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Last Quartz  作者: 錢葵
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10-4話_Fan the Flames

登場人物ファイルの挿絵を更新しました。

久垣の画像はまだ作成してません。悪いやつなんで。


先に動いたのは、久垣だった。

肩越しに霞の姿を確認しながらも、その標的は正面の狛から変わらない。

赤銅色の右腕が、横薙ぎに振るわれる。


狛は後ろへ退かなかった。


拳の軌道、その内側へ身体を滑り込ませる。

炎を纏わせた五節棍を装甲腕の手首へ叩きつけ、迫る拳を外側へ弾いた。

硬い衝撃が左肩へ突き抜ける。

痛みに顔を歪めながらも、狛は踏み留まった。


久垣が狛を追い、前へ重心を移す。

その背後へ、一陣の風が迫った。


ラムダの風を背に受けた霞が、右側方から装甲腕へ接近する。

小太刀の刃が、右装甲前腕の肘寄りへ触れた。


刃の周囲へ拘束された風属性のイデアが、細かく振動する。

甲高い摩擦音。

赤銅色の火花と金属粉が噴き上がり、装甲表面へ細い削痕が刻まれた。

霞は深追いせず、そのまま右側方へ抜ける。


久垣が霞を目で追い、身体を捻った。

その隙へ、狛が五節棍を振るう。

手薄になった胴を狙った一撃。


しかし久垣は霞へ視線を向けたまま、左装甲前腕を胴の前へ差し込んだ。

五節棍が鋼へ激突する。

同時に、右装甲腕が霞へ向かって薙ぎ返された。

霞は風を受けて後方へ跳ぶ。

巨大な指先が小太刀の間合いを越えて迫り、霞の胸元を掠める寸前で止まった。


――届かない。


霞が着地するより早く、狛は五節棍の先端を折り曲げる。

装甲前腕へ当たった一節を支点に、その先を久垣の胴へ回り込ませた。

久垣の視線が狛へ戻る。

右手に握られた鉈が、五節棍の先端を弾いた。


直後、防御に使われていた左装甲腕が、そのまま狛へ押し出される。

狛は五節棍を引き戻しながら後方へ跳んだ。

拳そのものは避ける。


だが、着地の衝撃が脇腹へ響いた。

足が僅かに止まる。

久垣はそれを見逃さない。


一歩、狛へ踏み込む。

その右後方から、霞が再び接近した。

戻り切っていない右装甲腕へ小太刀を重ねる。

拘束された風が振動し、先ほどと同じ箇所を削った。

赤銅色の火花が散る。


「クソッ!」


久垣の追撃が止まり、霞は再び射程の外へ退いた。

二人は、もう一度久垣を挟む。

最初の一撃より、装甲の傷は増えている。


それでも、久垣の動きはほとんど鈍っていなかった。


狛が五節棍へ炎を纏わせる。

霞の作った削痕へ、燃え上がる先端を叩き込んだ。

ウロの狐火も左右から回り込み、同じ箇所へ炎を浴びせる。


久垣は避けなかった。

むしろ傷のある右装甲腕を前へ出し、炎を正面から受け止める。


「……まだ学習しねぇのか」


装甲が暗赤色へ変わっていく。

狛が炎を止める。

熱を帯びた鋼から、陽炎が立ち上った。


傷は残っている。

だが、その周囲の鋼が締まり、装甲を覆う赤銅色の光沢が一段深くなる。


久垣が装甲拳を握り込んだ。

鋼同士が擦れ、先ほどよりも低く、重い音が響く。


「てめぇの火は、ガロンを鍛える燃料にしかならねぇ」


装甲腕が振り下ろされる。

狛は五節棍を交差させ、拳の軌道を逸らした。

殺し切れなかった衝撃が左肩を抜け、靴底が舗装を滑る。


その横から、霞が斬り込んだ。

狙うのは、いま熱されたばかりの削痕。

小太刀の周囲で風属性のイデアが振動する。


しかし刃は、先ほどよりも浅い位置で押し返された。


「……チッ」


霞は迫る装甲腕をかわし、風に乗って離脱する。


「どうした。さっきより浅いぞ」

「誰のせいだと思ってんだ」


霞は小太刀を構え直した。


「半端に炙るくらいなら撃つな。余計に削れなくなる」

「分かってる……黙ってろ」


分かっていても、狛にはほかの手段がない。

狛が正面で装甲腕を引きつけ、霞が死角から削る。

ウロの狐火が久垣の進路を遮り、久垣は装甲腕で炎ごと薙ぎ払う。

霞の小太刀が、赤銅色の装甲へ白い削痕を増やしていく。


だが、どれも表面を削るだけだった。


久垣の動きは止まらない。

やがて久垣は、霞の斬撃を受けることさえ厭わなくなった。

浅い傷ならば、装甲が耐える。


二本の装甲腕を左右から振るい、狛の退路を塞ぐ。

狛は片方を五節棍で逸らした。

もう片方を避けようと身体を捻った瞬間、脇腹へ鋭い痛みが走る。


「……っぐ」


動きが止まる。

霞が横風を叩きつけた。

装甲拳の軌道が僅かに外れ、狛のすぐ横で舗装を砕く。


砕けた石片が、二人の間を跳ねた。

霞は久垣の装甲へ目を向ける。


傷は増えている。

――だが、浅い。

対して、狛は左肩と脇腹を庇い始めている。


(ジリ貧か……くそ)


このまま続けば、時間の問題だった。

霞は短く息を吐く。

ラムダが翼を広げ、咆哮を上げた。


霞とラムダのイデアが重なる。

二つの存在の間を巡っていた風が、一つに繋がった。


《共鳴(レゾナンス)》。


久垣が狛へ追撃する。

正面から伸びる右装甲腕。逃げ道を塞ぐ左装甲腕。

その間へ、一陣の風が走った。


(――!!)


