幕間-3「崩壊」
——ギィン、と。
甲高い金属音が、石の通路に響き渡った。
「くっ……!」
蜥蜴型モンスターの分厚い鱗に、前衛の剣が阻まれる。
刃は確かに届いているはずなのに、手応えは浅い。
まるで、硬い岩を叩いているかのようだった。
「どけ!」
ヴァルが、その前衛を強引に押しのける。
そのまま一歩踏み込み、真正面から剣を振り下ろした。
重い一撃。
だが——鱗を、わずかに削るだけ。
直後、蜥蜴型モンスターの尾が横薙ぎに振るわれた。
「うぐ……?!」
鈍い衝撃音とともに、ヴァルの体が横へ弾かれる。
脇腹を打たれ、足がもつれる。
ヴァルが鋭く横を睨む。
本来ならいるはずの位置に、誰もいない。
「おい右翼!」
「す、すまん!」
呼ばれた前衛が慌てて踏み込む。
だが、その動きは明らかに鈍い。
装備は傷だらけで、息は荒く足取りもおぼつかない。
振るわれた剣は、虚しく空を切った。
「次、左来るぞ!」
ヴァルが鋭く指示を出す。
しかし——
左翼を任されていた少年は、すでに膝をついていた。
肩で息をし、顔は蒼白。動ける状態ではない。
その隙を逃さず、蜥蜴型モンスターが口を開く。
鋭い牙が、一直線に迫る。
「チッ……!」
ヴァルが地面を蹴る。
無理やり割り込むように剣を振るった。
その一撃は弾かれたが、牙の軌道を逸らした。
自らのすぐ横を牙が通り過ぎても、少年は膝をついたまま動けない。
「ヒーラー!」
「やってるよ!」
焦りと苛立ちを含んだ声が飛び交う。
「広域大回復魔法!」
リリィの詠唱が響く。
淡い光が広がり、前衛たちの体を包み込む。
徐々に裂けた肉が塞がり、流れる血が止まる。
だが、その直後。
リリィの体が、ぐらりと揺れた。
「リリィ大丈夫?!」
「は、はい……」
答える声は弱い。
焦点の合わない視線が、宙を彷徨う。
「魔力欠乏……!」
隣のヒーラーが歯噛みする。
その間にも、後衛が魔法を放つ。
火球。雷撃。風刃。
だが——
すべてが、鱗に弾かれた。
「……威力が出ない……!」
誰かが呻く。
続けて、後衛の一人ががくりと膝を折った。
「ヴァル! もう時間がない!」
ヒーラーの叫びが飛ぶ。
ヴァルは一瞬だけ後方へ視線を向けた。
魔力欠乏の後衛。
限界に近い前衛。
「……クソッ!」
それらを見て、歯を食いしばった。
「後衛!」
ヴァルが叫ぶ。
「最大火力だ! 次で必ず仕留めろ!」
そのまま、再びモンスターと対峙する。
剣で爪を弾く。
迫り来る尻尾を、体勢を崩しながら避ける。
襲いかかる牙には、咄嗟に腕を差し出すしかなかった。
噛み付かれた豪奢な装備が軋む。
牙が食い込み、金属がひしゃげる。
「——ッ!」
痛みに顔を顰めながら、ヴァルが剣を突き出した。
目を貫かれたモンスターが、大きくのけぞる。
「放て!」
ヴァルの叫びと同時。
後衛の魔法が、一斉に放たれた。
爆発。閃光。衝撃。
連続する魔法が鱗を砕く。
「チッ!」
ヴァルが無理やり踏み込み、渾身の一撃を叩き込む。
肉を断つ感触が手に伝わる。
そのまま、ヴァルは体を両断した。
蜥蜴型モンスターが光の粒子となって消える。
……静寂が落ちる。
誰も、すぐには動かなかった。
息だけが荒く響く。
少しして、多くの面々がその場に崩れ落ちた。
それでも、誰一人として安堵の声を上げなかった。
「……はぁ」
大きく息を吐き、ヒーラーが杖へと魔力を込める。
——だが、その瞬間。
ズシン、と。
重い足音が、通路の奥から響いた。
一歩ごとに空気を震わせる。
全員の視線が、そちらへ向く。
——暗がりの中から、ゆっくりと現れる影。
異常に分厚い、人型の巨躯。
牛のような顔。
二本の角。
手には、赤黒く変色した血がこびりついた巨大な斧。
「牛頭魔鬼……?!」
ヴァルが、眉間を顰めて呟く。
「そんな……」
「なんで第二階層にいるんだ?!」
混乱が広がる。
牛頭魔鬼が、一歩踏み出す。
それだけで床が歪み、ひび割れる。
真っ赤な双眸が、前衛たちを射抜く。
「う、うわああああ!!!」
そのうちの一人が、悲鳴を上げて走り出した。
「おい!」
ヴァルが叫ぶ。
だが、止まらない。
それを見た他のメンバーも、じりじりと後退する。
誰も、前に出ようとしない。
「ヴァルさん!」
息も絶え絶えに、リリィが叫んだ。
「ここは退きましょう!」
ヴァルの眉が、わずかに歪む。
その表情を見て、リリィは言葉を選ぶ。
「敵前逃亡ではなく……戦略的撤退です!」
それでもヴァルは、逡巡するように眉を寄せた。
「一度退いて、立て直しましょう!」
必死の言葉。
ヴァルは、目を細めた。
そして——
「……チッ」
小さく舌打ちを鳴らす。
「……撤退する!」
その一言に、全員が弾かれたように走り出した。
牛頭魔鬼に背を向けて、ただ逃げる。
ヴァルは、収納鞄から一本の剣を取り出した。
——それは、レイから奪った剣。
「クソが!」
叫びとともに、その純白の直剣を牛頭魔鬼へ投げつけた。
牛頭魔鬼は、迫る剣を大斧で弾く。
その一瞬の隙に、ヴァルも踵を返す。
(何故だ、何故だ、何故だ……!)
走りながら、思考が渦巻く。
(俺は……間違えたのか——)
そこまで考え——しかし、大きく頭を振った。
(違う! 俺の判断は間違っていない……間違っているはずがない……!)
だが、答えは出ない。
……いや。
思考は、答えを出すことを避けていた。
その背後で。
牛頭魔鬼が、ゆっくりと動いた。
自らが弾いた純白の剣を見下ろす。
そして、口元を歪ませた。
緩慢な動きで剣を拾う。
確かめるようにそれを軽く振ると、歪んだ笑みが深まった。
牛頭魔鬼は、そのまま歩き出す。
——ゆっくりと、ヴァルたちとの距離を詰めていった。
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