10-3話_The Abyss Gazes Back
久垣の《召装》は個人的に好きです。ポ〇モンのカ〇リキーみたいで。
――同じ頃。
九条リゾートのラウンジが、蒼く染まった。
窓から差し込んだ光が、白い壁を、床を、生徒たちの顔を照らしていく。
ローテーブルに広げられた地域図までが、一瞬だけ色を変えた。
「……なんだ、あれ」
窓際にいた生徒が、外を見たまま声を漏らす。
その声につられ、ラウンジにいた生徒たちが次々と窓際へ集まっていった。
「すごく青い光やんな……?」
「どこから出てんだ?」
「召喚士が戦ってんじゃない?」
遠く離れた山間部から、蒼い光柱が天へ伸びている。
衝撃も、地鳴りもない。
ただ、空へ向かって立ち昇る光だけが、離れた九条リゾートからでもはっきりと見えた。
生徒たちが騒めくなか、御手洗と佐岸はローテーブルを挟んだ位置から動かなかった。
佐岸の視線が、窓の外へ向けられる。
ほんの一瞬、その目が見開かれた。
だが、驚きはすぐに消えた。
何かが腑に落ちたように、佐岸の目が細められる。
御手洗は、その変化を見逃さなかった。
沈黙の中、目の前の男――佐岸が気にかけていた、地図上の四つの地点。
研究所で起きた騒ぎ。
姿を消した華園后。
そこまでが、ひとつの線で繋がり始めていた。
ならば、忘却の滝は――。
蒼い光柱が立っていたのは、忘却の滝――その方角だった。
華園后の拉致を餌に、生徒たちをホテルから引き離した。
そのなかでも、天宮奏だけを孤立させるために。
佐岸は光柱を目にして驚いた。
そして、何かを確信したあの挙動。
だとすれば、彼らの目的は――。
光柱を見つめていた佐岸が、ゆっくりと御手洗へ視線を移す。
御手洗は、すでに佐岸を見ていた。
二人の視線が重なる。
御手洗が静かに口を開く
「目的は“アレ”か?」
佐岸は答えなかった。
ただ、わずかに目を細める。
「さぁ?ご想像にお任せします。先生」
***
――その少し前。
二度の遠吠えを頼りに旧千代瀬集材所へ辿り着いた霹と靂は、敷地内に残された古いプレハブへ駆け寄った。
かつては事務所として使われていたのだろう。
高床式の出入口には、段差を埋めるように畳一畳ほどのコンクリート土間が設けられている。
岬は、その上に座り込んでいた。
プレハブの壁へ背中を預け、浅い呼吸を繰り返している。
「――!ミサッキー!」
霹の声に、岬がゆっくりと顔を上げた。
出入口の脇には、雨風に晒されて色褪せたベンチが置かれていた。
傍らには錆びついた灰皿が残されている。
かつては従業員たちの喫煙スペースだったのだろう。
そのベンチに、后が横たえられていた。
目立った外傷はない。
意識を失った身体には、岬の上着が掛けられている。
靂が后のそばへ膝をつき、呼吸を確かめる。
「……息はしてる」
「うん……。呼んでも、起きないけど……」
そこまで答えた岬の頭が、力なく壁へ戻った。
アールの姿は、もう見当たらない。
后の発見を遠吠えで知らせたあと、限界を迎える前に送還したのだろう。
霹が岬と后を交互に見る。
「二人とも、ここから運ばないと」
「でも、歩かせるのは無理」
靂の言葉に、霹はすぐさま自分のクォーツへ触れた。
「ガンマ!」
雷光が弾け、二人の前にガンマが顕現する。
霹の指示を受け、ガンマは岬たちのそばでゆっくりと身体を伏せた。
『我が来たからには――』
「ガンマ!角からイデアの鞭出して!それで二人をぐるぐるに縛ろう!」
霹は腕まくりをする
「誤解されるからやめて」
「落ちないように固定するだけだって!」
「最初からそう言って」
霹と靂は后を持ち上げ、ガンマの背へ横たえる。
その後ろへ岬を乗せると、ガンマが伸ばした鞭が二人の身体へ幾重にも回され、落ちないよう固定した。
「警備の人たちのところまで戻るよ。ゆっくり行くからね」
霹の声に、岬は微かに頷いた。
ガンマは二人を乗せ、歩き始める。
霹と靂はその左右につき、揺れる岬の身体を支えながら、先ほどの戦闘跡地へ引き返した。
――岬と后を保護した旧千代瀬集材所から数十分
戦闘跡地へに近づいたとき、先に異変に気づいたのは、靂だった。
「――!止まって」
道の先に、人が倒れている。
靂が駆け寄り、その一人の首筋へ指を当てる。
「呼吸はある」
倒れているのは一人だけではなかった。
