第3話「灯る決意、広がる意思」
ザイアたちが玄関ホールに入ると、そこには暗い雰囲気が漂っていた。
床に座り込み、俯く者。
苛立ちを顔に滲ませる者。
仲間同士で固まり、不安を押し殺している者。
——だが、その中で忙しなく動く一人の少年が目に映る。
「はい、すぐ良くなりますよー」
眼鏡をかけたその少年は、複数人の負傷した生徒に向けて手をかざす。
「広域中回復魔法」
声に呼応するように、緑色の明るい光がそれぞれの怪我の場所を同時に包んだ。
じんわりとした温かさをもつその光は、徐々に怪我を癒していく。
数秒の後、彼らにあった傷は跡形もなく消えていた。
「すげぇ……この人数を一気に……」
「魔力、どうなってんだよ……」
治療された生徒たちが、そう驚きを口にする。
「はい、完了です」
だが、少年は息一つ乱さずに少しずれた眼鏡をかけ直す。
そして、すぐに別の負傷者へ向かおうと立ち上がった。
「ノイーダ」
その姿を、ザイアが呼び止めた。
少年——ノイーダは振り向くと、ザイアを見て口を開いた。
「お帰りなさい会長。お怪我はありませんか?」
「ああ。問題ない」
その答えに、ノイーダは満足そうに微笑む。
「それで、外の様子は?」
ノイーダの問いに、ザイアが首を横に振る。
「あまりいいとは言えん。先生方も見当たらなかったしな」
「そうですか……」
ノイーダが眉を寄せる。
ザイアは切り替えるように軽く頭を振った。
「呼び止めてすまない。治療を続けてくれ」
「わかりました」
一つ頷き、ノイーダは治療を再開する。
それを確認した後、ザイアは一歩前に出た。
自然と、視線が集まる。
その目にあるのは、不安、迷い、恐怖。
(……足りない)
ザイアは、静かに生徒たちの顔を見渡した。
そこに浮かぶ不安が、じっとりとしたこの重い空気を生み出している。
(支えとなる希望が……目標がいる)
ザイアはゆっくりと息を吸う。
「全員、聞け」
凛とした声が、ホールを貫いた。
「現状を整理する」
淡々と、しかし確実に言葉を積み上げる。
「学園の外は確認不能。空間が歪み、外部と遮断されている。モンスターは一度退けたが、またいつ現れるかわからない」
……重い沈黙。
だが、それを打ち破るようにザイアは続ける。
「この状況は——ダンジョンに酷似している」
その一言で、空気が変わった。
理解している者ほど、顔色を変える。
「ダンジョン内部に閉じ込められた場合、その空間は、特定条件を満たすことで解放される」
ここにいる誰もが知っていた。
その”条件”を。
「多くの場合は、特定個体の討伐。そして今回で言えば——恐らくそれは、最奥の存在」
ざわめきが広がる。
「無理だ……」
「俺たちだけで……?」
学園を侵食し、変質したダンジョン。
現れた未知のモンスター。
そして、最奥にいるはずの存在。
それらに怯えた生徒たちが、弱音を漏らす。
だがザイアは、それを否定しない。
「確かに、容易ではない」
むしろ肯定するような一言に、ざわめきが止まる。
「だが、ここに留まり続ければ消耗し——いずれ擦り切れる。モンスターの脅威は未だ去っておらず、物資は有限」
静かに告げられる現実に、誰も反論できない。
「——ならば、どうする」
ザイアは問う。
だが、その答えは決まっていた。
ザイアは再度、一歩踏み出す。
「進むしかない。生きるために」
力強い断言に、沈黙が落ちる。
だが、先ほどとは違う。
空気の中に、確かな”方向”が生まれていた。
「無論、無策で突撃はしない。戦力を整理し、役割を分ける……防衛班と攻略班を編成する」
ザイアが生徒を見渡す。
「戦えない者はここにいろ。無理に前に出る必要はない。だが——」
一拍置いて、続ける。
「誰かがやらなければ、全員が終わる」
その言葉は、深く刺さった。
沈黙の中で、一人の生徒が顔を上げる。
「……俺、行きます」
小さな声。
だが——
「私も」
「後衛なら……」
少しずつ意志が灯り、広がっていく。
(……これでいい)
ザイアは内心で頷いた。
「よし。では、ダンジョンへの先遣隊を編成する」
その一声に、空気が一気に引き締まる。
「執行部、前へ」
ザイアの後ろに控えていた四人が、迷いなく進み出る。
「はいはいー。僕も行きますよー」
執行部のヒーラー——ノイーダ。
最後の一人の治療を終えた彼も、ザイアの呼びかけに応え四人の隣に並び立った。
そして。
彼らを見たザイアは、もう一人へと視線を向けた。
「……レイ君」
「はい」
「執行部には入らなくていい」
一拍の間。
「だが、共に来い」
その言葉に、金髪の少女——シュナがピクリと眉を動かした。
それと同時、周囲にざわめきが起こる。
レイは少しだけ考える素振りを見せて——
「はい。大丈夫ですよ」
あっさりと頷いた。
「僕もダンジョンの奥には用がありますし。でも……」
そこで言葉を切ると、レイはこくりと首を傾げた。
