第5話「転移トラップ《モンスターハウス》」
白い光が収まった後。
直前までとはうって変わった景色に、アーリアは眉を寄せた。
「すみません……私の不注意で」
「ありゃ仕方ねぇぜアーリア。今の俺たちには、斥候士がいねぇからな」
「本当に……まったく、こんな時に副会長はどこに行ってるのよ」
そう会話を交わしながらも、五人の視線は常に周囲へ向けられていた。
飛ばされた先は、小さな部屋。
窓はなく、当然出入り口もない。
そして——その閉鎖空間の中で、五人を囲むように蠢く影。
「……知らないモンスターね」
シュナが低く呟く。
鋏のように発達した触肢。
無数に並ぶ、真っ黒な目。
そして——鈍く光る黒い甲殻。
尾の先では、鋭い針が不気味に揺れていた。
「あの針、見るからに危険だね」
リアンが眉を顰める。
シュナはインベントリから帰還水晶を取り出し、軽く掲げた。
しかし——反応はない。
「まあ、そうよね……」
短く呟き、水晶をしまう。
その瞬間——
蠍型モンスターが、一斉に動き出した。
「包囲を崩すわ! アーリア!」
「はい!」
アーリアが腕輪に魔力を込める。
同時に、シュナの杖にも光が灯る。
「挑発の咆哮ァ!」
クルーガが叫ぶ。
大盾がドクンと脈打ち、裂けるように口が開いた。
「ギャアアァァ!」
耳をつんざく咆哮。
多くのモンスターが反応し、クルーガへと殺到する。
しかし、それを無視した一部が突っ込んでくる。
それらに向かい、リアンが踏み込んで大剣を振るう。
「凍れ」
声の直後、地面を這う脚が凍りつく。
だが——
凍った個体を踏み越えるようにして、次のモンスターが押し寄せる。
さらに、パキンと音を鳴らして氷を砕き、拘束されていた個体も再び動き出した。
「効いてないな……!」
リアンが歯噛みする。
その刹那。
一本の針が、顔面を狙って飛来する。
「っ?!」
反射的に顔を逸らす。
だが間に合わず、頬が浅く裂けた。
「状態異常回復魔法」
即座にノイーダが魔法を発動する。
淡い緑色の光が、傷口を包んだ。
「助かる」
リアンの短い礼に、ノイーダが小さく頷く。
「拘束の咆哮ァ!」
クルーガの声に応え、再び盾が絶叫した。
モンスターが体をびくりと痙攣させ、一斉に止まる。
「飲み込めぃ!」
盾の口から、長い舌が伸びた。
一体のモンスターを絡め取り、そのまま強引に引き寄せる。
大口を開けて迎え入れ、力強く噛み付ける。
しかし——ガキン、と甲高い音が響いた。
何度か噛み砕こうとするが、細かな牙は通らない。
やがて盾は、諦めたように吐き出した。
地面に転がったモンスターの甲殻には、浅い傷しか残っていなかった。
「おいおい……!」
クルーガが目を見開く。
咆哮により停止していたモンスターが、再び動き出す。
その直前。
「お待たせしました……!」
アーリアが声を上げた。
「黒き連斬!」
無数の漆黒の斬撃が放たれる。
それらはモンスターに当たると弾け、吹き飛ばした。
「土よ!」
続けて、シュナが声を張る。
その声に呼応して、地面が盛り上がった。
そして、鋭い土の棘が一斉に突き上がる。
腹部を的確に捉えられたモンスターが、天井へと叩きつけられた。
しかし、モンスターは足をばたつかせてもがいていた。
「抜けるわよ!」
シュナの号令を合図に、五人は棘の間を縫うように走り抜ける。
壁際へ到達し、隊列を組んだ。
「硬すぎます……!」
アーリアが唇を噛む。
「あの甲殻を破れねぇ……」
クルーガが低く唸る。
シュナは一瞬だけ考えを巡らせて、判断を下した。
「……火力を合わせるわ。ノイーダも参加して」
「わかりました」
ノイーダが短く頷く。
「頼んだわよ。リアン、クルーガ」
「オーケー」
「了解ぃ!」
リアンは額の汗を拭いながら。
クルーガは豪快に笑って頷いた。
それと同時、シュナ、アーリア、ノイーダがそれぞれの武器に魔力を流す。
「挑発の咆哮!」
間髪入れず、クルーガが盾に叫ばせた。
モンスターの動きが偏る。
「痺れな」
そして、リアンの一撃でモンスターが動きを止める。
そこへ——
「雷よ!」
「黒き弾丸!」
「ふっ!」
三方向から同時攻撃を仕掛ける。
しかし。
何体かの触肢を吹き飛ばし、甲殻に傷をつけるものの——致命傷には至らない。
「これでもダメ……?!」
シュナが眉を寄せる。
——その瞬間。
部屋の中央に、鮮やかな光が灯った。
全員の視線がそちらへ向く。
一瞬の後に光が収まると、そこに立っていたのは——
ボロボロのローブ。
痩せ細った身体。
朽ちた杖。
そして、一切の生気のない顔。
