8-4話_ Places, Everyone
「――てめぇ、何しに来やがった!」
御手洗の怒声が、九条リゾート千代瀬のロビーを震わせた。
羽瀬川の喉から、掠れた声が漏れる。
「なっ……」
一瞬、混乱した御手洗が、一般客へ刃を向けたのだと思った。
だが、違う。
白刃は羽瀬川を庇うように、二人の間へ差し込まれていた。
切っ先も刃も、羽瀬川には向けられていない。
何より――一般客を装う男の内側には、それ以上に鋭いものが潜んでいた。
誰も、御手洗が刀を抜く瞬間を捉えられなかった。
気づいたときには、白刃が男との間にある。
遅れて風が通り抜けた。
ロビーに集まった召喚士たちからさえ、声は上がらない。
普段の粗野な振る舞いからは想像もつかない、洗練された抜刀術。
二人の間へ割って入るべきではない。
理屈より早く、羽瀬川の経験がそう告げていた。
男は、目の前に差し込まれた刀を眺めた。
「久しぶりの挨拶にしては、随分物騒じゃあねぇか」
「質問に答えろ」
「俺はお前とドンぱちしに来たわけじゃあねぇよ」
男は白刃へ一度だけ目を落とした。
刃の腹へ手の甲を添え、わずかに脇へ押す。
暖簾をくぐるように首を傾け、その下を通り抜けた。
御手洗は斬らない。
男も振り返らなかった。
足元のキャリーケースへ手を伸ばし、持ち手を引き上げる。
乾いた音が、静まり返ったロビーへ響いた。
男が歩き出す。
進路にいた生徒たちは、誰に言われるでもなく左右へ分かれた。
磨き上げられた大理石の床に、一本の通路が開く。
その中央を、革靴とキャリーケースの硬い車輪が、規則正しい音を立てながら進んでいった。
御手洗は追わない。
抜き身の刀を提げたまま、その背中を睨み続けている。
男は生徒たちの間に開いた通路を渡り切り、窓辺のラウンジへ入った。
大窓の向こうでは、千代ノ瀬川が建物に沿って流れている。
川を側面に望む二脚のソファ。
その間には、細長いローテーブルが置かれていた。
男はキャリーケースを傍らへ立て、ジャケットの裾を払う。手前のソファへ深く腰を沈め、そこでようやく御手洗を振り返った。
「まぁまぁまぁ、そんな物騒なもん仕舞って、座って話そうや」
御手洗は動かない。
男は小さく肩を竦めると、スーツの懐へ手を差し入れた。
取り出したのは、千代瀬周辺の観光パンフレットだった。
御手洗にも見えるよう、ひらひらと振る。折り畳まれていた千代瀬一帯の地域図が広がった。
左手で紙面を支え、右の人差し指を添える。
男は地域図へ目を落としたまま、ホテルから数百メートル離れた山道の一点を、軽く二度叩いた。
「ここ」
どんな顔をするのか。
男は御手洗の反応を窺おうと、視線を上げた。
しかし、生徒たちが開けた通路の先に、その姿はなかった。
「妙な真似はよせ」
声は、すぐ背後から聞こえた。
右肩の向こうから白刃が伸びる。
切っ先は男の首ではなく、地域図を指す右手へ向けられていた。
「遺言が『ここ』の二文字になってもいいんだな」
男は肩越しの白刃を一瞥した。
「おいおい、俺は地図を指しただけだぜ?」
「もう一度聞く。ここに何しに来やがった」
「だから言ってんだろ。俺はお前とドンぱちしに来たんじゃあねぇよ」
男は掲げていたパンフレットを下ろし、地域図をローテーブルへ広げた。
「話をしに来たんだ。長い話をな」
御手洗は刀を引かない。
「その前に、一般のお客さんは部屋へ戻してやれ。落ち着かねぇだろ」
男は、ロビーへ視線を流した。
「学生さんには……そこで大人しくしててもらおうか」
その意味を、御手洗は正確に理解していた。
一般客は遠ざける。
生徒は、男の目の届く場所へ残す。
「......羽瀬川先生」
「は、はい」
