【用語ファイル-5-】
里帰り中に廃墟とかロケハンして参考にしました。
File_27:千代瀬瀑布群
千代ノ瀬川上流、千代瀬北部の山間に点在する滝の総称。大小さまざまな滝や渓流瀑が存在し、九条財閥の観光資料では《千代瀬十八瀑》と呼ばれている。
ただし、どこまでを一つの滝として数えるかは資料によって異なり、実際に十八本存在するかは定かではない。
中でも《贖罪の滝》《逃避の滝》《忘却の滝》は「千代瀬三瀑」と呼ばれ、古くから信仰や口承の対象となってきた。
名の由来には、かつてこの地で起きた争いや災害、山へ入った者の生死にまつわる伝承が残る。
九条財閥の開発以降、遊歩道や観瀑台が整備され、三瀑にはそれぞれ《浄心の大瀑布》《門出の滝》《結縁の滝》という観光名称が付けられた。
現在は主にこちらが使用されているが、地域住民の間では今も旧名が残っている。
瀑布群は豊富な水源と起伏に富んだ地形を持ち、九条リゾート千代瀬の実地演習区域にも指定されている。
山中には使われなくなった旧遊歩道や管理道も多く、奥地の全容は現在も把握されていない。
File_27-1:贖罪の滝
観光名称《浄心の大瀑布》。
千代瀬三瀑の主瀑であり、三つの中で最大の落差と水量を誇る。
切り立った岩壁から大量の水が流れ落ち、滝の周囲には深い滝壺と絶え間ない水煙が広がっている。
古くは罪や穢れを洗い流す禊の場とされ、この地を訪れた者が滝に打たれ、犯した罪を告白したという伝承が残る。
九条財閥はこの伝承を「過去を洗い流し、新たな一歩を踏み出す滝」と再解釈し、観瀑台や遊歩道の整備を進めた。
現在では千代瀬を代表する景勝地の一つとなっている。
一方、地元では今も、滝の水音に罪人の声が混じるという噂が囁かれている。
File_27-2:逃避の滝
観光名称《門出の滝》。
千代瀬三瀑の上流部、岩場の奥に位置する段状の細い滝。
かつて争いに敗れた者たちが山奥へ逃れる際、この滝を進路の目印にしたと伝えられている。
周辺には現在の遊歩道とは異なる古い道がいくつも残されている。
獣道や崩れた管理道と入り交じっているため、土地勘のない者が入り込むと道を見失いやすい。
九条財閥による観光開発では、故郷を追われた者の伝承を「過去との別れと再出発の地」と捉え直し、《門出の滝》の名が与えられた。
進学や就職、転居など、人生の節目を迎えた者が訪れる場所として紹介されている。
しかし、かつて滝を越えて山へ入った者たちが、その後どこへ辿り着いたのかを示す記録は残されていない。
File_27-3:忘却の滝
観光名称《結縁の滝》。
千代瀬三瀑の最下流に位置する、横に広い滝。落差は小さく、滝の下には浅く穏やかな滝壺が広がっている。
この地には、山を去った者が大切な人や持ち物、あるいは故郷そのものを忘れてしまったという伝承が残る。
何を忘れたのかについては複数の説があり、時代によって語られる内容も異なる。
九条財閥はこれを「一度失われた縁を結び直す滝」と再解釈し、《結縁の滝》として整備した。
現在では恋愛だけでなく、家族や友人との縁を願う観光地として知られている。
滝壺の周囲には由来不明の古い石積みが残されているが、誰が、何のために築いたものなのかは明らかになっていない。
File_28:千代瀬産業施設跡地群
千代瀬の山間部に点在する、複数の旧産業施設の総称。
かつての千代瀬では、畜産や林業を中心とした地域産業が営まれていた。
千代瀬町営闘牛場をはじめ、牧場や木材集積場などが整備され、旧玖代線による旅客・貨物輸送が人と物の流れを支えていた。
しかし、人口減少や従事者の高齢化、後継者不足、輸送費の増加などが重なり、各施設は徐々に規模を縮小。
施設ごとに異なる時期に閉鎖され、長らく管理者のいない状態が続いた。
閉鎖後は心霊スポットや廃墟探索の場所として噂され、インターネット上には不法侵入者が撮影したとされる写真や映像も残されている。
現在は土地と施設の多くを九条財閥が取得し、監視設備の設置や定期的な巡回を実施している。一部の区域は整備・補強されたうえで、九条リゾート千代瀬における実地演習区域として利用されている。