霞が小太刀を右装甲腕へ当て、横風で軌道を押し流す。

そのまま腕の外側を滑るように駆け抜け、肘寄りの削痕へ迫る。


小太刀が装甲へ触れた。

刃の周囲に拘束された風が、激しく振動する。

これまでとは異なる、耳を刺すような金属音。


赤銅色の火花と金属粉が噴き上がり、削痕が一段深くなる。

霞は反撃が届く前に離脱した。

ラムダの風で急旋回、別方向から、再び同じ箇所へ小太刀を重ねる。


久垣が装甲腕を向けたときには、霞はすでに射程の外へ抜けていた。


――三度目。


久垣は狛への前進を止め、二本の装甲腕を霞へ向ける。


「さっきから鬱陶しいんだよ!」


左右から迫る巨大な拳。

霞は風で急制動し、二本の腕が閉じる寸前に上へ抜けた。

久垣の背後へ落下し、右装甲前腕へ小太刀を振り下ろす。


削痕が、さらに深くなる。

それでも、断ち切るには届かない。

霞は着地し、正面の狛を見た。


狛も五節棍へ炎を纏わせている。

だが、その火力は先ほどと変わらない。


「おい――半端な炎は、九条家のお家芸か?」

「……なんだと?」

「違うだろ?」


久垣が霞へ振り向く。

狛は迫る装甲腕を五節棍で弾きながら叫んだ。


「……何を根拠に言ってやがる!」

「根拠はねぇ!」

「はぁ!?」


霞は鉈を小太刀で受け、風で外側へ流す。


「だが、てめぇなら俺に合わせられるだろ!」

「……勝手なこと言いやがって」


狛は五節棍を地面へつき、倒れかけた身体を支えた。

隣へ降り立ったウロと、視線が重なる。

后の無事は確認できた。

この先へ力を残しておく理由は、もうない。


「吠え面かくなよ!」


ウロが四本の尾を持ち上げる。

狛とウロのイデアが重なった。


《共鳴(レゾナンス)》。


ウロの四つの狐火が勢いを増す。

その間へ、狛自身が生み出した二つの狐火が現れた。

六つの狐火が、狛とウロを囲むように燃え上がる。

五節棍の各節からも、先ほどとは比べものにならない熱が立ち上った。


霞が僅かに口元を上げる。


「……あるじゃねぇか」

「てめぇが勝手に決めつけただけだ」


《共鳴(レゾナンス)》した二人が、同時に久垣へ迫った。

霞が正面から踏み込み、久垣の視線を奪う。

装甲腕が霞へ振るわれた瞬間、狛が側面から五節棍を叩き込む。


六つの狐火が時間差で殺到し、右装甲前腕を炎で包んだ。

久垣は避けない。


「火力が上がっただけか!」


装甲腕で炎を受け止める。

さらに鋼を鍛える燃料へ変えようとしていた。

装甲表面が暗赤色へ染まる。


広い面へ当たった熱は、鋼属性のイデアへ取り込まれていく。

だが、霞が繰り返し削った箇所だけは違った。

溝の内側へ炎が入り込み、表面よりも長く熱を残している。


霞がそこへ小太刀を当てた。

拘束された風が振動する。

赤銅色の金属粉が噴き上がり、刃が先ほどより深く入った。

狛の目が、その違いを捉えた。


「……鍛える燃料、だったな」


久垣が装甲腕を振り上げる。

狛は五節棍で軌道を逸らし、続けた。


「だったら、鍛えられなくなるまで焼けばいい」

「獅堂!もう一度、同じ場所を削れ!」

「命令すんな!」

「俺が、斬れるところまで熱する!」


狛は赤熱した削痕を指した。