「屍魔法使……?!」
シュナが息を呑んだ。
直後——すっと掲げられた屍魔法使の杖が軋む。
「ギガギゴ」
そして、何やら呟いた後、三本の光が放たれた。
その光は、一直線にリアンへと迫る。
「避けて!」
「くっ……!」
リアンが大剣を横に構える。
一本の光が当たり、ギンッと音を鳴らして軌道が逸れる。
しかし——
残る二本が、容赦なく突き刺さる。
「ぐあぁぁッ!」
左肩と右太腿に走る激痛に、リアンの身体が大きく揺れた。
「大回復魔法!」
ノイーダが即座に詠唱する。
緑の光がリアンを包む。
しかし、リアンは膝をついたまま、剣を杖のようにして体を支えていた。
息が荒い。
顔色も、明らかに悪い。
「ギギギ……」
それを見て、屍魔法使が不快な笑い声を漏らす。
「やられた……!」
シュナが歯を食いばる。
同時に、蠍型モンスターたちも動き出した。
そして、屍魔法使も再び杖を構える。
「チィッ!」
クルーガの盾が長い舌を伸ばしてリアンを掴み、強引に後ろへと引っ張る。
そして、自身は庇うように全員の前に立った。
前方百八十度から、モンスターが迫り来る。
「……万事休す、か……」
クルーガが目を細め、覚悟を決めるように独りごちた。
——その瞬間。
ノイーダの剣が、青く光った。
「……え?」
その形は——六芒星。
次の瞬間には、いくつかの歯車が浮かび上がる。
それらはかちりと噛み合うと、ノイーダの剣に魔法陣を転写した。
「こ、これは……レイさんの魔工刻印?!」
ノイーダが目を見開く。
同時に、不思議なほど剣が手に馴染んだ。
これまでとは、明らかに違う感覚。
剣を振るう前から”斬れる”とわかるような——そんな感覚。
「これは……やれます!」
ノイーダが踏み込む。
そして、クルーガへ迫る蠍型モンスターへ、剣を振るう。
——スパリ、と。
一切の抵抗なく、黒い甲殻もろとも両断した。
そして。
一拍遅れて、後方にいた個体までもがまとめて切り裂かれた。
「はぁ?!」
クルーガが間の抜けた声を上げる。
その斬撃は二度、三度と止まらない。
「蠍型は、僕とクルーガさんに任せてください!」
ノイーダが叫ぶ。
その声に、シュナは一瞬だけ迷った。
だが、すぐに任せる判断を下し、リアンへ問う。
「いける?」
リアンは汗を拭って一度深く息を吐くと、にやりと口元を吊り上げた。
「当然」
リアンがゆらりと立ち上がり、剣を構える。
屍魔法使は先ほどの異変に一瞬気を取られていたが、すぐにリアンへと意識を戻した。
「攻撃を避けることに専念して! アーリアは速度重視でカバー!」
「はいよ!」
「了解!」
屍魔法使の杖から、再び三本の光が放たれる。
リアンが体を捻って一本を避け、剣を使って一本を弾く。
「黒き刃……!」
アーリアが放った鋭い漆黒の刃が、残りの一本を迎え撃つ。
空中でぶつかり合ったそれらは、同時に弾けて霧散した。
「ギギ?!」
屍魔法使が、驚愕の声を漏らす。
その直後——
「焔よ!」
シュナの杖の赤い宝石が輝いた。
そして、そこから放たれた真っ赤な火の玉が屍魔法使へと向かう。
対して、屍魔法使も杖を掲げた。
「ギグゴ」
その杖から、三つの水の玉が放たれた。
それらは融合し、一つの大きな塊へとなる。
——空中で、炎と水が衝突した。
「いっけええええ!!」
シュナの叫びに押されるように、一度炎が強く燃え上がった。
そして——
水の玉を蒸発させながら、飲み込むように押し切って屍魔法使へと迫る。
「ギギィ?!」
屍魔法使が再び杖を掲げようとする。
だが——
「痺れな」
リアンの攻撃により、一瞬身体が硬直した。
しかし——それでも、杖が軋みを上げる。
「黒き刃!」
刹那。
アーリアから放たれた刃が、屍魔法使の杖を弾けさせた。
続く一瞬——火の玉が、屍魔法使を直撃した。
「ギギャアアァァッ!」
豪炎の中で、濁った絶叫がこだました。
ローブと杖が燃え上がり、骨が軋む音が聞こえる。
やがて、その声は炎に呑まれて消えた。
屍魔法使の全てを燃やし尽くし、炎が消える。
その場には、数枚の金貨が落ちているのみだった。
「ふぅ……」
シュナが、大きく息を吐く。
そして、すぐにハッと目を見開いてノイーダとクルーガに視線を向ける。
「だいじょう——」
しかし、その先で見た光景に言葉が止まった。
ノイーダが額の汗を拭い、眼鏡を掛け直す。
その足元には——無数の金貨。
蠍型モンスターは、一体も残っていなかった。
「……俺ぁ、あいつらを誘導してただけだぜ?」
クルーガが、妙に言い訳くさい口調で言う。