呼びかけられた羽瀬川が、わずかに身構えた。
「至極癪ですが、ここはこいつの言うとおりにしましょう」
「ですが、御手洗先生――」
「こいつは本気です。俺には分かります」
御手洗は男から目を離さないまま、続けた。
「一般のお客さんを、各客室へ戻してください。生徒はロビーに集めて、点呼をお願いします」
羽瀬川は御手洗と男を交互に見た。
やがて小さく息を呑み、頷く。
「……分かりました」
羽瀬川はホテルの従業員へ、一般客の誘導を依頼した。
ロビーに残っていた数人の宿泊客が、従業員に付き添われながらエレベーターと階段へ消えていく。
続いて、生徒たちへ向き直った。
「一年D組は、ロビー中央に集まってください。勝手に動かず、点呼を取ります」
生徒たちは男を警戒しながら、ロビーの一角へまとまっていった。
一般客が消え、生徒たちの点呼が始まる。
その配置を確認してから、御手洗は男の肩越しに伸ばしていた刀を引いた。
「……要件はなんだ」
白刃が鞘へ滑り込む。
鍔が、短く鳴った。
御手洗は男の背後から離れ、ローテーブルを回り込む。
そして、川側のソファへ腰を下ろした。
二人の間には、千代瀬一帯の地域図が広げられている。
大窓の向こうでは、千代ノ瀬川が何事もなかったように流れていた。
***
天宮君の、あの様子。
彼と入れ替わるようにホテルへ入ってきた、謎の男。
その顔を見るなり、御手洗先生は迷わず刀を抜いた。
そして、別の避難経路を使っているという華園さん。
岬は、手の中にある髪留めへ目を落とした。
黒い留め紐に、朱色の細い波形飾り。
ベレッタだけが、あれほど消耗した状態で戻ってきた。
本当に避難しているのなら、どうしてベレッタだけがホテルへ来た?
なぜ、華園さんの髪留めを残して霧散した?
華園さんの身に、何かが起きている。
それだけは間違いない。
――誘拐?
岬は髪留めを、自分の胸元にあるブローチへ近づけた。
黒い留め紐と朱色の波形飾りを、そこに収められたクォーツへ触れそうな距離まで寄せる。
「アール。この匂い、覚えておいて」
そのまま作戦ノートを開く。
革製のノートホルダーに挟んでいた、千代瀬の観光パンフレットを取り出した。
男と御手洗が対峙している間にも、岬の分析は進んでいた。
地域図には、前日の実地演習で使用した各コンダクションポイントと、担当したペアが書き込まれている。
ベレッタがホテルへ飛来した方角を思い返し、その軌道を地図へ重ねる。
ベレッタが、ここまで真っ直ぐ飛んできたとは限らない。
途中で追跡を避けた可能性も、山や建物を迂回した可能性もある。
それでも、帰ってきた方角は手掛かりになる。
岬の指が、地域図に記した文字の上で止まった。
《コンダクションポイントNo.9――天宮奏/華園后》
天宮君の、あの様子。
もし、華園さんの居場所に心当たりがあったのだとしたら――。
岬はパンフレットを手に、ロビーに残っていた狛へ歩み寄った。
「少し教えて、九条君」
「なんだ?」
「コンダクションポイントNo.9方面に、千代瀬産業施設跡地群に含まれる廃墟はある?」
狛は突然の質問に目を瞬かせた。
「あ、ああ……。あっち方面は確か、貯木場と林業施設だったはずだ。でも、なんで...」
「……ありがとう」
岬はパンフレットを作戦ノートへ戻した。
一度、大きく息を吸う。
吐き出す頃には、迷いの消えた目が窓辺のラウンジへ向いていた。
「ちょ、」
狛の言葉は届かない。
岬は、男と御手洗が向かい合う、その場所へ歩き出す。
二人の間には、張り詰めた沈黙が横たわっていた。
「御手洗先生」
岬の声が、その沈黙を破った。
御手洗が岬へ視線を向ける。
男も、向かいに座る御手洗から岬へ目を移した。