「獅堂は、そこを切り開け!」

「簡単に言いやがる」

「できねぇなら――ここで二人でくたばるか?」

「……誰に言ってんだ」


霞が小太刀を構え直す。


「それと、全部てめぇの仕事だと思うな」

「あ?」

「炎をデカくするのは、なにも油だけじゃねぇ」


風が、六つの狐火の周囲へ集まり始める。


「風もだ」


狛は燃え盛る狐火越しに霞を見る。


「……だったら、散らすなよ」

「てめぇこそ、途中でへばるなよ」


炎と風が、久垣の右腕へ狙いを定めた。


***


蒼い光が消えたあと、窓際へ集まっていた生徒たちは、再びロビーへ集められていた。

ラウンジには、御手洗と佐岸が残っている。

二人はローテーブルを挟み、向かい合ったソファから動いていない。


佐岸のスーツ、その内ポケットでスマホが短く振動した。


一度目は、どちらも反応しなかった。

しばらくして、二度目。

さらに間を置かず、三度目の振動が静かなラウンジへ響く。


御手洗は佐岸から視線を外さない。

九条と獅堂、双鳶姉妹。

自分が向かわせた先で何かが起き、佐岸側へ救援を求める連絡が来ている可能性がある。


「さっきから何だ」


御手洗が口を開く。


「救援要請でも来てんじゃねぇのか?」


佐岸は胸元へ視線を落とした。


「……ちょっと悪ぃ」


会議中に電話が鳴り、席を外そうとするサラリーマンのように、申し訳なさそうな軽い会釈をする。

右手をスーツの内ポケットへ伸ばした。


「おい――」


御手洗の日本刀が動く。

切先が正面から佐岸の喉元へ迫り、皮膚へ触れる寸前で止まった。


「余計な真似はするな」


御手洗は、佐岸の目を見たまま告げる。


「見るだけだ」


佐岸は伸ばしかけた右手を止めた。


「はいはい」


僅かに両眉を上げる。


「これじゃ、どっちが悪者か分かんねぇよ」


動作を見せつけるように、ゆっくりと内ポケットへ手を入れる。

取り出したスマホの画面には触れない。

ロック画面に表示された通知を、一度だけ見る。


『第一目標、搬出完了。撤収へ移行』


佐岸は返信も操作もせず、スマホを内ポケットへ戻した。


「……そろそろ、お暇しますか」

「……あ?」


スマホを戻した右手を、そのまま左手首へ運ぶ。

腕時計がずれたのを直すように、右手の指で文字盤の位置を整えた。

御手洗の視線が、その指先へ落ちる。


佐岸は何度も腕時計を見ていた。


だが、逆の手を添えたのは、これが初めてだった。


「現場は生き物だ――」


佐岸が言った。


「――なぁ、そうだろ? 御手洗」

「何が言いてぇ」

「今日は特に、イレギュラーが多すぎた。久しぶりに頭使ったわ」


佐岸は困ったように眉を下げ、御手洗を見る。


「特にお前だ。こんな山奥に、懐かしい顔がいたもんだ」


御手洗は答えない。

日本刀の切先は、佐岸の喉元から外れない。


「けど、欲しいもんは手に入った。見たかったもんも見れた」


佐岸はソファの背もたれへ身体を預ける。


「……あの光も、てめぇの計画のうちか?」

「間違っちゃいねぇよ」


佐岸の口元が僅かに緩む。


「想像より、ずいぶん派手だったけどな」

「“あれ”だけが目的じゃねぇな」

「一つの現場に、目的が一つだけなんて――」


