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第11話「怒れるレイ」 

『入場制限:六名以下』


 脈打つように赤く点滅する扉の前に、レイたちは並んでいた。


「……この先から、牛頭魔鬼(ミノタウロス)の気配がする」


 扉を見据えたまま、テイルが低く呟いた。


「……僕の剣も、この奥にありますね」


 続けて、レイがぽつりと言う。


「え?」


 リアンが振り返り、問いかけた。


「もしかして、君がヴァルさんに奪われたっていう装備かい?」

「はい」


 レイは小さく首肯した。


「……誰かが使ってますね」


 目を細め、独りごちる。


「ってこたあ、この扉の先にあいつらがいるってことか」


 ガルドスが腕を組む。

 その言葉を聞きながら、レイはわずかに首を傾げた。


「……ですが、おかしいですね」

「なにがだ?」


 イリスが問い返す。


「僕が追放された時の入場制限は、八名以下でした」

「……ダンジョンの変質ね」


 シュナが眉を寄せる。


「だとしたら……もしかしてこの扉、彼らは開けられないんじゃない?」

「……閉じ込められてるってことか」


 リアンが目を見開いた。


「時間もそれなりに経ってるし、救助しに行こうか」


 テイルの言葉に、全員が頷く。

 ——ただ一人を除いて。

 レイだけが、じっと扉の向こうを見据えていた。


「……この使い方は人っぽくないですね……」


 ぶつぶつと、小さく呟く。


「なんというか……粗野で、粗暴な——」


 そして、ハッと目を見開いた。


「まさか……!」


 次の瞬間、レイの手が扉へと伸びる。


「お、おい?!」


 テイルの制止をよそに、レイが扉を開け放つ。

 ——その先にあったのは、絶望だった。


 地面に倒れ伏す者。膝をつく者。這いつくばる者。

 顔を青ざめさせた蒼き円環(トーラスサファイア)の面々。


 扉のすぐそばでへたり込んでいた少女が、ゆっくりと顔を上げる。


「……レイ、くん……?」


 リリィだった。

 だが、レイはその声に一切反応しない。

 視線はただ一点。

 空間の奥に立つ、牛頭魔鬼へと向いていた。

 その手に握られた、柄から刃まですべてが純白の剣を。


 ——すっと、レイの瞳が細められる。

 牛頭魔鬼が、一歩歩み寄る。

 重い足音。

 その足が、一本の剣を蹴った。

 ヴァルが落とした剣だった。

 無造作に転がったそれを一瞥し、牛頭魔鬼はゆっくりと片足を持ち上げる。


「……は?」


 レイの口から、低い声が漏れた。

 瞬間、左手の指輪が赤く発光する。

 牛頭魔鬼の足が振り下ろされる、その寸前。

 突き出されたレイの手から、空気弾が放たれる。

 ——パァンと、乾いた破裂音が響いた。

 牛頭魔鬼の足の軌道がずれ、剣のすぐ横を踏みつける。

 低い轟音を鳴らし、地面が割れた。

 空気が震え、破片が跳ねる。

 その光景に、誰もが息を呑んだ。


「……ふざけたやつですね」


 その声は、低く。

 底に沈むように、重かった。

 リリィが思わず振り向く。


「っ……」


 か細く喉が鳴る。

 レイの瞳に、明確な怒気が宿っていた。

 追放されたあの時でさえ見せなかった、剥き出しの感情。


「レ……レイくん……?」


 震える声。

 だが、レイは反応せず、前を見たまま静かに口を開く。


「テイルさんたちは救助をお願いします」


 その背中から、張り詰めた空気が滲み出ていた。

 テイルが微かに眉を上げる。


「……君は?」

「僕は……あいつを倒します」


 淡々とした、短い答え。


「……一人で戦う気か?」


 眉を寄せたイリスに問われ、レイは——


「戦うのではなく、倒すんです」


 ピシャリと、そう言い切った。

 その声音に、イリスの背筋がぞくりと震える。


 そして、レイがわずかに腰を落とす。

 ——トン、と風を纏ったブーツで地面を蹴った。

 ふわりと体が浮き上がり、一足飛びに牛頭魔鬼の元まで近づく。

 牛頭魔鬼は片腕で大斧を持ち上げ、レイめがけ振り下ろした。


 レイは空気を踏み、横へ跳ぶ。

 さらに空を蹴り前方へ回転すると、牛頭魔鬼の腹部に両足の裏を当てた。

 ブーツに風が渦巻く。


「場所を変えましょう」


 直後——ドンッ!、と。

 砲撃のような衝撃音が轟いた。

 牛頭魔鬼の巨軀が、後方へと吹き飛んだ。

 レイは空中で体勢を整え、片手を地につけて着地する。

 そして静かに立ち上がると、転がっていたヴァルの剣を拾い上げた。

 そのままヴァルの元へ歩み寄り、鞘へと納める。

 レイはちらりとヴァルの収納鞄(インベントリ)へ視線をやり——

 だが、何も言わずに背を向けた。

 コツコツと足音を響かせながら、牛頭魔鬼へと歩き出す。


「レイ君!」


 背後から、テイルの声。


「その牛頭魔鬼、多分異常個体だ。通常より明らかに身体が大きい」

「はい」


 振り返らないまま、短く答える。


「……救助が終わったら戻るから」

「わかりました」


 それだけ言って、レイは通路を曲がり姿を消した。

 その背中を見送りながら、テイルが口を開く。


「じゃ、救助は任せた」

「……は?」


 突然の言葉に、シュナが目を見開く。


「俺はレイ君を見に行ってくる」

「な、なぜですか?」


 テイルは、にやりと口角を上げた。


「面白そうだから」

「そんな理由で……」


 呆れを滲ませるシュナをよそに。


消失する躰(トランスシン)


