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Last Quartz  作者: 錢葵
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10-1話_A-Idea at Gunpoint

残暑の季節がやってまいりました。皆様体調管理には十分お気を付けください。


雷撃に巻き上げられた土煙が、道路の上をゆっくりと流れていく。


柄沢は左腕の湾曲盾を広げたまま、数メートル後方まで押し戻されていた。

黄土色の盾面には、受け止めた雷の残滓が細く這っている。


その正面で、霹が薙刀を構えた。


「か弱い女子に手ェ出すとか、おじさんマジで、サイッテー」


口元は、わずかに吊り上がっている。

しかし、その目は笑っていなかった。


「なんだぁ、テメェ?……また女か」


柄沢が苛立たしげに吐き捨てる。


次の瞬間、霹の姿が視界から消えた。


盾を回すより速く、懐へ潜り込まれる。

刃を返した薙刀の長柄が、がら空きになった柄沢の横腹を薙ぎ払った。


骨の軋むような鈍い音とともに、柄沢の身体が宙を舞う。

路面を二度、三度と跳ね、そのまま激しく転がった。

霹はこめかみに青筋を浮かべ、倒れた柄沢を見下ろす。


「ざ〜んねん!女は女でも、ゴリラ女Aでした!」


柄沢は横腹を押さえながら、低く呻いた。


不意打ちだった。

まともに受けた脇腹は、呼吸をするだけで痛む。


それでも、左腕を覆う湾曲盾は消えていない。


「クソが……!」


柄沢は短刀を路面へ突き立て、強引に身体を起こした。

その眼前へ、霹が迫る。

振り下ろされた薙刀を、湾曲盾が受け止めた。

激しい衝突音が山間に響き、黄土色の盾面を雷光が駆け抜ける。


柄沢は盾を縮小し、密度を上げる。

霹の薙刀を外側へ受け流すと、右手の短刀を横薙ぎに振るった。


霹は上体を反らして刃を躱す。

返す勢いのまま薙刀を旋回させ、今度は柄沢の足元を薙ぎ払った。


その攻防の傍らで、靂は岬のもとへ駆け寄っていた。

地面へ伏した岬の呼吸を確かめると、その身体を肩へ担ぎ上げる。


「ちょっ……!」


岬が声を上げるより早く、靂は旧千代瀬集材所へ続く道を駆け出した。

輪郭の解れたアールも、震える前脚を路面へつく。

一度よろめきながらも立ち上がり、二人のあとを追った。


「待てッ!」


柄沢が靂を追おうと踏み出す。

その進路へ、薙刀の切先が突きつけられた。


「おじさんの相手、あーしなんだけど?」


霹が路上の中央に立ち、柄沢の行く手を塞いでいる。

柄沢は奥歯を噛み締めた。


正面の女を相手にしながら、もう一人を追うことはできない。

ましてや右腕には銃創、横腹には今しがた受けた一撃が残っている。


柄沢は湾曲盾を大きく展開し、迫る霹との間に黄土色の壁を作った。

その陰で左手をポケットへ滑り込ませ、スマートフォンを取り出す。

連絡用の画面を開き、最小限の文字を打ち込んだ。


『女2。救援』


送信から数秒も経たないうちに、スマートフォンが短く震えた。


真柴

『二分、持ちこたえてください』


「二分だぁ……?」


