第1話「装備オタク、追放される」
『入場制限:八名以下』
鍾乳洞のように薄暗いダンジョンの中。
脈打つように赤く点滅する扉の前に、その文字が浮かんでいた。
その前には、複数人の少年少女。
みなが一様に、学生服の上に青い刻印が刻まれた装備を纏っている。
彼らの名前は「蒼き円環」。
学園でも屈指の実力者を集めた精鋭パーティーだ。
にも関わらず、彼らの間には重い空気が漂っていた。
その原因は、ただ一つ。
——蒼き円環が現在、九人組のパーティーだからだ。
……沈黙が落ちる。
全員が、一人の人物に視線を向けていた。
その少年——一際豪奢な装備を身に纏う彼は、低く、冷たい声を発した。
「ちょうどいい。レイ、お前に言うことがある」
レイと呼ばれた少年は、わずかに首を傾げた。
柔らかそうな水色の髪。
童顔で、整った顔立ち。
年相応の少年だが、身につけている装備だけは異様なほどに手入れが行き届いている。
胸当ては光を反射し、直剣の鞘には一切の傷がない。
「なんでしょう?」
蒼き円環のリーダー——ヴァルが、ガシャリと装備の音を立てて腕を組む。
そして、目を細めて告げた。
「お前をパーティーから追放する」
あまりにもあっさりと。
まるで、道具を捨てるかのように。
一瞬の静寂。
レイは一度、瞬きをした。
「学園でもトップの実力を持つ俺たちに、お前のスキルはもう意味がない」
「それは、刻印の数が——」
「言い訳するな」
ヴァルが叩きつけるように遮った。
レイは口を真一文字に結び黙り込む。
「魔工刻印、だったか? 人ではなく装備にバフをかける……その希少さは認めよう。だが……」
言葉を切り、わざとらしくため息を吐く。
「その効果は、微々たるものだった。あっても無くても変わらない、役立たずの外れスキルだ」
ヴァルはわずかに肩をすくめた。
「強化なら、ほかの支援職の方がよほどいい。お前の力で勝てたことなど、一度もない」
蔑むような目で、そう断定する。
その声は完全に冷え切っていた。
「ゆえに。お前は、次期騎士団長と目されている俺のパーティーに相応しくない」
それを皮切りに、周囲からも嘲りの声が重なる。
「補助役にもならなかったぜ」
「入試の成績はまぐれだったってことだ」
矛先が自らに向かないようにと、彼らはヴァルを肯定する言葉を発した。
言葉の刃が次々と突き刺さる。
だが、レイの表情は変わらない。
ただ静かに聞いているだけだった。
しかし——
「その装備は置いていけ。それは、俺たち蒼き円環が集めたものだ」
ヴァルのその一言で、初めてレイの顔が歪んだ。
「……は?」
大きく眉を寄せたレイは、嫌悪が混じった声を漏らす。
「僕が見つけた装備もあるんですが?」
「俺たちが戦っている間に、だろう」
吐き捨てるようにヴァルが言う。
その言葉に、ヒーラーの少女——リリィが思わず口を開いた。
「没収はやりすぎじゃ……」
ヴァルは、ゆっくりと顔を向ける。
「それは、レイくんの——」
「黙れ」
冷徹な瞳でリリィを見据える。
「俺の決定に文句があるのか? ならばお前も出ていけ。ヒーラーなんぞ、代わりはいくらでもいる」
低い声が通る。
それだけで、空気が凍りつく。
リリィは唇を噛んで、レイへと視線を向けた。
だが——
「……なんでもありません」
そう小さく言って、俯いた。
レイは小さく嘆息してから、ヴァルを見上げて最後に問いかける。
「……どうしてもですか?」
「お前ごときに拒否権があると思うのか?」
だが、ヴァルは不快そうに答えた。
「……わかりました」
レイが目を伏せて、ゆっくりと装備に手をかける。
胸当てを外す。
手袋を外す。
腕輪を外す。
その一つ一つの動作が、まるで別れを惜しむかのように丁寧だった。
そして、純白の直剣の番になった時、わずかに手が止まった。
(この剣……やっと手に入れた、レア装備だったんですけど……)
その様子に、ヴァルが苛立ったような声を出す。
「早くしろ」
レイは小さくため息を吐くと、再度手を動かし始めた。
やがて装備を外し終えると、静かに立ち上がる。
「……丁寧に扱ってあげてくださいね?」
「ハッ……」
レイの言葉に、ヴァルは嘲笑するかのように鼻を鳴らした。
「ああ。お前より上手く使ってやるよ」
そして、早く消えろと言わんばかりに、追い払うように手を振った。
「……では、失礼します」
背を向けたレイは、あまりに軽くなった自らの体を見下ろした。
そして、悲しげな表情を浮かべる。
「……はぁ……」
大きく息を吐き出して、収納鞄から小さな結晶を取り出した。
透明な石の中で、淡い光が揺れている。
——帰還水晶。
それを軽く掲げると、パキンという音とともにヒビが入った。
瞬間、光が弾ける。
視界が白に染まり、身体がふっと軽くなる。
(……ん?)