 テイルの姿が、ふっと消えた。


「ちょっと——もう……」


 シュナは額を押さえ、深くため息を吐いた。


◆ ◆ ◆


 地面に倒れていた牛頭魔鬼は、近づいてくる足音に反応するようにゆっくりと身を起こした。


「ブオォ……」


 こめかみに青筋を浮かべ、水色の髪の少年を苛烈に睨みつける。


「装備を粗末に扱う者は……誰であろうと許されません」


 据わった目で、レイはその視線を受け止めた。

 そして、冥誘の光剣(コールオブハデス)に手をかけ、するりと引き抜く。

 同時に、ブーツに風が纏う。

 地面を蹴り、空気を踏みしめ、一直線に間合いを詰めた。

 だが——牛頭魔鬼が、ゆっくりと息を吸い込む。


「ブオオオオォォォ!!!」


 空間そのものを震わせるような咆哮。

 次の瞬間——空中にいたレイの視界が、ぐわりと歪んだ。


「……お?」


 上下の感覚が狂う。

 重力が反転したかのような違和感。

 一瞬、全身から力が抜ける。

 足が空を踏み外し——そのまま、地面へと落下した。

 転がりながら、土煙を上げて牛頭魔鬼の足元へと滑る。

 そのレイめがけ、純白の剣が振り上げられた。


「オオォォ!」


 圧倒的な膂力を乗せて、それが振り下ろされる。

 レイは仰向けのまま上体を起こし、剣を横に構えた。

 同時に、刀身の峰へ右足の裏を当てる。

 体を丸めるような姿勢。

 直後——ガキンッ!!と。

 冥誘の光剣と純白の剣が激突した。

 火花が散り、レイの全身を衝撃が貫く。

 地面が沈み、背中がめり込み骨が軋む。


「くふっ……」


 肺の空気が逃げ出し、両肩に激痛が走った。

 内臓が押し潰されるような不快感に、腹筋に力を込める。

 それでも、レイは歯を食いしばりながらブーツに風を纏わせる。


「……あぁっ!」


 そのまま、空気弾と合わせ純白の剣を押し返した。

 牛頭魔鬼の腕が弾かれる。

 しかし——牛頭魔鬼は即座に筋肉で無理やり制御し、再び剣を振り下ろす。

 レイは両足で空気を蹴り、頭上の方へと一回転した。

 股下を通った純白の剣が、地面を砕く。

 牛頭魔鬼は純白の剣を一度手放し、追いかけるように一歩踏み出す。

 そして、大斧を振り下ろした。

 レイは後方へと跳びながら、冥誘の光剣を振るう。

 刃がぶつかり、軌道が逸れた大斧は空を切った。

 ふわりと着地したレイは、純白の剣を引き抜く牛頭魔鬼を見据えた。


「……魔法じゃない、音の攻撃ですか。粗暴者の分際で、いい攻撃を持ってますね」


 ズキズキと痛む肩を回し、動くことを確認する。


「剣が防具じゃなかったら、さっきのは耐えられなかったかもしれません」


 静かに呟き、剣を構える。

 ——そこから少し離れた場所に、姿を消した少年が立っていた。


(ほぉ……)


 テイルが、小さく息を吐く。


(やはり、根っからの個人戦闘型だね。怒ってるからか、さっきの大屍魔法使(エルダーリッチ)の時よりなんだか荒い気がするけど)


 続いて、興味深そうに目を細めた。


(さて……どう戦う?)


 テイルの思考をよそに、牛頭魔鬼が動いた。


「ブオオォォォ!!!」


 咆哮を上げて突進する。

 レイはそれを見ながら、片手で耳を押さえていた。

 地面を砕きながら迫った牛頭魔鬼が、純白の剣を振り下ろす。

 レイは最小限に身を捩って躱した。

 水色の髪がわずかに切れる。

 続けて、大斧が横薙ぎに襲う。

 後ろに跳んで回避したレイへ、牛頭魔鬼が再び追うように一歩踏み込んだ。

 空中で、レイが素早く空気を蹴って横に跳ぶ。

 空を切った大斧が、地面にぶつかる——その直前。

 強引に横へ振り抜かれた。

 刃の側面が、レイの半身を捉える。

 レイは咄嗟に腕を挟むが、壁まで吹き飛ばされる。


「レ——」


 テイルが助けに入ろうと動きかけ——気づいた違和感に、止まる。


(今、ブーツが……)


 牛頭魔鬼がゆっくりとレイに歩み寄る。

 大斧を担ぎ、純白の剣を垂らしながら。

 壁にもたれ、顔を伏せるレイ。

 それを見下ろし、牛頭魔鬼が嗤う。

 そして、大斧を持つ右腕を、高く振り上げた。

 ——その瞬間。

 漆黒の軌跡が走り、牛頭魔鬼の左腕がずるりとずれた。


「ブオ……?」


 牛頭魔鬼が困惑したような声を漏らす。

 直後——ずれ落ちた左腕から、真っ赤な鮮血が吹き出した。

 左手に握られていた純白の剣が、ドスンと重い音を立てて地面に落ちる。


「ブオオォォォ?!」


 牛頭魔鬼が大きく後ろによろめく。

 レイの手にある冥誘の光剣には、青い光が迸っていた。


(……ブーツに風を纏わせながら、攻撃に合わせて咄嗟に自分で跳んでたな)


 テイルが先程の攻防を分析する。

 立ち上がったレイは、質感が変わった冥誘の光剣を——鞘へと納めた。

 代わりに、地面に落ちた純白の剣を軽々と拾い上げる。

 その動作に、テイルが考えるように眉を寄せた。


(重さが変わってる……?)


