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 幕間-2「小さな違和感、言えない圧」

 薄暗い通路を進んできた蒼き円環(トーラスサファイア)は、わずかに開けた空間で足を止めた。

 石壁に囲まれた、行き止まりに近い空間。

 天井から垂れる淡い光が、疲弊した一行の姿をぼんやりと照らしている。


 誰もが、息を切らしていた。

 肩で呼吸を繰り返し、壁や武器に体を預ける。

 その顔には、隠しきれない疲労の色が濃く滲んでいた。

 装備の輝きは、すでに失われている。

 磨き上げられていたはずの金属には無数の傷が刻まれ、布は裂け、血と土で汚れていた。


「リリィ、大丈夫か?」


 ヒーラーの一人が、隣で膝をつく少女に声をかける。


「……はい。なんとか」


 リリィはゆっくりと顔を上げ、無理に作ったような笑みを浮かべる。

 だが、その顔色は明らかに悪い。

 唇はわずかに青く、呼吸も浅い。


「……モンスターが、どんどん強くなってる」


 前衛の一人が、壁にもたれながら呟いた。

 誰に向けた言葉でもない。

 それでも、その一言をきっかけにひそひそとした声が広がっていく。


「それもある……けど」

「……ああ。なんか、俺たちの方が——」


 言葉が、そこで止まる。


 ——弱くなってないか?


 誰もが同じ言葉を思い浮かべながらも。

 それを、口には出さなかった。


 攻撃が通らない。

 被弾が大きい。

 回復が間に合わない。


 わずかだったはずのその違和感が——今は、はっきりと感じられる。

 その理由を、誰もが理解していた。


 ——レイ。

 そして、その刻印。


 防具が、重い。

 武器が、手に馴染まない。

 魔力の流れが、どこか鈍い。


 ほんのわずかな差。

 だが、それが積み重なれば——戦場では、致命傷になる。


(……そういえば、レイくん……刻印の数が増えると、効果が分散するって言ってなかったっけ……?)


 リリィが、レイがパーティーに加入した時のことを思い返す。

 ——いや、リリィだけではない。

 ヴァル以外の多くのメンバーが、その言葉を思い出していた。

 ……それでも。

 誰も、それを口にはできなかった。


 視線の先。

 豪奢な装備を纏った少年が、静かに立っている。


 ——ヴァル。

 傷だらけの装備。

 消耗しているはずの魔力。

 それでもなお、彼だけは腕を組み、真っ直ぐに立つ。

 その存在が放つ圧力が、空気そのものを押し潰していた。


「……なあ、ヴァル」


 意を決したように、メンバーの一人が声をかける。

 ヴァルが、ゆっくりと顔を向けた。


「一旦戻って——」

「は?」


 短い一言。

 だが、それだけで空気が凍りついた。

 ヴァルの視線が、鋭く突き刺さる。

 声をかけた少年が、思わず息を呑んだ。


「臆病者をパーティーメンバーに入れた記憶はないが?」


 低く、冷たい声。

 少年は口を閉ざし、視線を落とす。


「……まさか」


 ヴァルが、ゆっくりと周囲を見回す。


「他にも臆病風に吹かれた奴がいるわけじゃないよな?」


 誰も、答えない。

 いや——答えられない。

 視線が、地面へと落ちる。


「未開の部屋とはいえ、ここは第二階層だ」


 ヴァルが言い放つ。


「俺がいて突破できないなど、ありえない」


 その言葉に、疑いは一切ない。

 それが正しいと、信じて疑っていない声だった。

 だからこそ——誰も、反論できない。

 重苦しい沈黙が落ちる。


「チッ……」


 ヴァルが小さく舌打ちをする。


(俺の判断は間違っていない)


 その視線が、わずかに揺れる。


(追放だって——)


 そこまで思考したところで、かぶりを振った。

 不要な雑念を振り払うように。


「……正しいのは、俺だ」


 ほんの小さく、そう呟いた。

 そして、全員へ短く告げる。


「小休止は終わりだ。いくぞ」


 その一言で、みなが反射的に動いた。

 重い体を引きずるように立ち上がる。

 武器を握り直し、足を前に出す。


 だが——

 その足取りに、先ほどまでの確信はない。

 誰もが胸の奥に沈めたまま、同じ疑念を抱えていた。


 ——このままで、本当に大丈夫のか、と。

 そして誰も、その問いを口にできなかった。

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