御手洗の切先が、佐岸の喉へ僅かに食い込む。


「――効率悪いだろ?」


御手洗が刀を握る手に力を込めた、その瞬間。


遠くから、低い爆音が響いた。


一度ではない。

間を置かず重なった複数の爆発音が、山間部の空気を震わせる。

遅れて、地鳴りがホテルへ届いた。

窓ガラスが一斉に鳴り、天井の照明が揺れる。


ローテーブルの上に置かれていたグラスと観光パンフレットが跳ねた。

ロビーの方から、生徒たちのざわめきが聞こえる。


御手洗は佐岸から切先を外さない。

視線だけを、窓の外へ向けた。

山腹から、煙と土埃が立ち上っている。


御手洗の目が、佐岸の左手首へ落ちた。

何度も見ていた腕時計。

スマホを確認した直後、初めて逆の手で触れた腕時計。


「……てめぇか」

「白々しい。答えるまでもねぇよ」


御手洗の切先が、佐岸の喉へさらに近づく。


「――おっと」


佐岸は刀を見下ろした。


「俺をやりたきゃ、やれよ」


片手を、ゆっくりと顔の横まで持ち上げる。


「その代わり、その瞬間――」


言葉は、そこで途切れた。

佐岸の唇だけが、ゆっくりと形を作る。


――どかーん。


握られていた拳が、破裂するように開いた。

御手洗の切先は、佐岸の喉元から動かない。


だが、その先へも進まなかった。

くだらないハッタリだと切り捨てるには、御手洗は佐岸という男を知りすぎていた。

そして佐岸もまた、御手洗が決して生徒の命を賭けない男だと知っている。


開かれた五本の指の向こうで、山腹から立ち上る煙が膨らんでいく。

佐岸は笑ったまま、もう何も答えなかった。


***


爆音がホテルへ届く、ほんの少し前――。


六つの狐火が、久垣を包囲するように散開した。

ただし、完全には囲んでいない。

四つは低い位置へ降り、久垣の露出した脚部と左右の退路を塞ぐ。


残る二つは、赤熱した右装甲前腕の周囲へ浮かんだ。

霞が久垣の左後方へ回る。

左装甲腕が霞を追い、右手に握られた鉈も背後へ振るわれる。


霞は二つの攻撃をかわしながら、久垣の左側へ居座った。

狛が右前方から五節棍を振るう。


――狙いは、久垣の右側頭部。


久垣は右装甲前腕を上げ、五節棍を防いだ。

炎を纏った一節が、霞の削痕へぶつかる。


続いて、二つの狐火が右脇腹へ飛ぶ。

久垣は同じ右装甲腕を下げ、狐火を遮った。

再び、削痕へ炎が重なる。


ウロが地面を駆け、右前方から久垣の胴へ炎を吐いた。

右装甲腕が三度、攻撃線へ入る。

五節棍も。

狐火も。

ウロの炎も。


すべてが、同じ箇所を狙っていた。


いや、違う。

久垣が、その部位で防がざるを得ない軌道へ、狛がすべての攻撃を揃えていた。

削痕へ熱が蓄積していく。


右装甲前腕だけが、赤く染まり始めた。

霞が左装甲腕の外側を抜け、赤熱した箇所へ回り込む。

小太刀を、削痕へ当てる。

拘束された風属性のイデアが振動した。


刃が、これまでより深く装甲へ入る。


霞は手応えで理解する。

通る。

だが、まだ足りない。

軟化しているのは表面だけ。

小太刀が半ばまで入ったところで、中心部の硬い鋼に止められた。


そして、久垣も狛たちの狙いに気づいた。


装甲腕ごと身体を捻る。