 レイが手元に視線を落とす。


 『聖天の白剣(セレスティアコール)

 ——攻撃力:■■

 ——耐久性:A-


 一度手放した愛剣の感触に、レイがふっと口元を緩めた。


「……随分と久しぶりに感じます」


 呟きながら、そっと耳飾りに触れる。


「この二つ、相性がよさそうですね」


 レイの耳に、風を切る音が届いた。

 視線を上げる。

 牛頭魔鬼が、半狂乱で大斧を振り回していた。

 無造作な動きにも関わらず、当たればひとたまりもないと確信させるほどの重さがある。


 だが、レイは一歩踏み込むと、聖天の白剣で切り上げる。

 ギンッという金属音を鳴らし、大斧が弾かれた。

 巨体が仰け反り、そのまま背後に倒れ、ドスンと重い音を響かせる。


 レイはそれを一瞥しながら、耳飾りを取り外した。

 そして、空中に六芒星を描く。

 浮かび上がった青い歯車がかちりと嵌り、回り出す。

 聖天の白剣と偏向の蒼き耳飾り(フェイズイヤリング)へ、魔法陣が転写される。


 ただでさえ曖昧だった耳飾りの輪郭が、完全に失われた。

 淡く青い光となって広がり——屈折し、歪み、空気を震わせる。

 対する純白の剣は、一切の濁りもなく真っ直ぐなまま在り続けた。

 その刃を、淡い光が包む。

 瞬間——光は刃の内側へと、吸い込まれるように入り込んだ。

 純白の刀身を、淡い青色の光が内側から薄らと染める。

 その刀身は、見る角度によって輪郭が曖昧だった。


 『聖天の蒼白剣(セレスティアコール)