「華園さんの居場所に、心当たりがあります」
「どこだ」
「コンダクションポイントNo.9方面にある、廃林業施設です」
男の表情は変わらない。
「ベレッタが飛んできた方角と、実地演習区域の配置がおおよそ一致しています。それに――」
岬は、后の髪留めを見せた。
「この髪留めには、華園さんの匂いが残っています。敷地の外でアールを召喚すれば、追跡できる可能性があります」
「それで?」
「場所を確認しに行かせてください」
御手洗の眉間に皺が寄る。
「ホテルでじっとしてろと言ったはずだ」
「戦いに行くつもりはありません。華園さんがそこにいるか、確認するだけです」
「いいじゃないか、“先生”」
男が口を挟んだ。
「生徒の自主性を大事にしろよ」
御手洗の視線が、男を射抜く。
男は笑みを崩さなかった。
どうして、この小娘は場所を割り出した。
止めれば、正解だと認めることになる。
男は何も言わず、御手洗の判断を待った。
御手洗は男を睨んだまま、岬へ告げた。
「行っていいとは言ってねぇ」
「はい」
「戦闘になりそうなら、一人で戦うな。座標をホテルにいる誰かに送り、必ず救援を呼んで、その場を離れろ」
岬は一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。
「……分かりました」
岬はラウンジを離れ、ロビーを横切った。
自動ドアをくぐり、ホテルのロータリーを抜ける。
敷地の外まで進んだところで足を止め、胸元のブローチへ触れた。
「アール」
クォーツから、夕陽色の光が溢れ出す。
光は岬の傍らへ集まり、土属性の召喚獣アールの姿を形づくった。
『状況はだいたい把握しているわ。行くわよ』
アールは低く垂らした尻尾を一度だけ振ると、どこか咎めるように岬を見上げた。
太陽は頭上近くまで昇っている。
岬は両太ももの革製ホルスターを、左右同時にパンッと叩いた。
続けて、両手で頬をパチンと打つ。
最後に、肩掛けのノートホルダーの紐を強く握りしめた。
「うん。行こう」
顔を上げる。
岬はアールとともに、山道へ踏み出した。
***
少し前、華園重工研究所。
警報が鳴り響く搬入口で、10代後半の二人の若者が大型ケースを載せた台車を押していた。
一人は、眞栄川亮二。
もう一人は、彼をこの仕事へ誘った灰島鉄平だった。
耳障りな警告音を聞いているうちに、眞栄川は応募したときの会話を思い出していた。
『日雇いバイトっすか?』
『大型連休って、ぶっちゃけ暇だろ。この荷物運搬バイト、めっちゃ羽振りよくね?』
灰島が見せてきたスマートフォンには、山間部にある研究施設での設備搬出と記載されていた。
『でも、この日当……ちょいと怪しくないっすか』
『運ぶだけでこの額だぞ。ちょっと怪しいくらいが、ちょうどいいんだよ』
『そんな理屈あります?』
結局、眞栄川は灰島に押し切られた。
そして今になって、“ちょっと怪しい”の意味を考えている。
仕事の開始を知らせるメッセージが届いたのと、施設内に警報が鳴り響いたのは、ほとんど同時だった。
「灰島さん……これ、聞いてた話と違いますよ」
「今さらビビってんじゃねぇよ。運ぶだけだろ」
「いや、施設中で警報鳴ってるんすけど……」
「だから早く運ぶんだろうが。さっさと押せ」
眞栄川は台車へ視線を落とした。
黒い専用ケースに収められているのは、本当にただの研究設備なのか。
別の台車では、銃器にしか見えない物体と、大型のバックパック型装置が運ばれている。
長大な剣を収めたケースや、厳重に封をされた属性クォーツの保管箱もあった。
聖召学園の生徒である眞栄川には、それらがただの機械ではないと分かる。
「...これは...クォーツか?」
