第13話「冥誘の光剣《コールオブハデス》」
「イリスさんはあいつへ攻撃して! 二人は救助を!」
「「了解!」」
シュナの指示に、全員が即座に反応した。
イリスが一度両手を合わせ、魔法を発動する。
緋赫の金獅子の両側面へ、水流が同時に放たれた。
激流となった水が、左右から叩きつけられる。
赤い魔力壁に触れた瞬間、激しい蒸気が巻き上がった。
その隙に、リアンがテイルの元へ駆け寄る。
「大丈夫ですか、副会長」
「ああ……ありがとう」
耳栓を外したテイルが、リアンの肩を借りて立ち上がった。
そこから少し離れた場所で、ガルドスがレイの体を片腕で抱え上げた。
持ち上げられた拍子に、レイの耳から耳栓がぽろりと落ちる。
その耳から、つぅ……と血が流れた。
だが直後、透明な水が優しく包んだ。
「……随分と怪我をしているな」
「はい……緋赫の金獅子が、とても強くて」
「そうか……」
ガルドスは、レイの傷を覆う透明な水を見ながら目を細める。
その瞬間。
レイの影が、ぐにゃりと歪んだ。
膨れ上がったそれが、獅子の形となり牙を剥く。
ガルドスは、即座に体を捻った。
「ふん!」
レイを抱えたまま、大剣を横薙ぎに振るった。
重厚な刃が、正確に影の獅子の口を捉える。
そのまま振り抜かれた大剣は、影の獅子を緋赫の金獅子の方へと吹き飛ばした。
だが、その体が地面に激突する直前。
緋赫の金獅子の影へ、吸い込まれるように消えていった。
「こっちだ!」
イリスが声を上げる。
全員がその元へ駆け出した。
それを援護するように、シュナが杖を掲げる。
赤い宝石が、強く輝く。
「雫よ!」
空中へ展開された大量の水弾が、緋赫の金獅子へと一斉に降り注いだ。
だが、赤い炎が噴き上がりそれらを蒸発させる。
その場には、白い蒸気が広がった。
「特にレイの傷は深いが……問題ない。十分治る」
冷静に告げるイリスへ、レイがぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます、イリスさん」
そして、何かを思い出したように目を見開くと、ガルドスへと顔を向けた。
「ガルドスさん。あの指輪は今いくつ持ってますか?」
「ん? これか?」
ガルドスが自分の指を示した。
「手持ちに一個、着けてんのと合わせて二つだな」
「いただいてもいいですか?」
ガルドスが、わずかに目を見開く。
だが、すぐににやりと笑った。
「ああ。構わない」
収納鞄から指輪を取り出す。
さらに、指につけていたものも外し、レイへ渡した。
「ありがとうございます」
レイが再び頭を下げる。
「それで、どう使うんだ?」
「緋赫の金獅子の咆哮対策になれば、と」
言いながら、レイは自らの指にある指輪も外した。
そして、空中に五芒星を描く。
浮かび上がった歯車が回転を始め、手のひらにある三つの指輪に魔法陣を転写した。
——どろり、と。
指輪が溶けた。
液状化した銀色の金属が渦を巻き、混ざり合っていく。
やがて完成したのは、螺旋状の溝が刻まれた銀色の腕輪だった。
「ほう……」
ガルドスが感心したように息を漏らす。
「素晴らしい〜」
レイが満足げに微笑みながら、左腕へ装着した。
その隣で、シュナがテイルへ視線を向ける。
「咆哮って、学園の記録にあったあれ?」
テイルは肩をすくめ、首を横に振った。
「記録とは全然別物だ。合致してるのは、指向性ってことだけ。わざわざ振り向いてたし」
「そう……」
シュナが険しい顔で頷く。
「それと、あの魔力壁。あれはヤバい」
「魔力壁?」
テイルは先端が溶けた鎖鎌を見せて続ける。
「金属が融解するレベルの高温だ。しかも、炎で迎撃してくる。近づかない方が無難だよ」
「……いいネーミングセンスね」
シュナが顎に手を当て、考え込む。
その瞬間、イリスが鋭く叫んだ。
「攻撃くるぞ!」
全員が弾かれたように顔を上げる。
目の前に、大きな魔法陣が展開されていた。
「散会!」
シュナの声とほぼ同時、全員が即座に動いた。
テイル、イリス、リアンが左へ。
レイ、シュナ、ガルドスが右へ。
その間を、光線が一直線に走り抜けた。
