つに折れた。
勢いを殺さずそのまま振り抜かれた大剣が、騎乗骸骨の身体を両断した。
空中で、動きが止まる。
そして——光の粒子となって、崩れ去った。
「ふ……」
短く息を吐き、ガルドスは大剣を肩に担ぐ。
その直後——空気が、変わった。
突如として、天井に真っ赤な光が生まれていた。
燃えて、膨れ上がり——やがて、それは太陽のような巨大な火球へと変わっていた。
「ガルドスさん!」
空間を裂くようなシュナの声に、ガルドスが顔を向ける。
「ラストを!」
あまりにも短い指示。
だが——ガルドスは、にやりと口角を上げた。
「心得た!」
その一言とともに。
戦いは、最終局面へと移る。
◆ ◆ ◆
「わ、わかりました」
シュナの作戦を聞き、レイはわずかに表情を硬くして頷いた。
それを見て、シュナは小さく笑う。
「そんなに緊張しなくていいわ。タイミングは、アタシが指示するから」
その一言に、レイがふっと肩の力を抜いた。
(……この子でも緊張とかするのね)
考えてみれば当たり前のことを、シュナは脳内で独りごちる。
「ありがとうございます。連携は……少し苦手でして」
「大丈夫よ。さ、まずはバフをお願い」
「はい!」
レイが指を持ち上げる。
そして、空中に六芒星を描いた。
青い歯車が現れ、かちりと噛み合う。
次の瞬間。
全員の装備に、魔法陣が転写された。
淡い青い光が装備に宿る。
「……なんだか、装備が軽くなった気がします……!」
アーリアが驚いたように声を上げる。
他の面々も、装備の感触を確かめていた。
「みんな、来るわよ!」
シュナの声の直後。
骸の死神の眼窩の光が揺れる。
——しかし。
「……効かねぇなぁ!」
クルーガが挑発するように叫んだ。
その様子に、シュナは口元に笑みを刻む。
(ナイス演技、クルーガ!)
状態異常攻撃は、完全に無効化されているわけではない。
それでも、レイの刻印により耐性が底上げされており、動けなくなっていた先ほどまでとは苦しさがまるで違っていた。
——シュナが、目を閉じた。
流し込まれた魔力を受け、杖の宝石が真っ赤な光を帯びる。
「ふぅ……」
深く息を吐き、さらに大量の魔力を込める。
額に汗が滲み、ぐらりと大きく体が揺れる。
——トス、と。
誰かが、その体を支えた。
「おっと……」
すぐ近くから聞こえた声は、レイのものだった。
両肩に置かれた手の熱が伝わる。
その体温に、なぜか口元が緩んだ。
シュナは限界まで魔力を注ぎ込む。
宝石の輝きが、より一層増す。
そして——ゆっくりと目を開き、杖を掲げた。
「焔よ!」
声に呼応し、一つの小さな火の玉が放たれる。
その瞬間、レイに支えられながら、シュナががくりと膝を折った。
火の玉は炎を巻きながら、骸の死神へと向かう。
だが——
骸の死神はゆらりと体を動かし、容易く避けた。
それを見たシュナは——しかし。
にやりと、口元に弧を描いた。
骸の死神の横を通り過ぎた火の玉は——その頭上で、巨大な炎に燃え上がった。
轟々と、まるですべての酸素を燃やし尽くさんとばかりに燃え盛る。
その大きさは、どんどんと大きくなり——
やがて、天井すべてを覆い尽くした。
骸の死神の光が、動揺したように大きく揺れる。
「降りてきなさい……!」
骸の死神の逃げ場を奪うように——炎が、落ちる。
「ガルドスさん! ラストを!」
「心得た!」
ガルドスの声が響く。
シュナは次に、ザイアの方を見た。
「会長!」
二本の大鎌を相手にしていたザイアは、一瞬だけシュナを見た。
視線が交差する。
言葉はない。
だが——理解は、十分だった。
ザイアが、一度確かに頷く。
そして、大鎌へと視線を戻した。
カラカラと、頭上から不快な声が響く。
だが——その中に、明確な焦りが混じっていた。
骸の死神がシュナめがけ、空中を泳ぐように突っ込んでくる。
そして、骨の拳を振り上げた。
「挑発の咆哮!」
「ギャアアアァァ!」
クルーガの盾が絶叫する。
びくりと、骸の死神の動きがわずかに止まる。
その一瞬を逃さず、盾から伸びた舌が腕に絡みつく。
そして、ぐいと強引に引き寄せ、拳を盾に打ちつけさせた。
骸の死神が、強引に腕を引き抜こうともがく。
「おおおおおお!!!」
その瞬間。
他の前衛が、三方向から盾を叩き込む。
骸の死神の腕が、固定される。
「逃がさねぇよ……!」
骸の死神は、もう一方の手でクルーガに殴りかかった。
だが——
「黒き連撃!」
「切裂烈風!」
アーリアと暁の紅玉の後衛が魔法を放つ。
骸の死神は、拳の先をその魔法に切り替えた。
拳が高速で頭上を通り過ぎ、空気が震える。
「レイ!」
「はい!」
レイが指を持ち上げる。
そして、空中に六芒星を描いた。
瞬間。
装備に描かれていた全ての魔法陣が消え、青い光が収まる。
——ただ一つ。
ガルドスの大剣を除いて。
「オラアアアァァァ!」
ガルドスが、骸の死神の核をめがけ振り下ろす。
その大剣には、眩いほどの青い輝きが迸っていた。
骸の死神の赤い光が、大きく揺れる。
その刹那——