File_28-1:闘牛場跡地
旧《千代瀬町営闘牛場》。
千代瀬町が所有し、千代瀬闘牛振興会が興行を運営していた町営施設。
地域の畜産家が育てた牛を集めて定期的に興行が開かれ、最盛期には町外からも多くの観客が訪れた。
施設中央には円形の闘牛場があり、その周囲を観客席が囲んでいる。
場外には牛の待機場所や搬入路が設けられ、近隣の畜産施設から牛を運び込むための設備も整えられていた。
しかし、観客数の減少に加え、施設の老朽化や改修費用の増加、調教師や勢子の高齢化、後継者不足などが重なり、興行の継続が困難となった。
最後の興行を終えた後、施設は閉鎖されている。
管理者不在の時期には、無人の観客席から歓声が聞こえる、夜になると場内を牛の足音が巡るといった噂が広まった。
現在は実地演習区域CP5として管理されている。
File_28-2:畜産施設跡地群
玖代畜産株式会社が運営していた千代瀬事業所。地域では《滝見牧場》の名で親しまれていた。
広い放牧場を中心に、複数の牛舎、飼料倉庫、サイロ、給水設備などが点在する。
千代瀬町営闘牛場とも関わりが深く、飼育された牛を闘牛場へ移送するための搬出路や設備も設けられていた。地域畜産の衰退や従事者の高齢化、後継者不足によって事業規模が縮小され、使用されなくなった設備から段階的に閉鎖された。
最終的に千代瀬事業所そのものが廃止され、畜産機能は地域外の施設へ集約されている。閉鎖後も牛舎やサイロの多くは取り壊されずに残された。
夜間に牛の鳴き声が聞こえる、放牧場に黒い影が立っているといった噂から、廃墟探索者の間では心霊スポットとして知られていた。
現在は実地演習区域CP6として管理されている。
File_28-3:木材集積場跡地
旧《千代瀬エバーグリーン》。
玖代広域森林組合が運営していた木材集積施設。山中で伐採された木材を集め、選別、計量、保管した後、地域外へ出荷する役割を担っていた。
旧称は《千代瀬集材所》。
設備更新と事業の広域化に伴い、《千代瀬エバーグリーン》へ改称されたが、地域ではその後も《千代瀬木材センター》と呼ばれていた。
敷地内には広大な木材置場をはじめ、貯木池、水路、門型クレーン、作業棟、計量所、トラックスケールなどが残されている。
かつては旧玖代線を利用して大量の木材を搬出しており、千代瀬の林業と貨物輸送を支える拠点の一つだった。
旧玖代線の貨物取扱終了後は輸送の大半をトラックに依存していたが、燃料費や運搬費の高騰、大型車両の運転手不足、地域産木材の建材需要低迷などが重なり、採算性が悪化。
集積・出荷機能は地域外の大規模施設へ移され、物語現在から十七年前に閉鎖された。
現在も千代瀬周辺では小規模な林業が続けられているが、木材を集積し出荷する機能は地域から失われている。
閉鎖後には、誰もいない計量所の表示が動く、貯木池の水面に人影が映るといった噂が残された。
現在は実地演習区域CP9として管理されている。
File_29:旧玖代線
かつて玖ノ郷と千代瀬を結んでいた鉄道路線。
旅客輸送に加え、畜産物や木材などを運ぶ貨物路線として地域産業を支えていた。
千代瀬町営闘牛場の興行日には臨時列車が運行され、周辺地域から多くの観客を運んだ時期もあった。
しかし、道路整備と自家用車の普及によって旅客利用者が減少。
畜産業や林業の縮小に伴って貨物輸送量も落ち込み、貨物取扱の終了を経て路線そのものが廃止された。
現在も山中には線路や駅舎、保守用の通路が残されている。
千代瀬側の旧終着駅には、車両整備庫や検査ピット、ホイストなどの設備も当時の姿を留めている。
廃線後は、夜中に存在しない列車の音が聞こえる、線路を歩いていると背後から警笛を鳴らされるといった噂が広まり、旧駅やトンネル周辺は心霊スポットとして知られるようになった。
現在は路線跡と周辺施設の多くを九条財閥が管理している。
一部は実地演習区域や管理用の移動経路として利用されており、旧終着駅周辺はCP10に指定されている。




