8-1話_Industry Conceals A Secret
宿泊研修も大詰め、楽しい工場見学回です。
里帰り中、創作意欲のままに執筆しました。
ホテルを出発してから、数十分。
山間を縫うように走っていたバスの車窓に、周囲の景観には似つかわしくない近代的な建造物が姿を現した。
築年数は二桁にも満たないだろう。
白を基調とした外装には大きな窓が規則正しく並び、複数の建物を結ぶガラス張りの連絡通路では、白衣姿の従業員たちが行き交っている。
隣接する建物の煙突からは、白煙が空へ立ち昇っていた。
その足元では、荷を積んだフォークリフトが大型トラックと建物の間を忙しなく往復している。
「スゲー!」
綴と霹の声が、寸分違わぬタイミングで重なった。
「小学生みたいなリアクションはやめなさい」
隣に座る靂が、呆れたようにため息をつく。
「ここが、后の実家……」
奏が窓の外を眺めながら呟くと、前の座席から后が振り返った。
「実家なわけないでしょ。でも、親の顔より見た景色だわ」
彼女は窓の外へ目を向け、見慣れた建物を眺めるように目を細めた。
ーー華園重工株式会社、千代瀬研究所。
***
バスを降りた一行は、研究所のロビーで入館手続きを済ませた。
受付で一時入館証を受け取り、手荷物検査と簡単なセキュリティチェックを経て、案内されたのは中規模の会議室だった。
生徒たちが席へ着いて間もなく、正面に立った白衣姿の女性が一礼する。
「本日の案内を担当します、技術部の真柴と申します。よろしくお願いいたします」
肩口で切り揃えられた髪に、柔和な笑顔。
受け答えの端々からは、研究職らしい理知的な印象と、学生を必要以上に緊張させない親しみやすさが感じられた。
真柴から施設内での注意事項と見学ルートについて簡単な説明を受け、一行が移動の準備を始める。
椅子を引く音と話し声が重なるなか、后が真柴のもとへ歩み寄った。
「真柴さんが案内なのね」
「はい。后様には少々退屈かもしれませんが、お付き合いください」
后は真柴の顔を覗き込み、その目元へ視線を止めた。
「目のクマが酷いわよ。大丈夫?」
「これですか?こういうメイクなんです」
「嘘おっしゃい。貴女、昔からメイクなんて二の次だったじゃない」
「よくご存じで」
真柴が軽く笑う。
「ほんと、マルチに働くわね」
「ありがたいことです」
そう答えた真柴は、今度は后の顔を静かに見つめた。
「そういう后様も、どこかお疲れのように見受けられますが」
「昨日の疲れが取れてないみたいなのよ。今日が楽しみで、眠れなくてね」
「昔から、こういう日は変わりませんね」
「余計なことは言わなくていいの」
后が素っ気なく顔を背ける。
その様子に真柴はもう一度笑うと、一行へ向き直った。
「本日は製造棟、展示棟、研究棟の順にご案内します。移動中も稼働中の設備がありますので、必ず指示に従ってください」
真柴を先頭に、一行は会議室をあとにした。
***
製造棟へ入った瞬間、低く重なる機械音がガラス越しに響いてきた。
見学通路は製造ラインを見下ろせる位置に設けられており、生徒たちは頑丈な強化ガラスに沿って進んでいく。
眼下では赤熱した素材が機械へ運び込まれ、切断、成形、熱処理と、いくつもの工程を経て武器の部品へ姿を変えていた。
別のレーンでは、加工された部品を従業員が一つずつ組み上げている。
その先には塗装設備と検査区画が並び、完成した製品へ傷や不具合がないか、機械と人の目の双方で確認されていた。
「全部、機械が作ってるわけじゃないんだな」
奏の言葉に、后が足を止める。
「当然でしょ。加工の大半は自動化されていても、最後の調整や検査まで機械任せにはできないわ」
「どうして?」
「武器は、人の命を預かるものだからよ」