「ザイアさんも行くんですか?」
その問いに、ザイアはわずかに目を見開く。
「そのつもりだが?」
「そうですか」
レイは一度この場の生徒たちに視線を巡らせると、再度ザイアに向け口を開いた。
「そうなると……ここ、危なくないですか?」
「モンスターのことか? だが、ここにも戦える者は——」
そこまで言って、ザイアはレイの考えにたどり着く。
「……いや。そういうことか」
「どういうことですか?」
疑問符を浮かべる他の面々を代表し、白髪の少年——リアンがザイアに問いかける。
「ここにいない生徒は、おそらく今ダンジョン内にいる。その者たちが帰還した時に、説明を行う役目が必要だ」
「……? でも、それは会長じゃなくても——」
「……違ぇぞ、リアン」
遅れて理解した大柄な少年——クルーガが言葉を挟む。
「これほどの異常事態……『火事場泥棒』が現れてもおかしくない」
その言葉に、全員の顔に理解の色が浮かぶ。
「……なるほど。その象徴的な抑止力は、会長が適任であると」
最後に茶髪の少女——アーリアがそう締めくくった。
「いやはや、よくぞそこまで考えが及びましたね」
ノイーダが感心したようにレイを見る。
「騎士の父が、以前そのようなことを言っていましたので」
「なるほど」
ノイーダが納得したように手を叩いた。
「会長!」
シュナが声を上げる。
「ダンジョンは、アタシたちにお任せください」
その言葉に、他の面々も無言で同意する。
ザイアは一度頷いた。
「わかった。心苦しいが……頼んだぞ」
言いながら、姿勢を正す。
「第一目標は情報の収集だ。危険を感じたら即座に撤退しろ」
真っ直ぐな美しい姿勢で放たれた指示に、レイたちも自然と背筋を伸ばした。
「必ず、生きて帰って来い」
「「はい!」」
六人は同時に返事をすると、踵を返して校舎を後にする。
昇降口から出てすぐに、シュナが口を開いた。
「……じゃ、アタシ先に行くから」
そして、キッと一度レイを睨んでから、不機嫌そうな足取りでダンジョンの方へと向かって行った。
「シュナちゃん?」
「なんだぁ、あいつ」
アーリアとクルーガが少し目を見開いて呟く。
レイはシュナの背中を不思議そうな表情で見送りながら、残った四人に対して口を開いた。
「では、僕は装備をとってきますね」
そう言い残して学生寮へ向かおうとしたレイを、リアンが呼び止めた。
「……そういえば君、どうして丸腰なんだい?」
武器はおろか、防具の一つすらつけていないレイの格好を見ながら続ける。
「君は確か、ダンジョン広場の方から来てたよね」
「え?! その格好で外を歩いていたんですか?!」
ノイーダが驚いたように声を上げた。
「モンスターがいたんですよね? すごいですね……」
感心したように息を吐く。
「……それで、どうしてなのかな?」
リアンの再びの問いに、レイは苦笑を浮かべた。
「いや〜。実は、ダンジョン内でパーティーを追放されてしまいまして」
レイはどこか気まずそうに頭をかく。
それを聞いた四人は、驚愕に目を見開いた。
「……確かに校則には、『ダンジョンの単独入場禁止』とあるだけでダンジョン内でのパーティー解消については明言されていないけど……」
リアンの言葉の続きを、アーリアが紡いだ。
「そんな身勝手な行為なんて、学園側も想定していませんよ」
クルーガも同意するように頷く。
「帰還水晶があるとはいえ、あんまりに危険だしなぁ」
「でもどうして、追放が装備がないことにつながるんだい?」
リアンに問われ、レイは唇を尖らせる。
「取られちゃったんですよ。リーダーに」
そのあまりの衝撃の言葉に、四人があんぐりと口を開けた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それは……ダンジョン内で装備を取り上げられて一人にされた、と?」
恐る恐る聞くリアンに——
「そうなんです! ああ……大事に扱ってくれているでしょうか、僕の装備……」
レイは憂うようにそう答えた。
「いやいやいや。そこじゃないだろう」
リアンが焦ったように突っ込む。
アーリア、クルーガも同意するように頷いていた。
——だが、ノイーダだけは全身をわなわなと怒りに震わせていた。
「装備を持ち主と引き離すなんて……! そんなひどいことをするなんて、許せない!」
その言葉に、リアンが頭を抱える仕草をする。
「……ノイーダは、装備オタクだったな……」
「レイさん! その装備、絶対取り返しましょう!」
「おー……はい! 僕もまた会いたいです!」
ノイーダとレイが鼻息荒く頷く。
その目には、強い決意がみなぎっていた。
「……増えちゃってるじゃんか」
リアンがガックリと肩を落とし、やれやれと頭を振って呟いた。
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