第14話「装備オタク、遭遇する」
「報告する」
昼下がりの日差しが差し込む生徒会室。
ザイアの低い声に応え、長机に座る五人へ向けてノイーダが資料を配り始めた。
その少し離れた場所では、シュナが別の机にノートを広げ、静かにペンを走らせている。
「学園の周囲へ突如現れた森の木は、現存するどの種類とも一致しなかった」
窓際の席に座るザイアが、手元の資料へ視線を落としながら続ける。
「加えて、校舎にあった魔法陣の消失も確認している」
その言葉を引き継ぐように、ノイーダが淡々と口を開いた。
「魔法陣は、森の出現と同時に消えていったそうです。そしてその際、淡く青色に発光していたとの報告があります」
一拍置いて、続ける。
「その特徴は、転移の魔法陣と一致します。つまり——」
「……異世界転移」
長机へ座る五人のうちの一人。
顔の下半分を布で覆い、全身を漆黒の装備で身を包んだ少年が小さく呟いた。
その声に、ザイアが一つ頷く。
「異世界かはわからんが……シュヴェルツェの言う通り、学園ごと未知の場所へ転移した可能性は高い」
「……未知の世界か。面白え」
ガルドスが、獰猛に白い歯を覗かせた。
「頼もしいね〜」
椅子へ深く腰掛けていたテイルが、くつろぐように背もたれへ体重を預ける。
「ちなみに、ダンジョンの変質も続いてるよ」
頭の後ろで指を組みながら、軽い口調で言葉を続けた。
「本来なら第二階層にはいないはずの大屍魔法使や牛頭魔鬼がいたし、それに……」
テイルが「よっ」と小さく声を漏らしながら座り直す。
「第二階層のボス——緋赫の金獅子が、ダンジョンの壁をぶち破って現れた」
そして、やれやれと肩をすくめた。
「でも一番妙だったのは……緋赫の金獅子を討伐した時の、ファイナルブロウの表示だね」
テイルが、そこでわざと間を置く。
「……と、言うと?」
ザイアの問いに、テイルは口角を上げた。
「名前が書かれるはずのところが……黒塗りだった」
その瞬間、生徒会室の空気がわずかに重くなる。
ザイアは一度目を細めた。
「……ダンジョンが認識できなかった、か?」
「もしくは……」
イリスが、モノクルを押し上げる。
「ダンジョン側が、意図的に隠したか」
……沈黙が落ちる。
「んなことあんのか?」
ガルドスが怪訝そうに口を開いた。
「確かに突拍子はない。だが……あり得ないとは断定できん」
イリスが静かに息を吐いた。
その直後——コン、と乾いた音が響く。
下駄を履いた足が、机へ乗せられた音だった。
「……で? そのファイナルブロウをやった奴は、どこにいんだよ?」
そう言ったのは、褐色肌の少女。
短い丈の和服を着崩し、腕には細い腕輪をつけている。
彼女がテイルへと顔を向けると同時、タッセルピアスがしゃらりと音を鳴らした。
「……レイ君は今、森から学園へ侵入してきたモンスターの対処中だよ」
テイルの答えに、褐色の少女——ミヤビは、わざとらしく眉を上げた。
「おいおい。今後に関わる重要案件だ。自分で報告をするべきだろ」
椅子の背にもたれかかり、鼻を鳴らす。
「そいつには、協調性というものがないのか?」
その言葉に、ノートに目を落としていたシュナの指がピクリと動く。
だが、シュナが顔を上げるより先に、ガルドスが口を開いた。
「いいや。レイは協調性がないわけじゃねえ」
「ああ。なんというか……」
ザイアが、わずかに苦笑する。
「興味の偏りが極端なだけだ」
「それに、あいつはその偏りが良い方へ噛み合う時がある」
イリスがにやりと口角を上げる。
それらの言葉に、ミヤビは訝しげに眉を寄せた。
「……なんだそりゃ」
「ま、見た事ないならそんな反応になるよな」
テイルが笑いながら肩をすくめた。
その時、シュヴェルツェがわざとらしく咳払いを響かせた。
「……話題が逸れたな」
それに反応し、ザイアが言う。
「今後についてだが——」
そう続けるザイアの背後から差し込む光が、夕陽へと変わり始めていた。
◇ ◇ ◇
『パターンC』
日陰に沈む、校舎の裏手にて。
レイが、熊型のモンスターと対峙していた。
「爪、ですね」
ぽつりと呟く。
直後、熊型モンスターが大きく踏み込んだ。
地面を砕く勢いで振り下ろされた、巨大な爪。
だが——
レイの身体が、地面を滑るように横へ流れた。
首元のチョーカーにある鈴が小さく鳴る。
モンスターの爪が、深く地面を抉った。
そのままレイはモンスターの脇をすり抜け、一瞬で背後へと回り込む。
「ほっ」
抜き放たれた黒剣。
冥誘の光剣が、音もなくモンスターの首元へ突き刺さった。
毛皮の抵抗を、容易く貫く。
少し遅れて、モンスターの動きが止まった。