「おい、眞栄川!」
灰島に呼ばれ、足を止めていたことに気づく。
「置いてくぞ!」
「……うっす」
自分は運んでいるだけだ。
何が入っているかは知らない。
そう言い聞かせ、再び台車を押そうとしたときだった。
「それに触るな!」
白衣姿の男性職員が、連絡通路から駆け込んできた。
息を切らしながら、灰島が押す台車へ掴みかかる。
「それが何か分かっているのか!今すぐ手を離せ!」
「お、おい!邪魔すんなって!」
灰島が、男性職員の腕を乱暴に振り払った。
男の身体が後ろへ流れる。
搬入口の段差へ踵を取られ、体勢を崩した。
倒れまいと踏ん張った足首が、不自然な方向へ曲がる。
鈍い音とともに、男性職員が床へ倒れた。
「ぐっ……!」
「灰島さん、この人――」
「し、死んでねぇよ。行くぞ」
男性職員は足首を押さえたまま、起き上がれない。
「いや、でも……」
「ここで捕まりてぇのか!」
眞栄川は男性職員と、遠ざかる灰島の背中を交互に見た。
警報は鳴り続けている。
結局、眞栄川は男性職員から目を逸らし、灰島の後を追った。
搬入口の外には、大型車両が停まっていた。
最後のケースを積み込んだところで、灰島がスマートフォンを眞栄川へ差し出す。
「お前、これを搬入ゲートに置いてこい」
画面には、搬入口から少し離れた場所が指定されていた。
眞栄川は渡された赤土色の目印を眺めた。
「これ、何なんすか?」
「帰り道の印だとよ。いいから置け」
指定された位置へ、赤土色の目印を置く。
土や錆に紛れてしまえば、誰も気に留めないほど小さな物だった。
眞栄川は、それが何のために用意された物なのか知らない。
二人はほかの作業員とともに、大型車両の荷台へ乗り込んだ。
車両が研究所を離れても、眞栄川の頭には、足首を押さえて倒れていた男性職員の姿が残っていた。
逃げるように車窓へ顔を向ける。
その先に、見慣れた色があった。
シャトルバスの周囲に集められた人だかり。
遠目でも分かる。
自分が毎日袖を通しているものと、同じ制服だった。
「……灰島さん」
「今度はなんだよ」
「あれ、ウチの制服じゃないっすか?」
灰島も車窓へ目を向けた。
車両は速度を落とさない。
聖召学園の生徒たちを残し、山道を走り去っていった。
***
CP No.9方面。
アールが、湿った山道へ鼻先を近づけた。
岬は少し後ろを歩きながら、その動きを見守っている。
『まだ追えるわ。少し薄くなっているけれど』
「ベレッタが飛んできた方角とも一致してる?」
『おおよそはね。ただ、あの子が真っ直ぐホテルへ飛んだとは限らないわ』
「うん。それだけなら、コンダクションポイントNo.9方面と断定するには弱い」
アールは歩みを止めず、匂いを追う。
岬も、ホテルで集めた情報を頭の中へ並べ直した。
消耗した状態で戻ってきたベレッタ。
その霧散後に残された、華園の髪留め。
ベレッタが飛来した方角。
コンダクションポイントNo.9。
奏と華園が担当した貯木場。
そして、その周辺にある廃林業施設。
「ベレッタの方角だけじゃない。髪留めの匂いが、この道に残ってる」
『ええ。それは推測ではなく、今ここにある証拠よ』
岬は頷いた。
それでも、まだ一つ気になることがある。
「アール。天宮君の匂いは?先に出て行ってるなら......」
アールは足を止めた。
鼻先を山道へ向け、湿った土や草の匂いを何度か確かめる。
『……しないわ。少なくとも、この道を通った匂いはない』
「じゃあ、天宮君はどこへ……」
『岬』
アールの声が、思考へ沈みかけた岬を呼び戻す。
「……なに?」
『今、私たちが持っている確かな証拠は、この髪留めの匂いだけでしょう?』