「またこれかよ……」
リアンが眉を顰める。
テイルがすぐに口を開いた。
「それで囲んでくるから気をつけなよ」
「うへぇ……」
リアンが露骨に嫌そうな顔をする。
直後、レイの影が再び膨れ上がった。
現れた影の獅子が、牙を剥いて襲いかかる。
「ふん!」
ガルドスが一歩踏み込む。
大剣を振るい、再度影の獅子を吹き飛ばす。
「執拗だな……」
ガルドスが低く呟く。
「咆哮、魔法、魔力壁、影の獅子……」
シュナが目を細め、順に声に出して整理する。
「一番厄介なのは……影の獅子ね」
そう結論づけた。
ガルドスが、大剣を肩へ担ぐ。
「ならば、俺が相手取ろう」
そう言って、ゆっくりと歩き出した。
大剣の切っ先を、緋赫の金獅子へ向ける。
「お前をぶっ飛ばしてやりたいのは山々だが……」
その切っ先が、ゆらりと影へと動いた。
「秘奥——幻界誘引」
瞬間——
泡沫のような紫の光が舞い、ガルドスが消える。
それと同時。
緋赫の金獅子の影が消失していた。
——『幻界誘引』
幻剣術士が生み出す、幻影世界への強制隔離。
不安定に揺らぎ続ける、紫色の空間。
現実感の希薄なその世界で、ガルドスと影の獅子が向かい合っていた。
影の獅子が、困惑したように周囲を見回す。
それを見て、ガルドスがにやりと笑った。
「付き合ってもらうぜ。あいつが、確実に勝つためにな」
脳裏に浮かぶのは、水色の髪の少年。
そのレイは——
緋赫の金獅子が動き出したのを見て、前へ出ようと歩いていた。
——だが。
「……お?」
一瞬、ぐらりと体がふらついた。
二重にぶれる視界に、思わず目を擦る。
それを見たリアンが、すぐ肩へ手を置いた。
「血を出しすぎたんだ。少し休んでな」
「……わかりました」
レイは素直に頷き、シュナの隣へと戻る。
「副会長、行けますか?」
リアンに問われ、テイルは口角を上げた。
「当然」
「じゃあ、サポートお願いします!」
リアンが、大剣を肩に担いだ。
その瞬間。
緋赫の金獅子が、地面を砕きながら突進する。
「目を閉じろ!」
テイルが叫び、小さなナイフを緋赫の金獅子の前に投擲した。
直後、ナイフから猛烈な閃光が炸裂する。
緋赫の金獅子はわずかに足を止めたが、それでも止まらない。
リアンが大剣を振るう。
「痺れな!」
緋赫の金獅子の巨体に電撃が走り、一瞬だけ動きが止まる。
「下がれ!」
イリスが一度手を合わせる。
呼応するように、水流が発生した。
まるで巨大な波のような奔流が、緋赫の金獅子を押し返す。
魔力壁へ触れた水が、瞬時に蒸発していた。
それを前に、シュナが眉を寄せた。
(分厚い魔力の壁……金属が溶けるほどの熱。水が、一瞬で気化するほどの高温……)
眉間に深く皺を刻み、思考を巡らせる。
「……レイのその剣でも、魔力壁は突破できなかったのよね?」
シュナが冥誘の光剣を差して問う。
「はい。傷つきはしたんですが、分厚すぎて届きませんでした」
その言葉に、シュナがわずかに眉を上げる。
「傷はついたの?」
レイは首肯する。
「ほんの少しですけど……すぐに埋まってしまいましたし」
シュナが顎に手を当て、考えるように目を伏せる。
その先で、レイの背中にある大斧が目に映った。
「……その大斧、随分と軽そうだけど……牛頭魔鬼が使ってたものよね?」
問われたレイが、肩越しに振り返る。
「ええ」
頷いた後、手にある白剣を持ち上げた。
「これで軽くしてるんです。重さを操作できるんですよ」
「重さを……?」
シュナの脳裏に、一瞬だけ何かが繋がる感覚が走った。
だが——整理が追いつく前に、緋赫の金獅子が姿勢を低く落とした。
「来る!」
イリスが即応し、再び水流魔法を発動する。
——しかし。
緋赫の金獅子が、水流へ向けて咆哮を放った。
水流そのものが振動し、爆散したように弾け飛ぶ。
「はあ?!」
イリスが眉を歪めた。
リアンが、即座に大剣を振るう。
「痺れな!」
だが。
緋赫の金獅子が大きく跳び上がり、大剣の軌道から身を躱した。
「くっ……!」
リアンが歯噛みする。
——その横で。
緋赫の金獅子を見上げていたシュナが、ハッと目を見開いた。
(壁が……薄い?)