柄沢が顔を歪めた直後、湾曲盾へ霹の薙刀が叩きつけられた。

轟音。

黄土色の盾が大きく軋み、柄沢の靴底が路面を削りながら後退する。


その頃、靂は五十メートルほど先まで岬を運んでいた。

戦闘の余波が届きにくい道路脇へ入り、肩に担いでいた身体を慎重に下ろす。

遅れて辿り着いたアールも、岬を庇うようにその隣へ身を伏せた。


岬は乱れた呼吸を整える間もなく、霹と柄沢が戦う方角へ顔を向ける。


「戻らないと……」


地面へ手をつき、立ち上がろうとする。

しかし、腕に力が入らない。


靂は背負っていた薙刀を抜き、岬へ背を向けた。

細い身体を前線との間へ置き、自らの背中でその先を遮る。


「行って」

「でも……!」

「いいから」


靂は振り返らない。

遠くで再び、薙刀と盾が激突する音が響いた。


「この場で何が最適解か、あなたなら分かるんじゃない?」


岬は言葉を失った。

柄沢を倒すために、ここまで来たのではない。

旧千代瀬集材所には、助けを待っている后がいる。


靂は返事を待たなかった。

薙刀を携え、音もなく前線へと戻っていく。

遠ざかっていくその背中を見つめながら、岬の視界がわずかに滲んだ。


それでも、立ち止まってはいられない。

岬は隣に伏せるアールへ手を伸ばし、解れかけた輪郭へそっと触れた。


「アール、もう少しだけ、行こう」


岬とアールが旧千代瀬集材所へ向かう一方、霹は柄沢を道路上へ釘づけにしていた。

薙刀が唸りを上げる。

柄沢は密度を高めた湾曲盾で受け流し、霹の懐へ短刀を滑り込ませた。


しかし、届かない。


霹は柄沢の手首を薙刀の柄で打ち上げると、その場で大きく旋回した。

横一文字の薙ぎ払い。

長い間合いが、道路の幅ごと呑み込む。


受ければ、盾ごと持っていかれる。

柄沢は咄嗟に後方へ跳び、薙刀の軌道から逃れた。

着地した、その瞬間だった。


靴底の下で、青白い光が瞬く。


「がッ……!」


路面の亀裂から雷が噴き上がり、柄沢の右脚へ絡みついた。

筋肉が強制的に収縮し、膝から力が抜ける。

地面へ打ち込まれていた雷が、逃げた先で楔のように柄沢の動きを止めた。


「どうも……」


静かな声が、背後から聞こえる。

薙刀を手に戻ってきた靂が、柄沢へ冷えた視線を向けていた。


「――ゴリラ女Bです」

「プププ……」


霹が堪えきれずに吹き出す。

柄沢が短刀を振るい、強引に靂を遠ざけようとする。

靂は半歩退くだけで刃を躱し、薙刀の石突で柄沢の手首を弾いた。


直後、反対側から霹の薙刀が迫る。

柄沢は湾曲盾を広げて二人の攻撃を防ぐ。

だが、面積を広げた盾では霹の一撃を受け止めきれない。


盾を縮めれば、靂の切先が守りの外側を正確に突く。

霹の攻撃を躱せば、その着地点には靂の仕込んだ雷が待っている。


受けても、避けても、その先へ次の一手が置かれていた。


二人は互いに合図を送らない。

視線すら交わさない。

それでも霹がどこへ追い込み、靂がどこで待つのか、最初から決まっているかのように噛み合っていた。

柄沢は痺れる右脚を引きずり、二人から距離を取る。


(くそっ……この女ども……なんて連携だ……!)