「でも、天宮君のあの様子なら、華園さんの居場所に心当たりがあったはず」
『彼は彼なりの手掛かりで動いているわ』
アールは岬の手にある髪留めへ、鼻先を寄せた。
『私たちは、私たちが追えるものを追いましょう』
岬は一度だけ後ろを振り返った。
木々の隙間から、遠く千代瀬の町並みが覗いている。
「……うん。お願い、アール」
『任せなさい』
アールは再び山道の奥へ鼻先を向けた。
岬も髪留めを握り直し、その後を追った。
***
九条リゾート千代瀬ーーエントランスロビー
岬がホテルを出てから、十数分が経っていた。
狛は自動ドアの向こうへ、何度も視線を向けていた。
脳裏に浮かぶのは、岬から尋ねられた言葉だった。
コンダクションポイントNo.9方面に、千代瀬産業施設跡地群に含まれる廃墟はあるか。
質問の意味を理解した岬は、何かを決意した目で御手洗のもとへ歩いていった。
そして、一人でホテルを出た。
『俺はもう迷わない!!』
『君が教えてくれたんじゃないか!!』
脳裏によぎる前日の奏の言葉
ポケットの中のスマートフォンの充電を確かめる
狛は迷いを断ち切り、窓辺のラウンジへ向かう。
「御手洗先生」
御手洗は男から目を離さなかった。
「……今度はなんだ」
「逢麻を追わせてくれ。俺の方が、この辺りの土地勘がある」
「駄目だ。これ以上、生徒を外に出せるか」
「逢麻を一人で行かせたままにする方が危険だ」
「だからって、お前まで――」
「俺なら、廃林業施設までの近道を知ってる」
狛は引かなかった。
「俺一人で行く。一人より二人の方がリスクは少ない。逢麻と連絡を取って、合流したらすぐ戻る」
御手洗が、ようやく男から狛へ視線を移した。
男は何も言わない。
ソファへ深く座り、二人のやり取りを静かに聞いている。
御手洗は短く息を吐いた。
「逢麻と合流したら、すぐに戻れ。敵を見つけても手を出すな」
「分かった」
狛は踵を返した。
大理石に足音が響く。
自動ドアが左右へ開く。
外へ踏み出すと同時にスマートフォンを取り出し、連絡先から逢麻岬の名前を選んだ。
発信する。
しかし、呼び出しへ入る前に接続が切れた。
画面には通信できない旨の表示が浮かんでいる。
「……圏外か?」
もう一度かけ直す。
結果は同じだった。
「……くそ...まぁ、行けば、どこかで拾えるだろ」
狛はスマートフォンをポケットへ滑り込ませた。
背後でホテルの自動ドアが閉まり、張り詰めたロビーの空気がガラスの向こうへ隔てられる。
千代ノ瀬川の音を横に聞きながら、狛は観光案内板の脇から山へ延びる細道へ踏み込んだ。
⸻
同じ頃、廃林業施設へ続く山道。
アールが、不意に足を止めた。
「アール?」
『静かに』
アールは鼻先を上げ、周囲を流れる匂いを慎重に選り分けた。
『華園さんの匂いが濃くなっているわ。この先で間違いない』
「じゃあ――」
『でも、ほかの匂いも混じってる。嫌な匂いだわ』
岬の手が、両太もものホルスターへ近づく。
「誰かいる?」
『いるわ』
アールは木々の奥へ視線を巡らせた。
『でも……場所が分からない。匂いが回ってる』
風に運ばれているだけではない。
何者かが、岬たちの周囲を移動している。
そのとき、岬のスマートフォンが短く振動した。
谷間を抜け、通信が回復している。
画面には、不在着信が数件。
《九条くん》
九条君から?
連絡先、交換はしたけど...
岬は周囲を警戒しながら、狛へ折り返した。
短い呼び出し音。
やがて通話がつながる。
「もしもし?ごめん、電波が悪かったみたい。九条君、どうしたの?」
狛の返事より先に、聞き馴染みのない
別の声が背後から割り込んだ。
「こんな山ん中を、一人で出歩いちゃ危ないですよ。お嬢ちゃん」