 ——攻撃力:■■

 ——耐久性:A


 そのステータスに、レイが笑みを深めた。


「素晴らしい〜」


 牛頭魔鬼が、ゆっくりと体を起こす。

 左腕の傷はすでに塞がっている。

 だが——その瞳には、剥き出しの激怒が宿っていた。


「ブオオオオオォォォォォ!!!!」


 空間を揺るがす咆哮。

 衝撃波のような音圧に、レイは両耳を押さえた。

 だがそれでも、視界は揺れる。


「……うるさいですね」


 苛立ったようなその呟きも、耳には届かない。

 牛頭魔鬼が怒りに顔を赤く染め、地面を砕きながら迫る。

 空気を割るように振り下ろされた大斧を、レイは入れ違うように前へ踏み出して避けた。

 刃が背後を裂く。

 そのすれ違いざま、レイが聖天の蒼白剣で脇腹を一閃した。

 だが、傷は浅い。


「……一回」


 小さな声。

 牛頭魔鬼が体を捻り、その勢いを乗せて大斧を振るう。

 レイが即座に腰を落とした。

 頭上すれすれを刃が通過する。

 振り返りざま、今度は脚への斬撃。


「二回」


 大斧を振り抜き、大きな隙を晒していた牛頭魔鬼の胸部を、レイは返す刀で真一文字に切りつけた。

 牛頭魔鬼が重心を移動させ、大斧を横薙ぎに振るう。

 レイは後退しながら切り上げ、胸の傷を十字に変えた。


「三、四……」


 寸前までレイがいた空間を、大斧が切り裂く。


「ブオオォォォ!!!」


 牛頭魔鬼が怒りの咆哮を上げ、大きく踏み出す。

 ——その瞬間。

 がくり、と。

 牛頭魔鬼の巨体が、唐突に沈んだ。

 片膝が地面に叩きつけられる。

 まるで、その身体が急激に重くなったかのように。


「ブ、ブオ……?」


 牛頭魔鬼が困惑したように声を漏らした。

 だがすぐに、大斧を杖にして立ち上がる。


「ふむ……まだ足りませんか」


 レイは小さく呟くと、ブーツに風を纏わせる。

 ——トン、と軽く地面を蹴り、ふわりと跳んだ。

 そのまま空中で再度跳ね、牛頭魔鬼の周囲を駆け巡る。

 牛頭魔鬼が首を振って追うが、まったく追いつかない。

 頭上へ、背後へ。

 的確に死角へ移動し、視線を切る。

 そして——空気を踏みしめ、牛頭魔鬼の体のすぐ横を一直線に通り過ぎた。

 その軌跡に、蒼白の線が走る。

 浅黒い皮膚に刻まれる、浅い斬撃。

 それを、何度も繰り返す。


「五、六、七——」

「ブオ……ブオオォォ……!」


 牛頭魔鬼は反応すらできない。

 ただ、無闇に大斧を振り回すのみ。

 虚しく空を切る感覚が、牛頭魔鬼へ恐怖と焦りを積み上げさせる。

 だが、レイの攻撃は止まらない。


「十、十一、十二——」


 その時——巨体が、崩れた。

 がくりと両膝と両腕をつき、四つん這いになる。


「ブオ……ッ?!」


 その様子に、テイルが大きく目を見開いた。


(まさか……!)