直後。
緋赫の金獅子の側面に、魔法陣が展開される。
シュナが、弾かれるようにテイルへ顔を向けた。
「避けて!」
瞬間——光線が、緋赫の金獅子へと迸った。
ガキィッ!、と魔力壁が光線を防ぐ。
衝撃が走り、緋赫の金獅子の巨体が横方向へ吹き飛んだ。
その先にいたのは——テイル。
「——っ」
即座にスキルを発動しようとする。
——だが、それよりも早く。
緋赫の金獅子の牙が、ぎらりと覗いた。
——咆哮。
脳裏に浮かぶのは、動けなくなった自分。
そのまま、踏み潰される未来。
頭が高速で回転する。
手も、足も、口も。
全てが無意識に突破口を探す。
だが——
導き出された答えは、一つ。
”間に合わない”。
焼き尽くさんとする太陽が、その身へ迫る。
——その刹那。
レイの腕輪が、鮮やかな緋色に輝いた。
風が吹き巻く。
まるで、小さな竜巻のように。
やがて、それは一つに圧縮された。
そして——放たれる。
緋赫の金獅子と、テイルの間へ。
空気弾よりも、さらに強大な。
”空気砲”とも呼ぶべきそれが——轟いた咆哮を、消し飛ばした。
「消失する躰!」
テイルの姿が、空気へ溶ける。
テイルがいたその場所を、緋赫の金獅子が踏み潰し——焼き焦がした。
地面が爆砕する。
少し離れた位置で、テイルが姿を現した。
「あっぶね〜……」
顎を伝う汗を拭う。
そして、礼を示すようにレイへと片手を上げた。
(なるほど……)
イリスが、脳内で整理する。
(声は空気の振動。だから、風でかき消したというわけか)
同時に、緋赫の金獅子の頭上から水流を叩きつけた。
大量の水が、巨体を中心に周囲一体を濡らしていく。
その横で、シュナがぶつぶつと呟いていた。
「魔力壁……重さ……熱……」
そして、ばっと勢いよく顔を上げる。
「副会長! 秘奥義は残っていますか!」
「ああ!」
テイルが即答する。
その返事を聞いたシュナが、レイへと向き直った。
「……レイ」
少しだけためらいを滲ませながら、問いかける。
「魔力壁に、刃を突き刺せる?」
レイが、わずかに目を見開く。
「そうしたら、その武器……使えなくなるかもしれないけど」
「……わかりました」
レイは静かに頷いた。
そして、背中に背負った大斧へそっと触れる。
「最後の大仕事ですよ」
その優しげな眼差しに、シュナが目を奪われる。
だが、それも一瞬のこと。
はっと目を見開いてからかぶりと振ると、すぐに思考を切り替えた。
「副会長が攻撃した場所、覚えてる?」
「はい」
「じゃあ、そこへ差して」
レイが頷く。
そして、背中から大斧を下ろした。
人差し指を、すいっと動かす。
魔法陣が刻まれた大斧に、蒼光が迸る。
質感が変わったそれを、レイは見下ろした。
『鋼鉄の大斧』
——攻撃力:S
——耐久性:なし
ステータスを確認し、レイが優しく目を細める。
そして。
聖天の蒼白剣で、自らの腕を浅く傷つけた。
赤い血が、一筋だけ流れる。
「いけます!」
シュナが頷き、杖を構えた。
「アタシとリアンで隙を作るわ……頼むわよ、レイ!」
「はい!」
レイが力強く頷く。
直後、シュナが鋭く叫んだ。
「土よ!」
緋赫の金獅子の周囲。
先ほどのイリスの魔法によって水分を含んだ地面が盛り上がる。
それは壁となり、緋赫の金獅子の四方を囲む。
「凍らせて!」
シュナの指示へ、リアンが即座に大剣を振るう。
「凍れ!」
水分を含んだ土壁が、一気に白く染まった。
パキパキと音を立てながら凍結し、分厚い氷壁へと変化した。
「副会長!」
シュナは、それを確認することなく叫ぶ。
「魔力壁の穴へ、鎖鎌を突き刺して!」
その言葉の直後、壁の内側から光が漏れた。
そして、内側から轟音が響く。
魔法と合わせて壁へ突進し、緋赫の金獅子が氷壁を砕いた。
