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第2話「装備オタク、勧誘される」

 学園の中は、幾何学模様で埋め尽くされていた。

 空間が歪み敷地外の景色は見えず、見慣れた風景はもはや原型を留めていない。

 その中で、群れを成した異形のモンスターが生徒たちへ襲いかかる。


「きゃあああっ!」

「助けてくれ……!」


 その混沌は、瞬く間に広がっていく。

 だが——


ほむらよ!」


 長い金髪を二つに結ぶ小柄な少女が、校舎の昇降口で真っ赤な宝石が浮かぶ杖を掲げた。

 その杖の宝石が、真紅に輝く。

 直後——

 空気を一変するほど眩く輝く大きな火の玉が、モンスターの群れへと飛来する。

 ゴウ、と舞い上がった豪炎がモンスターを焼き尽くした。


「全員、落ち着いて私の指示に従え!」


 空気を切り裂くように、凛とした声が通った。

 声の主は、一人の少女。


 整った顔立ちに、揺るぎない意志を宿した瞳。

 黒髪を腰まで伸ばした長身で、腰には赤い鞘に収まった刀を差している。


 ——生徒会長、ザイア。


 そしてその周囲には、ほかに四人の少年少女。


執行部(ハイカウンシル)だ……!」


 その姿を見た生徒たちの顔に、安堵の色が浮かぶ。


「動ける者は、負傷者を連れて校舎の中へ入れ!」


 ザイアの声に従い、生徒たちが校舎に向かって駆け出した。

 それに代わるように、執行部の四人が前へと躍り出る。

 ——その時。

 木々の影から、複数の狼型モンスターが牙を剥いて飛びかかった。


 だが、四人は慌てた様子もなく流れるように隊列を組んだ。

 前衛にいる大盾を持つ大柄な少年が攻撃を受け、白い長い髪の少年が大剣を振るう。

 モンスターが、痺れたように全身を痙攣させた。

 間髪入れず、茶髪の華奢な少女が手を突き出す。


黒き連撃(ダークスラッシュ)……!」


 鈍色に光った腕輪から高速で走る漆黒の刃に、モンスターたちはなす術もなく切り裂かれる。

 その場には、複数枚の金貨が落ちていた。


「今のうちに走れ!」


 ザイアの叫びに、生徒たちが校舎に走る。


 その直後——

 大きな影が、石造りの地面に落ちた。


「上か……!」


 ザイアが即座に視線を上げる。

 一体の鷲型モンスターが、翼を大きく広げて急降下していた。

 ザイアは静かに腰を落とし、刀を掴む。


「ふっ……!」


 短く吐かれた息とともに振り抜かれた刀が、モンスターの身体を真っ二つに切り裂いた。


 その光景にモンスターが足踏みし、執行部を睨みつける。

 そして——一斉に、踵を返した。

 学園の敷地外へと向かい、散り散りに去っていく。

 そのまま敷地の境界線を越えた途端——歪んだ景色の中に溶けて消えた。


「……追いますか?」


 白髪の少年の問いに、ザイアは首を横に振った。


「いや、深追いは危険だ。隊列を維持したまま、周囲の安全を確保しろ」

「了解」


 少年が短く返す。

 生徒たちが大きく息を吐き、緊張がわずかに緩む。


 ——その時だった。

 ぞわりと、ザイアの背筋に悪寒が走る。


「……っ?!」


 直後——彼女の影が、不自然に揺らぐ。


 そこから、一体の狼型モンスターが音もなく飛び出した。

 ザイアの頭上から、喰らいつこうと牙を剥く。


「しまっ——」


 回避が間に合わない。

 そう判断した、その刹那。


 ——ヒュン、と。

 風を裂く音が走った。


 次の瞬間、棒状の何かがモンスターの頭部を貫く。

 勢いは止まらず、それは校舎へと飛んでいく。

 風を切って進み、そのまま壁にぶつかると——パァンと弾けた。


 モンスターは一瞬硬直し、そのまま光の粒子となって崩れ落ちる。

 コン、と硬いものが地面に落ちる音がした。


(——何だ、今のは)