周囲には、九条側の警備員四人が折り重なるように伏している。
少し離れた場所には、拘束された柄沢も倒れていた。
意識はない。
だが、こちらも呼吸はしている。
靂が立ち上がり、周囲を見渡した。
「一人……いない。あの女……」
霹の表情が変わる。
「もしかして、研究員の女の人?逃げられた感じ!?」
薙刀を握り直し、道の先へ目を凝らす。
ホテルへ通ずる車道、茂みの中の獣道。
「まだ近くにいるかも!」
「待って」
駆け出そうとした霹の腕を、靂が掴んだ。
「先に二人を運ぶ。私はここに残る」
「でも――」
「どこへ逃げたかも分からない。霹はホテルに二人を運んで」
靂は霹の腕を離すと、スマートフォンを取り出した。
短い呼び出し音のあと、箒が応答する。
「箒、羽瀬川先生に伝えて」
『どうした?』
「旧千代瀬集材所へ向かう道で、警備員が四人倒れてる。全員、呼吸はある」
靂は拘束された柄沢へ目を向ける。
「拘束した男は残ってる。でも、研究員の女がいない」
『分かった』
「救護と応援をお願い」
通話を切り、靂はもう一度周囲へ視線を巡らせた。
霹がガンマの傍らへ戻る。
「じゃあ、二人はあたしが――」
――そのときだった。
辺り一帯が、蒼く染まった。
木々の隙間を抜けた光が、山道を、倒れた警備員たちを、ガンマの身体を照らしていく。
「何……あれ」
霹が空を見上げる。
遠く離れた山間部から、蒼い光柱が天高く立ち昇っていた。
ガンマも首をもたげ、光柱を見つめている。
靂は何も言わず、その方角へ目を細めた。
ガンマの背で、岬が重い瞼を持ち上げる。
霞む視界のなかに、空を貫く蒼い光が映った。
「天宮……君……?」
誰も、その呟きには答えられなかった。
「そうだ……九条君に――伝えなきゃ」
岬は震える手でスマートフォンを取り出した。
画面へ指を滑らせ、狛とのメッセージ画面を開く。
だが、文字を打とうとした指は、思うように動かない。
「代わりに……お願い」
岬はスマートフォンを霹へ差し出した。
「華園さんは……無事。呼吸は、ある……。外傷も……ない……って」
「オッケー! 任せて!」
霹はスマートフォンを受け取ると、慣れた手つきで文字を打ち込んだ。
送信。
続けて、もう一通。
霹は満足そうに頷いた。
そこで何かを思いつき、スマートフォンを自分へ向ける。
「あ、本人確認も送っとこ」
「何の?」
靂が聞き返した瞬間、撮影音が鳴った。
画面いっぱいに映ったのは、笑顔でピースサインを作る霹。
その背後には、冷めた目を向ける靂が半分だけ写り込んでいた。
霹はその写真も、迷わず狛へ送信する。
「これでよし!」
「早く行って」
「はいはい」
霹は岬へスマートフォンを返すと、ガンマの傍らへ立った。
***
――同じ頃。
「――獅堂……?お前、なんで……」
霞は振り返らなかった。
狛を背に庇い、小太刀を構えたまま久垣を見据えている。
「自信満々に出ていったくせに、こんなとこで道草かよ。こんなデカブツに何苦戦してんだ」
「あぁ!?」
「何を!?このクソガキ!」
狛と久垣の声が、ほとんど同時に重なった。
先に動いたのは久垣だった。
赤銅色の装甲腕を振り上げ、霞へ殴りかかる。
その瞬間、狛と霞の背後から突風が吹き抜けた。
木々が大きくしなり、境内の砂利が舞い上がる。
真正面から風を受けた久垣がよろめいた。
踏み留まろうとした脚が地面を削り、赤銅色の巨体が数メートル後方へ押し戻される。
霞の背後で、ラムダが翼を広げていた。
久垣が装甲腕を地面へ突き、どうにか体勢を立て直す。
その間に、霞は小太刀を鞘へ納めた。
腰を落とす。
左手で鞘を押さえ、右手を柄へ添える。
居合に似た構え。
鞘に収められた小太刀へ、風属性のイデアが集まっていく。
圧縮された風が刃の周囲で渦を巻き、甲高い音を立てた。
「あ……あいつは《召装》状態だぞ」
「黙って見てろ」
霞が地面を蹴った。
一歩で間合いを詰める。
大きく踏み込み、久垣の装甲へ小太刀を走らせた。
「おい、獅堂!そいつ、硬ぇ――」
狛の忠告よりも疾く、風を纏った刃が閃く。
火花が散った。
霞は久垣の脇を駆け抜け、数歩先で止まる。
その背後で、赤銅色の装甲に一本の裂傷が走った。
「――硬ぇ……ぞ?」
久垣が、自らの装甲へ刻まれた傷を見下ろす。