 牛頭魔鬼は必死に体を持ち上げようとする。

 だが、腕が震えて支えきれない。


「……十二回ですか。やはり体が大きいと、それなりに数が必要なようですね」


 着地したレイが、淡々と呟きながら歩み寄る。


「ブオオオオォォォォォ……!」


 ぶちぶちと、筋繊維が千切れる音が鳴る。

 それを耳にしながらも、牛頭魔鬼は無理やり腕を動かした。

 握った大斧を、横薙ぎに振るう。


「最後の足掻きですか」


 レイは体を横にずらして回避する。

 だが——

 その瞬間、牛頭魔鬼が大斧を手放した。


「っ……?!」


 予想外の行動に、レイが咄嗟に首を傾ける。

 そのすぐ横を、飛んできた大斧が通り過ぎた。

 刃が首を掠め、ぴゅっと一度血が吹き出す。

 背後で、ガンッと大斧が地面に落ちた音が響いた。

 レイの首に真っ赤な血がたらりと垂れる。


「今のは……少し危なかったですね」


 手の甲で血を拭い、牛頭魔鬼へと歩み寄る。

 苛烈に見上げる牛頭魔鬼を、レイは冷たい目で見下ろした。


「装備を雑に扱う者には、相応しい末路です」


 そう言いながら、剣先で牛頭魔鬼の肌をすっとなぞった。

 ——瞬間。

 牛頭魔鬼の体が、地面にめり込む。


「ブ、ブオオォォ……ッ!」


 腕も、膝も、支えられない。

 完全に押しつぶされる。


「……やはり抵抗の意思があると、思ったより時間がかかりますね」


 牛頭魔鬼が抵抗するように体に力を込める。

 その度に、ミシミシと骨が軋む音が鳴っていた。

 レイは顔色一つ変えず、その場にしゃがみ込む。


「……もう少し、ですか」


 再び、浅く傷つける。

 ——ドン、と。

 さらに深く牛頭魔鬼が地面に沈んだ。

 腕が、足がひしゃげ、骨が粉々に砕ける。


「ブ……オォォ……」


 か細い声を漏らしながら、頭も沈んでいく。

 そして——ぐしゃりと、頭蓋が潰れた。

 それを最後に、牛頭魔鬼は光の粒子となり消滅する。

 ——静寂が落ちる。


「……ふむ。悪くないですが、使い方をもう少し工夫する必要がありますね」


 円形に沈み込んだ地面を前にして、レイが小さく頷いた。

 その後、はたと何かを思い出したように振り返る。

 視線の先には、地面に転がる大斧があった。


「あれ、まだ使えますよね」


 そばまで歩み寄ると、レイは聖天の蒼白剣を地面に置いた。

 使い込まれた大斧見下ろし、その柄を掴む。

 しかし。


「ぐぅ……っ!」


 どれだけ力を入れても、動かなかった。


「流石にダメですか……でも」


 ひらひらと手を振ってから、聖天の蒼白剣を握る。


「これを使ったらどうでしょう」


 コツンと、ほんの軽く剣先を当てた。

 それから再び大斧を握ると——ひょいと簡単に持ち上げた。


「……いいですね」


 レイが満足そうに微笑む。

 その時——


「レイ君」


 突如として背後から名前を呼ばれ、びくりと肩が跳ねた。

 振り向くと、そこにはにやりと笑みを浮かべたテイルが立っていた。


「テイルさん……」

「やあ」


 テイルが軽く手を上げる。


「救助は終わったんですか?」

「ああ、それはシュナに任せたよ」


 悪びれる様子もなく、テイルが答えた。


「そうなんですか?」