后は眼下の製造ラインを見渡した。
「使う人間を選ばないからこそ、作る側が責任を持たなきゃいけないの」
その横顔からは、見慣れた自社の設備に対する確かな誇りが感じられた。
さらに進むと、製造ラインが二つの方向へ分岐していた。
一方は見学通路から工程全体を確認できるが、もう一方は天井まで伸びた白い隔壁に覆われ、内部を窺うことができない。
「こちらは一般流通製品の製造レーンです」
真柴が、見えているほうのラインを手で示す。
「もう一方では、主に召喚士向けの製品を取り扱っています」
「何が違うの?キギョーヒミツってやつ?」
霹が隔壁の向こうを覗き込もうと、ガラスへ顔を近づける。
「召喚士の武器には、イデア伝導率を高めるための特殊加工が施されます。ただし、詳細な製造方法については企業秘密です」
「后も知らないの?」
「さすがに正確な工程までは知らないわよ」
后が肩をすくめた。
「知っていたとしても、ここでは教えないけど」
「えー」
「当たり前でしょ」
霹が口を尖らせ、靂に襟元を引かれてガラスから引き離される。
そんな姉妹のやり取りを横目に、奏はもう一度、隔壁の向こうへ視線を向けた。
今、自分が持っている銃も、この場所で同じように加工されたのだろうか。
規則正しく響く機械音が、これまでより少しだけ身近なものに聞こえた。
***
製造棟から連絡通路を渡り、次に案内されたのは展示棟だった。
白を基調としていた製造棟とは対照的に、内部は黒を基調とした薄暗い回廊になっている。
壁際を照らす間接照明と天井のダウンライト。
その光のなかに、華園重工の沿革と当時の写真が年代順に並べられていた。
小さな町工場として産声を上げ、国内の銃器メーカーとして成長し、上場、海外支店の設立を経て、現在では東洋圏における武器製造シェア第一位にまで上り詰めた歴史。
古びた工場の前で肩を並べる数人の職人から始まった写真は、先へ進むほど人数と建物の規模を増していく。
「創業して、上場して、海外支店を設立してっていう、すごい並びのなかに――」
壁の年表を追っていた岬が、ある一文の前で足を止めた。
「『華園重工社長――現会長、第一子となる愛娘誕生』って書いてあるね」
その言葉に反応したのは、近くを歩いていた数人だった。
奏と狛が年表を覗き込み、揃って后へ顔を向ける。
「ホント最悪だわ……」
后が片手で額を押さえた。
「会社沿革に関係ないって、パパには猛反対したのに」
「でも、正式な年表に載ってるぞ」
「見れば分かるわよ!」
狛は、年表と后を交互に見比べた。
「年表に自分のことを書いてくれるなんて、いい会社だな」
「他人事だと思って……!」
「もしかして、キサッキーの誕生日は休み的な?」
霹が真顔で尋ねる。
「なるわけないでしょ!」
堪えきれなかった笑いが周囲から漏れた。
后は赤くなった顔を隠すように歩調を速め、一行の先頭へ向かう。
少し前を歩いていた真柴へ追いつくと、彼女にだけ聞こえるほどの小声で囁いた。
「こういうのは、先に言っておいてよね……!」
真柴も前を向いたまま、声を潜める。
「后様を驚かせたくて」
「もう十分驚いたわよ……」
后は不満そうに呟き、そのまま真柴の隣を歩いていった。
***
回廊の先には、華園重工が過去に製造、あるいは改修へ携わった武器のレプリカが展示されていた。
年代別に並んだ拳銃や小銃、刀剣類の下には、それぞれの開発年と基本仕様が記されている。
「おっ」
奏が、展示ケースの一つを覗き込んだ。
「これ、后が使ってるやつだ」
ケース内に展示されていたのは、ベレッタM93R。
三点射機構と折り畳み式のフォアグリップを備えた、機関拳銃のレプリカだった。
「正確には、その原型よ。私のは華園重工で調整したカスタムモデル」