瓦礫が飛び散り、氷片が宙を舞った。
崩れゆく景色の中で、魔法陣が白く光っている。
「ふぅ……」
レイが、小さく息を吐いた。
ブーツへ風が纏う。
次の瞬間——レイの姿が、掻き消えた。
——ガキィィンッ!!、と。
甲高い金属音が響き渡った。
その音の元は、緋赫の金獅子の背中。
そこにある魔力壁へ、大斧の刃が突き刺さっていた。
一拍遅れて、先ほどまでレイが立っていた場所で風が巻き起こる。
レイ自身は、緋赫の金獅子の脇を放り出されるような体勢で通り過ぎていた。
眼前に、ダンジョンの壁が迫る。
「馬鹿野郎……!」
吹き荒れる風を腕で防いでいたイリスが、即座に手を合わせる。
直後、レイと壁の間へ水の壁が割り込んだ。
バシャァッと衝撃を水が吸収し、柔らかく包み込むようにレイの勢いを殺した。
地面へ降りたレイは、目を回したように倒れ込んだ。
「雫よ!」
シュナが叫ぶ。
多数の水弾が狙うのは、真っ赤に熱された大斧。
——否。
融解を始めた刃と、魔力壁とのわずかな隙間。
そこへ、大量の水が流れ込む。
瞬間——
刃に触れた全ての水が、一気に蒸発した。
爆音が響く。
「水蒸気爆発……!」
リアンが驚愕に目を見開いた。
膨張した蒸気が、隙間を無理やり押し広げる。
「副会長!」
シュナの声と同時。
テイルが、鎖鎌を構えた。
「秘奥——」
鎌へ、淡い光が滲む。
「刻々遡及の軌跡撃」
魔力壁の穴が塞がる途中。
投擲された鎌が、以前攻撃した軌跡へ吸い込まれるように飛んでいく。
高速で。
寸分違わず、同じ場所へ。
そして——
刃が、緋赫の金獅子の背中へ突き刺さった。
「ガアァァッ!!」
緋赫の金獅子が、初めて明確な苦悶の声を上げた。
だが、致命傷には程遠い。
魔力壁の穴が、鎖を巻き込んだまま塞がっていく。
ジュウ、と。
鎖が赤熱し、溶け始めた。
「鎖鎌を重くして!」
シュナが声を張り上げる。
テイルが、一瞬だけ目を見開いた。
だが、即座に刃先が溶けた鎌をレイの目の前へ投げる。
「……っ!」
倒れたまま、レイが腕を伸ばした。
聖天の蒼白剣を、コツンと軽く当てる。
——瞬間。
緋赫の金獅子の巨躯が、ぐらりと揺れた。
背中に刺さった鎖鎌。
その重量が、爆発的に増大する。
引っ張られるように、緋赫の金獅子のバランスが崩れた。
ドォン!と重たい音を立て、巨体が地面へ倒れる。
その衝撃で鎖が千切れ、鎌が背中から抜け落ちた。
「雷よ!」
シュナが杖を掲げる。
狙うのは——腹部。
唯一魔力壁が薄い場所へ、シュナの雷撃が炸裂する。
——だが。
迎え撃つように、炎が噴き上がった。
爆発が起き、土煙が巻き起こる。
雷は威力を削がれ、魔力壁を削る程度に終わる。
「——まだだ」
土煙の中へ、テイルが踏み込んだ。
懐から取り出した短剣を、短く息を吐いて投擲する。
土煙を裂いて、刃が迫る。
——その先に、魔法陣が展開された。
迸った光線により、短剣が弾き飛ばされる。
「くっ……!」
テイルが歯噛みする。
「避けろ!」
イリスの声と同時。
テイルの背後へ、三本の水槍が生成される。
わずかに目を見開いた後、テイルは即座に横へと跳んだ。
「リアン! 凍らせろ!」
リアンが水槍をめがけ、大剣を振り抜いた。
「凍れ!」
水槍が凍りつき、氷槍へと変化する。
密度を増し、攻撃力を高めたそれが、迎撃の炎を突破した。
そして、魔力壁へと激突する。
——その瞬間、氷槍が砕け散る。
魔力壁の一部が穿たれ、緋赫の金獅子の腹部が露出する。
だが——
「足りない……!」
高速で、穴が塞がり始めていた。
テイルが手を突き出す。
シュナとイリスが魔法を構える。
リアンが大剣を振り上げる。
レイの腕輪が、緋色に輝く。
——しかし。