「それよりも、そのかっこいい剣」


 テイルが聖天の蒼白剣を指差す。

 そして、したり顔で続けた。


「もしかして、切りつけた相手の『重さ』を操作するのかい?」

「はい。そうですよ」


 その言葉を、レイがあっさりと首肯する。


「重さを変える剣と、効果の一部を転写する耳飾りの融合です」


 なんでもない事のように話すレイに、テイルは肩透かしを食らったように眉を上げた。


「……『重さ』は重力。その操作を、相手に転写してるってわけか……」


 テイルは自分なりに原理を分析して呟く。


「理屈はわかるけど……でもそれ、結構”理外寄りの力”だからね?」


 その声を、だがレイは聞いていなかった。

 顎に手を当てて、考えに耽っている。


「……もっと深く傷つけたら、もっと効率よく操作できるでしょうか」


 そんなレイに、テイルはどこか楽しそうに口角を上げた。


(重力操作……とんでもないものだって、自覚はあんのかねえ……?)


 脳内で独りごちる。

 テイルは次に、レイのもう一方の手にある大斧に視線を向けた。


「……それ、使うの?」


 わずかに刃もこぼれ、数多の傷がついた大斧はもうすぐ壊れてしまいそうにも見えた。

 だが、レイは大事そうに胸へ抱え込んだ。


「もちろんです。最後まで使ってあげるのが、装備への最も誠実な向き合い方ですから」

「……なるほどね」


 真剣な顔で話すレイに、テイルは微妙な顔を浮かべていた。


「じゃあ、これをあげるよ」


 言いながら、テイルは襟元から一本の紐を引っ張って取り出す。


「おお! ありがとうございます!」


 レイは丁寧に紐を受け取ると、抜き身の聖天の蒼白剣を器用に腰へ携えた。

 そして、紐をするすると素早く体に巻き始める。

 紐を背中にクロスさせると、その隙間に大斧を差し込んだ。

 最後に、正面で紐をキュッと結ぶ。

 

「随分と手馴れてるね?」


 テイルの言葉に、レイは紐の締めつけを確かめながら答えた。


「昔、騎士だった父に教わりまして」

「なるほどね」


 テイルが納得したように頷く。


 ——その瞬間。

 ぐらり、と。

 大きく地面が揺れた。


「……お?」

「地震……?」


 レイが顔を上げ、テイルが周囲を見渡す。


「いや、違う——」


 テイルの顔色が変わる。

 遠くから、一直線に迫る”何か”。

 それは、牛頭魔鬼とは明らかに存在感の格が違っていた。


「……嘘だろ? これはまるで——」


 ——直後。

 轟音を轟かせ、壁が吹き飛んだ。

 暴風と瓦礫から身を守るように、レイとテイルが腕を上げる。

 薄く開いた目で、その腕越しに、それを見た。


 土煙の中でも、きらきらと煌めく体躯。

 威厳すら感じる立派な鬣。

 開いた口から覗く、鋭く大きな牙。


 ——膨大な真っ赤なオーラを全身に纏う、金色の獅子。


緋赫の金獅子(クリムゾンソルレオ)……?!」


 第二階層のボスが、濁った翡翠色の双眸でレイとテイルを睨みつけていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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