后がケースの横から補足する。
「昨日、散々向けられたから覚えてるんだろ」
狛が口を挟むと、后の眉がぴくりと動いた。
「あんたも人のことを言えないでしょ」
「俺は撃ってないぞ」
「そういう問題じゃないわよ」
奏は昨日の演習を思い出し、無意識に脇腹へ手を添えた。
狛の棒によって銃口を逸らされた感触は、まだ身体に残っている。
その仕草に気づいた綴が小さく噴き出し、周囲にもささやかな笑いが広がった。
製造棟の重々しい空気から一転し、生徒たちは見覚えのある武器を探しながら、展示スペースをゆっくりと進んでいった。
***
展示棟を抜け、ガラス張りの連絡通路を渡った先。
研究棟の体験区画には、透明な筒状の測定装置が複数設置されていた。
装置の周囲には大型モニターが並び、その奥には色とりどりの線が描かれたサンプルデータが表示されている。
「ここでは、イデア波形の簡易測定を体験していただきます」
真柴は一台の装置の横へ立った。
「召喚士の皆さんが放つイデアには、一人ひとり異なる波形があります。属性や出力だけでなく、召喚獣との接続状態によっても細かな変化が現れるんですよ」
生徒たちを見回し、柔らかく問いかける。
「皆さん、自分のイデア波形を見たことはありませんよね?」
何人かが顔を見合わせた。
戦闘時の出力や属性を測定された経験はあっても、自分の波形そのものを意識したことはない。
「じゃあ、誰からやる?」
御手洗が生徒たちへ話を振ると、綴が軽く手を挙げた。
「はい。なんか面白そう」
「では、空木さん。こちらへどうぞ」
綴は装置の中央へ入り、指示に従ってチョーカー型のクォーツギアへ触れた。
透明な壁面を淡い光が走り、正面のモニターに一本の線が描き出されていく。
緩やかに上下していた線は、次第に細かな枝分かれを増やし、風に揺れる草のような形へ変化した。
色は、風属性を示す緑系統。
「おお。なんかカッコいい」
「空木さんの基礎波形です。現在は召喚獣を呼び出していないため、比較的穏やかな形になっていますね」
「召喚したら変わるんですか?」
岬が手元のノートへ書き込みながら尋ねる。
「大枠は変わりませんが、クォーツとの接続が強まることで波形の密度と振幅が上昇します。感情や体調によっても表層部分には差が出ますよ」
「手相占いならぬ、“イデア波形占い”なんてものも、うちの会社でやろうとしてるのよね」
后が得意げに補足した。
「后様、そちらはまだメディアへ公表していない企画です」
「あら。そうだったかしら」
真柴の指摘にも悪びれる様子はない。
「占いって、本当に性格まで分かるの?」
霹が目を輝かせる。
「厳密には、蓄積した波形データを用いた傾向分析ですね。占いという表現は、一般の方にも親しみを持っていただくためのものです」
「やってみたい!」
次の測定者は、霹と靂になった。
双子ならば波形まで同じになるのか。
そんな疑問から、二人の測定結果が左右のモニターへ並べて表示される。
どちらも雷属性を示す紫系統であり、全体の輪郭もよく似ていた。
しかし、細部へ目を凝らせば、霹の波形は外側へ大きく広がり、靂の波形は中心へ向かって緻密に折り重なっている。
「同じじゃないのね」
「同じにはならないわよ」
后が当然のように答えた。
「双子なら近い波形にはなるでしょうけど、別の人間である以上、細かい部分には必ず差が出るわ」
「まだ測ってないときから言ってたじゃん!」
「測らなくても分かるわよ。それくらい」
「今回は特別に、一見するとよく似た二つの波形をご用意できましたので――」
真柴が、霹の測定結果を拡大する。
「簡単な傾向分析をしてみましょうか」
「お願いします!メッチャ楽しみなんですけど!」