その全てが、間に合わない。
積み上げた作戦が、崩れ落ちる。
——そう思われた、その瞬間。
冥誘の光剣へ、影が纏った。
「……え?」
レイが目を見開き、剣を見る。
その目の前を、細長い影が一直線に迸った。
影は、生き物のように途中で軌道を変え——緋赫の金獅子へと高速で迫る。
魔力壁の穴が塞がる、その寸前。
影が、内側へ潜り込んだ。
そして——
緋赫の金獅子の体を貫通する。
傷口から、黒い靄がじわりと広がった。
「ガ……ガ、ァ……」
緋赫の金獅子が、か細い声を漏らす。
翡翠色の双眸が、黒く濁っていく。
——ぐるり、と眼球が回転した。
次の瞬間。
緋赫の金獅子の動きが、完全に止まる。
その体が、光の粒子となって消滅した。
空間を、無数の光粒が満たしていく。
その中央へ。
青いウィンドウが、静かに浮かび上がった。
『第二階層が攻略されました』
わずかな間の後、表示が切り替わる。
『ファイナルブロウ:■■■』
「……は?」
リアンが間の抜けた声を漏らす。
だが、誰もすぐには言葉を返せなかった。
黒塗りされた文字列。
それは、あまりにも異質だった。
ウィンドウの下へ、帰還用の青い魔法陣が現れる。
空間を漂っていた光の粒子が、ゆっくりと薄れていく。
それに合わせるように、ウィンドウもふっと消えた。
……静寂が落ちた。
戦闘の終わりを告げるような、重たい沈黙が満ちている。
レイは大きく目を開き、自らの剣を見下ろしていた。
「また……」
ぽつりと呟く。
すっと、指先で柄をなぞった。
その時、紫色に揺らいだ空間からガルドスが姿を現した。
「終わったか!」
大剣を肩に担ぎながら、豪快に笑う。
だが、その場に漂う妙な空気を察し、わずかに眉を寄せた。
「……どうした、お前ら」
「……いや、なんというか……」
テイルが頬をかく。
その視線は、自然とレイへと向いていた。
そして、それはテイルだけではない。
シュナも、イリスも、リアンも。
皆がレイを見ていた。
——対して、そのレイ本人は。
「何やら、秘密がありますね?!」
きらきらと目を輝かせていた。
楽しそうに。
心底嬉しそうに。
その様子に、皆の肩から力が抜ける。
”そういえば、こういうやつだったな”、と。
「どうしたらもう一度、顔を出してくれるでしょうか……」
レイは沈黙する冥誘の光剣を見つめながら、ぶつぶつと呟いている。
そこへ、テイルが歩み寄る。
「お疲れ様、レイ君」
地面へ座り込んでいるレイへ、手を差し出した。
レイが顔を上げる。
そして、その手を取ろうと手を伸ばす。
「ありがとう——」
——瞬間。
視界が、白く染まった。
「……お?」
レイが何度か瞬きをする。
伸ばしかけた手を下ろし、周囲を見渡した。
壁も、床も、天井も。
全てが真っ白だった。
どこまでも続くような、白亜の空間。
「ここは……」
「やあ」
突然、背後から声がかかる。
驚いたレイが振り返ると、そこには”何か”が立っていた。
黒い闇のようで。
それでいて、白い光のようでもある。
輪郭の曖昧な、人型の影。
「こんなに早く第二階層まで攻略するとは思わなかったよ」
影が、肩をすくめるような仕草をした。
「色々とこちらで手筈したとはいえ、ね」
「……どちら様ですか?」
レイが小首を傾げる。
すると、影が小さく笑った。
「ふふっ。会うのは初めてだね」
そして、居住まいを正すような仕草をした。
「ボクは——魔工刻印の継承者たる君を、最奥で待つ者さ」
「……あ!」
その呼び方に、レイの記憶が蘇る。
「あの時の声の方ですか」
ダンジョンが学園を侵食した時。
頭の中へ響いた、あの低い声。
声色はまるで違うが、レイは直感で理解していた。
「その通り」
表情などまるでわからないのに、笑ったような雰囲気があった。