「【鋼属性】の装甲に……傷をつけただと!?」
「鋼……属性?一体どんな――」
「とりあえず硬ぇんだよ」
「とりあえずって……」
霞は小太刀を軽く振り、再び久垣へ切っ先を向けた。
「この程度も斬れねぇようじゃ、クソ姉貴たちにまた笑われる」
「調子に乗るんじゃねぇぞ!」
久垣が吼える。
二本の装甲腕が、左右から霞へ襲いかかった。
霞は後方へ跳ぶ。
片方を小太刀で受け流し、もう片方を横風で逸らす。
装甲腕が地面へ叩きつけられ、砂利と土煙が跳ね上がった。
その隙間を縫うように霞が踏み込む。
風を纏った小太刀と赤銅色の装甲が激突し、再び火花を散らした。
一撃。
二撃。
刃が触れるたび、装甲の表面へ浅い傷が増えていく。
それでも、決定打には届かない。
霞が小太刀へ纏わせるイデアの出力を上げる。
周囲を巡る風が鋭さを増し、足元の小石が小刻みに震え始めた。
――狛は片膝をついたまま、その攻防を見つめていた。
霞は、久垣の装甲を正面から壊そうとしていない。
装甲腕の外側へ回り込み、攻撃の届かない位置へ滑り込む。
久垣の視線。
二本の装甲腕が動く範囲。
巨大な上半身に対し、何も覆われていない脚部。
痛む左肩を押さえながら、狛は自分がこの戦いへ入る術を探した。
「ちょこまかと……!」
久垣の鉈を、霞が小太刀で受け流す。
「――てめぇは邪魔すんな!」
怒声を浴びせた久垣の視線が、霞の背後へ向けられた。
片膝をつく狛。
本来の標的を思い出したかのように、久垣が強引に霞との間合いを切る。
装甲腕を振り回しながら、狛へ向かって走り出した。
「させるかよ!」
ラムダが翼を打ち下ろす。
横合いから叩きつけられた突風に、久垣の巨体が傾いた。
露出した脚がもつれ、踏み出した足が地面を滑る。
霞が小太刀を振り抜いた。
刃へ纏わせていた風属性のイデアが、斬撃となって射出される。
風の刃が久垣の装甲へ直撃した。
「ぐぉっ!」
久垣は地面を削りながら後方へ押し戻された。
装甲腕を地面へ突き立て、辛うじて転倒を免れる。
霞は久垣から目を離さないまま、狛へ問いかけた。
「休憩は終わったか?」
「……あ?」
「休み足んねぇなら休んどけ。それか、お姫様でも探しに行ってこい」
「……『お姫様』って――」
制服のポケットで、スマートフォンが震えた。
狛は一瞬だけ視線を落とす。
久垣との距離は開いている。
霞とラムダが、その間に立っている。
狛はポケットからスマートフォンを取り出した。
送り主は、逢麻岬と表示されている。
画面を開く。
『キサッキーは無事だよ!まだ意識はないけど、呼吸あり!目立った外傷もなし!』
「キサッキー……?」
狛の目が、わずかに見開かれる。
その下へ、新たなメッセージが表示された。
『ミサッキーも無事だよ〜☆』
「ミサッキー?……誰だよ」
さらに一枚の画像が届く。
画面いっぱいに映っていたのは、満面の笑みでピースサインを作る霹だった。
その背後には、冷めた目を向ける靂が半分だけ写り込んでいる。
「……こいつらかよ」
狛の口から、小さく息が漏れた。
「……見つかったのか」
霞は久垣から目を離さないまま尋ねる。
狛は答えず、その場から立ち上がった。
制服についた土を手早く払う。
それから霞の隣へ歩み寄り、スマートフォンの画面を差し出した。
霞が僅かに視線を落とす。
画面いっぱいに映った霹と、その背後に半分だけ写り込んだ靂。
霞は小さく舌打ちした。
だが、その口元は僅かに吊り上がっていた。
狛はスマートフォンをポケットへ戻し、五節棍を握り直す。
「いいとこ取りは、御三家のお家芸か?」
「ふっ――減らず口は、九条家のお家柄か?」
「……後で覚えてろよ」
炎属性のイデアが、節から節へ走った。
五つの棍身を炎が包み、周囲の空気を赤く揺らす。
その熱を隣で感じ取り、霞も風を纏う小太刀を構え直した。
「だったら俺に合わせろ。遅れんなよ」
狛が久垣の正面へ踏み出す。
久垣の意識が、再び狛へ向けられた。
その瞬間、霞が地面を蹴った。
ラムダの風を纏い、久垣の側面を一気に駆け抜ける。
久垣が霞を追おうと身体を捻る。
しかし正面では、狛が炎を纏った五節棍を振るい、その視線を引き戻した。
霞はそのまま、久垣の背後へ回る。
久垣の正面に、狛。
背後には、霞。
炎と風が、赤銅色の巨体を挟み込んだ。