霞は小太刀を引き抜き、風で後方へ離脱した。

久垣が二本の装甲腕を左右へ伸ばし、上半身ごと回転する。


巨大な腕による、全周を薙ぎ払う一撃。

霞は風で上へ逃れた。

狛は五節棍を構えて受ける。


衝撃を殺し切れない。

五節棍ごと弾かれ、舗装の上を滑った。

六つの狐火が押し広げられ、炎の包囲が崩れる。


久垣は回転の勢いを止めず、そのまま狛へ踏み込んだ。

熱を帯びた右装甲拳が振り下ろされる。

狛は横へ転がって避けた。


拳が舗装を砕き、跳ねた破片が頬を掠める。

続く左装甲腕が、逃げた先へ迫った。

霞が横風を叩きつける。

拳の軌道が僅かにずれ、狛の身体すれすれを通過した。


久垣が二人を睨む。


「狙いは分かった」


赤熱した右装甲腕を持ち上げる。


「同じ手を、二度も食うかよ」


狛は立ち上がり、口元を手の甲で拭った。

削痕は残っている。

与えた熱も、まだ消えていない。

久垣が逃れたのは、身体ごと回転して攻撃線を外したからだ。


なら、次は回らせなければいい。

狛の視線が、久垣の足元へ向く。

続いて六つの狐火。

霞とラムダ。


「次は、逃がすな」

「だから命令すんな」

「じゃあ、好きに合わせろ」

「なんだと!?てめぇこそ、炙って焼き切れ!」


六つの狐火が再び広がる。

四つが低い位置へ降り、久垣の露出した脚部と左右の退路へ炎を走らせた。

炎を避け、久垣が踏み出す。


そこが、狛の残した唯一の道だった。

霞が左後方から接近する。

左装甲腕と鉈が、霞へ向く。


同時に、狛が右前方から五節棍を振るった。


――狙いは、久垣の側頭部。


久垣は右装甲前腕で防御する。

赤熱した削痕へ、炎を纏った五節棍が重なった。

だが、今度は引かない。

五節棍の先端が装甲腕を回り込み、肘付近へ巻きつく。


「同じ手は食わねぇっつっただろ!」


久垣が、再び身体を回転させようとする。

軸足へ力が集まった瞬間。

ラムダの翼が、大きく風を打った。


横風が久垣の脚部へ叩きつけられる。

巨体を吹き飛ばすほどではない。


だが、片足へ重心を移そうとした瞬間なら、踏み込みを僅かにずらせる。

久垣は倒れまいと、両足で舗装を踏み締めた。

回転が止まる。


「止めたぞ!」

「上等だ!」


狛が五節棍を引き、右装甲腕を伸び切った位置へ固定する。

久垣の力に引かれ、狛の靴底が舗装を滑った。

左肩へ激痛が走る。

それでも離さない。


「クソ九条が!離せ!」

「二度も逃がすかよ!」


狛が叫ぶ。


「ウロ!」


ウロが右前方から、削痕へ向けて炎を吐き続ける。

右装甲前腕の周囲にいた二つの狐火が、同じ箇所へ炎を重ねた。

退路を塞いでいた残り四つも浮上し、時間差で削痕へ集まる。


五節棍に纏わせた炎が、接触している装甲へ流れ込んだ。

ラムダが炎の後方から風を送り込む。


散らさない。

逸らさない。

炎は細く激しい渦となり、右装甲前腕へ張りついた。


削痕の色が、暗赤色から赤へ変わる。

さらに熱が重なり、赤橙色へ。


鋼属性のイデアが熱を鍛造へ利用しようとする。

だが、冷える時間がない。

装甲表面が僅かに沈み、削痕の縁が歪み始めた。


久垣が左装甲腕を狛へ向けようとする。

霞が小太刀を叩きつけ、その動きを止めた。