風を裂く音が、鼓膜を揺らした。
ザイアの相手をしていた大鎌の一本が、高速で動き出す。
それを見たザイアは——動かなかった。
それが、予定調和だというように。
大鎌の刃が、核と大剣の間に滑り込む。
骸の死神が、カラカラと嗤う。
——だが。
ガルドスも、にやりと笑った。
「幻惑剣」
大剣が、音もなく大鎌の刃をすり抜ける。
そして——
真っ赤な核を、両断した。
骸の死神の動きが止まる。
一瞬の静寂。
カラカラと、不快な音が鳴ることもなく——
骸の死神が、光の粒子となって弾けた。
部屋全体を、光が満たす。
その中で——
『第一階層が攻略されました』
青いウィンドウが、部屋の中央に静かに浮かび上がった。
わずかな間を置いて、表示が切り替わる。
『ファイナルブロウ:ガルドス』
その下に、一つの箱が出現した。
同時に、光の粒子がゆっくりと消えていく。
それに合わせるように、ウィンドウもふっと消えた。
……静寂が落ちる。
誰も、すぐには動かなかった。
その沈黙を破ったのは、シュナだった。
「……勝っ、た……?」
掠れるような、小さな声。
だが、次の瞬間——
「うおおおおお!!!!」
「勝った! 勝ったんだ!」
「やったぞおおお!!」
歓声が爆発した。
張り詰めていた空気が、一気に弾ける。
シュナは、大きく息を吐いた。
「はぁ……」
肩の力が抜ける。
そこで、ようやく気づいた。
「あ——」
自分が、まだ支えられていることに。
慌てて離れようとして——だが、ぐらりと視界が揺れた。
「おっと……魔力欠乏ですから、急に動かない方がいいですよ」
レイの声。
気づけば、その胸元に頭を預ける形になっていた。
シュナの顔が、一気に赤くなる。
「で、でも……これは……!」
もごもごと口ごもるシュナ。
だが、レイは目を輝かせて口を開いた。
「それにしても、シュナさんすごいです!」
その言葉に、シュナがわずかに顔を上げる。
「あんなすごい作戦を思いつくなんて!」
真っ直ぐな称賛。
シュナは、思わず目を逸す。
「ふ、ふん! あのくらい当然よ!」
「すごいです! シュナさんすごいです!」
無邪気に繰り返される言葉に、口元がわずかに緩む。
「おいレイ!」
そこへ、ガルドスが歩み寄ってきた。
「お前の刻印、すげえじゃねえか!」
豪快な笑みを浮かべて続ける。
「俺の大剣が、信じられねえぐらい手に馴染んでよ。ぜってえ叩き斬れるって確信できたぜ!」
そう言って、レイの頭をわしゃしゃと乱暴に撫でる。
「あの刻印がなけりゃ……正直、一発で斬れるか怪しかったぜ」
「あ、ありがとうございます。ガルドスさん」
頭を揺らされながらも、レイは嬉しそうに笑った。
「それとよ、ちらっとしか見てねえが……なんかすげえ戦い方してなかったか?」
撫でる手を止め、ガルドスが興味深そうに問う。
「空飛んだり、ナイフが飛んだりよ」
「ああ、ええ。でも、思ったより難しくて……要練習です」
あっさりと答えるレイ。
それを聞いたガルドスは、わずかに目を見開き——
そして、快活に笑った。
「……やっぱりお前、面白いな!」
再び、豪快に頭を撫でる。
(それに、冥誘の剣も……僕の部屋にある装備と、いい使い方がありそうなんですよね〜)
レイは自室の装備に想いを馳せながら、口元を緩めた。
そして、はたと目を見開く。
「そうだ……ガルドスさんすみません。貰った指輪、融合してしまいました」
そう言って頭を下げるレイに、ガルドスは笑みを深めて答える。
「気にするな。なんなら、もうひとつ渡してやろうか?」
「いいんですか?!」
レイがぱっと目を輝かせる。
「ありがとうございます!」
シュナの体に当たらないよう、レイは軽く頭を下げた。
その光景を、少し離れたところからザイアは見ていた。
ふっと、柔らかな笑みが浮かぶ。
だがすぐに、その視線は中央へと移る。
出現した箱へ静かに歩み寄り、見下ろした。
「ふむ……」
箱の前には、青いウィンドウが浮かんでいた。
『第一階層攻略報酬』
「何がありました?」
クルーガが近づき、問いかける。
ザイアは体を少し横にずらした。
「報酬……こんなの、学園の記録にありましたか?」
ザイアは首を横に振る。
「いや。ドロップするのはモンスターからのみで、こういった『報酬』として与えられることはない」
そう言って、少し考える素振りを見せた。
だが、すぐに決断する。
クルーガと視線を交わしてから、箱に手をかけた。
ウィンドウが消える。
蓋を開くと、そこには——
手のひらサイズの、真っ黒な箱が入っていた。
「なんですか、これ……?」
横から覗いたクルーガが呟く。
ザイアは、それを手に取った。
その瞬間、視界に今度は緑色のウィンドウが現れる。
ザイアはわずかに眉を顰めた。
その色が、これまで見たどのウィンドウとも違っていたから。
「……交換黒箱?」
そしてそこには、未知の名前が静かに浮かび上がっていた。
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