「左側が霹さんの波形です。この波形から読み取れるのは、周囲を明るくしようと振る舞う社交性。そして、その内側に隠された、お淑やかで繊細な一面――」
「自己中心的なゴリラ女ってことね」
靂が即座に結論づけた。
「自己中心的なゴリラ女ってことだな」
霞も続く。
「なんでそうなるのよ!」
霹の抗議に、体験区画が笑いに包まれた。
測定は、その後も順番に続いていった。
やがて名前を呼ばれた奏は、測定装置の前でわずかに足を止めた。
視線が、自分の左手首へ落ちる。
父から譲り受けた、腕時計型のクォーツギア。
そこに宿るアビスが普通の召喚獣ではないことは、これまでに何度も思い知らされてきた。
測定装置へ入った瞬間、けたたましい警告音が鳴り響く。
画面いっぱいにエラーの文字が表示され、研究員たちが慌てて集まってくる。
そんな光景が一瞬だけ頭をよぎった。
「……これ、機械が壊れたりしませんよね?」
「何をするつもりなのよ、あんた」
后が呆れたように言う。
「測定装置はイデアを引き出すものじゃないわ。クォーツとの接続状態を読み取るだけ。機器から負荷をかけることもないから、普通にしていれば大丈夫よ」
「后様のおっしゃるとおりです」
真柴が微笑み、装置の内側を示した。
「肩の力を抜いて、普段どおりに立っていてください」
「……分かりました」
奏は恐る恐る測定装置へ入った。
左手で腕時計に触れる。
透明な壁面を光が走り、モニター上に細い線が現れた。
線は水面のように上下しながら枝分かれし、やがて一つの波形として安定する。
表示された色は、水属性を示す青。
警告音は鳴らない。
画面を埋め尽くすエラー表示も現れなかった。
「……普通?」
奏が思わず漏らす。
「何か起きてほしかったの?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
后に問われ、奏は曖昧に首を振った。
「きれいに測定できていますよ」
真柴が画面を確認する。
その指先が、操作端末の上で一瞬だけ止まった。
しかし、すぐに普段と変わらない微笑みを浮かべる。
「天宮さんも、問題ありません」
「よかった……」
奏は胸を撫で下ろし、測定装置の外へ出た。
***
体験区画の出口付近には、測定した波形を使って作れる記念品が展示されていた。
アクリルチャーム、光沢のあるメタルチャーム、透明なレジンへ波形を封じ込めたペンダント。
希望者には測定データを記録した二次元コードが発行され、それを併設された物販カウンターで提示すれば、好みの品へ加工してもらえるらしい。
完成品は、二営業日ほどで指定の住所へ届けられる。
「その場でもらえないの?」
霹が残念そうに声を上げる。
「一人ずつ違う形なんだから、すぐ作れるわけないでしょ」
靂が展示品を手に取りながら答えた。
「后も何か持ってるのか?」
奏に尋ねられ、后は自分の髪へ触れた。
赤と金のあわいに輝く髪をまとめた、黒い留め紐。
そこには、朱色の細い線が波打つ小さな飾りが取り付けられている。
「これよ。私のイデア波形を、そのまま意匠にしてあるの」
「それも波形なのか。かわいいじゃん」
「そ、そうでしょ?ただの模様に見えるでしょうけど、私だけの形よ」
后の指先で、小さな朱色の波形が揺れる。
奏はその形を、何気なく目で追った。
***
「それでは、ここで二十分間の休憩とします」
真柴の案内で、生徒たちは研究棟内の休憩スペースへ移動した。
自動販売機と簡易テーブルが設置され、その隣には先ほど紹介された記念品や華園重工の関連商品を扱う物販コーナーがある。
「私は次のプログラムの準備がありますので、一度失礼します。お時間になりましたら、館内放送でご案内します」