ウロの四本の尾が大きく広がる。

最後の熱波が放たれた。


右装甲前腕の輪郭から、赤銅色のイデアが火花となって剥がれ落ちる。

霞は炎を育てていた風を止めた。

そのすべてを、小太刀の刃へ引き戻す。


風属性のイデアが刃の周囲へ拘束され、激しく振動する。


「今だ、獅堂!」


ラムダの風が、霞の背中を押す。

霞が一気に間合いへ入った。


赤熱した削痕へ、小太刀を振り抜く。

硬い抵抗はなかった。

振動する刃が軟化した装甲へ滑らかに入り、そのまま右装甲前腕を肘付近から断ち切った。


切断された装甲前腕が、轟音とともに舗装へ落ちる。


久垣の《召装(インシグニア)》全体へ、大きな乱れが走った。


胸部外殻と残る装甲腕は維持されている。

だが、切断による反動と急激な重量の変化に耐えられず、久垣は片膝をついた。


「クソ餓鬼ども……舐めやがって……」


霞がその前へ着地する。

小太刀を振り払い、言い放った。


「これが――《風炎斬烈(ふうえんざんれつ)》だ!」


狛が眉を寄せる。


「……その名前、ダサいぞ」

「あ!?――」


霞が振り返ろうとした――その瞬間。


旧駐車場の端。

石灯籠のそばに置かれていたリス型の《目印》が発光した。


一拍遅れて爆発する。

石灯籠の一部が吹き飛び、爆風と破片が駐車場を駆け抜けた。


狛と霞は反射的に身をかがめる。


「……今のも、獅堂の必殺技の一部か?」

「いいや……違う」


ウロが耳を伏せ、低く唸った。

ラムダも翼を広げ、周囲を警戒する。


久垣の腰元から、光が漏れていた。

ガロンの赤銅色とは異なる、別のイデアの色。


腰袋の中に残された複数の《目印》へ、亀裂のような光が走っている。

久垣が、自分の腰元を見下ろした。


「……佐岸」


小さく漏れた名前が、爆音の余韻へ消える。

周囲に置かれた《目印》も、次々と同じ光を帯び始めた。

霞が叫ぶ。


「伏せろ!」


ラムダが翼を打つ。

狛と霞を覆うように、幾重もの風の幕が展開された。

霞は小太刀を地面へ突き立て、姿勢を低くする。


狛も五節棍の一端を舗装の亀裂へ差し込み、身体を固定した。

ウロが狛のそばへ身を寄せる。

久垣は残された装甲腕を、自分の身体へ引き寄せた。

旧駐車場に置かれた《目印》が、次々と爆発する。


続いて、鳥居の根元。

石柱が折れ、巨大な鳥居が傾く。

石段の下方から高台へ向かって、爆発が駆け上がった。

積み上げられていた石が崩れ落ちる。


そして、高台の廃神社。

境内が激しい閃光に包まれ、社殿が爆炎と土煙の中へ沈んだ。


久垣の腰袋から漏れる光が、最大まで膨れ上がる。

残された装甲腕が、赤銅色の巨体を覆った。

間に合ったのかを確かめるより早く、腰袋の中に残された《目印》が一斉に起爆する。

久垣を中心に生じた爆炎が、霞の風の幕へ衝突した。


幾重にも重ねられた風が、一枚ずつ食い破られていく。

炎が。

瓦礫が。

土煙が。


旧駐車場にいた三人の姿を、跡形もなく呑み込んだ。



でも久垣はホントはいいやつなんだと思います。ちゃんとイメージ画像作ります。

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