そして——そのまま黒いもやになると、レイの剣へと吸い込まれていった。
モンスターの背中に刺さっていた翻訳と放擲の短剣が地面に落ちる。
その近くへ、数枚の交換金貨が転がった。
「ふむ。やはりこれも使い心地がいいですね〜」
レイが靴を見下ろし、嬉しそうに独りごちた。
それは、一度ヴァルに奪われた装備。
リリィとメノウにより取り返された今も、変わらず彼の足に馴染んでいる。
「それにしても……」
レイが、冥誘の光剣をじっと見つめた。
「結構吸い込ませましたが、顔は出してくれませんね」
少し残念そうに呟きながら、剣を鞘へ収める。
そして、短剣と金貨を拾い上げた——その時だった。
『なんだこれは……?!』
頭の中へ、声が響いた。
それも、二重に重なったような、不思議な声。
「……?」
レイが顔を上げる。
学園の敷地外。
すぐ近くにある森の中に、一人の少女が立っていた。
緑色を基調とした軽装。
左手には短弓。
長い銀髪と翡翠色の双眸が、陽光を受けてきらきらと煌めいている。
だが——最も目を引くのは、その耳だった。
人とは明らかに異なる、長く尖った耳。
「……エルフ?」
本の世界の住人を前に、レイが目を見開く。
「……あの〜」
口を開けて校舎を見上げるエルフの少女へ、レイが声をかけた。
少女はハッとしたようにレイを見る。
『人族……?! なぜここに……』
「……おや?」
レイが、わずかに眉を上げた。
「二種類の声が聞こえますね」
頭に直接響く声。
そして、耳に届く声。
よく聞けば、その二つは別々の言語だった。
「……なるほど。翻訳の効果ですか」
レイが手元の短剣へ目を落とす。
『おい……』
その動きに、少女が警戒するように目を細めた。
腰の矢筒へ手を伸ばす。
そして、一本の矢を抜き取った。
それを見たレイは——きらきらと、目を輝かせた。
次の瞬間、レイが一気に距離を詰める。
『……っ?!』
少女が目を見開く。
驚きのあまり、持っていた矢を手から取り落とした。
『あっ……』
その矢が、地面へ落ちる——その寸前。
「よっ、と」
レイがひょいと手を伸ばし、空中で掴み取った。
「どうぞ」
そのまま、少女へと矢を差し出す。
少女は、困惑したように眉を寄せた。
『あ……ありが、とう……』
ぎこちなく手を伸ばし、矢を受け取る。
レイは、目を輝かせたまま口を開いた。
「その矢、すごく精巧に作られてますね!」
少女が、思わず自らの頭に触れた。
『言葉が……』
二重に聞こえた声に驚き、目を見開いている。
「もちろん、その弓も綺麗な見た目をしていますが」
満面の笑みを浮かべるレイに、少女は少しだけ肩の力を抜いた。
「あの〜……見せてもらってもいいですか?」
上目遣いで尋ねるレイ。
そのあまりに無警戒な様子に、少女はふっと表情を和らげた。
「……ああ。いいぞ」
先ほどレイから返してもらった矢を、そのままレイへ差し出す。
「ありがとうございます!」
レイは両手で丁寧に受け取ると、興味深そうに観察し始めた。
「……初めて見る素材です。しなやかな植物と、軽量化された金属を組み合わせていますね」
ふむふむ、とレイが頷く。
「素朴でシンプルな見た目が、機能美を際立たせていてかっこいいです……! ですが、それ以上に……」
レイは顔を上げ、少女を見た。
「かなり使われているはずなのに、ほとんど劣化していません! とても丁寧に手入れをしているんですね!」
その言葉に、少女がわずかに口元を緩める。
「装備は、戦う者にとっての生命線だからな」
「そうですね!」
レイが力強く頷いた。
再び、矢へと視線を落とす。
「それにこの矢……各部位が分解できる構造ですね。手入れがしやすいようになっています」
レイの呟きに、少女は驚いたように目を見開いた。
「わかるのか?」
「はい。ただ、手順がありそうなので、やるなら時間をかけたいところですね……」
「……そうか」
少女は、どこか嬉しそうに笑みを深めた。
「その矢は……一本一本、私と父が丹精込めて作っている」
「おお! 素晴らしい技術ですね!」
レイの瞳がさらに輝く。
「……よかったら、鍛冶場を見に来るか?」
「いいんですか?!」
ぱあっと、レイの顔が明るくなる。
その様子に、少女がくすりと笑った。
「私はケイシー。君は?」
「レイです」
互いに名を交わす。
「見せてもらって、ありがとうございました」
そう言いながら、レイは矢を返す。
だが、その表情はとても名残惜しそうだった。
「……友好の印に……その矢、譲ろうか?」
「本当ですか?!」
レイが、ぐいっと身を乗り出す。
触れそうなほどの距離感に、ケイシーはわずかに目を丸くした。