「まあ、そうだよな」
リアンが呆然と呟く。
「ということはやはり、先ほどの魔法陣が……」
アーリアの言葉に、全員の視線がノイーダの剣へと集まる。
だが、当の本人は——
「おお……! 素晴らしい!!」
目を輝かせ、興奮していた。
「これが、魔工刻印の力! 扱いやすくなった上に、圧倒的な攻撃力!」
鼻息荒く、言葉を続ける。
「これほど僕のジョブが治癒剣士であったことを嬉しく思った日はありません!」
さらに。
「心なしか、見た目もかっこよくなった気がします……」
そう言って、うっとりと剣を見つめた。
「……レイ君、これができるのに追放されたの?」
リアンが素朴な疑問を口にする。
「流石に……何か制約はあるでしょうけど……」
アーリアが小さく呟く。
「……ま、こっから出て、本人に聞けばいいんじゃねぇか?」
そう言うクルーガの視線の先には、いつの間にか現れていた一枚の扉があった。
「……とにかく、みんな無事でよかったわ。会長に報告ね」
「金貨はどうする?」
「……一応回収しましょうか」
短く決めて、五人は手分けして金貨を拾い集めた。
やがて、シュナが扉の前に立ちノブに手をかける。
ガチャリと音がし、扉がゆっくりと開いた。
その隙間から——
「よいしょっと」
と、どこか間の抜けた聞き覚えのある声が聞こえた。
扉の先には、通路があった。
そこで、一体の蠍型モンスターの頭部に短剣が突き立てられていた。
それは抵抗もなく貫通し、モンスターを光の粒子へと変える。
「あんた……」
シュナの声に反応して、レイが振り返る。
そして、にこりと柔らかく笑った。
「お! ご無事で何よりです〜」
その足元には、無造作に散らばる金貨があった。
その量は——先ほど五人で回収した分と、ほぼ同じ。
「まさか……この金貨全部、蠍型モンスターから落ちたやつ?」
「……? はい」
きょとんとした顔でレイは頷く。
「……全部、あんたがやったの?」
「まあ、ここに来るのに邪魔だったので……少し数が多くて面倒でしたけど……」
さらりと告げる。
そして——
「もしかして、ダメでした……?」
おずおずと、様子を伺うようにそう聞いた。
その問いに、シュナは言葉を失った。
「嘘でしょ……」
浮かんだのは、驚愕。
……いや。
それ以上に、”引いている”に近い表情。
頬がわずかに引き攣り、眉が寄る。
「やっぱり、何かダメでしたか……」
その反応に、レイがしょんぼりと肩を落とす。
「僕、こういった時に間違えてしまうことが多くて……」
「あ……ち、違うわ!」
シュナが慌てて首を振った。
「ちょっと、びっくりした……だけで……」
一度言葉を切り、視線を落とす。
レイは、上目遣いでシュナを見ていた。
「それに……」
シュナは、目を合わせないまま小さく言った。
「……あなたの刻印のおかげで助かったわ。その……ありがとう」
ほんのりと頬を赤く染め、ほんのわずかに唇を尖らせている。
レイは、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「いえ。お役に立てたようでよかったです」
その柔和な笑みを見て、シュナの顔がさらに赤くなる。
「ふ、ふん! 別に、あんたの力がなくたって勝てたけどね!」
シュナはそう言ってそっぽを向いた。
完全な照れ隠しに、アーリアが苦笑する。
「……それはないですよ、シュナちゃん」
リアンとクルーガも無言で頷いていた。
「話は終わりましたか?!」
その後ろで。
今にも爆発しそうな様子で待っていたノイーダが、勢いよく前に出た。
「レイさん! いつの間に刻印を?! 先ほどの刻印は、どのような効果だったのですか?! どうしてここにいるのですか?!」
怒涛の質問。
だが、レイは慌てる様子もなく一つ一つ丁寧に答える。
「ダンジョンに入ってすぐに。装備を強化する刻印です。僕は、僕が刻んだ魔工刻印の場所を把握できるんです」
「おお……!」
ノイーダが感嘆の息を漏らす。
完全に目が輝いている。
レイはノイーダから視線を外し、五人全員を見た。
「皆さん。それよりも」
そう言って、通路の奥を指差す。
そこには、禍々しい紋様が刻まれた、巨大な両開きの扉が鎮座していた。
そして、前には文字が浮かんでいる。
『入場制限:十三名以下』
それは——学園に通う者であれば、誰もが授業で見たことのあるものだった。
「……ボス部屋?」
シュナが、眉を寄せて呟いた。
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