その時ふと、レイの視界の端に魔法陣のような模様が映った。
(なんでしょう、あれ?)
だがその正体を掴めないまま、レイはその場から転移した。
残されたのは、八人。
ヴァルはレイの装備を回収する。
「装備だけいいもの使いやがって」
収納鞄にしまいながら、そう小さく呟く。
そして、赤い扉に手を伸ばした。
「行くぞ」
入場制限の表示が消え、扉が開く。
足を踏み入れたヴァルの背中に、ほかが続いた。
少し遅れてリリィも歩き出す。
「……あれ?」
その時、体が覚えた感触に、何か引っかかりを覚えた。
(なんか……装備が重いような……?)
しかし、振り返ることなく進むヴァルに置いていかれそうになり、慌てて駆け出した。
……この時、彼らはまだ気づいていなかった。
すべての装備にあった、青い刻印が消えていたことに。
——彼らを支えていた力を、失ったことに。
◆ ◆ ◆
視界を埋め尽くしていた光が収まった瞬間。
レイの足は、見慣れた石畳を踏んでいた。
——王立ヴェルディア錬兵学園。
モンスターと戦う「騎士」を育成するための学園である。
その敷地内にある、ダンジョン入口前広場。
木々が生い茂り、よく手入れされた庭が広がる清涼な空間。
レイはその場所に帰還した——はずだった。
「……おや?」
漂う空気に、違和感を覚えた。
張り詰めたような、それでいて淀んでいるような、そんな雰囲気。
直後——
「きゃあああああっ!」
悲鳴が響いた。
振り向いた瞬間、レイの視界に飛び込んできたのは——
空に展開される魔法陣。
地面を侵食する幾何学模様。
それらは、学園の外の景色も歪ませていた。
「この模様は……さっき見えたものと同じですね」
その場にしゃがみ込み、魔法陣を眺めたレイが興味深そうに呟く。
その魔法陣が、校舎を覆い尽くす。
そして——突如、何体ものモンスターが外の歪んだ景色から飛び出した。
異形の存在が牙を剥き、生徒へと襲いかかる。
「逃げろ!!」
「な、なんで……ダンジョンの外に……!」
混乱は一瞬で広がる。
あてもなく逃げ惑う生徒たち。
転ぶ者、叫ぶ者、仲間を引きずる者。
「……知らないモンスターばっかりです」
地面にしゃがんだまま、レイがぽつりと呟く。
その中で、モンスターに立ち向かおうとする男子生徒を見つけた。
後ろには、杖を抱えたまま腰が抜けたように座り込む女子生徒がいる。
「……ああ、それはまずい」
熊のようなモンスターの大きな爪が振り上げられ、ギラリと光る。
男子生徒の持つ武器は、まっすぐに伸びた綺麗な作りの直剣。
レイは逃げる人波を縫うように、その場所へと駆け出した。
直後、モンスターの爪が勢いよく振り下ろされる。
男子生徒は受け止めるため、直剣を横にして両手で構えた。
爪と剣がぶつかり合い、ガキンッと甲高く不快な音が響く。
男子生徒は、攻撃の重さに耐えきれずに膝を折った。
直剣からミシリと嫌な音が鳴る。
その様子に、レイが目を細めた。
「何してる! 危ないぞ!」
走るレイへ誰かが叫ぶ。
だが、足は止まらない。
「う〜ん……」
唸りながら、レイは素早く視線を走らせる。
そして、地面に転がる枝らしき木の棒を三本ほど見繕った。
レイの視界に、青色の半透明のウィンドウが表示される。
そこには、木の棒のステータスが書かれていた。
『木の棒』
——攻撃力:F
——耐久性:F-
当然、そのステータス値は低い。
しかし——
「いい感じです」
満足気に頷いたレイは、人差し指を持ち上げた。
そして、木の棒に向けてすっと線を描く。
その形は——六芒星。
正確な動きでそれが描かれた、次の瞬間。
その場所に、いくつかの歯車が浮かび上がった。
青く輝くそれらは、カチリと綺麗に噛み合うと回り出す。
刹那——青い魔法陣が、木の棒へと転写された。
そこから三本の木の棒が分解され、いくつもの細い繊維になる。
それらはするすると絡まり合い、やがて一本の木の棒へと形成された。
『融合された木の棒』
——攻撃力:B+
——耐久性:D+
ただの木の棒が——”武器”に変わる。
「素晴らしい〜」
手に馴染んだ感触に、レイが口元を緩める。
その時、熊型のモンスターがもう一方の爪を振り上げた。
「くそっ……」
直剣は未だ爪に抑え込まれており、攻撃を防げないと悟った男子生徒が悔しさを滲ませる。
その瞬間——ヒュン、と。
風を切る音が鼓膜を揺らした。
「剣が壊れちゃいますよ〜」
軽い声とともに、レイが男子生徒とモンスターの間に入り込んでいた。
その手に持つ棒を見て、男子生徒は声を上げる。
「何してる! そんなもので前に出るなんて——」
しかし、レイは振り返ることなく答えた。
「大丈夫ですよ」
そして、一閃。
青い軌跡が横に走った瞬間——大きな爪ごと、モンスターの身体が音もなく斜めにずれた。