「……ああ」
「ありがとうございます!」
レイが一歩下がり、ぺこりと頭を下げる。
ケイシーは、それを微笑んで見ていた。
「ところで、ここはなんなのだ?」
問われたレイは、振り返って校舎を見上げる。
「学園ですよ」
「ガクエン……?」
「はい」
レイが首肯する。
だが、ケイシーは頭に疑問符を浮かべていた。
「よければ案内しましょうか?」
「……いいのか?」
「はい。鍛冶場を見せてくれるお礼です!」
そこまで言って、レイははたと目を見開く。
「あ、でも、ザイアさんに許可を取った方がいいでしょうか」
顎に手を当て、考え込む。
「……そうですね。そうしましょう」
自問自答の末、レイは生徒会室へ向かうことを決めた。
「ついてきてください」
ケイシーを先導し、レイが歩み始める。
その背中に、ケイシーはふっと笑みを浮かべた。
「……面白い子だ」
レイを追う形で、ケイシーも歩き出す。
校舎の裏口から中へ入り、廊下を歩く。
すると、すれ違う生徒たちが次々と足を止め始めた。
「なんだあの人……」
「あの耳……まさか、エルフ?」
ざわめきが、徐々に広がっていく。
◇ ◇ ◇
「——以上の理由から、ダンジョン攻略は一時停止する」
生徒会室。
生徒会長席に座るザイアが、静かにそう告げた。
「今は、学園周辺の調査を優先すべきだ」
その言葉に、ミヤビが机へ頬杖をついたまま鼻を鳴らす。
「ま、そりゃそうだろうな」
机の下で下駄を揺らしながら、目を細めた。
「外は未知の森。ダンジョンも変質中。危険度が高すぎるぜ」
「だからこそ、調査へ向かわせるメンバーの選出は慎重に行わなければならない」
ザイアが淡々と返す。
「学園内の防衛戦力も必要だ。現在確認されているだけでも、森から侵入したモンスターは数十体。今後さらに増える可能性もある」
「……忙しくなりそうだな」
イリスが微かに肩をすくめた。
その横で、シュヴェルツェが腕を組む。
「……最重要は、情報」
「だな。ま、影斥候士の俺は調査の準備をしておくよ」
テイルがひらひらと手を振る。
「俺は防衛だ! うちのパーティーは防衛に秀でている。それに、調べるのは性に合わん!」
ガハハと、ガルドスが豪快に笑う。
それを横目に、ミヤビがガタリと椅子を引いた。
「ま、メンバーが決まったら教えてくれ」
言いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「オレは調査でも防衛でもどっちでもいいぜ」
そして、生徒会室の扉へ向かう。
ガチャリ、と扉を開けた——その瞬間。
「わっ」
「お?」
入り口の向こうから現れた誰かと、真正面からぶつかった。
「へぶっ……」
鈍い声を上げ、廊下側へ尻もちをつく人影。
水色の髪が、ふわりと揺れた。
「……レイ君?」
テイルが目を瞬かせる。
床に座り込んだレイが、ぱちぱちと瞬きをした。
「すみません。前方不注意でした」
そう言いながら、レイはすくりと立ち上がる。
そして、ミヤビに向かってぺこりと頭を下げた。
「ああ、いや……オレも悪かったよ」
頭を上げたレイは、ミヤビ越しに生徒会室の中へと視線を向けた。
「ザイアさんはいますか?」
名前を呼ばれ、ザイアが席を立ち上がる。
「どうした、レイ」
入り口まで来たザイアを見て、レイが微笑む。
「ちょっと、お話がありまして」
そう言って、廊下側へ顔を向けた。
「ケイシーさん」
その声の直後。
静かに、一人の女性が生徒会室前へ姿を現した。
見慣れない緑色の軽装。
銀色の長髪。
翡翠色の双眸。
そして——長く尖った耳。
その姿を見た瞬間——
生徒会室の空気が、凍りついた。
「……は?」
ミヤビが、ぽかんと口を開ける。
ザイアは、大きく目を見開いていた。
ガルドスが目を丸くし、テイルとノイーダは完全に固まっている。
シュナのペンが止まる。
シュヴェルツェだけが、静かに目を細めていた。
そんな中。
レイは、いつも通りの調子で口を開く。
「お友達のケイシーさんです」
……沈黙。
「…………は?」
ミヤビが、今度は本気で間の抜けた声を漏らした。
レイは気にせず続ける。
「鍛冶場を見せてもらうお礼に学園を案内しようと思うのですが、いいでしょうか?」
レイの横で、ケイシーがわずかに会釈をしていた。
……それを前に。
ミヤビが、ぎこちなくイリスへと顔を向けた。
イリスは、まるで呆れたように苦笑を浮かべる。
「な?」
短いその言葉に、ミヤビは引き攣った顔で頷いた。
「……ああ。みたいだな」
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