「最奥まで来るのを待つつもりだったけど、想定よりもずっと早く攻略をした君へご褒美をあげようと思ってね」
「ご褒美、ですか?」
影の頭が、微かに縦に動く。
「そう。君にとっても、嬉しいもののはずさ」
「嬉しいもの……」
レイはわずかに考え込んだ後、ぱっと顔を上げた。
「もしかして、レア装備ですか?!」
「残念ながら違うよ」
即答だった。
「手を出して」
「むぅ……」
少し肩を落としながらも、レイは素直に手を差し出した。
その手のひらへ、ぽん、と一つの石が現れる。
レイの視界に、緑色のウィンドウが表示された。
「……天与の醒石、ですか?」
影が、こくりと頷く。
「君のジョブの、潜在能力を覚醒させるものだ」
「はえ〜……」
まじまじと、レイは興味深そうに石を眺める。
その時、影が腕を動かした。
パキッと、石へ亀裂が走る。
「お?」
中から、眩い光が漏れ出した。
石はふわりと浮き上がると、殻のように砕け散った。
溢れた光が、レイの身体を包み込む。
「おお……」
暖かな感覚。
優しく、身体へ染み込んでくるようだった。
やがて、すべての光がレイの中へと吸い込まれる。
「……ふむ」
レイが、青いウィンドウへと視線を落とした。
「属性付与の魔工刻印、ですか」
顎へ手を当て、一度頷く。
「さて、そろそろ時間だ」
影が、そう告げた。
呼応するように、白い空間が揺らぎ始める。
同時に、レイの意識も徐々に遠のいていった。
「ボクは、最奥で……ずっと君を待っている」
最後に聞こえたその言葉が、脳裏へ反響していた。
◇ ◇ ◇
「ん、むぅ……」
地面へ寝かされていたレイが、小さく声を漏らした。
「お、起きたわね」
その傍に座っていたシュナが、安堵したように息を吐く。
「気分は大丈夫?」
レイは一度だけ体を見下ろすと、すぐに顔を上げた。
「はい。ありがとうございます」
お礼を言うと、すくりと立ち上がる。
そして——
「一旦戻りませんか? 試したいことがたくさんあるんです!」
目を輝かせながら、そう言った。
あまりの切り替えの早さに、皆が呆気に取られる。
ほんのわずかな間を置いて、イリスが微苦笑を漏らした。
「ふっ……お前を待っていたんだがな」
「あ……そうでした。すみません」
レイがぺこりと頭を下げる。
「いいよいいよ。無事ならそれで」
テイルが笑みを浮かべた。
「それじゃ、レイ君も大丈夫そうだし戻ろっか」
その言葉に、全員が頷く。
そして、帰還用魔法陣の前へと集まった。
テイルが代表してしゃがみ込み、魔法陣へ触れる。
それが青く輝くと、視界が白く染まった。
一瞬の浮遊感。
やがて、光が収まる。
「……あれ?」
目を開いたテイルが、大きく眉を上げた。
目の前に、人だかりができていた。
その中には、ザイアやクルーガの姿もある。
「なんでみんないるの?」
テイルが首を傾げる。
だが、誰も答えなかった。
「……お前たち、何をしたんだ……?」
ザイアが、目を見開いたまま問いかける。
その声音には、隠しきれない困惑が滲んでいた。
「何って……第二階層のボス攻略。結果的にだけど」
答えながらも、テイルは違和感を覚えていた。
——周囲の視線。
確かに、自分たちを見ている者もいる。
だが、多くの生徒は、それ以外の場所を見つめていた。
「……?」
テイルが、その視線を追う。
そして——
学園の外へ目を向けた瞬間、息を呑んだ。
そこに広がっていたのは、歪んだ景色ではない。
青々とした木々。
背の高い森。
見覚えのない、広大な自然。
——学園の外に、未知の森が広がっていた。
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