「え……?」
男子生徒が唖然とする。
それを気にも留めず、レイは手元の木の棒に視線を落とした。
「ふむ。もう少しやれそうですね」
その直後、へたり込む女子生徒の背後に並ぶ木々の隙間から、さらに二体の狼型のモンスターが飛び出した。
レイはその音を聞き取って振り返ると、女子生徒に声をかけた。
「杖、ちゃんと守ってあげてください」
その言葉に従い、女子生徒が杖を抱きかかえてぎゅっと身を丸めたのを確認すると、レイはその上を軽やかに飛び越えた。
それと同時。
レイの持つ木の棒に、淡い光が迸る。
——棒の質感が、変わる。
『融合された木の棒』
——攻撃力:S
——耐久性:F-
空中でそのステータスを確認すると、レイは満足そうに口元を緩めた。
そしてふわりと着地して、横薙ぎに木の棒を振るう。
狼型のモンスターは、棒を目がけて大きく口を開いた。
しかし、そこにある大きく鋭い牙は——まるで紙でも切るかのように、木の棒によってすっぱりと切り裂かれた。
そうして振り抜かれた木の棒は、モンスターの身体を綺麗に両断する。
モンスターが、光の粒子となって消え去る。
——それから、少し遅れて。
ズン、という重い音とともに、モンスターの奥にあった木がずれ落ちた。
「いいですね」
それを見て、レイが嬉しそうに笑みを浮かべた。
しかし、モンスターが消えた場所できらりと光る何かが落ちているのを見つけると、わずかに眉を上げた。
「……なんでしょうか、これ」
レイが拾い上げたそれは、金貨のような見た目をしていた。
だが、思い当たるどの通貨とも当てはまらない。
「さすがに装備ではなさそうですが……」
レイは興味深そうにそれを眺める。
「交換金貨……? どういう意味でしょう」
ウィンドウに書かれた金貨の名前を見て、不思議そうに呟いた。
「なんだ……今の……」
その間、武器を構えていた男子生徒が、信じられないものを見る目でレイを見ていた。
「木の棒で両断……? モンスターだけじゃなく、後ろの木まで……ありえないだろ、そんなの……」
呆然と、そう呟く。
——理解が、追いつかなかった。
だが、レイが歩き出そうとするのを見た男子生徒は、一度かぶりを振って冷静さを取り戻す。
「おい君。さっきのはなんだ」
呼び止められたレイは、少しだけ顔を向けた。
「さっきの、とは?」
「その木の棒だよ! なんでそれで、あんな切れ方するんだ?」
「……? 装備強化のスキルを使っただけですけど……」
「そ、装備って……木の棒は装備じゃないだろ」
その反応に、レイは不思議そうに小首を傾げた。
「子供の頃、木の棒を剣に見立てて騎士ごっこしませんでした?」
「……そういう問題……なのか……?」
男子生徒は困惑したように眉を寄せる。
「それに強化って……木の棒を強化しても、あんな風にはならないと思うが……」
「強化する装備が一個なら、あんな感じですよ?」
その言葉に、男子生徒はあんぐりと口を開ける。
「君は……」
「……?」
レイは、なおも小首を傾げる。
(支援職の方ならあれぐらい普通にできるから、僕は追放されたんですよね?)
その様子に、男子生徒は微苦笑を浮かべた。
「……おかしな人だな、君は」
だがすぐにハッと目を見開くと、未だ地べたに座り込む女子生徒へと手を伸ばした。
「君、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
女子生徒がその手を取りながら、男子生徒へお礼を述べた。
そして次に、金貨へ視線を戻したレイへと体を向けた。
「君も、助けてくれてありがとう。すっごく強いんだね」
安心したように微笑む女子生徒に、だが——
「ああ、いえ。そちらの装備が壊れなくてよかったです」
レイは、金貨を見つめたままそう答えた。
「これ、あとで調べないとですね……何か使い道がありそうです」
ぶつぶつと、楽しそうな顔で呟く。
その様子に、女子生徒は目を瞬かせていた。
——その時だった。
『魔工刻印の継承者よ』
空気が震え、低く重い声が頭の奥に響いた。
「……ん?」
レイは顔を上げ、周囲を見回す。
そんなレイを、二人の生徒は不思議そうに見ていた。
どうやら聞こえているのはレイだけらしい。
『汝が求むものは、最奥に存在する』
どこからともなく聞こえる声は、こう続けた。
『我、最奥にて待つ』
そこで、声は途切れた。
「望むもの……」
その言葉に、レイはしばらく考えて——
そして、ぱっと顔を明るくした。
「もしかして、とんでもないレア装備?!」
その目は、きらきらと輝いていた。
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