真柴は教員二人へ一礼し、職員専用扉の向こうへ姿を消した。
生徒たちは飲み物を買ったり、物販コーナーを覗いたりと思い思いに休憩時間を過ごす。
霹は最後まで即日受け取りができないことへ不満を漏らし、靂に「諦めなさい」と窘められていた。
岬は測定時に書き留めた内容を整理し、綴は自分の波形を模したアクリルチャームの見本を眺めている。
奏は紙コップに注いだ水を飲みながら、少し離れた場所にいる后へ目を向けた。
昨日の疲労は、完全には抜けていないのだろう。
それでも、研究所を歩く彼女の表情は、普段よりどこか柔らかかった。
自分が生まれるよりも前から続く会社。
そこで作られた武器と技術。
后がここを誇りに思っていることは、詳しく聞かなくても伝わってくる。
やがて休憩時間の終了を告げる放送が流れ、一行は指定された技術発表ホールへ向かった。
***
ホール内部は、中央の舞台を囲むように客席がすり鉢状に配置されていた。
黒を基調とした舞台の背後には、壁一面を占める大型スクリーン。
その前に立つ真柴へ照明が集まり、先ほどまでの気さくな案内役とは少し違う、発表者としての顔を浮かび上がらせている。
生徒たちが着席すると、スクリーンに華園重工の企業ロゴが映し出された。
「皆さんは現在の日本で、武器を所持するという行為が、以前ほど特別なものではなくなったことをご存じだと思います」
真柴の声が、静かなホールへ響く。
「銃刀法の撤廃以降、武器は公的機関や召喚士だけのものではなくなりました。適切な資格と管理のもとで、一般の方々が自衛手段を持つことも認められています」
スクリーンに、市街地を歩く人々の映像が流れる。
「しかし、武器を所持できることと、脅威へ対抗できることは同じではありません」
映像が切り替わる。
召喚獣によって破壊された建物。
規制線の向こうで救助活動を行う職員たち。
「召喚士による犯罪は、現在もなくなっていません。属性出力や召喚獣を用いた攻撃に対し、召喚士ではない一般の方が取れる手段は、逃げることに限られてきました」
真柴は一度、言葉を切った。
「私たち華園重工は、武器を作る会社です」
スクリーン中央へ、一行の文字が浮かび上がる。
――脅威から、生活を守る。
「武器とは、人を傷つけるためだけの道具ではありません。自分の命を、家族を、日々の生活を守るための選択肢でもあります」
企業ロゴが消え、代わって新たな名称が表示された。
Idea Conduction Armament System.
「大気中に存在する不可視イデアを人工的に伝導し、召喚獣を介さず、属性出力へ変換する」
その頭文字だけが残り、スクリーン中央で大きく拡大される。
――iCAS。
「これが、華園重工の開発するイデア伝導兵装システムです」
客席がざわめいた。
「……何よ、それ」
后の声には、純粋な驚きが滲んでいた。
「后も知らなかったのか?」
隣に座る奏が小声で尋ねる。
「知らないわよ。そんなの、パパさえ教えてくれなかったわ」
わずかに唇を尖らせる。
驚きだけではない。
自分の家族が経営する会社でありながら、存在すら知らされていなかったことへの寂しさが、その横顔に浮かんでいた。
「iCASは現在、社外への公表を行っておりません」
真柴の説明が続く。
「社内でも限られた人員のみが関わる機密研究です。本日は政府関係者、および一部の提携機関へ向けた限定公開の一環として、聖召学園の皆さんにご覧いただきます」
「……なら、仕方ないわね」
后は自分へ言い聞かせるように呟き、再び舞台へ顔を向けた。
スクリーンに、簡略化された召喚獣とクォーツの図が表示される。
「iCASでは、まず召喚獣が持つ固有のイデア波形を解析します。その波形を、召喚獣の宿っていないクォーツへ人工的に定着させることで、特定属性への変換機能を付与します」