霹が一気に間合いを詰める。

柄沢は痺れの残る右脚を踏ん張り、湾曲盾を正面へ構えた。

振り下ろされる薙刀。

柄沢が衝撃に備え、歯を食いしばる。


――その寸前、細い金属棒が二人の間へ滑り込んだ。


甲高い音が響く。

金属棒は霹の一撃を受けて大きくしなった。

しかし折れることなく、その反動を利用して薙刀の軌道を外側へ弾き返す。


「なに?」


霹が後方へ跳ぶ。

道路脇の木々の間から、一人の女が姿を現した。

手にしているのは、細身の伸縮式警棒。

短かった棒身は四段階に展開され、表面には薄いイデアの膜が纏わりついている。


だが、周囲に召喚獣の姿は見当たらない。

霹は現れた女の顔を見て、首を傾げた。


「あれ?今日、研究所にいた人にそっくりじゃね?」

「そっくりというか、ご本人様よ」


靂が薙刀を構えたまま答える。

柄沢は湾曲盾を下げず、女を横目で見た。


「お前が真柴か」


――また女か。

この日、柄沢と真柴が直接顔を合わせるのは、これが初めてだった。

互いに名前と役割だけは共有されている。


「こいつら、戦闘慣れしてる。気をつけろ」

「あなたに言われなくても分かってるわ」


真柴が伸縮式警棒を振るう。

しなる棒身が軌道を変えながら、霹の手元へ襲いかかった。

霹が薙刀で受ける。

二つの武器がぶつかり合い、雷が弾けた。


真柴の警棒を伝った雷光が、柄の内部へ吸い込まれる。

柄尻に埋め込まれた小さな灯が、一度だけ明滅した。


靂が横から薙刀を突き出す。

真柴が身を沈めて躱したところへ、柄沢の湾曲盾が割って入った。


戦場は二対二へと変わる。


数度の攻防を重ねる中、真柴は二人の顔を交互に見た。


「見学者名簿で名前を見た時に、まさかねとは思ったけど……御三家の一角、双鳶家の姉妹じゃないの!」

「ソーエン家……だと?」


耳慣れない名前を、柄沢は訝しげに反芻した。

その名が何を意味するのかは、まるで分かっていない。

霹は薙刀を肩へ担ぎ、得意げに笑った。


「あれー?ひょっとすると、あーしたち有名人?ファンが増えちゃった」

「残念。あなたたちには、塩対応すら生ぬるいわ」


靂が表情を変えずに告げる。


次の瞬間、二本の薙刀が同時に閃いた。

雷光が道路を白く染める。

轟音は木々を震わせ、遠く離れた山間まで響き渡った。


***


その雷鳴が忘却の滝へ届く、わずか前。

砥上の両肩に浮かぶ二基の装具が、ゆっくりと向きを変えた。

カワセミの頭部を思わせる先端が奏を捉え、折り畳まれていた翼状の部位が開いていく。


片方が砥上の斜め上へ浮上した。

次の瞬間、その先端から一条の水が放たれる。


「っ……!」


奏が身構えるより先に、肩の上でアビスが顔を上げた。

迫る水流が、奏の一メートルほど手前で静止する。

勢いを失った水は球体へと形を変え、弾けるように足元へ零れ落ちた。


やはり、水は届かない。

だが、攻撃は終わっていなかった。

もう一基の装具が反対側へ回り込み、奏へ狙いを定める。

銃口を向けた瞬間、最初の一基が再び水流を放った。


二方向から交互に飛来する水。そのすべてを、アビスが奏の手前で止めていく。

視線と銃口が、左右へ振られる。

その中央を、砥上が滑るように駆け抜けた。

低い姿勢のまま、一瞬で間合いを詰める。

右拳を引くと同時に、水色のグローブから高圧の水が噴き出した。


水圧に押し出され、拳が加速する。

アビスが反応した。砥上を押し出していた水が形を失い、飛沫となって四方へ弾ける。

しかし、すでに生まれた勢いまでは消えない。


奏は咄嗟に両腕を交差させた。

直後、水色のグローブがその防御を打ち抜く。

鈍い衝撃が骨を伝う。

奏の身体は後方へ押し出され、濡れた岩場を靴底で滑った。


砥上は拳を振り抜いた体勢から、ふわりと宙へ浮かび上がる。

二基の装具に支えられ、地面から数十センチほど離れた位置で静止した。