 ザイアの思考が、一瞬だけ遅れた。

 モンスターを貫いたそれが、本来ならあり得ないものだったから。


「……木の棒?」


 ザイアが、訝しげに呟く。


 静まり返る空間。

 誰もが、その光景を理解できずにいた。


「あ、強く投げ過ぎちゃいました……」


 その時、気の抜けた声が場違いに響いた。


 ザイアが声の方に顔を向けると、そこにいたのは——

 数十人ほどの生徒たちを引き連れる、水色の髪の少年だった。


「君……」


 ザイアがその彼に声をかける——よりも早く。


「お?」


 少年——レイが、ザイアの足元に視線を落とした。


「おお?」


 そして、口角を上げる。

 レイは素早くその場所まで駆け寄ると、地面に向かってしゃがみ込んだ。


 その様子を、ザイアは目で追っていた。

 その目には、小動物を撫でるときの好奇心と優しさが宿っている。


「う……」


 水色の頭に、ザイアがわずかに手を伸ばす。

 レイはそれには気づかず、落ちていた指輪を拾い上げた。


「こ、これは……!!」


 その銀色の指輪を空に掲げ、きらきらと目を輝かせる。


翻訳の指輪(トランスレイトリング)……初めて見る装備です!」


 レイの視界に、半透明の青いウィンドウが表示される。


「ふむふむ。装備すると、異言語を翻訳してくれると」


 顎に手を当てて、興味深げに何度も頷く。


「防御力がわずかに上がるのみなので、戦いを想定したものじゃないですね〜。ですが……」


 そう言って、レイはさらに目を輝かせる。


「極限まで丁寧に磨かれた、このいやらしさのない完璧で自然な艶めき! そして内側に奥ゆかしく刻まれた、小さな幾何学模様……!」


 一息で言い切ると、ほぅと息を吐く。


「職人の技術が見えます。素晴らしい〜……」


 口元を緩ませ、うっとりと指輪を見つめる。

 その表情は、そのまま何時間でも見惚れていそうな雰囲気だった。


 しかし、伸ばした手を所在なさげに彷徨わせたザイアに気づき、レイは不思議そうに小首を傾げた。


「あ……」


 レイと目が合い、ザイアが誤魔化すようにゴホンと咳払いをする。


「すまない。少し気が緩んでいた」


 やがて、いつもの冷静な表情へと戻す。


「助かったよ。ありがとう」

「いえ」


 ザイアはレイにお礼を言うと、校舎の壁に視線を投げた。


 飛来した木の棒。

 それにより、一撃で仕留められたモンスター。

 そして——この場の誰よりも、危機に対する反応が速かったという事実。


(この状況で、あの判断速度……経験だけでは不可能——異質だ)


 ザイアの瞳が、わずかに細められる。

 その目は次に、レイの後ろにいる生徒たちへ向けられた。


「君たちは、レイ君とともに戦ったのか?」


 問われた生徒たちのうち、初めにレイに助けられた男子生徒が答える。


「いえ……最初はそのつもりだったんですが」


 そう言って、苦笑を浮かべた。


「手を出したら、逆に足を引っ張ってしまいそうで」

「……そうか」


 ザイアが考えるように目を伏せた。


(であれば、一人でこの人数を助けながらここまで来たのか……)


 そして、ふっと笑みを浮かべた。

 ザイアは、レイに顔を向ける。


「君は確か、今年の首席入学者のレイ君だったな」

「はい」


 レイの首肯に一拍置いてから、問いかける。


執行部(ハイカウンシル)に入らないか」


 その言葉に、金髪の少女が大きく目を見開く。


「会長?!」


 同じように、周囲の生徒たちもざわついている。


「生徒会長からのスカウト……?」

「そんなこと、今まであったか?」


 ザイアは構わず言葉を続ける。


「執行部とは、生徒会に所属する者で構成されるパーティーだ。その生徒会は、実力のある者が選ばれる」


 そして、レイをまっすぐに見据えて告げた。


「君は、すでにその基準を満たしている」


 生徒たちが、固唾を飲んで見守っている。

 『執行部』という肩書には、それほどの重みがある。

 ——だが。


「んー……」


 レイは顎に手を当てたまま、少しだけ考える素振りを見せた。

 そして——


「すみません。遠慮しておきます」


 あっさりと、そう言った。

 場の空気が一瞬止まる。


「……理由を聞いてもいいか?」


 ザイアが静かに問う。


「自由に動きたいので。あと、装備を見る時間も欲しいですし」


 悪びれもなく、さらりと答える。

 ザイアは一瞬だけ言葉を失い——


「そうか……仕方ないな」


 微苦笑を浮かべ、肩をすくめてそう言った。


 それ以上は追わない。

 その判断の速さこそが、彼女らしい。


「全員、聞け」


 ザイアが振り返り、声を張る。


「玄関ホールで今後について話し合う。安心しろ。校舎の中にモンスターの反応はない」


 ちらちらとレイを見ながらも、ザイアの言葉に従って生徒たちが一斉に動き出す。

 その中で——


「あの」


 レイが小さく手を挙げた。

 ザイアが視線だけで続きを促す。


「僕の部屋にある装備、見てきてもいいですか?」

「……え?」


 一瞬、ザイアの理解が遅れる。

 この状況で何を、と。

 だが……レイの目は、真剣だった。

 ザイアは無言で、わずかな時間考えた。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「……気持ちはわかるが、できれば君も来てほしい。単独行動は危険だ」


 その答えに、レイはしゅんと肩を落とした。


「……わかりました」

「うっ……」


 その様子に、ザイアが思わず胸を押さえる。


「会長?」


 だが、金髪の少女の声にはっと我に返る。


「……いや、なんでもない」


 そして、すぐに表情を引き締めた。


「行くぞ」


 一言告げて、ザイアが歩き出す。

 ほかの生徒たちとともにその背を追いながら、レイは——


(部屋の装備たち、無事に元気でいるでしょうか……)


 学生寮の方をちらりと見ながら、そんなことを考えていた。

 ——だからこそ。

 校舎の壁に刻まれた魔法陣が一瞬だけ青く光ったことに、レイは気づかなかった。

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