空のクォーツへ波形が書き込まれ、装置へ組み込まれる。
周囲から集められたイデアがクォーツを通過し、属性出力へ変わっていく様子が、アニメーションで示された。
「使用者に召喚士としての適性は必要ありません」
その一言に、客席の空気が変わった。
「召喚獣を伴わず、非召喚士が召喚士に相当する属性出力を扱う。それを可能にすることが、iCASの目的です」
真柴が舞台の中央から一歩退く。
「それでは、実機をご覧いただきましょう」
舞台の左右を覆っていた黒いパネルが、低い駆動音とともに開いた。
***
向かって左側に現れたのは、銃器型の試作機だった。
形状はアサルトライフルに近い。
しかし銃身や機関部は一般的な小銃よりも太く、側面から伸びたケーブルが、使用者の背負う補助装置へ接続されている。
補助装置の大きさは、三十リットルほどのバックパックに相当するだろう。
反対側に置かれていたのは、全長二メートル近い剣型試作機。
外観こそ洗練されているものの、刀身は分厚く、内部に複数の機構が組み込まれていることが分かる。持ち上げるだけでも相当な腕力を必要としそうだった。
「使用する属性クォーツは、それぞれ交換可能なアタッチメント式となっています」
スクリーンに二機の仕様が表示される。
「本日の実演では、銃器型へ土属性、剣型へ水属性のクォーツを装着しています」
「土属性のイデアを、弾丸として収束させる……」
岬は舞台上の銃器型を見つめながら、作戦ノートへ素早く書き込んでいた。
「地形操作だけじゃなく、最初から射出する形に整えれば……」
その隣では、箒が剣型試作機へ厳しい視線を向けている。
「使用者が大剣を持っているというより、大剣に持たれているように見受けられるな」
腕を組み、鼻を鳴らす。
「己と相棒、そして武器。三位一体となって初めて真価を発揮するものを、こんな技術で代替しようとは」
「ふっ。くだらねぇ」
座席へ深く身を預けた霞も、興味がないと言わんばかりに吐き捨てた。
舞台上へ、二人の実演担当者が現れる。
「実演を担当する二名は、いずれも召喚士ではありません」
その紹介に、箒の眉がわずかに動いた。
「現在の試作機は重量、操作性、連続稼働時間など、実用化へ向けた課題を多く残しています。そのため自由戦闘形式ではなく、固定位置からの一射一防をご覧いただきます」
二人の担当者が、それぞれの試作機を装備する。
銃器型の使用者は背面の補助装置を固定し、太いケーブルの接続を確認した。
剣型の使用者は補助員の手を借りて巨大な刀身を持ち上げ、舞台中央で正面へ構える。
二人の間を隔てるように、床から透明な防護壁がせり上がった。
大型スクリーンに、カウントダウンが表示される。
三。
銃器型の実演担当者が床を踏み締め、銃床を肩へ押し当てる。
二。
背負った補助装置が低く唸り始めた。
内部へ取り込まれたイデアが、太いケーブルを通じて銃身へ流れ込んでいく。
一。
対面では、剣型の実演担当者が両手で柄を握り、巨大な刀身を身体の前へ構えた。
刀身の根元から、青い光が静かに立ち昇る。
光は刃の表面を水のように巡り、幾重もの流れとなって剣全体を包み込んだ。
ゼロ。
短い電子音と同時に、銃器型の引き金が引かれた。
銃声に似た衝撃音が、技術発表ホールを揺らす。
銃口から放たれたのは、火薬によって押し出された金属弾ではない。
高密度に圧縮された土属性のイデアが、疑似弾丸となって一直線に空間を走る。
剣型の実演担当者は踏み込まない。
ただ、構えた刀身へ力を込めた。
刀を覆っていた青い光が、一気に前方へ広がる。
扇状に展開されたそれは、絶えず流動する巨大な水の壁にも見えた。