握り締めた右拳を奏へ向け、軽く笑う。


「結局――コレ(拳)なんだよね」


奏は痺れる両腕を下ろし、ハンドガンを構え直した。

引き金を引く。

銃声が二度、滝壺に響いた。


砥上の身体が横へ滑る。

二基の浮遊装具が細かな角度調整を繰り返し、銃弾の軌道から身体を外していく。


急停止。

直後には、進行方向を反転。


奏が銃口で追うより先に、砥上が視界から消えた。


「遅い」


声は、すぐ横から聞こえた。

グローブに覆われた拳が、奏の脇腹へ突き刺さる。

身体がくの字に折れたところへ、続けざまに膝が跳ね上がった。


奏は後退しながら、どうにか銃口を向ける。

左右の浮遊装具が同時に水流を放った。

アビスが翼を広げる。

迫った水は一瞬で勢いを失い、奏の周囲へ降り注いだ。


水飛沫が、視界を覆う。

その向こうから伸びてきた手が、奏の右手首を掴んだ。

砥上は銃口を外側へ逸らし、踏み込む。

肘が奏の胸元へめり込み、足を払われた。


天地が反転する。


背中から岩場へ落ちる寸前、奏は左手をついて衝撃を逃がした。

転がりながら距離を取り、片膝をついて銃を構える。


撃つ。


砥上はわずかに浮き上がり、銃弾を足元へ通した。

そのまま空中で身を翻し、着地と同時に再加速する。


拳。

蹴り。

投げ。


水は一度も奏へ届かない。

それでも砥上の攻撃は、確実に奏の身体だけを削っていく。


そのときだった。


遠く離れた山間で、雷鳴が轟いた。

晴れ渡った空の下で鳴るはずのない音。

奏の視線が、ほんの一瞬だけ雷鳴の方角へ向く。


-――誰かが戦っている。


「気が散ってるように見えるけど?」


砥上の声が、思考へ割り込んだ。

すでに目の前にいる。

グローブから高圧の水が噴き出し、引き絞られた拳を加速させる。


奏が防御を固めるより早く、その一撃が腹部へ叩き込まれた。

肺から空気が押し出される。

肩にいたアビスが咄嗟に宙へ飛び立つ。

奏の身体は地面から浮き上がり、後方の岩へ背中から激突した。


鈍い音が響く。


岩肌を滑り落ちた奏は、その場へ膝をついた。

呼吸がうまくできない。

堪えきれずに咳き込むと、口元へわずかに血が滲んだ。


「その程度か?」


砥上の声が、滝の音に混じって届く。

奏は岩へ背を預けたまま、浅い呼吸を繰り返した。

腹部には重い痛みが残り、息を吸うたびに背中まで鈍く疼く。


その前へ、アビスが舞い降りる。

小さな翼を大きく広げ、砥上から奏を隠すように立ちはだかった。

アビスは傷ひとつ負っていない。

呼吸も乱れていなければ、その身に宿すイデアが弱まった様子もない。


――今も、守ってくれている。

砥上の浮遊装具が放つ水も、グローブから噴き出す高圧の水も、一滴たりとも奏へ届いていない。


それなのに。

自分は、この高度な戦いについていけていない。

砥上が動いてから銃口を向けても遅い。

引き金へ指をかける頃には、すでに拳が届く距離まで踏み込まれている。


奏は右手のハンドガンへ視線を落とした。

ハンドガンと近接戦じゃ、相性が悪いのか――。

そう考えて、すぐに引っかかった。


――相性?


武器だけで、優劣が決まるのか?

奏は濡れた岩肌へ左手をつき、ゆっくりと立ち上がる。


あの日、実地演習で凝縮弾は成功した。

既存の弾丸ではない。

自らのイデアを圧縮し、ひとつの形を与えて撃ち出した。


そして今日、研究所でも目にしている。

剣型のiCAS。

水のイデアを細く、鋭く収束させ、刃の形へと変えていた。


ならば、できるはずだ。


イデアを自由に。

水を自由に形造れば――。


銃だから、撃つだけである必要はない。

イデアは想いだ。

なら、想いの形は自由でいい。


奏はハンドガンを握り直し、その銃口を見つめた。


コイツに、刃を――。

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