土属性弾が、その中央へ突き刺さる。
激しい衝突音とともに、透明な防護壁が細かく震えた。
水壁へ深く食い込んだ疑似弾丸は、流れに揉まれながら勢いを失っていく。
やがて輪郭を保てなくなり、細かな土色の粒子となって弾け飛んだ。
剣型の実演担当者が、一歩だけ後方へ押し戻される。
それでも、水壁は破られていなかった。
青い光が静かにほどけ、舞台の上から消えていく。
一拍の静寂。
遅れて、生徒たちから拍手と歓声が上がった。
舞台上には、最後まで一体の召喚獣も現れていない。
銃器型の補助装置から、冷却ファンの激しい回転音が響き始める。
剣型の刀身からも白い蒸気が立ち昇り、スクリーンには両機の温度上昇と、出力再安定化までの予測時間が表示された。
たった一度の攻防。
それでも、二人の非召喚士が属性攻撃を放ち、属性出力によってそれを防いだという事実は揺るがない。
箒は何も言わなかった。
座席へ深く身を預けていた霞も、いつの間にか身体を起こし、舞台上の試作機を見つめている。
歓声のなか、狛が低い声で呟いた。
「自衛手段、か」
隣にいた后が、彼へ顔を向ける。
「言い換えれば、召喚士と同等の戦力を作り出すってことだよな...」
后の表情から、先ほどまで浮かんでいた僅かな拗ねた色が消えた。
「……それを、量産するつもりなの?」
后の言葉は誰に届くこともなかった。
非召喚士が、召喚士へ対抗するための武器。
それが生活を守る力になるのか。
新たな脅威を生み出すのか。
奏は二人の会話へ加わらず、舞台上の剣型を見つめていた。
巨大な刀身に沿って流れ、土属性弾を受け流した青いイデア。
すでに光は消えている。
それでも奏の目には、その軌跡が今も残っているように見えた。
***
実演の終了後、二人の担当者が試作機を固定台へ戻した。
安全確認が完了し、舞台と客席を隔てていた透明な防護壁がゆっくりと床へ沈んでいく。
「このあとは、実機を間近でご覧いただけます」
真柴が舞台の端へ移動し、生徒たちを手招きした。
「構造や装着された属性クォーツが気になる方は、ぜひ舞台前方へお越しください」
その言葉を待っていたように、岬が真っ先に席を立った。
箒と霞も少し遅れてあとに続く。
興味を否定していた二人だったが、その目は先ほどまでとは明らかに違っていた。
奏は剣型試作機の近くまで歩み寄り、刀身の根元へ組み込まれた水属性クォーツを眺めた。
太い刀身。
複雑な伝導機構。
とても自在に振るえる代物には見えない。
それでも、先ほど展開された水の流れには、ただ正面から攻撃を受け止めるのとは異なる何かがあった。
その流れを、自分の銃で再現するとしたら。
そんなことを考えながら、奏は刀身に沿って視線を動かす。
一方、后が向かった先は試作機ではなかった。
生徒たちへ説明を続けている研究員から少し離れた真柴を見つめ、何かを確かめるように、そのもとへ歩いていく。
「真柴さん」
呼びかけに気づき、真柴が振り返った。
「どうされました、后様?」
后は周囲の生徒たちへ一度だけ目を向ける。
それから声を抑え、真柴との距離を詰めた。
「本当にこの技術、社内の倫理委員会も公認なの?」
「と、申しますと?」
「これって、いわゆる――」
バツン。
后の言葉を遮るように、客席後方の照明が落ちた。
続いて通路脇。
天井。
巨大なスクリーン。
バツン、バツンと音を立て、研究所の明かりが奥から順番に消えていく。
「え……?」
誰かの声が漏れた。
舞台を照らしていた最後の光が落ちる。
視界が、完全な暗闇に閉ざされた。
一拍遅れて、床際のバッテリー式非常灯が赤く点灯する。
その直後。
耳をつんざく警報音が、研究所全体へ鳴り響いた。
次回、新しい登場人物がドバッと出てきます。




